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20.家政婦女子は疑問に思い不安になる

後半、プロローグと重複しています。

 アーバンの町へ買い物に来た紗代は、行きつけのパン屋でバゲットを包んでもらう間、店の隅に置いてある椅子に座りマガジンラックに差し込まれた新聞を手に取った。


 今日の日付の新聞を広げれば、一面に“聖女様御一行、魔国へ向かう”という見出しと、王子様に腰を抱かれる綺麗に着飾った凛子の写真が載っていた。

 不鮮明な写真とはいえ、寄り添い親密な関係だと分かる凛子と王子様の姿から覗き見た森での二人を思い出してしまい、紗代は嫌悪感から顔を顰めてしまう。


「お待たせしましたー」


 元気な女性店員の声が聞こえ、紗代は読んでいた新聞から顔を上げた。


「ああ、今日の新聞ね。聖女様が魔国へ向かうって記事が載っていて私も驚いたわー。聖女様が魔国へ何しに来るのしら。まさか魔王様を倒す気かしらってね」


 ケラケラ笑いながら女性は紗代へバケット入りの袋を手渡す。


「あの、聖女様が向かっている魔国って何処にあるんですか?」


 新聞の見出しを指差して問う紗代へ、女性店員は「えっ!」と目を大きく見開いて驚く。


「オサヨちゃん? 何言っているんだい。魔国はこの最果ての地を含めた一帯を治める国だよ。魔王陛下が治めているんだよ」

「魔国って、此処が?」


 今度は紗代が目を丸くした。

 通りでアーバンの町民達から強い魔力を感じたり、素人の紗代の目から見てもレアな魔法アイテムが売っているはずだ。

 外に出れば強い魔物が徘徊しているし、此処はファンタジーゲームで言ったら“終盤の町”だったのか。

 改めて女性店員を見る。此処が魔国ならば、彼女は人族よりも強い魔力と長い寿命を持つ魔族なのだ。魔族と言っても、ファンタジー漫画やゲームに出て来るおどろおどろしい見た目ではなく、見た目は人と変わらない。


「魔国って、此処はそう簡単に来ることが出来る場所なのですか?」


 塔内にある図書室で読んだ地理の本には、高い岩山に阻まれている魔国はそう簡単に行けない国だと書かれていた。


「昔は辿り着くのは大変だったらしいね。でも今は転移門があるからねぇ。国境まで行くのはちょっと大変だけど、入国手続きをすれば入れるよ」

「魔国と他の国は敵対していないんですか?」

「魔国と他国が敵対していたのは百年以上前の話だって」


 ケラケラ声を出して店員は笑う。

 図書室にあった歴史書には、彼女の言う通り150年ほど前に人族と魔族の間で戦争が起きたと書いてあった。


「今の魔王陛下は少し過激な発言もあって一部の国と仲が悪いみたいだけど、今の所戦争が起きるなんて聞いたことはないよ。魔国は魔法や魔道具の研究に熱心だし上質な魔石が採れるから、人の国は関係が悪くなるのを避けるだろうしね。あ、いらっしゃーい。ごめんね、オサヨちゃん」


 来店客を知らせる店舗扉のトーンチャイムが鳴り、客の方へ行く女性店員へ頭を下げて紗代は椅子から立ち上がった。


(戦争が無いなら魔王と敵対する必要なんて無いじゃない。どうして、あの国の人達は魔王を倒すために聖女を召喚したの? もしかして、ラスピア王国とあの高慢な王子様の都合?)


 だとしたら世界の平和とは程遠い、不必要で理不尽な召喚に巻き込まれたことになる。疑問と同時に、怒りの感情が紗代の頭の中を占めていく。



 バゲット入りの紙袋を抱えて町の外へ出た紗代は、エプロンのポケットからコンパクトミラー形の魔道具を取り出す。

 コンパクトを開き息を吐いてから魔力を流し込み、魔術師の塔へ転移するための魔道具を発動させた。


 パアアアー!


 白色の光に包まれ数秒間の浮遊感の後、紗代は魔術師の塔内部にあるホール中央に描かれている魔法陣に降り立った。

 魔法陣からの光が落ち着くと、紗代の側へ尻尾を振ったケルベロスが駆け寄ってくる。


「ただいまケルちゃん。ジーク君は?」

「がうう」


 紗代に首の下を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めたケルベロスは首を横に振る。


「あ、そうか。しばらく部屋に引きこもるって言っていたね。まだ籠っているなら、ご飯はどうするのかな? 夕飯には出て来ればいいけど……」


 買い物へ出掛ける前、昼食後に「しばらく部屋に籠る」と言って自室へ行ったジークは部屋で何をしているのか。

 紙袋を抱えなおした紗代は、小窓から射し込む夕日によって影が出来ている階段を見詰めた。




 ✱✱✱




 黒光りする重厚で四隅を金属で補強された扉に耳をくっつけ、紗代は扉の向こう側の物音をどうにかして聴きとろうとして耳を澄ましていた。

 どんなに扉に耳をくっつけても、耳を澄ませても、自分の息遣いと心臓の鼓動しか聴こえない。

 扉から耳を離して紗代は、ふぅと息を吐いて扉に手をつく。


 傍らに座って心配そうに紗代を見上げているケルベロスは、額の目と両目、両耳を下げて立ち上がると「もう止めなよ」とばかりに彼女の服の裾を咥えて引っ張る。


「止めないでケルちゃん、ジーク君が部屋に引き篭もってもう二日だよ? さすがにこれ以上は心配だよ。前は遅くても翌日には出てきたのに。何かあって倒れて干からびているかもしれないじゃない」

「がうぅ」


 真剣な顔で言う紗代に圧されて、ケルベロスは咥えていた服の裾から口を外す。


『いいかサヨ。これから少々面倒な案件を片付けなければならない。俺が出てくるまで部屋には近付くな。ケルベロス、頼むぞ』


 二日前、昼食を食べ終わったジークは身を屈めたケルベロスの頭を撫でながら「部屋へ近付くな」と言っていた。

 雇い主であるジークに命じられたとはいえ、二日前の昼ご飯からご飯も食べずに部屋から出てこない彼がお腹を空かせていないか心配になる。


「ご飯を食べるかどうかくらい聞きたいの」

「がうぅー」


 諦めたらしいケルベロスが後ろへ下がったのを確認して、紗代はエプロンドレスのポケットから金色の鍵を取り出す。

 塔内の掃除をするために、塔内の全部屋に対応したこの合い鍵をジークから受け取っていたのだ。

 音を立てないように鍵穴に鍵を差し込みゆっくりと回す。


「ジーク君ー!! 生きていますかー? 夕ご飯の時間ですよー。心配だから入りますよー!!」


 勢いよく扉を開き、紗代は箒を片手に持ち室内へ足を踏み入れる。

 見た目は何時もと変わらない室内なのに、漂う空気は重苦しくハーブに似た薬草の香りがしない。嗅ぎなれない生臭い臭いに紗代は顔を顰めた。


 居住階の半分ほどの面積を使ったこの部屋はとても広く、天井まで届く無数の本棚が設置されているものだから、さながら本棚の迷路。

 ジークの机が置かれている部屋の中央へ向かっていると、紗代の前へ目を吊り上げた牙をむき出しにしたケルベロスが躍り出た。

 全身毛を逆立てたケルベロスは、紗代を自身の背中で隠すように立つ。


「がうぅー!」

「どうしたの? ケルちゃ、えっ?」


 ぼたり、紗代の頭上から生暖かく重量のある何かが落ちてきて、彼女の全身を粘着質な液体が汚していく。


『アア、スゴクイイニオイ。ウマソウダ』


 首を動かして上を向けば、五メートルはあろうかというくらいの高い天井に頭がついてしまい、顔を斜めにしている頭部に角が生えた巨大な一つ目の大男が本棚を掴んで紗代を見下ろしていた。

 目を見開いて硬直する紗代と視線が合うと、涎で濡れた口元を手の甲で拭った大男は大きな口と目を歪めて笑う。


「きゃああー!!」


 悲鳴を上げた紗代は、恐怖と驚きからその場にへたり込んでしまった。早く逃げなければと思うのに体は動いてくれない。

 牙を剥いて身を屈めたケルベロスは、今にも大男に飛び掛からんと臨戦態勢をとる。


 大男が紗代へ向けて手を伸ばそうとした時、部屋いっぱいに金色の光が出現して室内は光の洪水となった。

 光の眩しさに耐え切れず、紗代は目蓋を閉じて両腕で顔を覆う。


「え?」


 光が収束しきつく閉じた目蓋を開いた紗代の視界から、大男の姿は最初から居なかったかのように消え去り部屋中に漂っていた重苦しい空気は無くなっていた。

 部屋の空気も生臭い匂いではなく、何時もと同じ薬草の独特の香りへ戻っている。

 今の大男はいったい何だったのかと、紗代は目を瞬かせた。



 臨戦態勢を解いたケルベロスが紗代の傍らに座り、真っ白でフワフワの毛で覆われた尻尾をブンブンと振り出す。


「このっ、馬鹿がっ!!」


 響き渡る怒号によって部屋の中の物が揺れる。

 紗代もビクリッと肩を揺らし「ひっ」と悲鳴を上げた。


「部屋には入って来るなと言っただろうが!!」


 怒鳴りながら本棚の影から現れたのは、目を吊り上げたジークだった。

 光の加減で鮮やかな赤紫色にも深い青紫色に変化する切れ長の紫色の瞳は、今は瞳に怒りの光を宿して雰囲気だけで紗代を圧倒する。


「だって、だってご飯が、出来たから。昨日もずっと出てこないから」


 震える唇で言葉を紡ぐ紗代の眉尻が下がっていく。


「邪魔して、ごめんなさい」


 紗代の大きな瞳に涙が浮かぶのを見て、ジークはグッと言葉を飲み込んだ。


「いい。連絡しなかった俺が悪い」


  瞳から零れ落ち頬を伝う涙から視線を逸らすように、ジークは横を向いた。



次話、プロローグの続きになります。

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