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「ボクは封印されたイポニアの王都を復活させようと思うんだ」

悩んだ……

 「本当に、この洞窟の向こうにイポニアって国の都があるんですか?」


 周囲に生い茂る樹木、そのひとつには無造作に懸けられた縄が垂れ下がり、先にはナイフのようなものが括りつけられていた。

 その横には、深く続く洞窟がこちらを覗いている。

 見るからに不気味な雰囲気を漂わせる洞窟は、アリカが転生し、そして生贄として捧げられていたあの場所だった。

 アリカがエリーナへと目配せし、エリーナの後ろにはリュボーフィーと弓使い、それからエリヴィラとナジェージダ、リンチが続いている。


 「ここは……」


 見覚えがあるのか、弓使いが洞窟の向こうを覗いて息を呑んだ。


 「……」


 リュボーフィーも無言でこの洞窟の中を凝視する。

 一体どうするつもりなのか――そんな視線が複数アリカへと注がれていく。


 「ボクは封印されたイポニアの王都を復活させようと思うんだ」


 アリカの宣言に、十二の目が一斉に驚いたように見開かれる。


 「イポニアの王都を?」


 「そう、そこの元女勇者さんが昔封印したっきりの王都をね」


 微笑みながらアリカが洞窟の中へと足を踏み入れようとして――


 「ま、待つなのねっ!?」


 弓使いがそれを制止した。

 いかにも不安そうな目をしている。


 「その洞窟には、中に入ることができても、外へは出れない結界が張られていたはずなのね!!」


 洞窟を出ようとした時に、外へ出ようとしても出ることのできなかった結界のことをアリカは思い出す。

 入り口の横に立つ樹に懸けられた縄は、その時の痕跡だ。


 「大丈夫さ」


 と不敵に笑いながらアリカが言った。


 「ボクの見立てでは、この結界は侵入者を閉じ込めたままにするためのもの。でもそれは完全に外界との接触が断たれた解きに発動する。つまり……」


 そう言って胸から取り出したのは、長めのロープだった。


 「要するに外界とつながっているものがある限りは、閉じ込めるための結界は機能しない。というかしなかった……」


 だから自分は洞窟の外へと出ることができたのだ、と自らの経験を述べるアリカが、胸元からロープ取り出すとそれを樹の幹に巻きつけて、反対側を洞窟の中へと投げ込み石筍へと結わえる。


 「まあ、念のためにだけど――」


 と出口の確保を見せつけ、次いでズカズカと洞窟の中へと足を踏み入れ、完全に体を洞窟の中へと潜らせた後に、再び外へ戻ってみせる。


 「大丈夫だろ?」


 アリカに促されるようにして、エリーナやリュボーフィーたちがその後へと続いていった。

 洞窟の中は出入り口と天井に作られた皹や穴から差し込む日光の他は、明かりと言えるものがない真っ暗な空間が広がっており、天井から垂れた氷柱石や地面の石筍などがいかにもな洞窟らしさを演出している。

 季節は真夏だと言うのにひんやりとした肌寒さがあった。

 ゴツゴツとした岩肌に、所々焦げた跡やガラス質に変質した土があり、そこを踏むと周囲とは違った音を奏でる。

 ふと見ればあの時の祭壇がまだ残っていた。

 果物や酒精、羊に蜂蜜を塗って丸焼きにした料理とともに寝かせられた自分の姿を思い出し、アリカがほんの少しだけ顔を引き攣らせる。

 元々のこの体の持ち主だっただろう幼女が、どういった経緯で二頭竜に生贄として捧げられたのか、と。

 帝都に戻ったら、姉を名乗るあの少女に訊いてみようか――などと考えながら歩いていくと、アリカは唐突に足音を止めた。


 「どうしたんですか、アリカ?」


 急なことにエリーナが問いかける傍で、弓使いたちが郷愁の念に駆られたのか、声を上げた。


 「懐かしいなのね……」


 「本当に、イポニアの王都がまだ残っていたんですね……」


 「…………」


 周囲は真っ暗ではあったが、プラーナを感知する力でなのか、そこに何があるのかを彼女らは理解しているようだ。

 即ち、目の前に広がっていたのが、嘗ての人族の盟主だった国の都だったことを。

 同時に二人にとって女勇者だった前世のナジェージダと殺し合った場所でもあったからだろうか、二人の更に後ろへと目をやれば、血色の悪い表情を浮かべながらナジェージダが無言で佇んでいる。

 彼女はこの街で、前世のリュボーフィーを『神風招来』で自爆させて殺し、槍使いに後ろから刺され、弓使いに止めを刺されたことでも思い出していたのだろうか?

 ともあれ、この世界から自由になるためには、今まで積み上げてきた様々な因縁を一つ一つ解消していかなければならないこともまた事実なのだ。

 ナジェージダとその分身たちがやってきたこと、それは当然ながら彼女以前にこの世界へと召喚されたリンチたちをも含めての因縁を。


 「それじゃあ、この街の封印を解くよ?」


 石の階段を伝い、街の城壁の上へと着地して、アリカが叫ぶ。

 できるだけ同じ条件でやる必要がある――アリカは、だからリュボーフィーや弓使い、やナジェージダまでも連れてきたのだということを再度確認して。

 当時をできるだけ再現するのだ、と。

 因果因縁を打ち消すには、できる限り同じ条件で、その正反対のことをする必要があるからだ。

 リュボーフィーにエリヴィラの持っていた槍を持たせ、城壁の上にナジェージダと弓使いを配置する。

 魔王サルターンによる、王都包囲戦の状況を再現しているかのようだ。

 エリーナとエリヴィラ、それにリンチがこの怪しげな光景を見守っている。

 妖しげな儀式のようだったのだろう、リンチが不信感を隠そうともせずにアリカたちを凝視していた。

 この世界へと予定していた復讐は、召喚されて以来積み重ねてきた様々な行為によって、気づかないうちにこの世界の一部になっていたことで不可能となっていた。

 しかしだからと言って、リンチは納得した訳ではない。

 自分をいいように扱ってきた、そして邪魔になったからと他の召喚者を使って自分を、自分たちを殺そうとしたこの世界の人間たちを、赦せるはずがないのもまた偽らざる本心だからだ。

 そんなリンチの本心を知ってか知らずか、アリカはまるで当時を見てきたかのように、リュボーフィーやナジェージダたちに当時を再現するように促していく。

 魔王サルターンの兵が押し寄せる王都の街を再現するためにだ。

 城壁の上に立つナジェージダ、彼女と向かい合って立ち並ぶリュボーフィーと彼女の手に持たれた槍、そこから少し離れて弓使いが配置についていく。


 「でもその前に――」


 とアリカが言った。


 「先ずは――絡み合った因果を解く」


 リュボーフィーとナジェージダが対面する。


 「それで……」


 「私たちはどうしたらいいんですか、アリカ?」


 リュボーフィーが問う。


 「因縁を打ち消すには、その正反対のことをする……或いは未だ残る原因となった感情を解消する必要がある」


 灰色の目が二人を凝視する。

 リュボーフィーが、ナジェージダがアリカの出した難問に頭を悩ませる。

 どうすればいいのか、どうしたらいいのか――アリカの言葉を信じるなら、正反対のことをすれば因縁は打ち消すことができるらしい。

 では正反対のこととは何か?

 ナジェージダはリュボーフィーを前世で殺した。

 今生でも殺そうとした。

 であれば、リュボーフィーに殺されることか?

 リュボーフィーの青い目が憎悪を滾らせて、青く光った手がナジェージダへと伸びていく。

 ナジェージダは、確かにイポニアの以夷制夷による被害者には違いない。

 だが、彼女が自分たちに、そしてこの世界に対しやってきたことは、復讐とはいえ無関係な人間も巻き込んでの大混乱であり、血で血を洗う悪事に他ならなかった。

 自分を魔王に変えて、この世界に恐怖と混乱を齎すことが復讐か?

 世界中からの賞賛を浴びるために、裏から手を回して彼らを傷つけていくことが、真にこの世界を救うことになるのか?

 答えは否だ。


 (私は……)


 リュボーフィーが唇を噛む。

 恨んでいないと言えば嘘になる。

 それにリュボーフィーだけではない、弓使いやエリーナ、何よりアリカだって、ナジェージダに殺され、或いは大切な者を奪われた被害者であり、復讐する権利がある。

 青い目が爛々と光って、青い光に包まれたナジェージダが宙へと浮かぶ。

 あの夜に、アリカへと使った魔法だ。

 四肢を外して最後にナジェージダを吊るすつもりなのか――と、彼女の動きが止まる。


 (いや……違う)


 項垂れたリュボーフィーがゆっくりと手を下ろしていく動きに合わせて、ナジェージダが城壁の上に着地する。


 「……!?」


 事態が飲み込めないのか、ナジェージダが呆然とリュボーフィーを見つめていた。


 「そういう、ことだったんだね……」


 擦れる声でリュボーフィーが口を開いた。

 ナジェージダ、いやイルザは復讐心に駆られて世界を混乱に陥れ、それに倒したはずのズメイが手を貸して話が複雑になった。

 ではどうしてそうなったのか?

 アリカはこう言ったはずだ。

 ――因縁を打ち消すには、その正反対のことをするか、原因となった感情を解消する必要があるのだ、と。

 なら正反対のこととは何か?

 ナジェージダを殺すことか?

 彼女のやってきたことは、確かに赦されることではないだろう。

 だとしても、今すべきなのはこの世界と召喚者たちの、複雑に絡まり合った因縁を一つ一つ解していき、因果を打ち消していくことだ。

 何よりリュボーフィーがナジェージダを殺したとして、残念ながらそれは解決にはならない。

 それどころか新たな因果を創り出すことに他ならず、寧ろ解決からは遠ざかる――青い目が震えるように憎いこの仇を凝視して――擦れた声がナジェージダに投げかけられた。

 「私は、ナージャを、あの時の女勇者を、イルザを赦すことができない」

 キッと鋭い視線を突き刺すリュボーフィー。


 「私には復讐の権利がある」


 「……」


 何をされるのか、と怯えた表情を浮かべるナジェージダが肩を小刻みに震わせた。


 「私の、あなたに対する復讐は――」


 できれば聞きたくはないだろう、これから下されるリュボーフィーの言葉にギュッと目を瞑るナジェージダに、リュボーフィーは言った。


 「ナージャ、あなたたちの復讐の権利を奪うこと!」


 「え……?」


 驚く声がした。


 「ナージャ、あなたは今まで世界からされてきたこと、そしてこれからどんなことを世界からされようと、一切の復讐の権利を禁じます。それが私の復讐……」


 リュボーフィーが言った。

 彼女の言葉が意味するのは、前世で槍を突き刺した槍使いや、首を刎ねた弓使い――更に遡ってこの世界に自分を召喚しただろうイポニア人たち、賞賛を横取りしたイポニア王女たちへの復讐の禁止だ。

 全ては水に流せなくとも、新たに別の因果を創ることを防ぐ、それが彼女の行き着いた答えだった。


 「いいんだね?」


 アリカの問いに首肯するリュボーフィー。

 次いでアリカの手が銀色の光を発し――


 「えっ!?」


 「あ――」


 リュボーフィーとナジェージダの声が響いた。

 傍目にはどういう変化があったのかは分らなくとも、彼女たちにはこれが何を意味していたのかを直感的に理解することができた。

 再び天井へと光る手を向けるアリカの動きに合わせるように、今度は耳を劈く音が鳴り響く。

 天井を成していた岩がひび割れ、次第に崩れていく音とともに、岩の隙間から差し込む光が街を照らしていく。

 崩れた岩が街へと降り注ぐも、建物や路へ到達するより速く、岩は塵と化していったため、街はほぼ無傷で女勇者が封印する以前の姿を、イポニアの王都としての姿を取り戻すに至った。


 「アリカ……」


 「まさか本当に王都を復活させるなんて……」


 が話はそれだけでは終わろうはずもない。

 続けて、街からは人の声と思わしきざわめきが湧き上がる。

 耳を欹てると口々に発せられる言葉が聞こえてきた。


 「一体……何が起きた……?」


 「これは夢、なのか?」


 街を舞う塵が集まっていき、やがて戸惑いの声とともに、王都で魔王と対峙していた人々の姿を顕していった。

 弓使いの着ていた、ゆったりとした格好のローブ姿の住民たち、或いは甲冑を着込んだ兵卒たちの姿、しかし誰もが一様に何が起きたのか分らないといった顔をしている。


 「そうだ、サルターンは――」


 ハッとなった一人の兵卒がそう口を開き、今度は恐怖に駆られた悲鳴が街を覆った。

 彼らからすればついさっきまで世界を脅かしていた魔王と対峙していたのだから、当たり前の反応だろう。

 群集心理は次第に恐怖の色に染まっていく。

 魔王サルターンの手によって人族は、そしてイポニアは追い詰められていたのだ。

 それがいくらナジェージダのやらせだったとしても、いやだからこそ、彼らの恐怖は本物とさえ言えた。


 「おい――」


 とアリカがナジェージダへと目配せした。


 「言うべき言葉があるだろう?」


 「えっ!?」


 突然のことに目を丸くして固まるナジェージダ。

 混乱が彼女へと襲い掛かる。

 目の前の幼女は何を自分に求めているのかを、直ちには推し量ることができなかったからだ。

 呆然とするナジェージダへと、アリカが畳み掛けるように言葉を投げかける。


 「お前は……イルザは、世界を救った、という名声が欲しかったんだろう?」と。


 こくりと首肯するナジェージダ。


 「ボクたちがすべきことはただひとつ。この世界で複雑に絡み合った因果を、打ち消すこと」


 「……?」


 その真意がどうにも判りづらかったのか、ナジェージダが無言でアリカを凝視する。


 「魔王を作ったのはお前だろう? イルザ・V・ストローマン――いや、ナジェージダと呼んだ方がいいか?」


 アリカの言葉に、ナジェージダから驚きの声が漏れ出した。


 「つまり……」


 「お前が責任を持って収拾をつけろ」


 即ち、魔王サルターンが倒されたことを告げるのだ、と。


 「でも、私――」


 魔王ドラクルを倒したのは自分ではない。

 彼女の目の前にいるリュボーフィーであり、そしてアリカだと言うことを、ナジェージダが知らない訳がない。


 「お前はこれまで散々世界中に混乱を撒き散らしてきた……」


 アリカがキッと彼女を睨んだ。


 「魔王を作ったのはお前だろう? この混乱を収めるべきなのは、ボクでもリューバでもない」


 「…………」


 因果を打ち消すためには、その正反対のことをする必要がある。

 魔王を作り、イポニアの王都を混乱に陥れた張本人が彼女であるなら、その混乱を収束させるのもまた彼女なのだ、と。

 暫く沈んだ顔をしていたナジェージダだったが、しかし意を決して彼女は大きく息をした。

 次いで動揺し騒然となっていた王都に向かってナジェージダは叫んだ。


 「魔王は――魔王サルターンは倒されました――」


 王都中にナジェージダの声が響き渡る。

 同時に半信半疑の声が様々な感情とともに湧き上がっていく。


 「サルターンが……?」


 「あの魔王が……」


 「倒されたっ!?」


 どよめきは王都を覆い、声のした王都を囲う城壁の上へと観衆の視線が集まっていく。

 見慣れない少女たちの姿を目の当たりにしたが、街を取り囲んでいたはずの魔王の兵たちの姿もないことから、次第に王都の混乱は収まっていく。


 『サルターンが倒された今、世界は平和になったのだ――』


 何者かの声が響き、次いで王都を戦勝を祝福する喜びに満ち溢れた叫びが包み込んだ。

 永きに亘る魔王の影に怯えなければいけなかった日々はもう終わったのだ、と。

 彼らにとって、女勇者に街ごと封印された日から今日までの出来事は無いも同然だと言うことを、改めて知るナジェージダ。

 因果のひとつが断ち切れた――そう思った瞬間だった。


 『ふははははぁ――!!!』


 不気味な、それに聞き覚えのある笑い声が王都に木霊した。

 

次で最終話になります。

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