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(つまり……俺を縛るものは、もうこの世にはないってことだ!)

無限ループって怖いよね

 「……」


 街から出来るだけめぼしい物の収奪をすること数日、あらかた物資を収納し終えてから、幼女はこの街を後にした。

 物資が手に入れば、こんな廃墟と化した街……それも嘗て自分をこの世界へと召喚した国の首都という忌々しい地にいつまでもいたくなどなかったからだ。

 街から出て行くのは簡単で、もと来た路を帰ればいい。

 つまりはあの洞窟へと続く路へと。

 実に簡単な話だった……はずなのだ。

 元来た路をへと歩けば、あの二頭竜がいた洞窟へと戻ることは可能なはずで、当然だが竜だった肉塊がある場所は通り過ぎて行ったし、その先にあるだろう出入り口はすぐそこにある。

 一歩を踏み出せば、外界へと足を踏み出すことが出来るはずだし、そうでなければならない。

 ところがだ。

 その洞窟の外へと出ようと足を踏み出した時だった。

 幼女は再び洞窟にの中にいたではないか。


 「何で……?」


 足を踏み出し、外へ出ようとする度に、再度洞窟の中へと足跡を残すという訳の分からない現象を、一体何と名づければいいと言うのだろう?


 「一体、これは何の冗談だ?」


 冗談だとしても、やられる方からすれば面白い訳がない。

 面白いと感じるのは、観衆であって、当事者ではないのだ。

 まるで空間でも捩れているかのように、いくら足を踏み出そうとしても、再び洞窟へと幼女は戻ってしまう。


 (何の嫌がらせなんだ、これは……?)


 嫌がらせ、なのだろうか?

 見れば何の変哲もない洞窟で、怪しげな祭壇とかは、もう少し奥の方に築かれていたはずで、出入り口にはそれと分かる物は何一つ置かれていない。

 恐らくだが、外から見れば、ごく普通の、何の変哲もない洞窟の入り口にしか見えないはずだが、その出口から外へは如何してか、出ることが出来ないという……奇妙な出来事もあったものだ。


 「意味が分からんぞっ!?」


 幼女も十度目になる頃から、流石に苛立ちを覚え始めていた。


 (どういうことだっ!?)


 出ることの出来ない洞窟なのか?

 では、この幼女を生贄として捧げに来ただろう声の主は、どうやって帰っていったのだろうか?

 まさかの洞窟自体が生きていて、そこへ来た人間を食べるとか?

 話のネタとしては有りかも知れないが、なら洞窟内にいた二頭竜の存在を説明できず、それに街全体を覆うほどの生物だとして、そんなのが実在するなら、一回の食事となる食料だけでも並々ならぬ量が必要なはずだ。

 生贄がどの程度の頻度で捧げられたのかは知らないが、とてもじゃないが、幼女一人分では足りない。

 だから幼女は仮説を立ててみる。

 例えば、何らかの呪術が施されている可能性……或いはこの地で何かを口にしたら外へと出ることが出来なくなるという可能性……あってほしいのがこれが夢や幻覚であるという可能性だが、どうもこの三択の内、最もないだろうものが三番目の可能性だろう。

 なら、呪術であるとして、それはどんなものか?

 いかなる呪術を以ってすれば、洞窟から出ることが出来なくなるなどと言う、人をバカにしたような芸当が出来ると言うのか?


 (……空間魔法?)


 と幼女は頭を捻る。

 先ほどの竜のことではなく、また自分の頭を捻っている訳ではない、ただ考えていることを意味していたのだが、それが彼女――そして前世の人格である斧の勇者もそうだったように――あまり好きな作業ではなかったのだ。

 体を使い外で暴れまわる方が、性に合っている……斧の勇者の自己評価は、典型的なアウトドア派のそれだった。

 が、呪術とは脳筋が思いつくものではない。

 と言うか、脳筋はそのような物を必要とはしないだろう。

 いざとなれば、自慢の腕力で問題を解決するのが、彼らの流儀なのだから。

 呪術とは、本来力の無い者が、必要とした力であって、力のある人間は、そんなものを必要とはしないから、そもそも思いつく発想まで至らない。

 だが、相手が呪術であるなら、しかし無理を押しても、考えていかなければならない。

 知識を総動員して、洞窟の至る所に散りばめられた物から仕掛けを想像し類推していく地味な作業……


 「あああああああっ――!!!」


 ストレスが幼女をこれでもかとさいなんだ。

 ノイローゼにでもなりそうだと、立体ジグソーパズルでもやらされているかのように、幼女は青い顔となっていた。





 「なるほど……」


 腕を組みながら、洞窟から外の景色を眺める幼女がいた。

 何十回目かになる自分の体を使った人体実験の結果、幼女が解ったのは、これがある種の呪いであるということだった。

 あることを思い出していた。

 それは勇者時代の話……ある迷宮でのことだ。


 (……あれは、思い出すのも嫌になるくらいしつこかったよな……)


 迷宮自体は、石を組み立てて造られた、よくある迷宮の様相だったが、しかし本当に恐れるべきはそこではい。

 罠も殆どなく、発生するモンスターも現れず、かといって資源が取れる訳でもない、ただそこにあるというだけの迷宮――にも拘らず、そこへ出向き帰ってきた人間は一人しかいなったと言われる、まさに迷宮自体が罠みたいな存在なそれ。

 その人間がどうやって帰ってきたのかと言うと、外界と自分をつなぐものを必ず身につけておけば、そこから出ることが出来ると言うものだった。

 恐らくザイルのようなものを体に括り付けて、迷宮内を探索したのだろう。

 その人物のおかげで、迷宮内に得るべき物はないことが判明したから、余計な犠牲者はそれ以降でなかったのはある意味で偉業ではあったが……


 (問題はだな……)


 外界と自分を結び付けられるものが、そこにはないと言うことではないのか?

 早い話、外界から手を差し伸べられなくては、洞窟を出ることが叶わないという現実を突きつけられるばかりだ。


 (どうやって外からの洞窟内へと手が差し伸べられる?)


 まず無いと言っていいだろう。

 何よりも、この幼女は生贄にされたではないか。

 生贄を救おうと再びやってくる人間が、どこの世界にいるというのだろう?

 つまりは自力更生で自助努力と返されるだけだ。


 (あの時の迷宮は、外からの――例えば糸のような物でいいから体を巻きつけて探索していけば、その糸が途中で切れない限り、外へ出ることが出来たはずだ。なら――)


 幼女は考える。

 下手な考え休むに似たりとは言うけれど、考えなしに行動するのもまた同じくらい愚かなことではないか。

 原理から考えるに、「外界の物に捕まりながら外へ出ようとすれば」洞窟を抜け出せるはずだ。

 少なくとも、勇者時代の迷宮はその理屈で攻略可能だった。

 仮説の域を出ないが、決して無謀な行動でもない。


 「例えば、そう――」


 外界から糸でも何でもこちらへ向かって伸ばす体裁を取ればいい。


 (……ブーメラン)


 それが幼女の描いた方法だった。

 ブーメランに糸を括り付けて外へと放り投げ、当然ながらブーメランな訳だから洞窟へ向かって帰ってくる。

 で、洞窟側から伸びている方の糸を切ればどうなるか?

 外界から糸が垂れている、と受け取れなくもない。

 成功するかは兎も角、それでもやってみる価値はあるはずだ。


 (それで――)


 ブーメランの材料は?


 「あ……」


 材料となるはずのものが、そこにないという事実だけが、幼女の前にはあった。

 加工しやすそうだった二頭竜の角だが、その死骸を蹴り飛ばして、洞窟の外へと放り出してしまったことが悔やまれる。

 実に間抜けな、そして考え足らずで、軽率な行動だったと、今更ながらに後悔しても、もう遅い。


 「く……ちくしょうっ!」


 と拳を握ったところで洞窟から出られる訳ではない。

 それなら次の案を出せばいい話だ。

 そう、前向きに……悔やんでも、怒っても、泣いたって、外へ出られることにはつながらない。


 (他に……何かいい方法はないのか――?)


 次に思いついたのは、ボーラだった。

 縄に石なんかを括り付けておもり代わりに使う、狩猟用の投擲とうてき武器のことだ。

 これを巧く応用すれば……例えば洞窟の周囲に鬱蒼と茂っているあの木とかにでも括り付けて、一度手を離し、遠心力を利用して、巻きつけた縄が今度は洞窟へと向かうように計算して投げるとしよう。

 「洞窟の外から縄が投げ込まれた」ことにならないだろうか?


 「そうだ――これなら!」


 では、縄はどうするのかって?

 実に簡単な話ではないか。

 幼女はここ数日もの間、めぼしい物を破壊された街から物色してきたはずだ。

 それなりに保存状態はよかったのも、幸いしている。

 縄はなかったが、なければ作ればいいのだ。

 例えば薄手の衣装を切り裂いて、それを捩り紐にする……ある程度捩ると今度は捩れが逆向きに捩れていく。

 縄文に使う縄の原理だ。

 捩れの回数が多ければ多いほど、と言っても限度はあるが、二・三度折り返せば丈夫な縄が出来るのは、この世界に召喚される以前に聞いた話だったが、まさか役に立つとは思っていなかった幼女だが、知識とはどこで役に立つのか解らないもの――鶏鳴狗盗とはまさにこのことだ。

 明らかにやばそうな趣味に思えた王族のコレクションの、エロそうな下着とかが、材質的にもいいだろう。

 元の持ち主がこの光景を見たらどんな顔をするだろうか?

 だが、その王族はもういないのだから、何の問題もないはずで、今生きているだろう人間の救出に使われる方に、意味と価値を持たせるべきではないか。

 幼女は躊躇ちゅうちょすることなく、王族コレクションの……明らかにランジェリーっぽい下着を切り裂いて、それを繋ぎ合わせて捩っていく。

 勿論だが、縄を作るために。

 地味な作業は暫く続いた。

 凡そ、三時間ほどの工程を経て、脱出用の縄は大まかな完成を見た。

 不恰好ではあったが、それでもこれが自分の――幼女自身の命綱・・になるのだから、事は慎重に運ばなければいけない。

 早い話、一旦縄が全て外に出る必要がある。

 外に出れば、ボーラは外界の物として見做されるはずで、外界から投げ込まれ且つ一部を外界に残した状態でならば、その洞窟へと返って来たボーラを掴み、洞窟の外へと脱出することが出来る。

 そう考えて、幼女は賭けに出た。

 先ずは練習……

 なるべく長めに作っておいたボーラの長さは凡そ十数メートルはあるだろうか、それを括り付けた錘の遠心力で投擲し、先ずは洞窟から一番近くにある木の枝にでも巻きつける。


 (ん……?)


 巻きつけて、ではどうやって錘がこちらへと帰って来れるのか?

 ふと難題にぶつかる。

 ただ、それは普通の状態では、という枕詞がつくと再び自へと言い聞かせる幼女。

 もし、こんななりに転生しても、前世の記憶だけでなく、勇者だった頃の力を残しているのであれば、あの二頭竜を倒したことが勇者の力だとしたなら、出来ない話ではなかった。

 この世界へと召喚された時に授かった力の一つを使えばいい。

 ただ、それはあくまで最後の手段だ。

 偶然にも、洞窟の外から脱出用の縄が投げ込まれたという体裁を取らなければ、この種の呪いからは逃れることが難しいはずだから。


 「大丈夫……きっと出来る――!!!」


 案ずるより産むが易しと言うではないか!


 「行っけえええええーーーーーーー!!!」


 ボーラを思いっきり、向かいの木へと投擲する幼女。

 そして錘は狙い通り木に絡まった。


 (順調だ!)


 ここまでは……

 最後の関門は、どうやって一旦全ての縄を洞窟の外へと放り出してから、再び一部を残して洞窟の中へと入れるかだけだ。


 (どうするか――)


 ここで失敗すれば、今までの努力は全て水泡に帰してしまう。

 再び最初っからやり直さなければならなくなる。


 (それは嫌だ――!)


 確実に成功させなくてはならない。

 だから……ボーラの一方は既に木に巻きつけられ固定されている。

 それなら、今手元にある方に、何らかの仕掛けをすればいい。

 それはどのように?


 (……)


 名案がそうそう思いつくものでもない。

 物色した品々を見ていく。

 何かいい物はないか――とある物に目が行った。


 「……これは?」


 ナイフっぽかった。

 ただ形が異常に湾曲していたけれど。

 試しにそれを投げてみると――


 「うわっ!? 危ねえなぁ……」


 ナイフと言うか、これは曲芸用の道具にも思えた。

 別に大道芸人になりたい訳ではない。

 しかし使える物はこの際何だっていいのだ。

 要は、洞窟の外へ出られれば何だっていい。

 方法じゃない、結果が全てなのだ。


 (天は自ら助くる者を助く――)


 これで失敗したのなら、自分はこの世界に本当に必要とされていなかった、と言うことなのだろう。

 だったら、全てを諦めよう……と幼女は決意し、しかし一縷の望みを賭けて、縄を括り付けた湾曲したナイフを宙へと放り投げた。

 そして――



 「やった……」


 どうやら賭けは成功した。

 一度洞窟の外へと飛び出していった縄は、宙を回転しながら再び洞窟へと舞い戻るナイフに随って、幼女の足元へと突き刺さり、ナイフを手に縄を手繰り寄せながら洞窟の外へと足を踏み出したその時、幼女は漸く洞窟の外へと出ることが出来たのだった。


 「出られた……出ることが出来たんだ!」


 大地に大の字になって寝そべり、天を見上げて喜びを噛み締める幼女は思う――生まれ変わった、そう考えて差し支えないだろう、と。

 何にせよ、幼女のなりとはいえ、新たな肉体を得て生まれ変わることが出来たのだ。

 自分を召喚して奴隷扱いしたイポニアという国も、洞窟で見た記憶が正しければ、既にこの世界には存在しないだろうし、それは弓使いや魔法使い……そして忌々しいあの聖女もとっくに土に返っていることを意味しているはずだ、と。


 (つまり……俺を縛るものは、もうこの世にはないってことだ!)


 自由――何と言う甘美な響きだろう!


 (折角生まれ変わったんだ。今度は誰かにいいように扱われない、自分の幸福をどこまでも追求してやる!!!)


 決意を新たに、幼女は足を踏み出し、洞窟を後にした。



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