12.家政婦女子はお揃いの物を身に付ける
買い物の続きです。
バゲット入りの紙袋を抱えてパン屋を出た紗代は、次に調味料を取り扱う店へ行き残り少なくなった調味料を中心に購入した。
あとは珈琲豆を買うために、大通りの外れにある喫茶店へ向かうだけ。
前回、町に買い物に来た時に偶然見つけた喫茶店への近道として、裏路地へ足を向けた。
「可愛いお嬢さん、見て行かないかい」
商品を並べたワゴンを背にした、頭にターバンを巻いた中年男性に声をかけられて紗代の足が止まる。
大通りの外れとはいえ、冒険者相手に商売をする露天商は怪しい商品を取り扱うことが多い。
適当に店主と話をして立ち去ろうとした紗代は、ワゴンの中央に飾られたイヤーカフスを見て動きを止めた。
色を抑えた銀のカフスの中央には、紫紺と一回り小さな赤紫色の石がはまっていたのだ。
(綺麗な石。ジーク君の瞳みたい。耳につけるカフスなら邪魔にはならないかな?)
「あの、このイヤーカフスはおいくらですか?」
「お嬢さん、良い目をしているねぇ。このイヤーカフスはミスリル製で、石は魔国で採れた良質な魔石なんだよ」
「へぇ、ミスリル製なんだ」
ファンタジーな物語では定番の金属ミスリルは初めて見る。輝きを抑えるためか、近くで見ると銀色の表面は薄墨色で塗装をしてあった。
指を近付けて止める。確かに、魔石からは鈍い紗代でも強い魔力を感じ取れた。
「こっちのと対になっているから、大事な相手がいるならお揃いで持つのもいいんじゃないかい?」
「だ、大事な人? 弟みたいな相手ならいるけど、大事、大事かぁ」
ジークの顔を思い浮かべている時に大事な人と言われ、動揺して声が裏返ってしまった。意図せず頬が熱を持っていく。
(ま、まぁ対になっているなら、お揃いのお土産にはなるかな。深い意味は無いって言っていたし)
熱を持ち熱い頬へ手を添え、ワンピースのポケットから財布を取り出す。
「この二つをください」
「はいはい」
男性は目を細めて濃紺色のアクセサリー袋を取り出した。
頭を悩ませていたお土産を買い、軽い足取りで向かった喫茶店で珈琲豆を挽いてもらう間、窓側の席で注文したアイスカフェオレを飲み一息つく。
窓から見える街並みの背後に存在する、先端を雲で隠している“魔術師の塔”。
冒険者達が最果ての地を訪れる目的の一つである、魔術師の塔で生活しているとは不思議な気分になる。
この町の人々が尊敬し畏怖する魔術師様と暮らしているだなんて、魔術師様が美少年だと知ったら皆はどう感じるのだろうか。
塔のこともジークの情報も一切外部には漏らさないと、何度も約束させられており口に出すことはないけれど。
買い物籠に入れた挽きたての珈琲豆の香りに後押しされて、紗代は町の出入り口から外へ出た。
周囲を見渡し、壁の影になっている場所でエプロンのポケットから、「何かあった時のために」と渡されていた通信用の魔石を取り出す。
「ジーク君、買い物終わったよ。そろそろ、わぁっ!」
言い終わらないうちに紗代の足元の地面が光りだす。
突然やって来た浮遊感に驚き、紗代は買い物籠と紙袋を両手で抱えた。
視界いっぱいに光が広がり、眩しさに耐え切れずに目蓋を閉じる。
目蓋を閉じた3秒後には、乾いた土の臭いからミントに似た薬草の香りへと変化し、転移させられたのだと理解した。
きつく閉じていた目蓋を開き、薄暗い室内に視界を慣れさせようと数回瞬きをして周囲を見渡す。
大小様々な大きさの魔石と中身が不明の硝子瓶や試験管といった実験器具、ガラクタにしか見えない金属製の置物が棚に並んだ、如何にも魔術師の部屋。
此処は魔術師の塔、そして塔の主ジークの部屋だと分かり、肩の力を抜いて抱き締めていた買い物籠を下ろした。
「がううー」
部屋の隅から駆け寄ってきたケルベロスは、尻尾を振って紗代を出迎える。
腕を伸ばした紗代の手が触れるように頭を下げ、彼女の手のひらに顔を擦りつけた。
「ケルちゃん、ただいま」
「きゅーん」
目を細めて顔を擦りつけるケルベロスは、「おかえり」と言っているようで紗代も笑顔になる。
「ジーク君、ただいま」
部屋の中央、クッションを重ねたソファーにムスッとした顔でふんぞり返っていたジークへ声を掛ければ、彼は「ああ」とぶっきらぼうに返す。
「ジーク君、帰って来た時は“おかえり”って言ってよ」
ふんぞり返っているのはまだ子どもだしと思えるが、彼の態度が気に入らなくて紗代は眉間に皺を寄せる。
駆け寄ってきてくれたケルベロスを睨むとは。飼い主を差し置いて家政婦に甘えるのが気に入らないとしても、睨むことはないだろう。
買い物籠をテーブルへ置き、両手を腰に当てて負けじと睨めば珍しくジークが怯む。
「……おかえり」
視線を逸らして言ったとしても、彼に「おかえり」と言われたことが意外で、そして嬉しくて紗代は目を丸くしてから笑顔になる。
「あれ?」
テーブルの上に置いた買い物籠が消えていて、紗代は辺りを見渡す。
「送っておいた」
「ありがとう」
フンッと腕組みをしたジークは鼻を鳴らす。
感謝しろとばかりの偉そうな態度でも、彼の頬がピクリと動いたのを紗代は見逃さなかった。
「それで、目当ての物は買えたのか?」
「うん。珈琲も煎ってもらったし。あ、忘れずにお土産も買って来たよ」
エプロンのポケットに入れていたアクセサリー袋を取り出し、中からカフスを出して一つをジークへ手渡す。
「これならお揃いで付けられるでしょ?」
手の平に乗せたカフスを見ていたジークは「ああ」と頷く。
「今から付けてみるか。サヨ、付けてくれ」
「え?」
手の平に乗せたイヤーカフスを差し出され、紗代は言葉に詰まった。
「自分じゃ付けにくいだろう」
当然だとばかりに、ジークは垂れている髪を左耳にかける。
(うっ、付けてくれって、ジーク君の言う通り一人では付けにくいからよ。他意は全くないはず。何で綺麗な顔をしているからって、こうも大人っぽく見えるのよ)
ジークの正面まで歩くと、イヤーカフスを彼から受け取ると膝を折る。
身を屈めて、露になっている彼の左耳にイヤーカフスをはめる。
初めて触れた髪は、見た目の通り軟らかくて甘い香りがした。
カフスにはめられている紫紺色と赤紫色の魔石が銀髪に映えて見えて、一瞬、半分目蓋を伏せた彼の大人びた表情に目を奪われた。
「サヨも付けるだろう?」
「あ、うん」
手を伸ばしたジークは、紗代の頬から右耳へ指を滑らせるように触れていき、そっとイヤーカフスをはめる。
「お揃い、だな」
イヤーカフスから離れた指先が耳朶を軽く揉み、顔を近付けたジークの吐息が耳にかかる。
耳の奥に流し込まれるような息遣いを感じ、紗代の背中が粟立った。
(えっ? 何これ?)
「どうかしたのか?」
首を傾げた時に髪が揺れて、ジークの耳に着けたイヤーカフスが髪の間から見える。
「……ジーク君、似合うなって思っただけ」
黙っていれば高貴な気品を感じさせる美少年が、貴族や王族の装いをしたらあのムカつく王子様にも負けない。
「フッ、当然だろ」
器用に片眉と口角を上げる生意気な仕草をしているのに、ただ一つ装飾品を着けただけで高貴な王子様に見えるから不思議。
(生意気なのも何時も通りなのに、大人びて見えたからって、何で私、ドキドキしているのー?)
確実に赤くなっている顔を背ける。
薄暗い室内では気付かれていないと自分自身に何度も言い聞かせて、深呼吸した紗代は早鐘を打つ心臓の鼓動を落ち着かせる。
耳を下げて二人のやり取りを見守っていたケルベロスは、控え目に尻尾を上下に揺らしていた。
ケルちゃんが(いいなぁ)と思っていたら可愛い。




