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04.辺境の地に建つ塔と魔術師の少年

 塔内部の壁を見渡す限り、出入り口は見当たらず出られそうにない。

 何が潜んでいるか分からない塔でも、危険な生き物が多く生息している外よりはずっと安全だろう。


「えっと、野宿をしなくてもよくなったよ。ありがとう」


 得意げな顔で側に座っている犬へお礼を告げて頭を撫でる。

 嬉しそうに目尻を下げた犬の尻尾がパタパタと揺れた。

 今いるのは、高い天井と広いホールの様な場所で、石造りの柱以外は無く奥には上階へ続く階段があるのみ。

 ぐぅー、紗代の腹の音が広い空間に響く。

 この場に居る犬以外、音は聞いてないのに恥ずかしくて紗代は下腹を押さえる。


「お腹空いたな」


 朝食を食べた後、口にしたのは先程犬と一緒に食べたビスコッティのみ。長い時間水分補給もしてない。

 自覚すると、体が喉の渇きと空腹を訴えだす。


「何処かに食物とかあればいいんだけど」


 人気の無い塔には住んでいる人などおらず、住んでいる者といったら魔物くらいだろう。


(さすがに、生活できるような物は無いか)


 食料を確保するとなると、この塔を出て外へ行かなければならない。

 此処に来る途中で襲い掛かって来た、巨大な昆虫や植物を思い出して溜息を吐いてしまった。


 俯く紗代のスカートの裾を犬が引っ張る。

 スカートの裾を咥えた犬は、首を傾げた紗代が歩き出したのを確認すると階段の方へ向かって歩く。


「どうしたの? こっちに何かあるの?」

「がうっ」


「こっちだよ」と言いたげにスカートを咥えて歩く犬に連れられて、階段で上の階へ向かう。

 下の階よりは明るい廊下を歩き、色がくすんだ朱色の重厚な扉の前で犬は立ち止まる。


「此処に入るの?」

「がうっ」


 頷いた犬は前足に爪を立てないで扉を押す。

 キィー……、軽く押しただけで重厚な扉は簡単に開いた。

 扉が開くと同時に、部屋の壁に設置された灯りが点灯し室内を照らす。


「此処は……もしかして、キッチン?」


 部屋の中央に大きな木のテーブルが置かれ、部屋の端には大きなシンクとコンロ、食器棚が設置されていた。

 王城の調理場よりは狭いが、元の世界の一人暮らし用キッチンよりずっと広い調理場だった。


「誰か住んでいるの? でも、これ汚い」


 テーブルと食器棚には目に見えるほどの埃が溜まり、シンクには洗っていない汚れた食器が山積みになっている。更には部屋のいたるところに蜘蛛の巣が張っていた。

 調理場は清潔に保つようにと言われ、毎日掃除も担当していた紗代からしたら有り得ないくらいの汚さ。

 顔を顰めてシンクへ近付き、水道の蛇口のハンドルをひねると吐水口からは綺麗な水が流れ出る。


「水も出るし、貯蔵庫まである」


 調理場の隣はおそらく貯蔵庫だろう。中を確認してみなければならないが、食料があればしばらく暮らしていける。

 設備が整っているということは、この塔には誰かが住んでいるということか。

 片付けられてはいないし不衛生だけれど、この塔に住んでいる誰かは魔物ではなく人か、人並みの知能を持つ者。

 皿にこびり付いた油汚れが気になり、勢いよく水を出す。知らなかったとはいえ、今の紗代は他人の家に不法侵入している状態。早々に塔の主に会い宿泊の許可を貰わなければならない。

 皿の汚れを洗おうと、食器洗い用のスポンジを探して粉石けんを泡立てる。流水で少し汚れが落ちた食器を手に取った。




「何者だ」


 ガチャンッ!

 突然背後からかけられた声に、紗代はビクリッと大きく肩を揺らし、手から食器が滑り落ちた。

 声をかけられるまで気配も足音も全く感じなかった。背中を冷たいものが伝い落ちる。


「お前は、此処で何をしている?」


 男性にしては少し高めの声で背後に立つ者は問う。

 速まる心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸をして、紗代はゆっくりと振り返った。


 調理場の出入り口に立ち、腕組みをして紗代を睨んでいたのは襟足だけ伸ばした銀髪と鮮やかな赤紫の瞳をした、一見すると少女にも見える綺麗な顔立ちをした少年だった。黒色のローブを羽織った少年は、体付きから12、3歳くらいの年齢か。

 何故、少年が此処に? という疑問が浮かぶが、彼はこの塔に住んでいる一家の子どもかもしれないと、紗代は蛇口ハンドルを閉めて水を止めて濡れた手をスカートで拭った。


「その、私は……」


 どう答えたらいいのか迷う紗代と少年の間に、部屋の隅にいた犬がやって来るとどかりと座った。


「くーん、くーん」


 耳と尻尾を下げた犬は、少年へ向かって甘えた声を出して何かを訴え出す。


「ケルベロス? まさかお前が此処へ招き入れたのか?」

「がうっ」


 返事をして肯定した犬、ケルベロスは褒めて欲しいと尻尾を振り全身でアピールする。

 眉間に皺を寄せた少年はケルベロスと紗代を交互に見て、調理場の中ほどまで歩むとテーブルへ右手を叩きつけた。


「只人をケルベロスが招き入れるわけがない。結界も機能しないとは、通常では有り得ないことだ。娘、お前は何者だ」


 不機嫌な口調の自分よりも年下の少年の迫力に気圧され、思わず紗代は上半身を仰け反らせる。


「何者って言われても、一般人?」


 困惑する紗代を睨んだ少年は、弾かれたように顔を動かし僅かに目をみはった。


「お前は……異界の者か。そうか、だから」


 ブツブツと呟いた少年は、テーブルへ両手をついて紗代を睨んだ。


「娘、どうやってこの地へ来たか話してもらうぞ」


 少年からの逆らい難い圧力に屈し、額と背中に冷や汗を流した紗代は何度も頷いた。


 テーブルを挟んで少年と向かい合って座った紗代は、促されるまま自分が理解している範囲で三か月前聖女召喚に巻き込まれてこの世界に来たこと、その場で不要だと判断されて今まで使用人以下の扱いを受けてきたことを少年へ伝えた。

 途中、情けなさと惨めさから涙が溢れそうになることもあったが、その度、椅子の横に寝転がったケルベロスが頭を擦り寄せて励ましてくれていた。


「ふーん、魔王討伐のために異世界から聖女召喚ねぇ。ラスピア王国ならやりそうだな。それで、娘、お前は巻き込まれた挙句、奴等から謝罪の一つも受けられずに不当な扱いをされたわけか。で、嫌気がさして城から逃げ出した先が此処だった、というわけか」


 少年の問い掛けに頷きかけて、止める。先程から感じていた妙な気分の理由が分かった。


「私は娘という名前ではありません。田中紗代という、ちゃんとした名前があります。逃げ出して来たというか、風で飛ばされた洗濯物を追いかけて行ったら森へ入ってしまい、門の様な物を見付けて光に包まれて。気が付いたら此処の近くにある森の中に居たんです」


 此処へ来たのは紗代の意志ではないことを伝える。

 この塔にだって、紗代の意志で入ったわけでは無くケルベロスに案内されて来たのだから。


「それで、サヨはこの後どうするのだ」


 名前を呼んでくれたことに驚いて、俯いていた顔を上げて少年を見詰める。返事をしようと唇を動かして、彼の名前を知らないということを思い出す。


「あの、名前を、貴方の名前を教えてください」

「俺の、名前?」


 少年は怪訝そうに眉を寄せる。

 暫し少年と紗代は見つめ合い、息を吐いた少年が先に視線を逸らした。


「ジーク、そう呼べ」


 ぶっきらぼうに言った少年ことジークは、緊張で強張っていた紗代の表情が緩んだのを見て苦笑いを浮かべた。


ジーク君登場。

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