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02.使用人扱いをされる

 聖女召喚に巻き込まれてやって来たこの世界の生活水準は、産業革命が起こった後のヨーロッパ文化に似ていて衣食住ではそれほど不自由はしなかった。

 戸惑ったことは、少々料理の味付けが和食とは違うことと魔力の存在だった。


 幸いにというか異世界召喚特典なのか、紗代には魔力が備わっていたらしく罪人のように衛兵に引き摺られて押し込められた使用人部屋で、テーブルランプの灯りを四苦八苦の末に点灯出来た時は泣いてしまった。

 電気ガスの代わりに魔力で動く道具の数々、魔力量の少ない者のために魔石が動力源となり使われており、電気をつける時やシャワーを使用する時、トイレを流すときに微弱な魔力が必要でその起動方法に慣れるまで苦労したが、慣れれば徐々に使いこなせるようになる。

 因みに、この世界の言語が普通に理解できるし喋ることが出来るのは、魔力と同じく異世界召喚特典らしい。


 王子様の目を盗んでこっそり紗代の様子を見に来てくれた、召喚された時にあの場にいた魔術師が教えてくれた。

 巻き込まれて召喚された紗代に同情的な魔術師の青年は、紗代に待遇を改善してやりたいが上司である魔術師団長の命令には逆らえないと、申し訳なさそうに言い、生活していく上で最低限の魔法を教えてくれた。

 教えてもらった生活魔法は、この使用人生活ではとても重宝しているため、もう彼を恨んではいない。


「はぁ、折角、彼からデートに誘われたのにさ、明日も仕事なんて悲しいわぁ」

「風邪ひいたってことにして休んだら? 今ならバレないでしょう」

「出立の準備で忙しい時なら一日くらい休んでも怒られないかしら? あ、それか新人に仕事を押し付けるのはどう?」

「それいいわねぇ。私もその手で休むわー」


 隣の部屋から、使用人の女性たちの笑う声が聞こえてくる。

 彼女達はきっと、壁越しに声が紗代の方まで聞こえていることに気付いているはずだ。聞こえていると分かっていて、大声で話しているのだろう。

 身寄りも無く、自分達よりも下の存在だと。虐めても構わないみすぼらしい女だと、他の使用人達は紗代のことを見下しているのだ。


 望まれて召喚された聖女様と、不細工で無用なおまけ。

 皆に大切にされ、美形で権力を持つ王子様と護衛騎士達に囲まれてお姫様の様に大事にされている凛子。対照的に、不細工と言われて使用人以下の扱いをされる自分。


 この世界へ召喚されてもう直ぐ三か月が経とうとしている。

 召喚された理由も存在の価値も無い紗代は、これから一生、王城の下働きとして暮らさなければならないのだろうか。そもそも寿命が訪れるまでの数十年間、此処で使用人として暮らしていけるものなのだろうか。


 目蓋を閉じた紗代の脳裏に浮かぶのは、家族と友人達の姿。元の世界では自分はどんな扱いになっているのだろうか。

 失踪したのかと心配されて、警察に捜索願が出されているかもしれない。


「帰りたい……」


 マットレスなど無い固い木のベッドに寝転び、薄い枕に顔を埋めた紗代の目から涙が溢れた。




 今夜は、王子様と聖女凛子がこの世界を我が物にしようと企む悪しき魔王討伐の旅へ出発する前夜。

 貴族を招いての晩餐会が開かれるため、朝から調理場はフル稼働しており使用人たちがひっきりなしに出入りしていた。


 他の使用人に混じり、紗代も大量の野菜を朝から洗ってはまな板へ乗せ、重たくて年季の入った包丁で刻んでいた。

 刻んでも刻んでも、野菜は追加されていき終わりが見えない。注意していれば、他の使用人が自分の分の野菜を紗代の籠へ入れていると分かったのだが、余裕も気力も無い彼女は気付いていなかった。


「休憩時間中に覗いて来たのだけど、聖女様、とてもお綺麗だったわ」

「うらやましいわ。第二王子様と聖騎士様、筆頭魔術師様、神官様とご一緒に魔王討伐へ行かれるだなんて。あんなに美しい方々はそうそういらっしゃらないもの。第二王子様は剣術に長けておられて魔力も強いし……魔王討伐もあっという間に成し遂げてしまうでしょうね」


 大学一番の美女に選ばれ、お洒落な男子達に囲まれていた凛子は、この世界でも王子様や美形な騎士様達に囲まれているのか。

 魔王を倒すために召喚された聖女。

 ファンタジー小説や漫画ではありきたりな展開とはいえ、行く先々で「聖女様」と性格が悪い凛子が崇められていくのかと思うと、紗代は玉葱を刻みながら自分の境遇を呪った。


「新入り、次は洗濯場へ行きな!」

「はい」


 中年女性の使用人から命じられて、刻んだ玉葱をボウルへ入れて紗代は洗濯場へ向かう。


 包丁を握りすぎて、感覚のほとんど無くなった手を開いたり握ったりしながら向かった洗濯場は、灯りが消されていて薄暗く寒い。

 ランプが持ち去られていることから、洗濯場担当の使用人は紗代に仕事を押しつけて晩餐会を覗きに行ったのだ。

 溜息を吐き、紗代は灯りの魔法を唱える。ゴルフボール大の光の玉が出現し、洗濯場を明るく照らした。


 水道の蛇口にはめ込まれている魔石に魔力を注ぎ込み蛇口を回す。勢いよく出て来る水を大ダライへ溜めて洗剤を溶かして入れ、次に汚れたシーツを入れる。


「うわぁ、吐いてあるシーツか」


 吐しゃ物がこびり付いたシーツに顔を顰めた紗代は、息を止めて大タライへ汚れたシーツを入れた。


 昨晩の夜会で誰かが嘔吐した吐しゃ物で汚れたシーツ。

 石けんと一緒に置いてあるはずの手袋も無く、これでは素手で洗わなければならない。

 意地悪をされたのだと分かり、溢れそうになる涙は唇をきつく結んで堪える。

 此処で泣いてしまえば、隣の作業場から覗いているだろう意地悪な使用人達を愉しませるだけだ。

 魔術師から教わった浄化魔法をこっそり使い、シーツに付着した吐しゃ物を落とす。他の者達にバレないように魔法を慎重に使っているうちに、魔力調節が上手くなったと昨日様子を見に来てくれた魔術師に褒められた。


 山積みの洗濯物を洗うには少ない量の石けんの泡を魔法で増量させて、紗代は洗濯板にシーツを擦り付けて無心で洗い始めた。


 お城のどこかで開かれている煌びやかな晩餐会の音も、楽団が奏でる音楽もこの洗い場には届かない。聞こえるのはシーツを洗う水音と使用人達の慌ただしい足音だけ。

 凛子は元の世界でも男子達に囲まれて、この世界でも王子様達に囲まれてお姫様の扱いをされて、明日には多くの人達に見送られて旅立つ。

 不用だとオマケだと判断された自分は、使用人以下の存在として不当な扱いを受けているだなんて、あまりにもみじめで悲しくなる。


(異世界に来たのに、何でこんなことをやっているの? 魔力があるのなら、何とか生きていけるのに……不用だと言うのなら、此処から私はいなくなってもいいのではないの?)


 この三か月の間、自分でもよく耐えたと思う。使用人達からの新入り虐めにも辟易していたところだ。


『貴女は才能がある。きちんと魔法を学べば立派な魔術師になれますよ』


 フードをかぶった魔術師の言葉が脳裏に蘇る。

 此処から出て、魔法を習えばこの世界でも生きていけるかもしれない。元の世界へそう簡単に戻れないのならば、どうにか生きていく術を考えなければならない。


(でも、何処へ? 何処に行けばいいの?)


 洗濯板へシーツを擦り付ける指に力がこもる。

 王城周辺には結界や衛兵による強固な警備が敷かれている。使用人部屋へ押し込められた時、衛兵は「逃げようとしても無駄だ」と、言っていた。


 水の冷たさで感覚が無い指先を動かして、洗い終わったシーツを絞って乾燥室へ持って行こうと畳んで籠へ放る。

 洗ったシーツで籠の半分が埋まると、紗代は籠を両手で抱え持って隣接する乾燥室へ移動する。


 乾燥室の扉を開けると、扉の隙間から漏れた高い室温と外気の温度差に眩暈を感じて紗代はよろめいてしまう。よろめいて抱えていた籠を落としてしまった。


「あっ」


 落ちた籠からシーツが散らばり、紛れ込んでいたレースのショールが吹き抜けた風に飛ばされてしまった。


「うそっ」


 細かい刺繍がされた高そうなレースのショールは風に舞い、森の方へ飛んでいく。

 もう直ぐで追いつくと思い手を伸ばす度、紗代を嘲笑うように新たに風が吹いてショールを森の奥へと飛ばすのだ。




 風に舞うショールを見失い、息を切らせた紗代は周囲を見渡す。


「え、此処って何処?」


 城の庭というよりも此処は森の中だった。

 ショールを追いかけて走って行くうちに、随分と森の奥まで入ってしまったようだ。


 籠を乾燥室の入口に放ったまま出て来てしまったし、今戻っても叱られるだけだ。何よりも、警備網に引っ掛からず城から離れられたのはチャンスかもしれない。

 木々の隙間から城の外れに建つ塔の先端がかろうじて見える。

 周囲を探っても人の気配はしない。深呼吸をした紗代は、城とは反対の方向へ歩き出した。


 雑草に覆われた小道を歩いていくと突然視界が開け、広場の様な場所へ出た。

 広場の真ん中に位置する所に石柱で組まれた門が設置されており、風に飛ばされたショールが門の先に引っ掛かり目印の様にはためく。


「何これ? 石でできた門?」


 石造りの年季の入った門は、人が一人くぐれる大きさでかつてこの場所に庭園があったのか、宗教的な意味があるのかもしれないと、恐る恐る紗代は引っ掛かっているショールを取ろうと近付く。


 手を伸ばし、ショールの端を掴んだ瞬間、


「うわっ、」


 向こう側の木々が見えていたはずの門の中から、白銀の光が溢れ出る。

 光は目を見開く紗代の全身を包み込んでいき、一気に弾けた。


 弾けた光が収まると、門の前に立ってはずの紗代の姿は何処にも無く、彼女が手にした白色のショールも忽然と消えていた。


本日17時にもう一話更新して、以降はのんびり更新となります。

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