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07.家政婦女子は妖精達から歓迎される

「屋上庭園にある物は、食材として好きに使っていい」


 作物の収穫許可を出したジークから屋上へ続く扉の鍵を受け取った紗代は、大きな籐の籠を腕に引っ掛けて長い階段を息を切らせて上った。

 行きついた先は、中央に幾何学模様が刻まれた金属でも石でも無い不思議な材質の扉。

 庭園へ出る扉の中ほどにある鍵穴へ鍵を差し込み回す。

 扉に刻まれている模様が輝き、空気に溶けるように扉が消えた。


 ポカンと目と口を開けて固まる紗代の目前に広がるのは、季節を無視した色とりどりの花々と木々に実った果実。

 花畑の中には小川があり池へと澄んだ水を注いでいた。そして庭園は雲の上にあるため、どこまでも続く青空が広がっていた。


 写真や映像で見たことがある外国の花畑やおとぎ話の楽園のような光景に、思わず紗代の口からは感嘆の息が漏れる。

 庭園は花が咲いている場所、果実の生る木、野菜が育つ畑と区分けされており、果実の生る木の区画へ入った紗代は林檎と蜜柑をもいで籠へ入れる。

 次に向かったのは野菜畑。大きな南瓜を収穫しようと両手で抱えて、取り落としかけた。


「む、虫? 蛾!?」


 羽音と向こう側が透けるくらい薄い羽が視界の隅に見えて、顔を引きつらせた紗代は後退りした。


『誰が蛾よ!』

「ひっ」


 手の平より大きいサイズの蛾が喋った! と全身を揺らして悲鳴を上げてしまった。

 幼い子どもの声を発したソレは、光る鱗粉を撒きながら不鮮明だった胴体部分を鮮明にしていく。


『もぉー失礼だわ』

『はじめましても無いなんて』


 鮮明になった姿は、まさしくおとぎ話の妖精そのもの。

 ピンク、緑、黄色の髪と幼子のような体躯をした彼女達は両手を腰に当て、白目は無く宝石のような色の目を三角にして紗代を睨む。

 蛾ではなく妖精の登場に紗代は目を瞬かせた。


「妖精さん? 可愛い……その、間違えてごめんなさい」


 素直に謝れば妖精たちの怒りは収まったのか、三角になっていた目尻は下がっていく。

 光の粒子を撒きながら側まで飛んでくると、妖精達は紗代の頭から足の先まで無遠慮に見下ろして首を傾げた。


『貴女が新しい塔のお姫様?』

「お姫様? 何のこと?」


 誰の事を言っているのか分からず、紗代は妖精達に聞き返す。


『だって、今の主が此処に住まわせているのでしょう?』

「主ってジーク君のこと?」

『ジーク君だって』

『主のこと? おっかしいー』


 目と口を細めた妖精達は顔を見合わせて笑う。


『あの、偏屈で不愛想な主が塔に女の子を住まわすだなんて、お姫様じゃないなら貴女は何なのよ』

「偏屈って。私はお姫様じゃなくて、家政婦? だからじゃないかな」


 妖精達から偏屈、不愛想と言われていると知ったジークの不機嫌な顔が脳裏に浮かび、紗代は苦笑いした。


『えー? お姫様じゃないの?』

『それか、貴女はお姫様のお付きの人? 家政婦ってなに?』

『塔に入るのもそうだけど、此処に来ていいのは主が許した相手、お姫様以外は駄目なのよね』

『でも、貴女以外の女の子は此処に居ないわよねぇ?』

『百年ぶりに此処が開かれたのに? 変なのー』


 好き勝手なことを言いながら、妖精達は紗代の周囲をまるで値踏みするかのようにグルグル飛び回る。


『うーん』

『地味ね』

『こんな地味な服しか贈れないだなんて、今の主は甲斐性無しなのね』

「甲斐性無し? あの、ジーク君は部屋にあるドレスを好きに使っていいって言ってくれたけれど、この服を選んだのは私なの。ドレスじゃ動きにくいでしょ?」


 エプロンの裾を持って説明すると、飛び回っていた妖精達は動きを止め紗代をじっと見詰める。


『ふーん、よく分からないけど、貴女はあの主とは仲良しなのね。貴女、面白いし気に入ったわ』

『イイ匂いがするしね』

『でも地味よねぇ。色も華やかじゃないし』

『だから、もっと可愛くしてあげるー。エイッ』


 緑色の妖精が腕を振るうと、ポンッ、という軽快な音が聞こえ、紗代の周囲に花弁が舞い散る。


「えぇ?」

『髪飾りも必要よね』


 ピンク色の髪の妖精も同じ様に腕を振り、ポンッ、という音とともに紗代の耳の下で二つに縛っている髪が巻き髪へと変わる。

 突然変わった髪型に驚き、巻かれた髪を手で触れて気が付いた。着ていた濃紺色のワンピースがピンク色のドレスへと変わっていることに。

 目を白黒させて驚く紗代へ、妖精達は心底愉快そうに笑う。


『アクセサリーもあった方がいいでしょー』


 ポンッ、黄色の髪の妖精が腕を振るうと今度は髪飾りとイヤリング、ネックレス、指輪が現れて紗代を彩っていた。


「うえぇ?」


 元の世界でもアクセサリーはあまり着けないのにと、混乱して左手を見れば指輪がはまっていて「なんで」と声を出してしまった。

 花を模った石がついた指輪は何故か左手薬指にはまっており、満足そうにしている妖精の意図が全く分からない。


『ほら、こうすれば可愛いわ』

『せっかくだから、主に見せなきゃ』

『そうよね、主が何も言わないから私たちが可愛くしてあげたのを知らせなきゃ。あ、お化粧を忘れていたわ』


 紗代の頬に手を当てて、何やら呟いた黄色の髪の妖精は満足そうに微笑んだ。


『うふふっ、可愛くなったわ』


 髪と体、ドレスからは汗と石けんとは違う、林檎に似た甘い香りがして紗代は落ち着かない気持ちになった。

 鏡が無いため化粧を施された顔がどんな顔になっているのか分からないのに、可愛いと言われても何て反応したらいいのか。


「ジーク君に見せるの? えっと、その、恥ずかしいというか、その」


 七五三の衣装以来、ほぼ初めて着るドレスは裾が足に絡んで、細いヒールの靴は歩きにくくて歩くのすらままならない状態で、庭園から出て下の階へ辿り着けるか分からない。


『お姫様を綺麗にしてあげたのだから怒られないでしょ?』

『ほら、見せてきなよ』

『この野菜は、美味しい果物と魚をつけて調理場へ届けておいてあげるから。ねっ』


 ウインクをして言うピンク髪の妖精の語尾にハートマークが付く。


 言われた言葉の意味が分からずに問おうと口を開いた瞬間、紗代を囲むように白、ピンク、黄色、色とりどりの大量の花弁が舞い散る。


「っ!?」


 舞い散る花弁で辺りが見えなくなり、咄嗟に両手を前に突き出す。




 数秒とも数十秒とも分からない間、花弁の嵐は紗代を包んでいた。

 嵐が吹き抜けると嘘のように花弁は消え、庭園中を満たしていた明るい光も消える。


「此処、は?」


 数秒前には屋外にいたのに、紗代が立っていたのは花の香りではなく、ハーブや薬品の匂いがする薄暗い室内。

 カタン、何か硬いもの同士が当たる音が聞こえ、音のした方を向いた。


「お前……」


 僅かに開いた分厚いカーテンから射し込む光を背に、窓際に立っている人物が息をのむ。

 薄暗い室内と逆光のため顔は見えないが、発した低音の声は耳の奥に心地良く響いた。


(男の人?)


 妖精の力で庭園ではない場所へ移動させられたのは分かったが、シルエットと声から男性だと思われる人物は誰なのか。

 此処にジークと自分以外の人がいたのかと不思議に思いながら、紗代は窓辺に立つ人物へ向かって一歩踏み出した。


「サヨ」


 剥き出しになっている右肩へ誰かの手が乗せられる。


「ぎゃああっ!?」


 気配すら感じさせずに声をかけてきた相手に驚き、跳び上がった紗代は盛大に悲鳴を上げた。

 涙目で恐る恐る振り向けば、其処に居たのはうるさそうに顔を顰めたジークだった。


「ジーク、君。どうして此処にいるの?」

「此処は俺の部屋だ」


 ムスッとして答えるジークへ「へぇー」と返して、紗代は窓辺へ視線を戻す。


(あれ?)


 つい先ほどまで窓辺に立っていた人物の姿は無く、紗代は首を傾げる。


「突然現れてどういうつもりだ? それにその恰好は」


 訝しげな視線を送るジークは口元へ人差し指を当てて眉間に皺を寄せた。


「妖精たちに悪戯されたな」

「えーっと、これはその、不可抗力と言うか」


 ピンク色のドレスは花で彩られた可愛らしいデザインだが、両肩は丸出しで広く開いた胸元は胸の谷間が見えてしまいそう。

 普段よりも露出が高い着慣れないドレスを着ていることと、いくら年下の少年とはいえ露出した肌を異性に見られることが恥ずかしくて紗代は視線を逸らす。


「悪いとは言っていないだろう。せっかくの妖精達の好意だ。暫くは、そうだな夕飯の前まではそのままでいろ」

「でも、このままじゃ動きにくいし汚しちゃう。着替えて来る」

「サヨ」


 ジークが右手人差し指を軽く振るうと、二人の側にあるテーブルの上に二人分の茶器セットが出現する。

 呆気に取られている紗代へ、椅子へ座る様に身振りで示してジークはニヤリと笑う。


「喉が渇いた。付き合ってくれるよな? レディ?」


 胸に片手を当てて軽く頭を下げたジークに恭しく椅子を引かれて、席までエスコートされてしまえば断ることなど出来ない。


 その後、紗代はきっかり夕飯前まで彼のティータイムに付き合うことになるのだった。


夕飯は妖精達が豪華なものを作ってくれました。

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