「だから……だから、帰ろう?」
その数日後のことだ。
ナジェージダの魔法により崩壊した宮殿の跡地では表彰式が行われていた。
例によって、第一皇子エリオがラッフルのある服を着て、今回の功労者たちを招待した形だ。
ドレス姿のエリーナとリュボーフィー、それにかなり顔を引きつらせたアリカがそこにいる。
二人ともまだ傷跡を残していた。
アリカが気を失った後で、力を剥ぎ取られたナジェージダは投獄され、明日に裁判を控えている。
恐らくただでは済まないだろう。
ニャポニカという国そのものに仕掛けたのは、復讐のつもりが、内乱となってしまったのだから。
エリーナの話では地下の石牢の中で放心状態になっていたとか。
彼女の力を封じた石材は厳重に保管されている。
仮に石材を取り返したとしても、力を失ったナジェージダでは、アリカの施した封印を解くことはできない。
つまり今の彼女には、プラーナを操作し、世界の混沌を作り出す力はないと言うことだ。
「あ、アリカ――」
もう一人、何故ここにいるのかが分からない顔が、妙に着飾りながら三人に目配せをする。
「……それで、何でお前がここにいるんだよ?」
心底分からないと言った顔で、アリカが問いかける。
青い髪に鳥を象った髪飾りをつけている、滅びたイェビー教の信者だった少女ジェーニャがそこにいた。
「何でって、未来の皇后陛下がいちゃいけないの?」
思わず咳き咽かけるアリカ、それにエリーナ。
「「皇后陛下?」」
皇后陛下といえば皇帝の后を意味している訳で、ではどこの誰とも分からないであろう少女を皇族の外戚にするのは、まともな判断なのだろうか?
「お前、それは冗談にしても面白くないぞ?」
場所が場所なら、不敬罪とかで処罰されかねない発言だ。
凡そ法統治があるか疑わしいニャポニカに、不敬罪なんて概念があるのかは不明だとしても。
「あ、陛下――」
「ジャーニャ。私はまだ即位していないよ」
赤い髪に赤い目、言わずと知れたニャポニカの皇族の特徴を持つ一人、エリオの姿がこちらへと近づいてくる。
「お兄様……?」
エリーナが顔を引きつらせたように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
ジェーニャの肩を抱くエリオに、『未来の皇后陛下』があながち嘘ではない可能性を思わせたからだ。
尤も、エリオはジェーニャのことをよく知っている。
何より彼女には身寄りと言えるものがいないか、いても大して影響力を持ち得ない。
外戚の力を削いでいくには丁度いいのかもしれない。
一君万民の下で、全ての臣民を一視同仁に扱うと言うことなのだろうか?
まあ、それはアリカには関係のない話ではあるけれど。
それよりも、今は――
洗練されているとは言い難かったが、しかし空腹とは最高の調味料。
目の前にドンと並べられた宮廷(?)料理の数々にアリカの理性は半ば崩れかけていた。
蜂蜜か何かを塗りこんだのか飴色に光る鶏のブツ切り。
香草の匂いを立ち昇らせる蒸した魚。
回転式グリルでこんがりと焼きあがっていく羊の丸焼き。
まるで食べてくれと言わんばかりだ。
考えてみれば、これほどの豪勢な食事は、洞窟の中で口にしたお供え物以来だろうか――アリカは興奮気味に料理へと目をやった。
何故こんな料理が目の前に並べられているのか?
二つの理由からだった。
ひとつは帝都を魔王サルターンから守りきり、更には討伐まで成し遂げた勝利を記念して。
もうひとつは、更に数日前に帝都で暴れたナジェージダを取り押さえた功績者を称えるために。
賞賛などに興味を示さないアリカだったが、目の前の食事には顔を綻ばすのだ。
実に即物的と言えよう。
エリオの登場とその隣に佇むジェーニャの言葉を終えると、宴会の始まりとなった。
みるみるうちに皿が重ねられていく。
隣でそれを見ていたエリーナやリュボーフィーが呆気にとられるほどには大食といえた。
よほど空腹だったのか、それとも無限に入る胃袋でも持っているのか、何にせよ異世界で生きていくために必要なものは、先ずは丈夫な胃袋なのだ。
果物を搾った汁を注がれた杯を時々口に持っていきながら、ひたすら料理を口につめていくアリカ。
そんな傍から見ればいかにも野生的とも言えるアリカを見て、リュボーフィーは昨夜のことを思い出した。
ナジェージダによって、宮殿の屋根から吊るされかけたリュボーフィーが目を覚ました時、朝日にも似た空が目に飛び込んでくるのを覚えた。
あれからどれくらい眠っていたのか、朝にしては色々と淀んでいるところから、今が夕方であることは、暫くして分かった。
意識がはっきりしてくるに従い、リュボーフィーの心が沈んでいく。
(私は……)
全身に傷を負っている。
髪の毛も焼けて大分短くなっていた。
何よりも、まだ首に生々しく残る跡。
ナジェージダの嗤う顔が脳裏に浮かんできた。
(ナージャは……)
彼女が自分を殺した女勇者の生まれ変わりで、それも何回も生まれ変わって自分を殺し、苦しめ続けた因縁を持つ相手だという事実とともに。
最初こそ信じられなかったが、直ぐに彼女は理解した。
これは信じられないのではなく、信じたくないということを。
次いで自分をずっと追い続けてきた銀髪の幼女の顔が浮かび上がってきた。
(アリカ……)
あの夜の出来事を。
復讐を誓い、憎き相手だと確信して、徹底的に傷つけて一度は殺してしまった彼女の顔を。
(私は……罪人なんだ)
それも女勇者と同じ。
あれもまた、復讐を理由にリュボーフィーを苦しめ続けた。
自分のしでかしたことが、何よりも嫌いな相手と同じことで、しかも復讐の相手ではないであろうアリカへと矛先を向けてしまったことは、取り返しのつかない事実だったからだ。
(私は……あいつを同じ……)
罪悪感が彼女を苛んでいった。
心が耐え切れないほどの重圧がのしかかっていく。
(私はどうしたらいいの……?)
答えなどでない、あるはずのない問いだ。
償い――ナジェージダが口にしていた言葉が浮かんできた。
分かりやすい答えだが、しかし却って彼女を袋小路へと追い詰めていく。
(聖女様が現れて全ての罪を背負って吊るされた……仮にそうなら私は赦される……でも前提として女勇者も赦されないといけないことになる……)
女勇者が、ナジェージダが自分にしたことは、そう簡単に赦せることではないが、それなら自分がアリカにしたことだって同じことだ。
が、そこまで考えて、すぐに首を横に振った。
所詮赦されたいという願望がそこにあることに気づいたからだ。
ナジェージダのように小難しい理屈を並べて詭弁を弄したところで、自分の気持ちを誤魔化しているだけなのだ、と。
自分が自分を赦せなかったのだ。
だから、彼女は呟いた。
「私にできることは一つ……」
ゆっくりと立ち上がると、まだ全身に残る傷が痛みを走らせる。
不快なはずの痛みも、今は何だか乾いた心に染み渡っていくようだった。
覚束ない足取りで、リュボーフィーは半壊どころか全壊に近い帝都の中を徘徊していく。
彼女の青い目には既に生気がなかった。
どれくらい歩いたのか、辺りが真っ暗になる頃になって、リュボーフィーは丁度いい高さの瓦礫の山を見つけた。
ボロボロになった自分の下着の裾を破り、それを縒っていく。
できたのは縄だ。
大人の背丈ほどある瓦礫の出っ張りに縄を懸けて、彼女は足元にあった廃材を台にして、首を差し込んだ。
廃材を蹴り上げると大地との間に隙間ができる。
つまりは首吊りだった。
パヴェシェンヌイ教で罪を背負ったとされる崇高な行為に他ならない首吊りで、彼女は罪を購おうとしたのだろう。
首に懸けられた縄が、彼女の重みで食い込んでいく。
気管が絞まっていき、世界が回っていった。
「……」
ぼんやりとする頭が漸くはっきりとしてきたと、夕日を見ながら呆けていたのはアリカだった。
まだ体に力が入らなかったために仰向けに寝かされたままになっていたが。
(ボクは、イルザを止められた……?)
半壊した帝都を荒野へと変え、今や更地と化した宮殿で、エリーナ、弓使い、そしてリュボーフィーの首に縄を懸けて吊るそうとした、今生ではナジェージダと言うらしい少女を。
あの時、アリカは半信半疑だった。
――「いいことだぁっ!?」
水晶からこちらを覗くドラクルへと、アリカが胡乱な目を向ける。
『そうだ』
見透かすように言葉を発するドラクル。
『お前はあまりに直線的過ぎるんだ。そして自分の力のみを信じ――いや、過信している』
「……」
確かにその通りではある。
帝都に来る前に、エリーナにも指摘されたことだ。
『余の考えが正しければ、普段のお前なら、万全の体勢を整えたイルザを相手に真正面からぶつかってもお前が勝つ。それも難なくだ』
普段のアリカなら、という前置きが必要だったけれど。
『恐らくあの魔法使いとイルザ、二人を同時に相手にしても、僅かにお前の方が勝ったであろう』
「なあ……」
とアリカが問う。
「ボクは僅かに押し負けたんだぞ?」
『それはお前の見立てが甘かったんだ。まあ、あの魔法使いは命を懸けていたからな。無理もない話だ。いや、そうじゃなくてだな』
ドラクルが話を戻す。
『お前は自分の力だけで二人に対抗したから失敗したんだ』
「……?」
首をかしげた。
『確かに、斧の勇者だったお前も、今のお前は更に、力が強まってはいる。でも所詮は一人の力でしかない』
「何を言いたいんだ?」
『周囲の力を借り、もっと言えば相手の力をも利用する――』
その言葉に、アリカの目が丸くなる。
「相手って……イルザの力をか?」
『イルザと、周囲の力を、だ。自分の周りにある全てのプラーナを利用する』
ドラクルが笑う。
『プラーナで世界は繋がっている。逆に言えばプラーナを介して、世界と繋がることもできる。これを悪用したのが、イルザの『神風招来』だ』
「ん……?」
とアリカが訊いた。
「いや待て? それじゃあ、イルザも使えるってことだよな?」
『当然だろう。あいつの力はプラーナの操作だぞ? 言い方を変えるなら、お前が今までそれを使わずに魔王の兵を倒し、余を倒したことの方が驚きだったわ!』
「……」
何と言うべきかと戸惑うアリカ。
『でも、考えて見ろ? 余は勿論、イルザすら使っていた単純な技法を、お前は今まで一度も使ってこなかった。しかしお前は余を倒した。ならもしお前がこの力を使えたとしたら?』
実に眉唾な話ではあったが、他に選択肢は思いつかない。
「それは、どうやるんだ?」
『簡単な話だ』
ドラクルの目が光る。
『感情を使う。どういうことか? 月並みな言葉で言うなら「心を通じさせること」だ』
「……?」
抽象的な説明に首をかしげるアリカ。
言わんとしていることは辛うじて分からなくもないが、一番重要な部分が伝わらないのだ、と。
『ふむ。そうだな……では具体的に説明しよう。イルザはこれから三人を処刑しようとする。そこで帝都の住民たちに一部始終を見せようとするはずだ。そうすることで自分の想いを彼らに刻むことができるからだ』
即ちイルザの感情に帝都の住民たちが共感してしまう訳だ。
『なら、お前はその反対をやればいい。帝都の住民たちが言葉にできず、イルザに流されつつも心のどこかに燻っている思いを形にしてやることだ。それが表へ現れた時、帝都中の力を集めることができる』
頷くアリカ。
『イルザは賞賛に殊の外執着していた。そこを突く。あいつの手口は誰かに罪悪感を植え付けてつけ込んでいく。自分が同じように非を責められるなんてことはない、そう高を括っている』
「……イルザの非を責めるってことか?」
『そういうことだ。その意味では、お前は最も適している……』
ドラクルが言い終わると、目に光が差し込んできた。
朝日だった。
『そろそろ時間だ。余の空間魔法で、お前をイルザのところまで送り届けてやる。健闘を祈る。それと――』
水晶玉が青く光り、ドラクルは最後に告げた。
『あの魔法使いを――』
「……リュ―バ?」
ハッと現へと戻されるアリカが呟いた。
「そうだ、リューバは――」
周囲は荒野と化している。
とってつけたように有り合わせで作られただろう天幕とベッドの上に寝かされていた自分の姿の他には、周囲には何もなかったと言って過言ではない。
「……探さなきゃ」
漸くここまでこぎつけたのだ。
寝ている場合などではなかった。
まだ力が巧く入らない手足で、アリカは歩き出した。
走れなかったが、いても立ってもいられなかったのだ。
ごちゃごちゃしていた、雑然として見通しの悪かった帝都はイルザの魔法でほぼ全壊と言っていい有様になっていた。
帝都の住民にしてみれば堪ったものではなかっただろうが、しかし見通しのよくなったことは確かだ。
かなり遠くが見通せる。
まだほんの微かに漂っていたプラーナを感じ取りながら、リュボーフィーの居場所を探っていく。
彼女もまた傷を負い生命力が尽きかけていた。
そう遠くへはいけないはずだ。
「――!?」
すぐ近くに彼女の気配を感じ取るアリカの心臓の鼓動が大きくなる。
次第に気配が大きくなっていき――そしてアリカが叫んだ。
心臓の鼓動が更に大きくなり、手足が小刻みに震えていく。
顔が真っ青になって。
リュボーフィーは確かにいた。
揺れる手足、項垂れた顔、そして裂かれた布地を縒って作っただろう縄を瓦礫の出っ張りに引っ掛けて、そこに首を懸けた姿で……
即ち首を吊った彼女の姿を。
「リューバ……っ!?」
声を震わせるアリカの頭が真っ白に染まっていく。
「そんな……」
ここまできて、やっとここまでたどり着いたと言うのに――膝から崩れ落ちて項垂れるアリカの目からぽろぽろと涙がこぼれていく。
「何で、何で――」
泣いている場合なんかじゃない、そんなことは分かっていたのに、涙が止まらなかった。
リュボーフィーを抱きかかえながら、首に巻きついたローブを切ると、ずっしりとアリカの腕に、体に一人分の重みとまだ残る体温が伝わった。
まだ首を吊った直後だ。
胸に耳を当ててみる。
「――」
止まっていた。
歯を食いしばる。
「こんな……こんな終わり方って、あるかよ……」
握った手でリュボーフィーの胸を叩く。
言いたかったことが、まだ山ほどあるのにだ。
プラーナさえ使えれば、ウラジドゥラークの街で彼女を助けたように救命は容易い。
だが、今のアリカはプラーナ使い切っていた。
後数日は魔法を使えないただの幼女だろう。
それに街中に漂うプラーナはイルザの暴走を止める際に根こそぎに近い形で掻き集めたっきりだ。
「こんなの……」
ぺたんと座り込んでアリカは叫んだ。
「こんなのボクは認めないっ!!!」
認められるはずがない。
全ての元凶であるだろうイルザから力を剥ぎ取って、元の無能力者へと戻した。
なのに、だ。
感情が昂ぶっていき、冷静な思考ができなくなっていく。
しかし辛うじて残った理性が、自分の頬をひっぱたき、リュボーフィーを吊るしていた石材へと頭を打ち付けて、激情を鎮めようとする。
(しっかりしろ――)
自分へと言い聞かせた。
今ここで泣いていたとしても、リュボーフィーは助けられない。
泣くのなんてのはいつでもできる。
仮に涙を流すなら、悲しみではなく、喜びによって頬を濡らすべきだ、と。
なら、今何をすべきか?
周囲を漂うプラーナを掻き集める――アリカの結論だった。
ドラクルは言ったはずだ。
『プラーナを介して世界は繋がっている』と。
イルザの力はその悪用。
なら、正しく使えばどうか?
正しくプラーナを使う。
感情がその土台となる。
(リューバを――)
意識を集中していく。
自分を虚ろに、空にする。
そして思い描く。
元気にはしゃぐリュボーフィーの笑顔を――
(ボクは、リューバを助けたい!!!)
光を帯びていくアリカの両手が眩いばかりの銀色に辺りを染めた。
真っ暗な、光もない場所で、リュボーフィーは目を覚ました。
「……そうか、私」
自分には生きる資格などないのだ、再度そう思いながら俯いた。
人が死んだ後にどうなるのか、その答えを実は生きている人は誰一人として知らない。
それを知るためには死ななくてはいけないが、死んだら帰ってくることができないために、誰一人することができない。
尤も、死なない人間もまた誰一人としていないけれども。
(死んじゃったんだ……)
では俗に言う天国?
しかしどうやら違う。
(当たり前か……)
自分を殺した女勇者と間違えて、無実の幼女を殺してしまった、愚かな自分に相応しい場所なんだ――心が痛む。
痛みが、心に安堵を齎すのだ。
取り返しのつかないことをした。
命には命を以って償うしかない。
彼女は何よりも罰を欲していたのだ。
罰は、だから最後の救いとなりえる。
自分が無実の相手を断罪したように、自分もまた苦しみを味わうべきだ、と。
向かうのは闇の中。
その先に何があるのかは分からないが、全ては自分の犯した罪。
何が起ころうとも――
「……えっ?」
空耳だろうか、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
(いや、そんなはずはない。だって――)
ひょっとしたらまだ心のどこかにまたあの日々を取り戻したいという気持ちが残っていたのか、と。
が、首を横に振る。
(私にはそんな資格なんかない)
いや、あってはならないのだ。
幸せになる資格など――
「リューバ――」
聞き間違いではなかった。
確かに聞こえた、聞き覚えのある声。
思わず名前が口から飛び出した。
「アリカ……」
自分の両手を掴む小さな手。
それは思った以上に温かかった。
「リューバ、帰ろう」
何度も見た灰色の目が、真正面から自分を見ている。
「こんなところにいちゃいけないよ。まだ行くべきじゃない」
幻だろうか?
だが、首を横に振る。
自分の作り出した願望なら今すぐに消えてくれ、と願って。
「私は罰せられるべき――!?」
ぺちん……力のない音を立てて、目の前のアリカが彼女の頬を打った。
勿論だが痛くもなんともない。
幼い手が震えていた。
「ボクは……」
体を寄りかからせて、アリカが言った。
「ボクはあの時、とても怖かった……」
そう言われ、ギュッと目を瞑った。
心に剣を突きたてられた感覚に陥る。
でもこれは自分に与えられるべき罰、それだけのことをしたのだから――
「また一人になるんじゃないかって……」
「え?」
思わぬ言葉に目を開く。
「リューバは、殺されたって言ったよね?」
動揺しながらも頷く。
「ボクもなんだ」
混乱が押し寄せていく。
「リューバを殺したって言う女勇者はね。前世でボクを殺した相手でもあるんだよ」
「――」
「だからリューバの気持ちは分かる」
歯を食いしばる音がした。
「違うよ……」
言葉が出てこなかった。
「私はあいつと同じ――」
「同じなもんか」
アリカは頬を濡らしながら無理に笑った。
「あれはボクの避けられない運命だったんだよ」
手を握ると言うよりは添えるくらいの力を感じつつ、アリカの言葉が揺さぶった。
「ボクはボク自身のやったことが跳ね返ってきた、それだけの話なんだよ」
「だとしても、私のやったことは赦されない。私は罰せられて、苦しんで――」
再び力のない手が頬を打った。
「リューバは、復讐は個人の権利だって、そう言ったよね?」
思わず体が固まった。
「もしそうなら、リューバを罰するのはリューバじゃない。それにボクはこんなところにリューバを追いやる気なんかない」
そして手を引かれた。
「だから……だから、帰ろう?」
「げほっ!!」
咳き咽る声がした。
喉の痛みが遅れてやってくる。
うっすらと目を開けると、ぽろぽろと涙をこぼす人影が飛び込んでくる。
言うまでもなく、アリカの姿が。
「ア……リカ?」
喉の痛みで上手く言葉を発することができなかったけれど。
背後に広がる荒れ果てた荒野は、ここが暗闇の中ではない、自分は生ある世界へと戻ったことを意味していた。
「リューバ……」
目元が大分腫れていた。
ウサギみたいに目を真っ赤にして。
「もう、もう二度と会えないんじゃないかって……」
胸に顔を埋めるアリカが泣きじゃくる。
涙が自然と頬を伝う。
「……さい」
声が出ない。
でも、これだけは言わなくてはならなかった。
みっともない顔で、情けない声で、リュボーフィーは自分へと抱きつくアリカへと言った。
「ごめんなさい、アリカ――」
そうして、リュボーフィーは生還したのだった。
 




