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(ドラクルは、だからボクに世界を救えと言ったんだ!)

やっと、投稿できた……

 『う……』


 肌に触れる風がほんのりと冷たい。


 『気づいたか?』


 それに声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に、頭が働き始め――悲鳴にも似た驚きが心臓の鼓動を大きく高鳴らせる。


 『え――っ!?』


 自分の体に起きた異変に気づいたのは、ナジェージダ・ウラジーミロヴナ、全身を黒い鱗が覆っており、羽ばたく耳障りな音が、リズミカルに耳へと飛び込んでくることに。


 『何……これ?』


 自分の体が、しかし自分の意思では動かせず、あたかも繰り人形のように動かされている感覚が襲ってきた。


 『さてナージャ……いや、同志ナージャと言い改めるべきかな?』


 再び声が聞こえる。

 これまで幾度となく彼女へと様々な謀略を提案してきたあの声だ。

 その声は絶望に打ちひしがれ憎悪に身を委ねたイポニアの王宮内で、力を求める彼女へと囁いたあの声でもあった。


 『あ……っ!?』


 目が合ったそれは、黒い鱗に覆われて、金色の目をした竜だろうか。

 そいつはせせら笑っていた。


 『何を驚いている同志・・ナージャ。これから共にこの世界を滅ぼすのだろう?』


 次いでリンチによく似た声が聞こえた。

 赤い目がこちらへと向き、禍々しい光を帯びていた。


 『同志、まだまだ彼女は入ったばかりで、諸事情について理解されていないのですよ』


 喉を鳴らす音が、ナジェージダの心を焦燥へと駆り立てる。


 『これは、一体どういう――』


 自分はどうなってしまったのか、それに二人――いや、二つの首たちが口にする『同志』の意味が分からない、と。

 混乱する頭で問いかけるナジェージダへと、この二つの頭が返答をした。


 『同志ナージャ。あなたはめでたく、世界を滅ぼす不死身の三頭竜、ズメイの首のひとつとなることができたのですよ』


 『そう、憎むべきこの世界を滅ぼすために!』


 『えっ!? ええっ!!?』


 何を言っているのか、ナジェージダの理解が追いつかない。


 『何を、何を言っているのですっ!?』


 『言った通り、同志ナージャは我々とともにこの世界を滅ぼす力となった。同志はこのズメイの新しい首となったのだから』


 『このズメイの新しい首としてこの世界を滅ぼし、我々召喚者たちの積年の恨みを、無念の涙を晴らす時が来たのです!』


 二つの首が、恐るべき言葉を口にした。


 『この私が……邪竜になった?』


 首たちの表情が険しくなった。

 彼女の震える声に対し、首たちが訂正を求める。


 『言葉遣いに気をつけたまえ同志、我々は断じて邪竜などではない!』


 『そうです、これは奪われたものを取り戻す戦い。この世界の人間たちの不正を是正して、正義を実現するための聖戦なのです!』


 奪われたもの――遠い過去に彼らが召喚され、元の世界で本来得られるはずだった人生を、可能性を、そして幸福を取り戻す。

 しかしそれらはもう二度と手にすることができないこともまた事実。

 が、この世界を恨まなかったとして、仮に赦したとしたら、奪われたものを取り戻せるとでも言うのか?

 過去は変えられないが、未来は変えられる。

 そんな月並みな台詞は誰にだって言える。

 ただこの種の偽善じみた文言が成り立つためには、犠牲者のみに背負わされる偽善のための特別な努力や、必不要かならずいらないな我慢が不可欠になる。

 それは力がなければ、これらの嘘を涙ながらに飲み込まされ、無理やりにでも笑顔を振りまかねばならないけれど、今の彼らは違う。


 『私たちが奪われたものを、その苦しみを、この世界の連中にも味合わせてやるのです!』


 『そうだ! 世界を丸ごと滅ぼして、ディアスポラさせてやるのだ!!!』


 恐るべき話といえた。


 『ちょ、ちょっと――』


 ナジェージダが悲痛な叫びを上げた。

 当たり前だ。

 彼女の目的は、世界中からの賞賛を集め、自分が選ばれた者であることを証明することなのだから。

 それには彼女を賞賛するべき観衆が必要で、彼らを一人残らず滅ぼしてしまったら、この証明は不可能となってしまう。


 『ま、待ってください! 私は世界を滅ぼすづもりなど――』


 『何を言っているのですか?』


 実に楽しそうに声を弾ませるリンチの声。

 赤い目が狂気を孕んで嗤っている。


 『これこそが、ナジェージダ・ウラジーミロヴナ……いえ、かつて無能と蔑まれた聖女様の望んだことではないですか?』


 『私は――』


 震える声で抗おうとしたナジェージダだったが、もうひとつの首が彼女の言葉を遮った。


 『何を言っている? これまでずっと力を貸してきたではないか? その対価を、払ってもらう、これは決定事項だ!』


 イポニアの王宮で囁かれた『力が欲しいか』とは、決してタダではなかったということだろう。

 タダより高いものはないとはこのことだ。


 『お前は散々、この力で世界を好き放題弄んできた。さすがにもう飽きただろう? 今度は我々の番だ。同志が我々に手を貸す番だ』


 あまりに唐突な話の流れに、ナジェージダはついていくことができなかった。


 『分からない……』


 『何が分からない?』


 実に楽しそうに、金色の目が尋ねていく。


 『私が今まで使ってきた力はあなたの力だとして……今の私にはその力がないのでしょう?』


 二つの首が同時に首肯した。

 少なくともナジェージダの意思で使える力ではなくなったことは事実だ。


 『なら、私は元の無能と呼ばれた人間でしかないはず……協力しようとしてもできるはずが――』


 『ふっ……』


 『あははぁっ!!!』


 二つの声がせせら笑った。


 『何がおかしいのですかっ!?』


 苛立ち声を荒げるナジェージダだったが、しかし思っても見なかった答えが返ってきた。


 『同志は、何か勘違いしているのではないか?』


 『まさか無能の意味を取り違えていたとは……』


 『――!?』


 思わず首をひねる。


 『無能……大方あのイポニア王女辺りにでもそう吹き込まれたんでしょう?』


 『しかしながら同志。その力は決して無力でもなければ、役立たずでもない。同志の力は我々にとって必要なものだった。だからこそ力を貸したのだ』


 更に、訳が分からなくなるナジェージダがますます混乱を極めていく。


 『無能――同志はそう思い込んでいたらしいが、しかしそれは事実ではない。何故なら、同志の力は無の力……』


 『それは無限に広がっていき、有と対を成し、世界を構成する力となるのです』


 『え――っ!?』


 悲鳴にも似た叫びが飛び出た。


 『我々の力は、同志の使っていたプラーナの操作と、同志リンチの力である全てを食らい尽くす力……もうひとつの力はあの聖女によって切り離され、行方不明になってしまったがな』


 『まあ、この世界を滅ぼしてしまえば、あの聖女だって隠していた残る同志を復活させざるを得ない……』


 理解が追いつかなかった。


 『あの聖女のちからは空間の操作。対する同志の力は無。これ以上ないくらいの切り札となりえる』


 『その力を以ってすれば、世界を滅ぼすことも、また新しく創り上げることも不可能ではない。有と無が揃ってこそ、世界は存在することができるのだから』


 いや、心がそれを受け入れたくなかったのだろう。

 決して無能ではなかった、その事実を。

 今まで自分がしてきた全てのことが否定されるからだ。

 しかし二つの声は耳を塞ぎたいナジェージダへ、決して言葉を噤むことはなかった。


 『あの聖女を、イポニア聖女を徹底的に苦しめて、そしてこの世界を滅ぼすために、手を貸せ』


 心が揺らいでいた。

 次いで、何故だろう、銀髪の帝都で言われた言葉が脳裏をよぎる。


 ――選ばれた者とは社稷の贄なんだよ――


 (私は……)


 踊らされていたのだと。

 それも本来なら自分が倒すべきだった者に。

 無能と蔑まれた時でも、魔王討伐の失敗でも、あの銀髪に負けた時でさえも崩れることがなかった彼女の信念が砕け散っていく。


 (これじゃあ本当の間抜けじゃない――)


 が、そんなのは序の口だった。


 『あれを見ろ、同志ナージャ』


 促されるままに目を向けたのは、数日前にナジェージダ自身の手によって荒野と化したニャポニカの帝都だった。

 地下部分の街並みが露となった帝都は、破壊されたにも拘らず、再び活気を取り戻し始めていたようにも見える。


 『先ずは手始めに――』


 赤い目をした、リンチに似た声の首が、大きく口を開き、赤い光を放つ。


 『な、何をする気なんですか?』


 焦燥が走り、上ずった声で問い質そうとするナジェージダへと、リンチの声がせせら笑って返した。


 『何、先ずは手始めにあの街を消してみようと思いましてね――』


 『ニャポニカはいまや人族最大の国。最も強いやつから先に倒しておけば、もう誰も抵抗などできなくなる――』


 喉を鳴らす声が聞こえた。


 『では――』


 『――――っ!?』


 時間にしてほんの数秒の出来事だった。

 帝都の半分が消滅したのだ。

 ナジェージダの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


 (どうして、どうしてこんなことに……)


 次いで起こったのは、腹の膨れていく感覚だった。


 (まさか……?)


 彼女の目は恐怖の色を浮かべていた。


 (破壊した帝都からプラーナを取り込んでいる?)


 『どうです? 世界が滅びていく様は、いつ見ても心躍らせる!』


 『そうだ、まさに厭離穢土おんりえど、我々はこの世界を浄化してやるのだ!!!』


 狂った笑いが耳へとこびりついていくかのようだ。


 (やめて……)


 『自らの行為を、血で以って贖わせる』


 『その権利が我々にはあるのです!!!』


 今度は金色の目をした首が大きく口を開き――金色の光を撒き散らした。

 大地が焼けていき、或いは生命が絶え、死の大地が作られていく。


 (やめて――!!!)


 ただ目をギュッと瞑りながら、塞げぬ耳と、動揺から利けない口で、ナジェージダはこの悪夢のような出来事の終わりを願い、心の中で繰り返し叫びを上げることしかできなかった。


 と――羽ばたく音が止んだ。


 『っ!?』


 羽を広げたまま風を切る。

 金色の目が細まって、その顔が苦々しく歪んでいた。


 『同志、どうかしたのですか?』


 赤い目が問いかける。


 『異常事態だ……』


 その言葉に、四つの目が視線を注ぐ。


 『同志の設けた魔法陣のひとつが破壊された』


 『私の作った魔法陣が?』


 赤い目が驚き表情を歪ませる。


 『あれは普通の人間には破壊することはできない。一体誰が……まさかあいつか?』


 ナジェージダの脳裏に二つの顔がよぎる。

 一人は自分が何度も執拗に殺してきた聖女の生まれ変わり、金髪碧眼の少女、リュボーフィー・ペトロヴナであり……


 『あいつ、ですか?』


 リンチが問う。


 『ああ、ニャポニカの帝都で同志ナージャから力を剥ぎ取った幼女だ』


 『――!?』


 銀髪で灰色の目をした、先ほどまで倒すべき対象だった幼女の顔が浮かび、ナジェージダの心に微かな光を齎した。


 (あいつなら――)


 かつて自分が殺した斧の勇者の生まれ変わりの幼女なら、ズメイを止め自分を救い、更には世界を救うことができるかもしれない。

 もちろん身勝手な期待ではあることは彼女にだって分かっていた。


 『何、寧ろ好都合……』


 と、歪んだ笑いが起こる。


 『今の無の力を取り込んだ我々は、あの聖女の倒された時など比較にならないほどの力を手に入れた。仮に万が一負けることがあったとしても――』


 『そうですね。私たちは決して滅びない。いかなる力を以ってしても、なかったことにはできないのですから』


 羽が大きく空を切り、体を旋回させた彼らが、方向を変えて再び大空を飛んでいく。

 どこへ?

 言うまでもない。

 リンチが魔法陣を張った街、ウラジドゥラークへだ。

 

 






 一方の別空間へと逃れたアリカたちは、沈んだ空気の中にいた。


 「倒せない? 倒せないって、どういうことなんですか?」


 エリーナの鋭い声が耳を劈いた。

 確かにドラゴンは最強種族と言われている。

 しかし最強であることは、必ずしも不敗とは限らない。

 ドラゴンの上位種である二頭竜をアリカが倒した記憶を思い浮かべながら、エリーナが問いかける。


 「リューバは昔、そのズメイって竜を倒したんでしょう? それにアリカだって、二つ首の竜を倒したし――」


 「エリーナ」


 リュボーフィーが首を横に振る。


 「倒すとはどういうことですか?」


 「え……?」


 思ってもみなかった質問に言葉を詰まらせエリーナ。


 「例えば普通のドラゴンだったら、降伏させ或いは殺せば倒したと言えるでしょう。でもズメイには倒すべき実体がない」


 「「っ!?」」


 エリーナだけでなく、アリカも目を丸くした。

 実体がない、それの意味がイマイチ分からなかったからだ。

 ズメイが暴れ回っていた時代に、アリカはこの世界にはいなかったし、エリーナだって生まれていない。


 「あれは、私以前にこの世界に召喚された召喚者たちの成れの果て……」


 「よく分からないんだけど……」


 アリカがそう断りを入れてから言った。


 「でもリューバたちは、ズメイを討伐したんだろ?」


 ドラクルから聞くところに拠れば、ズメイはリュボーフィーのいくつか前の前世で討伐されたはずだ。

 しかも長い年月の間、ズメイなんてこの世界には現れなかった。


 「一度討伐されたものを、それが絶対に倒せないってのはおかしくないか?」


 「言い方が悪かったかな……」


 リュボーフィーが額に指を当てて、少し考える仕草をしてからそれを述べた。


 「確かに、私はズメイを討伐はした。それは間違いない。しかしズメイを滅ぼすこと(・・・・・)はできなかった。あくまでズメイの形を取らないようにしただけです」


 「「…………?」」


 やはり意味が分からない、アリカもエリーナも首を傾げて難しい顔をしていた。


 「そうですね――」


 何て言えばいいのか――と、弓使いが口を開く。


 「絨毯を思い浮かべて見るなのね」


 「絨毯、ですか?」


 「そうなのね」


 灰色と赤色の目が彼女へと注がれる。


 「絨毯って、要するに糸の塊。縦糸と横糸を組み合わせて織ったものが絨毯と呼ばれている物体になるなのね」


 二人の頭の中でそのイメージが浮かび上がっていく。


 「じゃあ、糸は絨毯なのね? 違う、糸をある形式で以って形作ったものを、人は絨毯と呼んでいるだけなのね。ズメイもそれと同じこと」


 「……つまり、召喚者たちの術式がズメイであると?」


 アリカの問いに、弓使いとリュボーフィーが首肯した。


 「だから、リューバが解いた術式を、逆に組み合わせていけば、ズメイは容易に復活するなのね」


 「容易に?」


 怪訝な面持ちでエリーナが声を上げる。

 一度倒されて以来、二人の魔王が現れた時代にも、ズメイは復活しなかった。

 それが今、復活すると言うのは俄かには信じられない話だ、と。


 「恐らくあいつは……注意深く、そしてひっそりと息を潜めながら、復活の時を待っていたなのね。ウチたちの力を削りつつ……」


 「力を削る?」


 「ズメイを作り上げていた三人の能力のうち、そのひとつが、他者の力を奪い取る能力だったなのね」


 他者の力を奪う、ある意味厄介な相手だった。


 「じゃあ、街に張られていた術式ってのは……?」


 「ズメイの首のひとつが持っていた力なのね。あいつが復活したら、今のウチたちでは、手も足も出ない……」


 既に敗北寸前の気構えになっていた。


 「じゃあ――」


 エリーナがキッと目を見開いて言った。


 「このまま黙って時が過ぎるのを待つってことですか? 例え無茶でも、私は――」


 「自殺行為なのね。二頭竜の時とは訳が違う。幸運にもお前がズメイを倒すことができたとするなのね?」


 弓使いの目が悔しげにエリーナへと注がれる。


 「すると今度はお前がズメイになるなのね……」


 「「えっ!?」」


 アリカまでもが言葉を失った。


 「だからズメイとは実体のない現象みたいなもの。ズメイを作る首のひとつを倒したら、今度はそれが新しい首になるなのね……だから、あいつには勝つことができない。倒せない――」


 今度はエリーナまでもが押し黙った。


 「だったら――」


 灰色の目が光る。


 「負けなきゃいいんだよ」


 アリカの体が薄く銀色の光を帯びていた。


 「アリカ、死にに行くようなもの――」


 リュボーフィーがアリカを止めようとした。

 だが、首を横に振るアリカを、彼女は止めることができないことは明らかだ。


 「ボクは逃げない」


 銀色の光る手を伸ばすと、空間がねじれそこに穴が開く。


 「それに、やってみないと分からないじゃないか」


 僅かに微笑んで、アリカはそこへと飛び込んだ。






 アリカ目に飛び込んできたのは白く光る街の上空。

 風が肌をなで、髪を梳く。

 無人の街と化したウラジドゥラークだ。

 息が詰まるのは、決して空気が薄いからだけではないだろう。

 アリカの脳裏に浮かんだのはドラクルだった。

 即ち前々世のリュボーフィー。


 (ボクも、ドラクルも、イルザも、ズメイってやつさえも、みんな召喚者だった……)


 この世界の人たちに、何らかの理由で異世界から連れてこられた犠牲者とも言える。


 (イポニアの歴史は以夷制夷いをもっていをせいす


 要は漁夫の利を得る戦略。

 しかし裏目に出れば、今度は自分が滅ぼされる立場に置かれる。

 人はそうそう、思い通りには動いてはくれないからだ。

 歴史を紐解けば、そういった例は枚挙に暇がない。


 (一番悪いのは、この世界の人間だ)


 召喚者とは、この世界の人族のエゴを満たすための道具ではない、と。

 自分もまたその一人だった故の答えだ。

 イルザのような立場に自分が置かれたとしたら、やはり恨みを果たすべく、本来得るはずだったものを取り戻すために、実力行使に出ただろうか。

 アリカはそう思い巡らした。


 (でも、ボクはボクだ)


 銀色の光が、彼女の両手へと集う。

 誰もが等しく同じなんてことは有り得ない。

 必ず、亡霊のように、まるで呪いでもかけられたみたいに、人はそれぞれの背景を引きずっているのだ。

 そこから自由になることはできない。


 (でも――)


 過去に縛られ続け、既に終わった出来事に対して永遠に何かを求め続けていくことが、果たしてまともな道なのか?

 どこかで終わりがなければいけない。

 あらゆるものは、必ず終わりがある。


 (解決できない問題はない!)


 街を覆う白い光を前に、銀色の光がぶつかって、眩い光がほとばしる。


 (ドラクルは、だからボクに世界を救えと言ったんだ!)


 誰かが作った偽者の悪と戦い、正義感を満足させるのは、ただ踊らされているに過ぎない。


 (ボクの力は、きっとそのために与えられたんだ……)


 銀色の光が白い光を覆い尽くしていく。


 「――」


 ヒビ割れる音が起こり、街を包んでいた術式が打ち砕けたのだろうか。

 直後街へと降り立ったアリカが地面に足を着いた。

 次いで笑った。

 街に足を踏み入れ石畳の上に立っているにも拘らず、アリカは蒸発しなかったからだ。

 何者かが張ったであろう魔法陣は、たった今ここに打ち破られたのだ。




 「アリカ――」


 と――上空からエリーナが降ってくる。


 「って、エリーナっ!?」


 わたわたとして、何とか両手で彼女を受け止めるアリカ。


 「待つなのね」


 次いで弓使い、そしてリュボーフィーが異空間から飛び出してきた。


 「アリカの力は分かりましたけど……」


 しかし浮かない顔だった。


 「あいつがこのことを知って、黙っているはずがない……」


 「ボクは――」


 その瞬間、灰色と青の目が大きく見開かれた。

 上空から日差しを遮って街を覆う影。


 「な――!?」


 あまりにも大きかった。

 街ひとつがすっぽりと収まるほどの巨躯。

 全身を覆う黒い鱗が光を反射して虹色に光っている。

 コウモリのような羽が威圧的に手から広がって、胴体から伸びた三本の首はそれぞれ金色、赤、青の瞳を禍々しく光らせてこちらを見据えていた。

 金色の目が敵意を露にした後、その口が大きく広がった。

 真っ赤な舌が、鋭い牙を剥き、金色の光が放たれて――ウラジドゥラークへと降り注いだのだ。



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