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第4話 怪しげな行商人、そして風雲急を告げる世界


 <スサノーの村>を目指し、僕は樫宮先輩と二人で北方の森の中を進んでいた。


 腰のホルダーに収められているのは、先ほど手に入れたばかりの『吸魔の尻尾(サキュバス・テイル)』と『極悪料理人の大包丁(かおす・ほーちょー)』。そしてその右手には『報復Z刀(ほうふく・ぜっとう)』が握られていた。


 時間を置いたことで、武器ガチャのショックはだいぶ和らいでいた。

 報復Z刀が見た目、普通の刀だったことも大きかったのかもしれない。


 自分は刀装備は割と好きな方だ。

 洗練された機能美と、使っていて気分が高揚するその切れ味とカッコよさ。

 一度刀を握れば、まるで自分が戦国のサムライになった気分になれる。


 報復Z刀も、名前と場違いなZ形の彫刻にさえ目をつぶれば、まだ何とか……。


「ふむ、ちょうどいいところに、ゴブリンがやって来てくれたようだぞ?」


 樫宮先輩が、一匹のゴブリンを見つける。向こうもこちらに気付いたようだ。


「グルルルル……」


 ゴブリンは唸り声をあげながら、こちらににじり寄ってくる。

 かわいそうだが、彼の体で鬱憤を晴らすとしよう。


 目の前のゴブリンに対し、僕は報復Z刀を構える。

 ゴブリンは一気に駆け出して僕に近づくと、棍棒を右手に振り下ろしてきた。

 僕はその一撃をあえて避けず、その身体で受け止めた。


 報復Z刀の汎用スキルは『Z後の一刀(ぜつごのいっとう)』。

 直前に敵から受けたダメージに比例して威力が上がるという斬撃スキルだ。

 東洋のサムライの如く刀を閃かせ、一瞬の閃光とともに斬撃が走る。

 そして赤い闘気を纏った刀身が、ゴブリンの体を一刀両断した。


報復Z刀(ほうふく・ぜっとう)、意外と悪くないかもしれない……」


 刀身を拭うと、僕は報復Z刀を(ホルダー)に収めた。


 続いて試すのは『吸魔の尻尾(サキュバス・テイル)』だ。

 よくしなる曲刀で、吸い込まれるような極黒の刀身だ。

 切れ味も鋭く、名前的にピンクな印象とは裏腹に、普通にダークでカッコいい武器に見える。


「ふむ、この剣からは闇の力が蠢くのを感じる。……なかなか悪くないのではないか?」


 樫宮先輩は何か惹かれるものがあるようだ。

 確かに先輩好みの闇っぽい武器には違いない。

 

 固有スキルは『ドレイン・スラッシュ』で、敵のMPを奪い、自身のMPを回復する効果を持つほか、男性モンスターに特攻があるらしい。

 固有スキルなので、汎用スキルと違ってスキルを最大まで上げたところで別の武器で使用することはできない。

 今のところ有効活用する方法は見当たらないが、将来性はありそうだ。



 意外というかなんというか、ここまでの二つは、最初の印象を挽回してくれたどころか、それ以上に「いいじゃん!」って感じの良武器だった。 

 ……しかし、ここからが問題だ。


 ――『極悪料理人の大包丁(かおす・ほーちょー)』。


 武器の解説に書かれていたのは、


極悪料理人の大包丁(かおす・ほーちょー)は、敵を切り裂くたびに武器耐久値が回復する。<かおす>の切れ味は止まらない。』


 とだけで、武器スキルの説明は一切書かれていなかった。

 

 武器の耐久値は砥石を使用すれば回復できるので、正直、死に効果である。

 武器としての基本スペックはかなり高めに設定されていたが、肝心なのは武器スキルだ。

 その武器スキルの名前は、『絶望の三枚おろし』。


 ……この時点で嫌な予感しかしない。


 説明は全くなし。ぶっつけで使うしかない。


 またここにも、ちょうどよくゴブリンがやって来てくれた。

 毎回斬られるために登場するのはかわいそうな気もするが、弱肉強食である。

 僕は包丁を構えながら、ゴブリンに向かって斬りかかった。


 この時点ですでに見てくれは不審者というかヤバい人でしかないような気もするが、考えないようにしよう。

 さすがに一撃で倒すことはできず、返しのゴブリンの棍棒をバックステップで何とか躱す。ここがアレの使いどきだ。


「喰らえ、絶望の三枚おろし!」


 僕は一直線にゴブリンに向かって斬りかかった。


-------------------------------------------


 料理人(シェフ)に歯向かう食材は――


 三枚おろしにしてやろう――


 受けよ! 裁きの一刀ぞ――


~DESPAIR SANMAI-OROSHI~


--------------------------------------------


 飛び散る肉片。ゴブリンは絶命した。


「いや、何だよ今の演出!?」


 突然BGMが鳴ったかと思うと、渋い声のナレーションが何かを語ってたぞ。

 意味が分からん。全く持って意味が分からん。


「ふむ、つまりスキルに特別演出が付いているというわけか。……ネタ武器じゃな」


 ちなみにスキルに追加効果がついているとかは全然なかった。

 完全にネタ武器である。



 ◇

 

 

 武器を試すためにゴブリンを探していたら、いつの間にか<スサノーの村>の近くまで来ていたらしい。

 森を抜けた開けた場所に、その集落はあった。


 木造の家屋がぽつぽつと建っている程度の、のどかな村落である。

 周りを野山に囲まれており、村の向こうには家畜小屋が見えた。

 なだらかな水の音が聞こえる。近くには小さな川が流れていた。


「おや、旅の方ですかな」


 村の近くに来たところで、一人の老人に話しかけられた。

 白いひげが長く生え揃った、腰の曲がった老人である。

 僕たちのことを警戒しているようには見えない。ただ単に親切心で話しかけてくれたようだ。この人は友好的なNPCなのだろう。


「まあ、そのようなものです。あの、ここって<スサノーの村>ですよね? 少し聞きたいことがあるんですけど……」


「ふっ、この村は今から我の支配下となる! さあ、我が前にこの村で一番偉い人間を出すがよい!」


 とりあえずこの世界について詳しい説明を聞きたかったのだが、その言葉は途中で樫宮先輩に遮られてしまった。

 そして樫宮先輩はさらっととんでもないことを口にしている。いや、それ真に受けられたら大変なことになっちゃうやつじゃないですか!

 しかし、老人はそれどころではない様子。僕たちの首元を見つめて、口をぱくぱくさせている。


「おお……! それは冒険者のクリスタルに違いない! まさかワシの生きているうちに見られるとは……! さあさあ、こちらへ。ワシが村を案内しますからに」


 そう言って老人は、半ば強引に僕たちを村の中へ引っ張っていった。


「む……この爺さん、なかなかやるな……! この世界の住民もなかなか侮れん」


 自分の発言がさらっと流されたことに、樫宮先輩は動揺しているようだ。

 まあ、真に受けられたら真に受けられたで、そっちも大変な気がするが……まあ今となってはどうでもいいだろう。

 老人の名はバテルといい、この村で一番の物知りジジイなのだそうだ。

 彼は村の名所やら村の蘊蓄やらを、こちらをそっちのけで長々と語っていた。

 この村にはこんな言い伝えがあって、昔こんな出来事があって、というような。


「はあ、なるほど。へえー、そうなんですね」


 一応自分は愛想よく相槌を打っていたのだが、先輩は退屈そうにしていた。

 まあ、仕方ないことだろう。僕も正直退屈だったし。


 するとその時、一人の男が向こうから歩いてくるのが見えた。

 その男はボロボロのマントを羽織っていて、顔は怪我をしているのか包帯で大部分を巻かれている。


「おお、もう一人の旅のお方ですかな。ええ、ありがたいことに、この村はよく旅の方が寄ってくれるんですわ」


 老人はその男に話しかけながら、さりげなく村の自慢を挟んできた。 

 この老人、なかなかのしたたかさである。


「私は全国を旅をしながら行商人をしているものです。……おお、あなたがたは冒険者のようですね。どうです、何か買っていきませんか? 役に立つ品々を取り揃えていますよ」


 旅の行商人か。この包帯を見るに、相当過酷な旅だったんだろう。

 それも当然かもしれない。この世界は魔物で溢れているのだから。

 行商人を続けるのもさぞ大変だったろう。

 ……しかし、この声、どこかで聞いたことがあるんだよな。自分が出会ったキャラクターはそう多くはなかったはずだが、一体どこだったろうか。


「それじゃあ、商品を見せてもらってもいいですか」


「いいですよ。どうぞ、ご覧になってください」


 旅の行商人は、背中の麻袋を降ろすと、口紐をほどき中の商品を取り出す。

 すると僕たちの目の前に、メッセージウィンドウが現れた。

 なるほど、商品の一覧というわけらしい。



[消耗品]

・薬草   :100W

・薬草×10:980W

・回復薬  :300W

・砥石   :500W

[雑貨]

・白紙の地図:300W

魔法の灯籠(マジック・ランタン):1000W

転移の巻物(ワープ・スクロール):3000W

[貴重書]

妖精物語絵巻フェアリーテイル・スクロール [森の章]:100000W

妖精物語絵巻フェアリーテイル・スクロール [夜の章]:100000W



 ふむふむ、なるほど。……え、100000W!?

 ウィンドウを上から順に見ていた僕は、一番下にたどりついた時、思わず声を上げていた。

 100000W、それはとんでもない値段だった。

 W、別名ワイズは『ラプラスの庭』における通貨である。

 今までモンスターを倒すと手に入っていたのだが、今まで一度も使用せずに溜まったワイズは実に3608Wである。

 

 とてもじゃないが、手を出せる値段じゃない。一体どんなアイテムなんだ?

 僕はつい気になって、妖精物語絵巻フェアリーテイル・スクロール [森の章]の解説を表示した。



-------------------------------------------


 ■妖精物語絵巻フェアリーテイル・スクロール [森の章]

 種族変更用アイテム。

 プレイヤーが使用すると、以下の3つの種族に変更できる。

 使いきりで、一度使用すると消滅する。


 ・精霊人(エルフ)

 ・森人(トレント)

 ・獣人(ビーストマン)


--------------------------------------------



「むっ、このアイテム、種族が変更できるのか!」


 樫宮先輩も僕と同じように驚いている。

 この『ラプラスの庭』というゲーム、初期設定で種族を選択できるのだが、選択肢は一つしかなかった。『大地人(アースマン)』である。

 だからてっきり、このゲームでプレイヤーがなれるのは『大地人(アースマン)』だけで、他の種族はNPC専用だと思っていたのだが……種族変更アイテムが存在したとは!

 

 もう一つの方(夜の章)は、『吸血鬼(ヴァンパイア)』、『人造人間(フランケンシュタイン)』、『狼人間(ワーウルフ)』の3種族に変更ができるらしい。


「おお! 吸血鬼まであるではないか! これはぜひ手に入れたい……!」


 樫宮先輩は吸血鬼に心惹かれているようだ。

 しかし、100000Wはとてもじゃないが手が出せる金額ではない。


「……先輩、どうしますか?」


「むぅ、お金を貯めるしかなかろう。……今回は何も買わずに、次回までに100000Wを貯めてアレを手に入れるのだ」


 結局、今回は何も買わないことにした。

 行商人の男は、僕たちが何も買わないことを残念がっていたが、最後に笑顔で別れを告げてくれた。


「では、またお会いしましょう。それでは私はこれで」


 そう言って、荷物をまとめて向こうへ歩いていく。


 行商人の男の後ろ姿を見つめながら、僕はふと考えていた。

 ……やはり気になる。確かにどこかで聞いたことあるような声だった。

 そうだ、あの人のステータスを見てみたらどうだろうか。

 そう思い、彼の後ろ姿からステータスを確認する。


------------------------------------


 名前:???

 NPCレベル:???

 種族:???

 職業:行商人

 態度:???


 <ステータス不詳>


------------------------------------


 なんなんだこのステータスは。こんなステータス、今まで見たことがない。

 ……まさか。

 

「ちょっと気になることができたので、見てきます!」


 ナギはそう言い残して、行商人の男を追いかけにいってしまった。

 樫宮先輩は一人取り残されてしまう。

 このままここに残れば、またこのバテル老人のおらが村自慢を聞かされ続ける羽目になるのか。……それは絶対にイヤだ。


「そうだな、我も用事を思い出した。今まで村の案内ご苦労であった。では、さらばだ!」


 物知りジジイのバテルに向かってそう言いながら、ナギが走っていった方向を追いかける。


「ま、まだ紹介していないところがあるんじゃあ~! 行かないでくれ~」


 バテルはそれでも何とか引き留めようとした。

 しかし、樫宮先輩は聞く耳を持たない。


「ふっ、それは次に相まみえたときに話すがよい!」


 そして「ああ~っ」と崩れ落ちるバテルを残して、二人は走り去ってしまった。

 


 ◇



「おやおや、気づかれてしまいましたか」


 追いかけてくる僕の姿を見て、男はそう口にする。


 そうだ、この男は行商人なんかじゃない。

 そうだ、この男は。


「シャドウ、何しに来たんだ」


 そう、僕がこの世界に来て、最初に出会った男。

 シャドウ。確か、そう名乗っていたはずだ。


「ふむ。気づかれてしまったのなら、姿を偽る必要もないだろう」


 そう言って、男はパチンと指を鳴らす。すると、男の姿が一瞬歪んで見えた。

 そして次の瞬間、見覚えのあるシルクハットの男が目の前に立っていた。

 シャドウは以前のように、慇懃無礼に一礼する。そして口を開いた。


「そして先ほどの問いだが。残念ながら特に意味はない。しいて言うなら、君をおちょくりに来たとでも言っておこうか」


「一体、どういう意味だ?」


 意味が分からず、オウム返しにシャドウを問い詰める。

 おちょくりに来た? さすがにそんな理由でゲームに介入してくるわけがない。

 しかしシャドウは悪びれもせずに言った。


「なに、有望なプレイヤーの顔を見るついでに、変装して騙して遊んで楽しもうとしたまでだ。……しかし、私の変装が見破られるとはな。割とこっちに降りてきているが、一度も見破られたことはなかったのだが」


「まさか、毎回こんなことをしてるのか……?」


 さすがに呆れてしまった。この男はルールなどというものよりも、自分の欲求を真っ先に優先してしまうらしい。ある意味、人間に近いと言えなくはないが、AIとしてはこれはどうなんだろうか。


「ああ、そうだ。……しかし、見破られてしまったのか。私の戯れを見破って、君を手ぶらで返すというのは、私の信条に反するな。そうだ、君に一つ、いい情報を教えてあげよう」


 シャドウは続ける。


「君の質問に答えてあげることはできないが、君の興味を引ける情報に一つ心当たりがある。……『ラプラスの庭』のメインシナリオのクリア報酬だ」


 メインシナリオのクリア報酬……?

 それは初耳だ。しかし、確かに気になることは気になる。


「……続けてくれ」


「ふ、気になるようだな。ならば話そう。君たち地球人が、このゲームのデスペナルティを受けると死んでしまうことは、当然私も知っていた。……そこで、メインシナリオのクリア報酬に手を加えさせてもらった」


「どういうことだ?」


「クリア報酬は『デスペナルティの撤廃』だ。このゲームで死んだとしても、『死の追体験』が起こることはなくなる。デスペナルティ有りだと、君たちでもこのゲームのエンドコンテンツは厳しいだろうからね。私からの心配りというわけさ」


 ……くっ。この男の言うことが本当ならば、確かに魅力的だ。

 僕たちの最大の懸念材料は、このデスペナルティだからだ。

 もし死の危険性さえなければ、単純にオーパーツレベルのこのゲームを、思う存分に遊びつくすことができるわけだ。魅力的でないわけがない。


「ふふ、どうやら気に入ってもらえたようだな。……これから君は『ラプラスの庭』のメインシナリオを始めるだろう。君たちがどこまで行けるのか、楽しませてもらうことにしよう」


 そう言い残して、シャドウの姿はまるで影のように溶けて消えてしまった。

 立ち尽くす、僕一人を残して。

 

 メインシナリオのクリア。デスペナルティの撤廃。エンドコンテンツの存在。

 あまりの情報量に、眩暈がしてきそうになる。

 

 しかし、目的が決まったことは確かだ。

 『ラプラスの庭』のメインシナリオをクリアして、デスペナルティを撤廃する。

 そして、その先のエンドコンテンツへ。



 ――僕の、そして僕たちの、果てしない冒険が今始まろうとしていた。



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