16.家政婦女子は丸洗いされる
あらすじ:紗代は粘液でベタベタになった!
古代の森から転移魔法で転移した場所は、魔術師の塔内部にある浴室へ続く脱衣所だった。
縦抱きにしていた紗代を籐で編まれた椅子に座らせて、ジークは羽織っていたローブを脱ぎ床へ放る。椅子の横に片膝をついて身を屈めた。
「なにを、しているの?」
ぐらぐら揺れる視界の中、青年の姿に成長したジークの長い指が紗代の着ているブラウスの釦を外していくのが見える。
あっという間にジークの指は釦を外していき、シンプルなデザインのキャミソールが彼の目前へ晒された。
「体を洗うためには、脱がせなければならないだろうが」
当然のことだと宣うジークは、全ての釦を外したブラウスから紗代の両腕を引き抜くと、棚の下に置いてある脱衣籠へ放る。
「じぶんで、ぬぐ」
汗と浸透した粘液で濡れたキャミソールの肩紐が肩から落ちて、ブラジャーに包まれた右の胸があらわになっている。肩紐を直したくとも力が抜けきった手は動いてくれない。
「フッ、出来ぬから俺が脱がしているのだろう」
鼻を鳴らしたジークの手がキャミソールの裾に手をかける。
僅かに動く首を必死で動かして横に振り、止めてほしいと意思表示をした。
「やだ」
「恥じらうな。女の裸など見慣れている」
女性の裸を見慣れているのも脱がす行為を大したことではないというのも、ジークの意見であってけっして紗代の意見ではない。
止めてほしいと涙で潤む瞳で訴えているのに、全く意に介さずキャミソールの裾を持ったジークは一気に捲り上げて脱がせた。
飾りの無いシンプルな白色のブラジャーと、谷間とは縁遠いささやかな胸元に彼の視線が行くのが分かり、紗代の体温は上がっていく。
「じーくくん、ばか、へんたい、きらい」
紗代の右足首を持ってズボンのホックを外していたジークの指が止まる。
「もう黙れ」
眉間に皺を寄せ一層低くなった声で短く命じる。
命ずることに慣れている高慢な声に潜む不穏なものを感じ取り、思考が鈍っているとはいえ従った方がいいと感じ取った紗代は口を閉ざした。
ぱあああー
紗代の周囲が光り輝き、身に着けている魔力耐性が強いクマパンツ以外の衣類が粒子となって消える。
「ひゃあっ」
ブラジャーが消え、剥き出しになった胸を隠したいのに動けない。
焦る紗代の肩からバサリとタオルをかけ、ジークは自身の着ているシャツの袖とズボンの裾を捲り上げた。
タオルで上半身を覆った紗代の両脇へ手を入れて縦抱きに抱えたジークは、クマパンツに指をかけて尻からパンツを下げ下ろして足からスルリと抜く。
裸で抱き上げられている状況に混乱しているとはいえ、反応出来ないうちに行われたクマパンツを脱がす早業と、彼の慣れた手付きに紗代の胸の奥がモヤモヤする。
「おろして」
「駄目だ」
キッパリと断られた紗代は、ぎゅうっときつく目蓋を閉じた。
ギリギリ隠れているとはいえ、剥き出しの尻は抱き上げているジークの腕に乗って、肌と肌が触れあっているのだ。
毒によって鈍った思考でも、この状況は恥ずかしいものだということは分かる。
紗代を抱えたジークは湯気が立ち込める浴室を進み、洗い場に置かれたバスチェアへ紗代を座らせた。
「あっ」
肩からかかっていたタオルが浴場の床へ落ちる。体が動かせないため拾うことも出来ない。
ジークに背中を向けているとはいえ、体を隠すものが何一つないのは恥ずかしいし彼に洗われるのはおかしいのではと、鈍くなった思考の中でも混乱する。
「あのね」
「洗うから黙っていろ」
石鹸をスポンジに擦り付けて泡立てるジークに命じられ、紗代は開いていた唇を閉じる。
(なんで、こんなことになったんだっけ。なんでわたしはだまっているの?)
細かな泡に包まれたスポンジが肩から背中を滑っていく。脇もていねいに洗われて、擽ったさに紗代は息を吐いた。
「強くはないか?」
脇を洗われる擽ったさを堪えて唇を結んでいた紗代はコクコクと頷く。青年の姿だからか、ジークの声がいつもより低く耳に心地よく届く。
(どくのせいで、へんなの? くるしいのは、どくのせい?)
背後から前へ回されたジークの手が胸元から腹部へ、壊れ物に触れるみたいな優しい力加減で洗っていく。
心臓の鼓動が伝わってしまう気がして、「洗うのは止めて」と言いたいのに言葉が出て来ず、さらに胸が苦しくなる。
「強かったら首を振れ」
高まる体の熱と胸の苦しさに紗代の意識が向いているうちに、ジークは髪と顔以外の部位を洗い終わり石鹸の泡をシャワーで流していく。
「次は髪を洗う。目を瞑っていろ」
粘液でべた付く髪を湯で軽く流し、ジークは硝子の瓶から花の香りがするシャンプーを手の平に取り泡立てる。湯では落ちない粘液がついた髪に泡立ったシャンプーをなじませ指先で優しく洗っていく。
(ゆび、きもちいい……)
美容師に洗われているような心地良さに紗代はうっとりと微笑んだ。
毒に侵され低下していた思考は、どんどん霧の中へと落ちていく。
「サヨ?」
ジークの声が遠くの方で聞こえる。答えなければと思いつつ、紗代の意識は遠退いていった。
かくんと首が前へ下がり、完全に意識を失った紗代に気が付きジークは髪を洗う手を止める。
「肌と呼吸器から入り込んだ毒か」
洗浄魔法で髪の泡を流し、風魔法で紗代の髪と体の水分を乾かす。
目蓋を閉じて脱力した紗代の青褪めた顔色を確認して、ジークはチッと舌打ちをした。
「思ったより回るのが早かったな」
椅子に座る紗代の体を支えていた魔力を解除すれば、細い体は直ぐに傾ぐ。
椅子から床へ落ちる前に片腕で体を抱える。
ケルベロスが連れて来た時は、重労働と栄養失調により痩せ細っていた体。その時に比べれば多少肉付きは良くなったとはいえ、虐げられていた生活で細くなった食は回復しきっておらずまだ彼女の体は細い。
顔にかかる髪を指先で払いのけ、紫がかった唇へそっと口付けた。
重ねた唇を軽く食み、僅かに開いた口から魔力を流し込む。
「うっ」
流し込まれた異なる魔力に体が拒否反応を起こし、苦し気に眉間に皺を寄せた紗代の肩が揺れた。
唇を一舐めしてから離して顔を上げたジークは、口角を上げて腕の中の紗代を見下ろす。
口から流し込んだ魔力により毒が中和され、血色が悪かった頬と唇に赤みが差していく。
「お前は吐息までもが甘いのだな」
目を細めたジークは、額と唇へ触れるだけの口付けを落とし眠る紗代を横抱きに抱えなおした。
✱✱✱
誰かの大きな手が頭と頬を撫でる。
あたたかくて安心できるその手が愛おしくて、紗代は目蓋を閉じたまま微笑んだ。
『心配するな。ただ眠っているだけだ』
『きゅーん』
『お前がここまで懐くとは思わなかったな。ケルベロスだけでなく、妖精達にも気に入られるとは』
苦笑いした彼は、頬に添えている手の親指で紗代の下唇を撫でる。
『これもあと少しだ。選択肢は、残してやる』
頬へ添えられていた手が離れていく。
ぬくもりが離れていくのが寂しくて「待って」と言いたいのに声は出てきてくれず、足音と共に誰かの気配は遠ざかって行った。
身じろぎをして重い目蓋を開けた紗代の視界に入ったのは、見覚えのある薄ピンク色のシーツ。
顔を動かして上を向き、天蓋の薄ピンク色が目に入り一呼吸してから此処が居候をしている塔の部屋、眠っていたのは使用しているベッドだと理解した。
「わたし、どうして?」
ジークから与えられた課題のため、太古の森へ向かい気持ちの悪い触手に襲われたはず。
(そうだ、あの時、大きくなったジーク君が来てくれて、ケルちゃんが炎を吐いてそして……)
触手が垂らした粘液を浴びたせいで、酷い眩暈と脱力感に襲われてジークに抱えられて浴室へ向かったのだ。
背後から前へ回された腕、体を洗うスポンジの感触と髪を洗う指の感触を覚えている。
(ぎゃあああー!!)
浴室での出来事を思い出した紗代は両手で顔を覆った。
(裸を見られた! 全部! 全部、洗われちゃったー!?)
服を脱がされた時に素っ裸を見られた上、背後からとはいえ全身くまなく洗われたのだ。
粘液を洗い流す目的だとしても、この貧相な体を美青年に見られ洗われるなど正常な思考だったならば、羞恥のあまり絶叫していただろう。
『サヨ』
強い眠気で夢か現か判断できない中、聞こえた掠れたジークの声と唇に触れたあたたかくてやわらかい感触。
(ままま、まさか、あれって……くちびる、き、きき、きすっ?!)
全身が発火するのでないかというくらい熱くなっていく。
あの感触と耳の側で聞こえた声が夢か妄想でなければ、ジークとキスしたことになる。
初めてのキスではなく、高校生の時に付き合った初めての彼氏とキスしたことはある。ただし、キス以上には発展せずすぐに別れたが。
彼氏とは全く違うジークのキスはとても優しくて、もっとして欲しいと思ってしまった。
(どうしようどうしよう、どんな顔してジーク君に会えばいいのよー!!)
体を折り曲げて掛け布団を頭からかぶった紗代は、暫くの間ベッドの上で身悶えていた。
少し甘くなってきたかな?
次話に続きます。
誤字脱字報告ありがとうございます。見落としが多く、助かります。




