14.家政婦女子は課題と〇〇〇を与えられる
屋上庭園の中央を流れる小川の側に設置されたベンチに座る紗代は、ぼんやりと意識だけの存在となって向かった森での出来事を思い返していた。
(聖女様って何なのだろう。召喚された時、王子様は世界の平和を守るためにとか言っていなかった? それなのに、凛子さんは皆を守ろうとする気も世界の平和を守るなんて大義名分も全く感じられなかった。着飾って王子様と、あんな……)
宝石が散りばめられた装飾品を身に着け、濃い化粧をして綺麗に整えられた凛子の外見と、馬車から漏れ聞こえて来た嬌声を思い出して嫌悪感と吐き気が込み上げてくる。
幸いにも死者は出なかったようだが数人の負傷者がいたのは確認している。
護衛の騎士達と魔術師達の疲労困憊といった姿から、旅人達の安全を考慮して守護魔法がかけられている街道を外れて近道を優先した移動は、相当無理なものだったことが分かった。それも、早く町へ辿り着きたいという凛子の我儘で強行されたとジークから聞き、呆れてしまった。
俯いた紗代の目前の小川の水が揺れて、全身が青色の水の妖精が水面から姿を現す。上半身だけ岸へ上がった水の妖精は、紗代の顔を覗き込む。
『お姫様、どうかしたの?』
「こんにちは。色々と、考え事をしていたの」
木の影から姿を現した緑色の髪をした妖精も、紗代の側まで飛んで来ると小首を傾げた。
『お姫様、元気ないね。主と喧嘩したの?』
「喧嘩はしていないよ。ちょっと考え事をしていたの」
ベンチの影から姿を現したピンク色の髪の妖精は、紗代の耳の下で二つに縛った髪を一房掴み眉尻を下げた。
『お姫様、此処に居るのが嫌になったの?』
「嫌になってないし少し考え事をしていただけだよ」
いつもはちょっとした悪戯や、ジークとの仲をからかってくる妖精達は本当に心配しているのが伝わって来て、紗代は苦笑いしてしまった。
「そうだ。以前、この世界を勇者とともに救ったという聖女様について、何か知っていたら教えてくれるかな?」
『『『聖女?』』』
緑とピンク色の髪の妖精達は腕組みをして、水の妖精は目を瞑って唸る。
『うーんっと、前々任の魔王が世界征服しようとした時に異世界から召喚されたっていう、黒髪の聖女のことかしら?』
『アレはまだ若い頃だったからよく覚えていないのよね。濡れ羽色の髪と黒曜石の色の目をした女の子だったって聞いているわ』
『そうそう、聖女は聖剣を持った勇者と仲間達と一緒に魔王を倒して魔国と他の国々との不可侵条約を結んだのよー。伝わっていること以外はよく知らないわ』
水の妖精は目尻を下げて申し訳なさそうに言う。
昨日、魔物と戦う護衛達を助けようとせずに、王子との情事に励む凛子へジークは冷ややかな目を向けていた。
「私利私欲にまみれたアレが聖女だと? 前の聖女とは大違いだ」
あの時は衝撃が強すぎて怒りと嫌悪感が勝っていたが、冷静になって思い返すとジークは「前の聖女」と確かに言っていた。
(あの時のジーク君は、以前この世界に召喚された聖女のことを知っているかのような口調だったけど、もしかしてその聖女と面識があるのかな?)
そうだとしたら彼は見た目を裏切り、実は何百歳というとんでもない年齢だということになる。
「聖女についてはわかったわ。貴女達はジーク君が何歳か知っている?」
紗代の問いに妖精達は目を丸くし、顔を見合わせる。
『主の年齢?』
『まだまだ子どもよねぇ?』
『そうそう、私よりもずっと若いわよー』
妖精は長命な種族だと、この塔の中にある図書室の本で知った。人族よりも長命で好奇心旺盛で、それ故に気紛れだ。
ただし、気に入った者を傷付ける真似はしない。からかってきても、彼女達はお気に入りの紗代に偽りは言わないはず。
「貴女達は何歳なの?」
『んーっとね、350は超えていたかな?』
『えー? 500じゃないっけ?』
『忘れちゃったわぁ〜自分の歳なのにおっかしいー』
緑色とピンク色の髪の妖精は、腹を抱えてケラケラ声を出して嗤い出した。
***
翌日、朝食の片付けを終えたタイミングで呼びにきたケルベロスに連れられてジークの部屋を訪れた紗代は、ソファーに腰掛ける彼の言葉に目を丸くした。
「課題?」
「ああ。魔力のコントロールもある程度出来るようになったからな。東の森に巣食う悪食の妖花の種を手に入れて来るのを課題にしようと思う」
「妖花? 植物なの?」
植物の一種だろうか。図書室で読んだ世界の植物図鑑の「毒のある植物」のページ内容を思い浮かべる。
植物図鑑の内容を思い出している紗代へ向けて、ジークはニヤリという音が聞こえそうなくらい企みを含んだ笑みを浮かべた。
「植物なんて可愛らしいモノではなく、他の生物を捕らえ生き血と体液を啜る花だ。奴等に捕まると雄は食料に、雌は奴らにとって苗床として扱われる。苗床になった雌は胎内に種を植え付け芽吹くまでは生かされ、芽吹けば養分にされる。とくに、苗床として魔力を持った者を好む」
他の生物の体液を啜り、雌の胎に種を植えて苗床にするだなんて植物図鑑で見た食虫植物なんてレベルではない。紗代の全身から一気に血の気が引いた。
「そ、そんな恐ろしい花の種を採ってこなければならないの?」
「ああ。課題としては最適だろ?」
「無理、無理だって!」
顔色を悪くした紗代は何度も首を横に振った。
「安心しろ、一人で行けなど言わない。ケルベロスも一緒に行かせる」
怖気づいて後退っていく紗代の背中を押しとどめるように、背後に回ったケルベロスが背中に鼻先を擦り付ける。
「いくらなんでも紗代が苗床にされるのは困るからな。手出し出来ぬように俺から装備を贈る。……コレを持って行け」
腕を伸ばしたジークの右手の平の上に展開された小さな魔法陣。
魔法陣の中から光と共に現れた装備品に、紗代の目が点になった。
「……えーっと、」
手の平の上で浮かんでいるとはいえ、美少年の手の中にコレがあるのはシュールというか、直ぐに何故これが必要なのか理解が追い付かない。
「ジーク君、ナニコレ?」
問う紗代の声は抑揚のないものになっていた。
「パンツだ」
「パンツ……」
自分の目がおかしくなったわけでは無いようだ。
ジークの手の平の上には、水色と白のストライプ地に後ろにはクマのアップリケが縫い付けられている、可愛らしいパンツが浮かんでいたのだ。
セクシーなレースショーツを手にして「パンツだ」と言われるよりも、キュートなクマが縫い付けられた所謂お子様パンツを持った美少年の「パンツ」発言の方が破壊力はあった。
「パンツが、贈り物??」
ジークの手の平の上に浮かぶパンツに縫い付けられたラブリーなクマと目が合う。
ふざけている訳ではなく、御守りや武器ではなくパンツが重要アイテムのようだ。とはいえ、彼は異性に下着を贈る意味を分かって言っているのか。
「奴らは雌の胎内へ触手を侵入させて種子を植え付ける。植え付けられた種子は、苗床の腹に根を張り魔力と養分を吸い上げて発芽するのだ。防ぐためには、胎内へ入り込ませないように魔力を編み込んだパンツで栓をすればいい」
不穏過ぎる説明を受けた紗代の口から「ひっ!」と悲鳴が出た。
「栓とか言わないで!! 嫌だぁ! そんな怖い所へなんて行きたくない」
背後にいるケルベロスの首にしがみついた紗代は体を震わせる。
涙目になって震える紗代を見て、息を吐いたジークは片眉を器用に上げた。
「上質な魔力の結晶である妖花の種は、異世界への扉を開く魔法陣を描くのに使う物だ。お前は元の世界へ帰りたくはないのか?」
「うぅ、か、帰りたい、です」
「ならば、課題をこなしてみろ」
冷笑を浮かべたジークの迫力に圧され、半泣き状態でケルベロスにしがみつく紗代は頷くしか出来なかった。
くまたんパンツは、ラブリーな見た目以上に守備力と魔法防御力は高いのです。
次話、初めての魔物との戦い(仮)。
ストック切れのため、次話から更新がゆっくりとなります。




