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09.家政婦女子は魔法の練習をする

 魔術師の塔は不思議な場所だと、屋上庭園の下の階へ来た紗代は感じていた。

 四方の壁が無いホールとなっているのに、此処は風が吹き抜けることもないのだから。この広い場所で歴代の魔術師は儀式や鍛錬をしていたという。


 エプロンを外して紺色のワンピースだけとなった紗代はきょろきょろと辺りを見渡す。ホールの端には転落防止の柵など無く、景色を眺めたくても転落の恐怖でとても行けそうにない。

 聖女のオマケだと不要だと判断された紗代でも、此処に立っているだけで自分が特別な存在になった気分になるから不思議。


「ジーク君、よろしくお願いします」


 緊張の面持ちで正面に立つジークへ頭を下げる。

「ああ」とぶっきらぼうに答えたジークは、右手人差し指で宙に何かを描き出す。


「動かず立っていろ。お前に絡みついている魔力の残滓を調べる」


 文字を描き終わり右手の平を広げたジークが魔力を放つと、紗代の足元を中心にして金色文字と幾何学模様の魔法陣が広がった。

 足元に広がる魔法陣に驚き目を見開いた紗代は、自分の体に無数の輝く糸が絡みついているのが見えて息をのんだ。


(何これ? 糸?)


 蜘蛛の糸のように細く、輝く無数の糸が全身に絡みついていたのだ。

 咄嗟に、左腕に絡まる糸を右手で払おうとするが払いのけることは出来ず、右手の指に触れた糸が右手に絡みつき腕を侵食していく。


「いやっ」

「動くな」


 冷静で鋭いジークの声にパニックに陥りかけていた紗代は動きを止める。


「この糸が見えるか? 奴等は、お前を不要だと言いながらもスペアとして行方が分かる目印を付けていたようだな。今祭り上げている聖女が危機に瀕した場合や使えなくなった場合は、サヨを代役として使おうとしたのだろう。だから手元に、使用人として城に置いた。それと、異世界の扉を開くために古の聖女が使った杖に残った魔力を媒介にしたようだな。愚かな」


 目を細めたジークは、見ている紗代が寒気を感じるくらい、冷たい嘲笑を浮かべた。


「まぁ、俺ならば杖など無くても異界の扉を開くことは可能だが。古の聖女が遺したものを使うとは考えたものだな」

「あの、ジーク君」


 勝手に召喚したくせに不要だと、不細工だと罵った王子達がまさか目印を付けていたと知った驚きよりも、ジークの表情と声に混じる冷淡さに声が震えてくる。


「どうした?」

「あのね、この糸って取れる?」


 糸に絡み付かれている違和感は無いとはいえ、知ってしまうと気分的に縛られている感じがして気分が悪い。


「取りたいのか? 追跡用の魔力の糸は特に拘束力は大して無く、此処に居れば奴等には手出し出来ない」

「手出し出来る出来ないということじゃなくて、気持ちが悪いの。蜘蛛の糸にグルグル巻きされた昆虫の気分。あの顔だけ良くても性格悪くてムカつく王子にくっつけられたと思うと、もの凄く嫌だ」


 たとえ凛子のオマケで召喚されたとしても、王子様に汚物を見る目で見下された時の苛立ちと恐怖、理不尽で惨めな感情は覚えている。

 両肩を抱えて身震いする紗代を見て、ジークは呆れたように半眼伏せる。


「性格が悪いのには同意するが、ぷっ、昆虫の気分かよ。まあいい、切ってやる」


 先程の冷笑とは一変して、ニヤリという効果音が聞こえてきそうな紗代を小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 足元の魔法陣が金色に輝き、紗代の体に絡みつく糸は空中に解けるように消えていく。


「あっ」


 糸が全て溶けると視覚と気分の問題か、動きが楽になり体も少し軽くなった気がする。


「すごいっ! ありがとう」


 頬を紅潮させて満面の笑みの紗代からお礼を言われ、言葉に詰まったジークは視線を逸らした。


(あれ? 意外な反応……)


 てっきり「当然だ」とふんぞり返るかと思っていたのに。まさかの美少年の照れ顔を目撃してしまい、紗代は熱くなる頬を冷まそうと横を向いて両手で仰いだ。


 深呼吸して気持ちを整えたらしいジークは、魔法陣を解除してあらためて紗代と向き合う。


「これから初歩魔法を教える。魔法には得手不得手があり、魔力の強い者は既定の年齢になると適正検査を受けるが、今ので紗代の適性は大体分かった」

「分かったの!?」

「俺は偉大な魔術師だからな」


 ふんぞり返るジークの偉そうな言い方も、彼は所謂ツンデレ美少年キャラなのだと腹が立つよりも安心する。


「で、何々? 何だったの?」


 瞳を輝かせた紗代が近付くと、何故かジークは身を引いて一歩下がる。


「っ、水属性が強いな。後衛向きで補助魔法に長けている、といったところか」

「へぇー」


 可も無く不可も無く、ファンタジーゲームだったら終盤になるにつれ戦闘メンバーから外される役、といったところか。オマケとして無難な役だ。


(異世界転移ものの定番で、突出した才能があるのを期待してけれど、現実なんてこんなものだよね。所詮、オマケだし。分かっていたよ。うん?)


 うんうん頷く紗代の目の前に、輝く光が出現する。思わず光に手を伸ばすと、手の中で光は集束していき一冊の本になった。


「みんなの魔法、初級編?」


 本の表紙に書かれた題名を見て紗代は目を瞬かせた。

 可愛らしい動物や子どものイラストが描かれた本を開けば、イラストを多用した読みやすい説明文で魔力の使い方や、初級魔法の呪文等が載っており、小学校の教科書みたいだ。


「先ずは、それに載っている魔法の練習だ。子ども向けならサヨでも簡単だろう」


 フンッと鼻を鳴らすジークの態度も、わざわざ紗代のために教科書を用意してくれたのかと思うと優しいと思う。


「うん、やってみる」


 魔力を練る方法のページを流し読みしてから水属性のページを開き、水球を相手へぶつける魔法の呪文詠唱を始める。右手人差し指を出し指先へ魔力を集中させた。


「ウォーターボール!」


 教科書のイラストでは鶏の卵ほどの水球が放出されていた。

 しかし、紗代の指先から出たのは勢いの無い水。ちょろちょろ、と勢い無く出て来た水を見て「ぷっ」と吹き出してしまった。


「あははー、水鉄砲みたい」


 ジークの言う通りだった補助魔法、後衛向きと言われただけあって、攻撃系魔法は苦手らしい。

 水滴が床へ零れ落ちるのも無言で見ていたジークは、空中へ手を掲げて何かを出現させる。

 ジークの手の中に現れたのは、一本の枯れた赤い薔薇。枯れた薔薇を何も言わず紗代へ手渡す。


「サヨ、コイツに回復魔法をかけてみろ。16ページだ」

「これか、えーと、……アクアヒール」


 言われたとおりに教科書のページを開き、水属性の回復魔法を枯れた薔薇にかける。

 水色の光が薔薇を包み込み、光が触れた部分から枯れていた薔薇は色を取り戻していく。たった今摘んだばかりのみずみずしい薔薇へと戻っていった。


「わぁー」


 攻撃魔法と真逆の結果に、頬をほころばせた紗代は歓声を上げた。


「魔法には得手不得手があると言っただろう。サヨは攻撃魔法よりも回復魔法の方が得意なんだろう」

「回復魔法が得意ってこと? 他の魔法も使えるのかな?」


 他にはどんな魔法があるのかと、教科書のページを捲る。


「初歩といえども、初めて多くの魔力をコントロールをしたのだ。そろそろ終いに、おいっ」


 ジークの言葉を聞かず、魔法を発動させた紗代の両手に大きな氷の塊が出現する


「出来たー! って、あれ?」


 ぱきぱきっ


 突然感じた眩暈によって集中が切れた瞬間、両手の上で浮いていた氷塊に亀裂が入っていく。


 ばきんっ!


 氷塊が内側から弾け飛び、鋭い氷の欠片が至近距離から紗代へ襲い掛かった。


長くなったので二つに分けます。

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