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 「私は神様の元へ向かう使者に選ばれたんだよ……」

エリート=選ばれた者=生贄!?

みたいな話。

 ウラジドゥラークの街は、ヴォストクブルグに実によく似ていた。

 石畳が敷かれ、レンガを積み上げて建てられた家屋……でも決定的に違うのは、街のいたる所に特殊な形に捩られて輪っかを作る縄が吊るされていたことだ。

 言うまでも無いことだが、首吊り縄が家の軒先に、或いは広場に立てられたポールに、勿論パヴェシェンヌイ教会に、この街のシンボルとして飾られている。


 「この街は、吊るされた聖女様が安置された広場を中心に広がっているんだよ。そして聖女様が吊るされたのが、街の入り口にある二本の柱のところで、神聖なものなんだ」


 とリュボーフィーが説明する。


 「……聖女、か」


 自分に『神風招来』をかけて殺した聖女の姿が脳裏に浮かんだ幼女が、ポツリと呟く。

 あれからどのくらいの時間が経ったのか……ふと気になった幼女は尋ねてみた。


 「リューバ、魔王ドラクルって知っている?」


 「えっ――!?」


 思ってもみなかった質問だったのか、驚いた顔で幼女を凝視するリュボーフィー。

 因みに彼女に『リュ―バと呼べ』と言われたのは、ザイルたちが武器を下ろし、この街に滞在することになった直後のことだった。

 それは兎も角として、


 「ドラクル……なんて随分古い話を知っているんだね」


 古いらしい。


 「もう伝説の世界の話だよ……」


 伝説って――流石に大袈裟だろうと半信半疑の幼女に、リュボーフィーは言った。


 「凡そ千年以上も昔の、実在したかも分からない伝説なんだけど……」


 「……ど?」


 「実は私もそこまで詳しくは知らないんだ」


 その言葉にずっこけそうになった幼女。


 「そう言えば……」


 リュボーフィーが立ち止まり幼女の顔を覗く。


 「あなたの名前をまだ聞いていなかったよね」


 何故このタイミングで――それ以上に、幼女は戸惑った。


 (俺の……名前?)


 名前とはアイデンティティのひとつ。

 頭の中は勇者時代の少年そのままだとしても、転生したこの体は誰がどう見ても、満場一致で幼女と答えるだろう。

 誰しもが自分の名を自分で命名することはできない。

 名前とは誰かから贈られるものだからだ。

 勇者時代の名前を使う訳には行かないだろうし、だからといって洞窟で見た限りではこの幼女に名前と言うのが有ったのかも疑わしい限り……


 「……」


 押し黙っている幼女に、リュボーフィーは不思議そうな顔をする。


 (何でもいい――適当な名前を――)


 「……ありか――っ!?」


 あれだ、と言おうとして舌を噛んだ幼女。


 「アリカ……珍しい名前だね」


 まさかの瞬間だった。

 幼女の名前がアリカに決まってしまったその瞬間だ。




 街外れの少し大きめの家屋が、リュボーフィーの住む家だと言う。

 補修もされていないらしく、漆喰も剥げてあちこちヒビが入っている粗末な建物だったが、一人で暮らすには広すぎるほどで、彼女が言うには今は使われていない孤児院だとか。

 孤児院――つまり本来ここは身寄りのない子供がいるべき場所であって、では閑古鳥が鳴いているのだから、みんな幸せになったのか――だが幼女改めアリカにはそうは思えなかった。

 何故なら、街で見かけた人ごみに、子供をついぞ見かけなかったからだ。

 要するに、子供のいない街、それがウラジドゥラークと言うことになる。


 (ボクとリュ―バ以外に子供なんていない……そんなことって有り得るか?)


 これが僻地の限界集落とかなら理解できる話だが、それなりの規模が伴っている街で、子供がいないなんて話など聞いたことがない、とアリカはウラジドゥラークの異様さを体感していた。


 「それでね……」


 と――アリカの思考をリュボーフィーの声が遮った。


 「私は神様の元へ向かう使者に選ばれたんだよ……」


 「使者、ねえ……」


 「この孤児院で、他のみんなはあっという間に選ばれたのに、私だけ選ばれることがなかった……すっごく惨めだったよ」


 「?」


 どうにもリュボーフィーの説明を理解しかねる幼女。


 「でも――私は選ばれた――そう、私だって、神の使者になれるって認められたんだよ!」


 実に嬉しそうに語るリュボーフィーを、しかしアリカはあれこれ邪推する。

 例えばわざとリュボーフィーが選ばれるように細工していたとか。

 もし本気でリュボーフィーを含む街全体が首吊り信仰でも持っていたのなら、これ以上ないくらいに不気味と言わざるを得ない。


 「世界は今大変なことになっているんだよ?」


 備え付けられていた石造りのテーブルと切り株を置いただけの椅子に腰掛けながら、リュボーフィーは信仰の尊さを、使者に選ばれたことを誇らしげに語った。


 「百年前に復活した魔王サルターンは世界を自らのものにしようと人族の国々へ派兵するし、人族の要で盟主を名乗るニャポニカ帝国は、先代の崩御でお家騒動真っ只中だから、他の人族を守るどころではないし……」


 まるで見てきたように述べる彼女の目は真っ直ぐだった。

 よく言えば純真で、無垢な微笑みは、彼女の言葉が真実であるように思わせるほどの力を持っている。


 「それに人族の間だって、人心が乱れて、淫祀邪教が蔓延はびこり、街を離れれば魔物や盗賊たちが跋扈ばっこする――だからこそ、この世界には救世主が必要なんだよ」


 「だからって――」


 と口を開こうとしたアリカだったが、リュボーフィーの迫力は更に勢いを持ち、熱弁はその場を支配する。


 「世界を救う、それが私の使命であるなら、私は喜んでこの身を捧げるつもりだよ。いえ、それこそが私の生きる人生の意味――」





 (……納得いかん!)


 すっかり日が暮れていた、漸くリュボーフィーの言葉の洪水から解放された後に、留め金の緩んだ軋むベッドの上で、もやもやが晴れなかったとばかりにアリカは難しい顔をしていた。

 確かにリュボーフィーは、本心から神の使者に選ばれたことを喜んでいたし、自分の身と世界を天秤にかけて世界を優先しているのは嘘ではないだろう。

 だからこそ、アリカは余計に腹立たしかったのだ。


 (リューバは純真すぎる……それも不自然なほどに)


 疑うことを知らない、それは聖人たる条件に該当するだろうか……自問自答を繰り返すアリカ。

 人を信じるとは、常に紙一重の行為なのだ、と。


 (ボクはあの時、聖女たちを多少なりとも信じていた……)


 仮に魔王を倒した勇者が世界の脅威であるといっても、勇者を確実に殺す必要は無かったはずだ。

 要は「勇者は魔王と相打ちになりました」と聖女たちが口裏を合わせればいいだけの話。

 でも彼女らはそうしなかった。

 確実に息に根を止めるための実力行使にでたのは、紛れも無い事実。


 (もし、この街の連中が、リュ―バに神の使者と称して、召喚の儀式に生贄となるよう陰に陽に誘導していたとしたら?)


 考えられない話ではない。


 (人間の心ってのは、簡単に縛ったり、いいように扱うことができる……)


 少なくとも昔の自分はそうだった、と。

 もし仮に、多少なりとも聖女たちを疑っていたのなら、また違った結果になっていただろう、と。

 洞窟で見た街の記憶、女勇者と魔法使いたちのやりとりにしても、必ず人のやることには裏があり、そこには利己的な裏があるのだ、と。


 (だから……ボクがやるべきことは?)


 アリカの目が冴える。


 (ボクがこの裏を必ず暴いてやる――)


 勢いよく毛布から飛び出ると、アリカは立ち上がり、ビスチェの中を漁った。


 (何か――)


 ヴォストクブルグの王宮で見つけたこの衣装には、異空間収納ができるというなかなか面白い仕掛けが施されていた。

 アリカはその中に、街の中で見つけためぼしいものを詰め込んでいた。


 (あった、あった……)


 怪しげな薬の入った小瓶、或いは姿を隠す布、何の用途として作られたか不明な案山子――


 (って、違うだろっ!!!)


 とふと自分の立てた計画の杜撰ずさんさに気づき、直ちにそれを放り投げるアリカ。


 (そんなことよりも――)


 直接彼らから聞き出す方が手っ取り早かったからだ。



 ――とは言え、直接暴力的にザイルをはじめ街の住民から、アリカが知りたいことを聞き出すのは逆効果だ。

 第一嘘を吐かない保障もない。


 (人間が本音を出す瞬間を狙うしかない……)


 心理戦になる予感しかしない。

 それはアリカが苦手とする分野だった。

 どちらかというと脳筋だった斧の勇者の生まれ変わりなのだから、神経戦や心理戦などは、生まれ変わっても不得手とするところだろう。


 (じゃあ、人間が本心をポロリと出す瞬間とは?)


 酒を飲まして、ベロベロに酔わせてから自白させる……これは古来からの常套手段でもある。

 が相手は仮にも司教、つまりは聖職者であって、酒を禁忌とするのは宗教にはよく見られる戒律だ。

 飲まない可能性は大きい。

 或いは金? それとも暴力?

 下手を打てば、リュボーフィーの立場まで悪くする可能性が高い。

 何でこんな奴を庇ったんだ、とザイルはおろか、街の住民たちから一斉に袋叩きに遭う未来が浮かんでくるアリカ。

 アリカなら兎も角、リュボーフィーがそれに立ち向かえるとは、流石に想像し得ない。


 (なら……ボクだったら、どうやられると本音を漏らす?)


 勇者時代を思い浮かべ、答えは容易に見つかった。

 男が身を破滅させるパターンはそう多くない。

 で、アリカの前世、斧の勇者の最大の失敗は、聖女たちを多少なりとも信じて……もとい、甘く見ていたことだ。

 そう、男は女に弱い。

 幸か不幸か、坊主というのは、よく言え生命力がみなぎっている。

 悪しざまに言うなら、色ボケで絶倫とも……伝説的な人物ならいざ知らず、そこらに掃いて捨てるほどいる坊主が、自らの衝動に抗えるとは、思えなかったアリカ。

 いうまでも無い、女の武器を使って、篭絡しようという考えだった。


 (で……それをボクがやると?)


 初老の、それも不自然な形に頭を剃りあげたおっさん相手に、アリカ自身が(・・・・・・)愛想や色香を使う光景を思い浮かべて、アリカは大きくため息を吐きゲンナリとする。


 (ボクが……妖しげな踊りを舞って、あいつに近づく? 考えただけでおぞましい……!!!)


 想像するだけで鳥肌が立ち、怖気が走り、吐き気がこみ上げてくるアリカだった。


 (でも……それ以外に方法が……)


 ガチガチと歯を鳴らす音が、暗い室内に響いた。


 (いやいや――きっとまだ他に方法があるはずだ――考えろっ!!!)




 ……ゲンナリした様子で、しかも死んだ魚の目をしたアリカが、ベッドに腰を下ろして、独り言をブツブツと口ずさんでいた。

 この街の不気味さを考えるに、真相を知りたいし、何よりリュボーフィーを助けたかったのは嘘ではない。


 (……でも……それでも……)


 確かに転生したこの体は、満場一致で幼女のナリだ。

 であれど、転生してまだ一月も経っていないだけでなく、中身は勇者の少年……心の整理がつかなかった。

 


 だが、事態はすぐに動く。

 用を足そうと部屋から出たアリカが見つけたのは、リュボーフィーの置き手紙、そこには長い文章が綴られてた。


 「…………」


 置き手紙というには長すぎる内容ったが、簡潔にまとめるなら、再び召喚の儀を取り行う旨が記されていいた。


 「ぬかった――!!?」


 正直街の住民を舐めていたのかもしれない、とアリカは歯軋りする。

 思い出し考え直してみれば、あのザイルの言葉にあったように、『今日は神聖な日』なのだから、三日も猶予を持たすはずがない。


 (それなのに――)


 油断というには、あまりにも間抜けな騙され方をしたものだ。

 昔の勇者としての最後の光景が、再びアリカの脳裏をよぎる。

 ほんの一瞬、その隙を突かれて、聖女の『神風招来』によって自爆させられたあの時の失敗を繰り返している……この事実だけでも、アリカには我慢できるものではなかった。


 (リュボーフィーは、今どこにいるっ!?)


 洞窟の中でやったように、プラーナを反響させ街全体に探りを入れるアリカ。


 (――何だこれっ!?)


 が、靄がかかったように、ぼんやりとしか街の様子を窺うことしかできず、耳鳴りのようなノイズまでが飛び込んでくる。


 (結界でも張られているのか? ――そうか、あのトーテムポール!!!)


 二本の柱、それは異界への入り口、そこから先は別の世界だと知らしめるための装置――昔聖女から聞いた話を、何故だろう思い出したアリカ。

 つまり、この街全体が別世界としての機能を持ち、故にアリカの魔法にも制限がかかっているという訳だ。

 この街では、街としてのルールが優先される。

 あの二頭竜のいた洞窟のように。


 (でも、誰がこんな術式を……いや、そんなことは後だ!)


 今すべきことは、自ら吊るされに向かったリュボーフィーを止めにいくことだからだ!









 ……ちょうどその頃、街の外へと至る路で、リュボーフィー・ペトロヴナは満足していた。

 世界を救うため、全ての人族の罪を背負い、自ら縄を首にかけ、そして首を吊るされ刑死したとされる聖女……今まさに彼の聖女と同じ道を歩もうとしていたからだった。

 白い薄手の布地を体に巻きつけただけという衣装、それに聖女の髪の毛で編まれたという特殊な捩り方を施されたロープを首にかけ、裸足で彼女は処刑台へ向かっている。

 街の入り口、あのトーテムポールのある、昼間に首を吊っていた場所へと。


 (……私は世界を救う……その力があり、そのために私は生まれてきた……)


 必死に心の中で反芻していく、幼い頃よりザイルたちパヴェシェンヌイの聖職者たちから教わってきたことを……


 (アーニャ……サーシャ……ナターシャ……)


 これまで神の元へと先に向かった、同じ孤児院の姉妹たちの顔が、彼女の目の前に浮かんでくる。

 とりわけ美少女でもないという自己評価と、不器用さからかみんなの足を引っ張ってきた過去の自分の姿を思い出し――


 (でも、そんな価値の無かった私にも、みんなのために……世界のためにできることがある……)


 首を吊れば、世界を救う光をもたらすことができるのだ、と。

 リュボーフィーの足がピタリと止まり、彼女の青い目が捉えた景色は、真夜中に星の浮かぶ空の下に聳え立つ二本の柱……昼間のトーテムポールだ。


 (神様……どうか私たちの世界へ、救いの光を差し伸べてください――)


 トーテムポールの出っ張りに縄をかけると、リュボーフィーは踏んでいた台を蹴り飛ばした。


 「――っ!?」


 地の底から足を引っ張られているかのように、体が地面へと近づいていこうとしたが、首にかけられた縄が、彼女を押しとどめようとする。

 気管が締め上げられ、或いは目の前が真っ白になっていく。

 ビクン……ビクンッ……手足が痙攣していき、彼女の意識はそこで途絶えた。

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