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06.オマケ女子は家政婦女子になりました

 汚れた調理場とは違い、横に10人は並んで座れそうなテーブルが置かれた食堂は埃一つ落ちていない。

 染み一つ無いテーブルクロスから、此処はほとんど使われておらず魔法で綺麗に保たれていた場所だと分かった。


 貯蔵庫から出した材料で作ったシチューとパン、カットフルーツを並べ終わったタイミングでやって来たジークは、紗代と向かい合わせに座る。

 ローブは脱いで白色のシャツとズボンという軽装のジークは、首や腕など紗代よりも細く綺麗な顔立ちも相まって美少女にしか見えない。

 彼の細い指がスプーンを持ち、シチューを一掬いして口に運ぶのを紗代はじっと見詰める。


「美味いな」


 シチューの感想を聞き、紗代は満面の笑みを浮かべる。

 きちんと味見をしたし、王城の料理長に教えてもらった手順で作ったシチューを食べて貰えて純粋に嬉しかった。

 満面の笑みで喜びを露にする紗代を見て、手を止めたジークはフッと笑う。


「保存食以外の物を食べるのは久し振りだ」

「私は家政婦合格?」

「家政婦? 合格かどうかは、これだけではまだ分からんな」


 身を乗り出して問う紗代へ、スプーンを置いたジークは口角を上げて答えた。


「ああ、この塔の説明を忘れていたな。塔の下層はフェイクだ。主に使っている場所はこの階から上階で、最上階は庭園になっていて野菜も植えてある。食材に使うのならば適当に抜いてくればいい。魚は庭園の池にいるのは毒も無く食える。獣の肉はケルベロスに頼めば適当に狩ってくるから」


 最上階の庭園とは、元の世界でのビルの屋上にある屋上庭園のようなものか。

 そして、ケルベロスはどんな動物を狩ってくるのかと、塔の外で出くわした大型昆虫を想像して紗代は顔色を悪くする。


「それと、サヨの着替えは……何代か前の魔術師の残した物が部屋にあるはずだ。それを使えばいい」

「私の着替えまで?」


 ぱちくり、紗代は目を瞬かせる。

 迷子で不法侵入同然のことをした紗代に対して、そこまでしてくれるとは思ってもみなかったのだ。


「町まで行くのは面倒だからな。足りない物があれば言え……どうした?」


 向かいに座る紗代の変化を感じ取り、ジークは言葉を止めた。


「え、あれ? 誰かと会話してご飯を食べるのは久し振りだなーって思ったら、ごめんね」


 ジークに指摘されて紗代は頬が冷たくなっていると、泣いていることに気が付いた。

 誰かと向かい合って食べるのは大学の食堂以来で、誰かに気遣ってもらったのは久しぶりのことだった。

 一人ではないという嬉しさ、一生使用人扱いをされて生きていくのかという不安から解放されたのだと、ようやくその実感が胸の奥底から込み上げてきて涙が止まらない。


 泣いているのを誤魔化そうと、紗代は唇を無理やり動かして笑顔を形作って謝る。

 いつの間にか側へ来ていたケルベロスが紗代の足へ自分の頭を擦りつけた。


「お前は、いや、何でもない」


 何かを言いかけたジークは小さく息を吐くと、スプーンを手に持ちシチューを口に運んだ。




 夕食の食器を洗い終わった紗代は、調理場まで迎えに来たジークの案内で滞在用の部屋へ案内された。

 上階は剥き出しの石造りの通路では無く、四方を磨かれた落ち着いた色彩の石が使われており、木枠の窓や通路の壁にはめ込まれた灯りが通路を程よく照らす。

 此処は塔ではなく立派な洋館ではないかと錯覚させる内装をしていた。


 薔薇のレリーフが彫られた他とは違う雰囲気の扉を開け、室内へ足を踏み入れた紗代をほのかな薔薇の香りが包み込む。

 薄ピンクの靄が一瞬自分を包んだ風に感じて、紗代は目を瞬かせた。


「この部屋を使え」


 ジークの声に、廊下に立ちつくしていた紗代はハッと我に返る。


「わぁー」


 室内を見渡して感嘆の声を上げた。

 白を基調とした小さな薔薇が描かれた壁紙に、艶を消した白色のチェストと丸テーブル、壁際にはドレッサーが置かれておりベッドはもちろん天蓋付き。

 若い女性なら一度は憧れる、物語や映画で描かれるお姫様の部屋そのものだった。


「可愛い部屋」


 何代か前の魔術師とは若い女性だったのだろう。

 ドレッサーには香水の瓶が新品同然の状態で置かれている等、室内は魔法によって長い間使っていなかったとは思えないほど綺麗に保たれていた。

 部屋の簡単な説明と、この階は居住階となっておりジークの自室も同じ階にあるということを伝え、塔の主ジークは自室へ戻って行った。




 ケルベロスもジークと一緒に出て行ったため、部屋には紗代一人。

 この広い部屋には、風の音も隣室の笑い声も使用人達の足音も聞こえない。王城で使用人として過ごしていた時は、こんなに静かな場所で一人きりで過ごすことは無かったため、急に不安になる。


「夢じゃないよね」


 天蓋付きのベッドに腰掛けてみれば、程よい弾力のマットレスに腰が少しだけ沈む。


「今日一日で色々なことがあったから、夢を見ているみたい」


 朝になって目が覚めたら、狭い使用人部屋の固いベッドで眠っているのではないかという不安を抱えて、紗代はベッドへ横になる。

 目まぐるしく変わった状況に疲れ果てていた紗代は、体を横たえて直ぐに目蓋の重みに耐え切れず目蓋を閉じた。




 翌朝、使用人だった癖で早起きをした紗代は、カーテンの隙間から部屋へ射し込む朝日の眩しさに目を細めた。


(此処は……お城から出られたのは夢じゃ、無かったんだ。良かった……)


 一月ぶりに熟睡出来たおかげで軽くなった体を起こし、ベッドから下りて隣接する洗面所で顔を洗う。

 洗面所の籠には未使用の洗顔料と化粧水、ふかふかのタオルが置いてあり、昨夜見た時にあっただろうかと紗代は首を捻る。

 洗顔して気分がさっぱりした後、クローゼットと言うには広い衣装部屋を覗く。衣装部屋に置いてある服と靴、帽子やショールといった装身具の多さに驚いた。

 見るからに高級そうなドレスには触れないようにして、数多くある服の中から装飾が少なくて動きやすそうな服を探し出すのには時間がかかってしまった。棚の上に置かれていた置時計で時刻を確認して慌てて着替える。


 動きやすいように髪を二つに結い、ドレッサーの鏡で身だしなみを確認してニッコリと微笑んだ。


「よーし、頑張るぞー」




 扉が開く音に反応して、部屋の前で寝そべっていたケルベロスは起き上がり尻尾を振る。


「ケルちゃんおはよう」

「がうっ」


 千切れんばかりに尻尾を振り駆け寄ってくるケルベロスの頭を撫でて、紗代は通路の先にあるジークの私室を見る。


「お腹空いたでしょう。急いで朝ご飯を作るね」

「がうっ」


 小走りで調理場へ向かう紗代について行こうとしたケルベロスの耳がピクリと動き、足を止める。ジークの私室を見たケルベロスは目を細め、尻尾を振り紗代の後を追った。



「おはようございます!」


 朝食が出来上がった頃に食堂へやって来たジークは、眠たそうに欠伸をして紗代を見る。


「……おはよう。サヨ、その恰好は何だ? 他の服もあっただろう?」


 今の紗代の格好は、膝下丈の紺色ワンピースの上エプロンを着けた、所謂メイド仕様だった。

 衣装部屋にあった宝石が縫い付けられたドレス、繊細な装飾が施されたドレスやフリルたっぷりのブラウスの中から、エプロンを見付けた時は安堵の息を吐いたものだ。

 綺麗なドレスは見ている分には素敵だけれど、着ても動きにくいだけで自分には似合わないし必要無いものだから。


「ああ、家政婦ならこの格好が一番いいかなと思ったの。綺麗な服じゃ汚れちゃうし、私には勿体無いでしょ」


 ヘラリと笑って言えば、ジークは「そうか」と渋い顔になり視線を逸らした。



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