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03.転移先でモフモフと出会う

モフモフと出会う話。

 石造りの門から放たれた強烈な光に、紗代は目をきつく瞑った。

 全身に感じる浮遊感、例えるなら高速エレベーターに乗り一気に最上階から一階まで下りた時のような感覚に襲われ、ぎゅっと身を縮み込ませる。


 浮遊感が収まると周囲の空気が、匂いが変わった気がして、ゆっくりと目蓋を開けた。


「ええっ!?」


 目蓋を開いて飛び込んできた光景に、紗代は目と口を大きく見開いた。


 木々に囲まれた森の広場に居たはずなのに、自分が立っているのは綺麗な緑色ではなく黒ずんだ緑色や枯れ木のような赤茶けた色の木と、明らかに毒を持っていそうな紫色の茸や食虫植物を巨大化させた植物が生えている、薄暗く鬱蒼とした森の中だった。

 ブシューと、木の根元に生えている斑点のある茸の先端が割れてピンク色の胞子を飛ばす。

 生臭い臭いや土の臭いが混じり合った空気、おどろおどろしい雰囲気に此処は危険な場所なのだと、この世界の知識に疎い紗代でも分かった。



「ひっ」


 ぽたり、首筋に生温かい液体が落ちてきて、紗代は飛び上がる。

 嫌な予感を感じながら、恐る恐る液体が垂れてきただろう上を向いて、戦慄した。

 太い枝に巻き付いた、赤色と黒色の鱗を持つ大蛇が大きく口を開けて紗代を見下ろしていたのだ。

 今にも襲い掛かって来そうな大蛇は、首をもたげて赤い舌をチロリと伸ばす。


「ひっ、いやああああー!!」


 紗代の絶叫に驚いた大蛇の動きが止まる。

 恐慌状態に陥った紗代は、固まる大蛇に背中を向けて走り出した。



 何度も、地面のぬかるみと張り出した木の根っこに足を取られそうになりながら、全速力で薄暗い森を紗代は走る。

 この危険な森から早く抜け出さなければ生きていけないと本能が告げているのだ。


 走っても走っても森の出口は見付らず、濃くなっていく生臭い臭いと薄紫色の靄に恐怖心が強まっていき、紗代の目に涙が浮かぶ。


「あっ!?」


 ガツッ、

 茂みから突き出た何かが足に当たり、紗代は盛大に転倒してしまった。

 咄嗟に前へ突き出した両手と、両膝を地面に強か打ち付けてしまいあまりの痛みに呻く。


 痛む両手に力を入れて上半身を起こす。

 両手の平と両膝の擦り傷、転倒して出来た擦り傷と破れたスカートの裾を見て涙が零れ落ちた。


「ぐるるる……」


 葉っぱが揺れ、紗代が躓いた何かが茂みを掻き分け姿を現した。


「ひっ! あ、あれ?」


 両腕を前に出しファイティングポーズを取って紗代は身構えた……が、茂みから出て来た白い毛の塊を見て、構えていた腕を下ろした。


「大きい、犬?」


 茂みから出て来たのは、真っ白な毛並みと赤い瞳をした大型の犬だった。普通の犬と違うのは、両目の間、眉間にもう一つの目があり後ろ足で立てば紗代よりも大きい体躯をしているところ。

 大きさに圧倒されるが、触り心地が良さそうなモフモフの白い毛と少しピンと立った耳が可愛くて、先程の大蛇に比べたら大型犬に然程恐怖は感じなかった。


「あの、私が躓いたのは君の後ろ脚だったの? 痛かったでしょう。ごめんね」


 よく見ると、大型犬の後ろ足の白い毛の一部が土で汚れていた。

 使用人用の硬い革靴で踏まれて痛かっただろうと、紗代は申し訳なくて犬を見上げる。昼寝をしていたところに紗代が引っ掛かって転んだ、といったところか。

 耳を下げた大型犬は紗代の上半身に鼻を近付けて、フンフンと匂いを嗅ぎ出す。


「何? 何かあるの?」


 触れてくる白い毛が擽ったくて目を細めた紗代は、ポケットに入れていた物の存在を思い出した。


「ああ、これが気になるのね」


 スカートのポケットに入れていたのは、調理場で唯一親切にしてくれていた料理人のおじさんが「こっそり食べなさい」とくれたビスコッティ。

 水分を通さない加工をされた紙に包んだビスコッティをポケットから取り出し、未知の食べ物に興味津々といった顔の犬の前に出す。


「……一緒に食べようか」


 紗代が差し出したビスコッティを見て、嬉しそうに舌を出した犬はブンブンと大きな尻尾を振った。

 警戒されていないことに安堵して、そっと犬の胸元の毛を触ってみる。想像以上のやわらかい毛の感触に、強張っていた体から力が抜けていった。


 大人しく座って待ってくれている犬に一つ渡して、ごつごつした木の根っこに座った紗代は硬いビスコッティにかじりつく。横を見ると、犬はビスコッティを美味しそうに食べていた。


(誰かと一緒に食べるのって久し振りだな)


 たとえ一緒に食べているのが犬でも、他の使用人達が食べ終わった後の薄暗い食堂で、一人だけで寂しく食べているよりはずっといい。

 ぽたり、スカートに涙が零れ落ちる。

 薄気味悪い森の中で、得体の知れない犬と一緒にビスコッティを食べるだけで泣けてくるなんて、この三か月間で心が疲れてしまったのだ。


「きゅーん」


 耳と目尻を下げた犬が紗代の頬へ頭を擦り付けて来る。


「ありがとう」


 首へ手を伸ばして撫でれば犬は嬉しそうに尻尾を振って答える。やわらかい毛の感触と温かさに心が癒される気がした。

 犬の首周りと胸元の毛を撫でて、顔を埋めてモフモフの感触を思う存分堪能した紗代は、「よっこらしょ」と声を出して立ち上がる。


「休憩終了。暗くなる前に此処から出なきゃ。ねぇ、君はこの森の出口を知っている?」


 言葉を理解しているらしい犬は、コクリと頷く。


「知っているなら、教えてくれないかな?」

「がうっ」


 任しとけと言うように、犬は小さく吠えて立ち上がった。



 先を行く犬は後ろを歩く紗代の速度に合わせて歩き、途中出くわした巨大昆虫や巨大な食虫植物を鋭い爪と牙でなぎ倒していく。

 巨大な蚊に似た虫の群れが襲い掛かろうとした時は雄叫びを上げて撃退させ、犬に守られながら進んで行き紗代はすんなりと森から出ることが出来た。



 森を抜けると、目の前に広がるのは岩山と草が点在する荒地。

 遮るものがほとんどない荒野は強い風が吹き、紗代の後ろで一つに縛った長い髪が舞い乱れる。


「見渡す限りの荒野……此処はやっぱりお城じゃないのね」


 王城からは脱出出来た。しかし、この世界の知識は無く、地理もよく分からない。

 これから何処に行けばいいのだろうか。


 途方に暮れた紗代は四方を見渡して、岩山以外高い物はないと思っていた荒野の一角に不思議なものが建っていることに気が付いた。


「あれは、塔? って、うわぁっ」


 目を凝らして塔らしい建物を見ようとしていた紗代の服が後方へ引っ張られ、一瞬襟元が締まりぐっと息が詰まる。

 後ろへ引っ張られて尻もちをつく直前、紗代の尻はふかふかのものの上に乗った。

 何が起きたのかと目を丸くする紗代の下で、ふかふかの毛を持つ犬は彼女を背中に乗せて振り向いた。


「私を乗せてくれるの?」

「がううっ」


 首を動かして頷いた犬はゆっくりと歩きだし、紗代が首へしがみ付くと速度を速めて走り出した。


「凄い! 速いー!」


 走る犬の背中にしがみ付く紗代は、流れるように過ぎていく景色に目を輝かせる。


 岩陰から巨大サソリや巨大な牛が現れて襲い掛かろうとするが、走り抜ける犬には追いつけずあっという間に距離が離れていく。

 行く手の地面が盛り上がり、地面の下から出現した蔓で覆われた植物の化け物が犬へ向かって蔓を伸ばす。大きく口を開けた犬の咆哮も、紗代の耳にはごうごうという風の音でよく聞こえない。



 崖を跳躍して越えた犬は走る速度を徐々に落としていき、ゆっくりと停止した。


「ありがとう」


 身を屈めてくれた犬の背中らから降りた紗代の足は力が入らず、よろめいてしまった。

 眩暈がする頭を振り、右手で顔を覆い顔を上げた紗代は目前に建つ塔を見上げた。

 森を出た時に見た、天まで届きそうなくらい高い石造りの塔。


「はぁーすごい。もう塔に着いたんだね。上の方は雲に隠れて見えないとか、ファンタジーだな」


 塔の表面は蔓と苔で覆われ、建ってからかなりの年月が経過していることが分かる。

 よくあるファンタジー漫画やゲームでは重要な宝物が隠されている塔や、天空へ行く物語上重要な役割を果たしていた塔はこの塔のように天辺が見えないくらい高い塔では無かったか。


「入口が無いや。何処から入るんだろう?」


 塔の表面をペタペタ触る紗代の横へ犬が並び、「任しとけ」と言いたげに肩を鼻先で押した。


「がうー!!」


 首を伸ばして吠えた犬の声に反応して、塔の蔦と苔で覆われた石の壁が小刻みに震えだす。

 輝く紗代の目の前、塔の表面に青色の魔法陣が出現して光を強めていった。


「えっ、きゃ……」



 全身が引っ張られる感覚を覚えた次の瞬間、紗代は塔の外ではなく四方を石の壁に覆われた薄暗い室内に居た。


「入れちゃった……本当にファンタジーだった」


 状況の変化に付いて行けず硬直していた紗代の肩を犬の鼻が突く。


 塔の内部は物音が全くせず、人の気配は全くない。

 あれだけ吹いていた風の音も聞こえず、紗代の呟きだけが響いた。


塔の中へ入りました。

明日から夕方一回の更新となります。

よろしくお願いします。

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