“偉大な魔術師”の昔語り①
ジーク君視点、始まります。
最果ての地に建つ魔術師の塔。
古の賢者が纏めた知識が隠されているとも、金銀財宝が隠されているとも言われる塔の話を知り、数多の冒険者達が塔を目指した。しかし、魔物や巨大化した動植物達が行く手を阻み塔に辿り着く前に力尽きる者も多く、幸運にも辿り着いたとしても入り口は見当たらず、誰一人として内部へは入れなかったという。
塔の主から許可された者のみが入れる屋上庭園は、季節を問わず満開の色とりどりの花々が咲き乱れていた。
庭園の中央を流れる小川の先、常に澄んだ水を湛える泉の畔に立ったジークは泉へ向けて右手をかざした。
ぱあぁぁぁー
右手の平に集まった魔力に反応し、泉全体が紫色の光に包まれる。
数秒後、光が収まった泉の中央がコポコポ音を立てて泡が盛り上がっていく。泡から全身水色の女性の姿をした水の精が出現し、ジークへ深々と首を垂れた。
「これで私のお役目は終わりでございますね」
塔が建てられてから、長きに渡り自身をこの泉へと縛り付けていた鎖が消えたのを感じ取り、水の精はやわらかく微笑む。
「ああ。お前の役目は終わった。この塔から解放されるのは嬉しいか?」
「ええ、嬉しゅうございます。貴方様が恋焦がれ、長きに亘り望まれていらした御方をようやく手に入れられたのですから」
聖女達から“ジーク君”と呼ばれていたジークフリートは、彼女達の前では他者を威圧する魔力も冷酷な顔も微塵も見せず、水の精にはとても幸せそうに見えた。
「あの御方が塔の封印を解かれて百五十年。ジークフリート様、どうか姫様とお二人でお幸せになってくださいませ」
世界を相手に戦争を仕掛け滅された魔王によりこの塔に施されていた封印を解き、幽閉されていた哀れな王子を救い出した聖女。
そして聖女を慕い続けた、かつての王子を水の精は慈しみの目で見詰めた。
***
魔力を遮断する特殊な金属で作られた格子がはめられ、物理魔法どちらの力でも破壊出来ぬように強化された窓。
雲よりも高い塔の一室から薄暗い空を見ているのは、まだ幼さが残る顔立ちをした少年だった。
銀髪に漆黒に近い紺色の瞳をした少年の名はジークフリート。
格子と格子の間、僅かな隙間から手を出したジークフリートの人差し指に、漆黒の翼を羽ばたかせた使い魔が止まる。
「勇者と聖女が魔王を倒したのか」
使い魔を送ってきたのは、魔国の王都でも数少ない少年の味方でもあり彼の命を繋いでいる者、騎士団長からだった。
使い魔は、魔王が人族と妖精族から選ばれた勇者と異世界人の聖女によって倒されたこと、その時に正妃と側妃の半数も死亡したということ、後処理が済んだ頃に迎えに行くという騎士団長からの言付けをジークフリートへ伝える。
「魔王と正妃だけは俺が殺したかったのに」
生まれてから今までの間、片手で数えることしか顔を合わせたことがない父親とは微塵も思えない父親。最後に顔を合わせたのはこの塔へ幽閉される直前だった。
幽閉の表向きの理由は、側妃の一人だった母親が正妃を害したというものだが、真の理由はジークフリートが生まれながら持つ膨大な魔力だった。魔族の寿命は長いとはいえ、衰えが見えてきた魔王の魔力と肉体のスペアとして末の息子を幽閉したのだ。
魔王のために生かされているだけの存在。それが末の王子ジークフリートだった。
魔族の中でも魔力の強い者や高位の者たちを幽閉するために建てられた塔で、ジークフリートの世話をする者は魔力によって動く人型を模した傀儡だけ。何代か前の魔王より塔の管理を命じられていた水の精は、幼い王子の慰めのつもりなのか殺風景だった屋上庭園を花々の色彩に満ちた場所へと変えた。
「この先、どうなろうが俺には関係ない。こんな国など滅びてしまえばいい」
魔国内でも反意を持つ者が多かった魔王が倒れた後、魔国は数多くいる王子と王女による王位争いが始まるだろう。王子と名ばかりの王族の末席にかろうじて座っているジークフリートにとって、王位など不要なものだ。ただ、冤罪で母親を処刑した正妃と自分をこんな場所に閉じ込めた魔王はこの手で滅ぼしてやりたかった。
騎士団長の手の者を待つ間、鬱々とした感情が蓄積していく。
父親への復讐が生きる支えとなっていた幼い心は、徐々に蝕まれていった。
一週間後。
突然、塔全体を包む結界が揺らぎ、傀儡ではない何者かが塔内へ侵入した。
騎士団長の配下の者達とも違う気配に、ジークフリートは護身用に持っていた剣の柄を持ち身構える。
バンッ!!
扉が勢いよく開かれ、ジークフリートは目を大きく見開いた。
「助けに来たよ! 王子様!」
若い女性の声がカーテンを閉めて薄暗くなっている室内に響き渡る。
「あれ? 居ないの?」
魔法の光が灯され明るくなる室内。
魔法の光の眩しさで、ジークフリートは目を細めて扉を開けた人物、小柄な女性を見た。
白色のローブを羽織り、長い黒髪を耳の後ろから三つ編みにした平凡な見た目とは異なり、体の内側から強い光を放つ人族の女性。
右手で握っている白銀に輝く杖から発せられる聖なる力を感じ取り、彼女が塔の結界を解いたのだと気が付いた。
(この女、聖女か!)
魔王の血を引く自分を始末しに来たのかと、ジークフリートは剣を握る手に力込めた。
「お前は、誰だ?」
「もう大丈夫だからね」
剣の切っ先を向けられているというのに、若い女性は全く怯むことなく白い歯を見せて笑った。
「此処から出よう」
剣の間合いに入っているのに、女性は警戒することなくジークフリートへ手を差し伸べる。
敵意も害意も向けること無く優しく笑う女性の顔と手を交互に見て、壊れかけていた心が揺さぶられる。
カランッ、力を込めて握っていた剣がジークフリートの手から落ちる。
(罠かもしれないのに、何故、俺は)
聖女の微笑みに吸い寄せられるように動く自分自身に戸惑いながら、差し伸ばされた彼女の手に震えていた自分の手を重ねた。
「あ……」
手のひら全体から忘れかけていたぬくもりを感じて、ジークフリートの瞳から涙が零れ落ちた。
幽閉された塔から出たジークフリートは、騎士団長に迎え入れられ王城の外れに建つ王子宮へ居を移した。
王子宮の廊下をバタバタ走る騒がしい足音と、静止する使用人達の声が聞こえてジークフリートは溜め息を吐いた。
ガチャッ、バンッ!
「ジーク君こんにちはー!!」
慌てる侍従を押し退けて部屋へ入って来た水色のワンピースを着た女性を睨み、ジークフリートは読んでいた本を机上へ置く。
「俺はジークという名ではないと言っただろう」
「だって、ジークフリートって呼ぶのはあまり可愛く無いでしょう?」
年長者であってもジークフリートが魔力を込めて睨めば怯むというのに、この無遠慮な異世界人は鈍感なのか聖女の持つ加護の力か全く効かない。
「ジーク君の方が呼びやすいし可愛いでしょ?」
「可愛い?」
言われた言葉を直ぐには理解出来ず、ジークフリートはぱちくりと目を瞬かせる。
「サチコ、もう俺にかまうな」
「かまうなと言われても、私にはジーク君くらいの弟がいてね。ジーク君みたい反抗期真っ盛りの。本当はかまって欲しいのに反抗期だから上手に甘えられないのよ。だからほっとけないのよね。ケーキを持ってきたから一緒に食べよう」
異世界から召喚された聖女、紗知子はケラケラ声を出して笑い出す。
「弟、反抗期、だと?」
紗知子に笑われたジークフリートの顔は羞恥で真っ赤に染まっていく。
側で聞いていた侍従も「反抗期」と呟き、プッと吹き出した。
リアルショタ時代の話です。先代聖女様は紗知子さん。
次話へ続きます。




