17.家政婦女子はキュンキュンする
あらすじ:丸洗いされた紗代はうさちゃんパンツに悶えた!
両手で顔を覆った紗代は、掛け布団にくるまった状態からなかなか抜け出せずにいた。
『恥じらうな。女の裸など見慣れている』
眉一つ動かさないで言ったジークの顔を思い出すと胸が苦しくなる。
『この不細工でみすぼらしい女は聖女ではない』
この世界に召喚された時、凛子を選んだ王子様が向けた蔑んだ眼差しを思い出すと、恐怖で体が震えた。
(美形でもジーク君と王子様は違う。勘違いしちゃ駄目だよ、紗代。ジーク君とは家政婦契約をしているから、身の回りの世話をする者が必要だから助けてくれただけなのに。体を洗ったのもキスしたのだって、毒を抜くためだって言っていたじゃない)
毒のせいで意識が朦朧としていたとはいえ、青年の姿になったジークに体を洗われてキスしたのは事実なのだ。
彼が見覚えの無い、肩紐と裾にフリルが付いたうさぎと人参のアップリケがワンポイントになった可愛いネグリジェに着替えさせたのだと、お揃いのうさぎのアップリケ付きパンツまで履かしてくれたのだと思うと、全身が熱くなる。
ぐぅー
身じろいだ時、混乱する心を無視した紗代の腹は空腹を訴える。
かぶっていた掛け布団から頭を少し出して、サイドテーブルの上に置いてある置時計を確認しようとした紗代は、カーテンの隙間から部屋へ射し込む陽光の光から時刻は昼近いのだと分かった。
(ご飯、作らなきゃ。ジーク君もケルちゃんも、お腹空いているよね)
与えられた役目を全うしなければと思うと、沈んでいた気持ちが浮上してくる。
ベッドから下りた紗代は、身に纏うネグリジェから剥き出しになった肩と膝上の丈の心許なさに耐え切れず、早歩きでウォークインクローゼットへ駆け込んだ。
ウォークインクローゼットの中に入り、ふと違和感を覚える。
下着を入れているチェストの引き出しを開けて、紗代は首を傾げた。
「あれ? ブラが無い? キャミも?」
普段使いしている飾りのないシンプルなデザインのブラジャーとキャミソール、ついでにパンツが引き出しの中を探しても見当たらない。
無くなっているのは普段使いのシンプルな下着のみ。身に着けたことのない、フリルで装飾された可愛いデザインやレースの下着はあるのに、どうしたのだろうか。
「全部洗濯しちゃったのかな? うーん、仕方ないからうさちゃんで揃えるか」
洗濯は毎日しているのに普段使いの下着が無くなるのは変だと思いつつ、紗代は人参柄の布地にウサギのワンポイントが付いたブラジャーを手に取った。
ネグリジェを脱いで仕方なしに着た、慣れない可愛いデザインとピンク色のキャミソールを着て全身鏡の前に立つ。
太股に触れる裾のレースと襟に付いたレースが肌と擦れて、落ち着かない気分になってくる。
全身鏡に映る自分に感じた違和感は、ハンガーに掛けられていたいつものワンピースを着ればキャミソールとブラジャーとパンツは隠れて、あまり気にならなくなった。
「がうっ!」
部屋の扉を開くと同時に、通路に寝そべっていたケルベロスは嬉しそうな声を上げた。
風を巻き起こしながら尻尾をぶんぶん振り、部屋からへ出た紗代の目前まで駆け寄ったケルベロスは胸元へ鼻先を擦りつける。
「ケルちゃんっ」
手を伸ばして無数の蔦が巻き付いていた首元を撫でる。
「怪我してない?」
乱れた毛並みはモフモフのままで安堵の息を吐いた。
「お腹空いたでしょう? これからご飯を、ってケルちゃん?」
紗代の背後へ回ったケルベロスは背中に額を付けて、前へ進むように弱い力で押す。
階段の手前まで押されて、ケルベロスが下の階へ行けと訴えているのだと分かった。
空腹で早く食事を作ってくれと意思表示をしているのかと、笑った紗代はケルベロスの首元を撫でて階段を下りる。
だが、階段を下りて行くにつれて下の階から漂ってくる臭いが鼻をつき、足が止まった。
「焦げ臭い……えっ? まさか」
鼻をつく焦げ臭いにおいの元が何処からか気が付き、紗代は階段を駆け下りる。
(まさか、この臭いって?!)
残りの階段二段を飛び下りて臭いの元である部屋の前へ立つ。
ばんっ! と勢いよく調理場の扉を開いた。
「……おはよう」
ぶっきらぼうに朝の挨拶をしながら、ジークは開いた扉の方を向く。
焦げ臭い臭いがする調理場に居たのは、シャツの上からクマのアップリケが縫い付けられている黒色と白色のストライプ柄のエプロンを着けたジークだった。
右手にはフライ返しを持ち左手にはフライパンを持った彼はコンロの前へ立ち、どうやら料理をしているようだ。
フライパンから立ち上る煙で、中で焼いているものは焦げているのが分かり慌てて紗代はジークの側へ走る。
「ジーク君、焦げてるっ」
「ああ」
指摘されても慌てずに、ジークは焼いていた目玉焼きを左手で持つフライ返しを使い、フライパンから剥がして皿へ乗せる。
「作ってみた」
焦がした目玉焼きを乗せた皿を紗代に見せて、恥ずかしそうにほんのり頬を染めたジークはぶっきらぼうに言う。
白身は焦げて端が黒色になった目玉焼き。
フライパンに強固にくっついて付いていた状態から、油をひかずに強火で焼いたのだろう。調理机の上に置いてあるもう一つのフライパンには、焼き過ぎてカリカリになったベーコンと焼き過ぎて皮が割れているウインナーが並んでいた。ボウルには少々雑に千切ったレタスの塊。
見た目は少々歪で焦げている目玉焼きは苦そうで美味しくなさそうだけれど、眠っていた紗代を気遣い一生懸命朝食を作ってくれたのが嬉しくて、つい先ほどまでジークに抱いていた不安は全て吹っ飛んだ。
嬉しさから紗代は満面の笑顔になる。
「ジーク君、ありがとう」
ほんのり目尻に涙を浮かべて嬉しそうに笑う紗代を見て、目を見開いて数秒固まったジークは視線を横に逸らした。
「体は、もう大丈夫だろうか。昨日は、無理させて、悪かった。もう少し早く助けに行けば、サヨは毒を浴びずに済んだのに。獰猛な魔獣も動けなくなるほど強い毒だ。解毒させるためには、妖精族の秘薬で洗うしか無かった。脱がされるのを嫌がっていたのに……なかなか目を覚まさないから、焦った。紗代は人だったと実感したのだ。その……すまなかった」
謝罪の言葉なんて言うキャラでは無いのに、腰に手を当てているのは偉そうで謝罪を表すような態度ではないけれど、一気にまくしたてるように言った言葉からは心配していたんだということが伝わってくる。
裸を見られた恥ずかしさで泣いた紗代を気にかけて、魔法を使わずに頑張って朝食を作ってくれたのも、全てが嬉しかった。
「よく覚えていないけれど、ジーク君は助けに来てくれたよ。洗われたのは、その、すごく恥ずかしいけれど、助けに来てくれて嬉しかった。ご飯も作ってくれてありがとう」
満面の笑みで感謝を伝えた紗代は顔を上げて、ハッと息をのんだ。
目を開いて頬を赤く染めたジークは紗代の視線に気付いて慌てて横を向く。
顔を見られたくないのか片手で口元を覆うが、赤くなった頬と耳のせいで彼が照れているのはバレバレで。
(ああ、どうしよう。こんなのって……ジーク君が可愛い)
甘酸っぱい感情が胸の奥に広がる。
心臓が鷲掴みされてように切なくて、今の自分に効果音を入れるとしたら“キュンッ”というものか。
自称偉大な魔術師、素性が全く分からない見た目は年下の男の子。彼とは元の世界へ戻る間だけの期間限定の雇用関係なのに。
弟ならともかく、異性として意識しては駄目だとずっと心にブレーキをかけていたのに。
こんな可愛い顔を見てしまったら、蓋をしていた感情が溢れ出てしまうじゃないか。
全身を赤く染めて胸に両手を当てて固まる紗代と、視線を逸らして照れているジークの二人を上目遣いで時折見ながら、ケルベロスは床に置かれた皿に山盛りになっている焦げすぎてカリカリどころか、炭一歩手前になってしまったベーコンを食べる。
「ぐほっ!?」
ベーコンの焦げた部分を食べてしまい、ケルベロスは苦さに顔を歪めてゲホゲホむせた。
「可愛い」とキュンキュンしちゃいました。
次話から甘さ増しましで、紗代ちゃんは悶々していきます。
目玉焼きを持って照れてる、可愛いジーク君を洋菓子さんに描いて頂きました!活動報告に載せています(*^^*)




