「『神風招来』!?」
ビキニアーマーって、隙だらけだろと思う今日この頃。
ヴォストクブルグの城壁の上で、街を取り囲む軍勢と、上空から彼らを伺っている長鼻の将軍たちと睨み合いながら、しかしそのビキニアーマーはロングソードの先を床へと叩きつけて、仲間であるはずの魔法使いや槍を持った少女へと怒鳴りつけていた。
「お前は……いや、お前らは、この戦争に負けると言っているのか!?」
女勇者らしきそれが、鋭い眼光で彼女らを威圧し、あくまで徹底抗戦を主張していた。
「いや、どう考えても、勝てる気がしないんだけど……」
と魔法使いが後ずさりしながらも女勇者へと述べ、
「ある程度の装備の質なら、圧倒的な物量を持っている方が戦争では勝つんじゃないの? しかもその質だって、向こうの方が上なんだよ……」
と槍使いまでも魔法使いに賛同している。
「……つまり、お前らは臆病風に吹かれたのか?」
わなわなと震える声で、その女勇者が歯軋りする。
「臆病風に吹かれたのかっ!? この敗北主義者どもがっ!!!」
と、女勇者が彼女らを怒鳴り散らした。
こう、一人だけ熱血な暑苦しい奴ってのは、周りの迷惑も考えずに一人独善的に突っ走るらしい。
「この城壁が破られれば、魔王軍は雪崩を打ったように人族を侵略するだろう――」
剣先を彼女らへと突きつけて、女勇者は彼女らを恫喝する。
「人族の興廃はこの一戦にある――分かったら各員総配置に就くんだ!」
だが、彼女らは何を言っているのか、という目で熱血女勇者を見ていた。
「いや……あたしらは撤退することを提案しますが?」
「はぁっ!?」
先ほどよりもドスの利いた声で女勇者が睨み付ける。
「お前らは……王国より千金貨を貰っていたことを忘れたのか!? 敢えて給料泥棒になる道を選ぶのか!?」
非難の声が彼女らを責め立てる。
しかし……
「えっ!? ちょ――ちょっと待って、そんなものいつ貰ったのよっ!?」
「あたしもそんな話一度だって聞いたことなかったわっ!?」
逆に墓穴を掘ったのか、彼女らが女勇者を問い詰め始めたではないか。
(……使い込みでもやったのか?)
などと想像を広げようとする幼女だったが、しかし女勇者の言動は、そんな幼女の想像力を上回っていた。
「強大な力に、僅かな精鋭で知略の限りを尽くして勝つというロマンを、お前らは分からないのか!?」
およそ中学二年生くらいが罹患するだろう典型的な病の症状を、この女勇者は覗かせていた。
砂漠の狐とか呼ばれた将軍や、白い死神なんかを引き合いに出すまでもなく、戦術的勝利で戦略的敗北を覆すことはできないのを、この女勇者は見落としている。
攻城戦は、最低でも城を守る兵の三倍は必要で、その上補給路を断たれたら撤退を余儀なくされる。
象棋のモチーフとなった楚漢戦争でも、西楚の覇王が四倍もの兵力差を持っていながら最終的には垓下の地でぶった切られたことを考えれば、補給線は極めて重要で、というかそれで戦争は勝敗を決するといっても過言ではないはずだ。
が……どう見てもその物資にしても、相手方の方が上回っていた。
そもそも城を守る兵卒の装備にしたって、戦利品宜しく、敵兵から剥ぎ取ったものを流用しているようにしか思えなかったからだ。
それも皹とかが入ったやつを……だが、女勇者は発破をかける。
「これは人族の未来をかけた魔王との生死を賭けた一戦――お互いの力同士を正々堂々とぶつけ合い、この地へ伝説を創ろうじゃないか、そうは思わないか、みんな――!!!」
(…………)
本当に頭がおかしかった。
戦争という、命のやり取りを、運動会か何かと勘違いしている。
それに戦争とは一対一でやるものですらない。
あきれ果てていたのは幼女だけではなかった。
魔法使いや槍使いにしても、同じ感想だったらしい。
「あのさ……蚊と鷹が喧嘩できる?」
まず相手にすらならないだろう。
誰が訊かれたって常識的に返せば同じように答えざるを得ないはずだ――幼女はそう思ったが、しかしやっぱりと言うべきか、この女勇者は嬉々とした顔で答える。
「だが、アリは象を倒すではないかっ!?」
世界が停止したかに思われた。
「「……」」
斜め上の回答を寄越す女勇者へ、呆然とした目をして二の句を告げない二人の少女と、その光景を見ることになった幼女。
(アリは象を倒すって……)
確かにそうかも知れないが、とんちの世界の話であって、現実には蜂は大群を以って立ち向かうも、巨体を引きずる熊に、彼らは自らの城を蹂躙されるではないか――と幼女は言いたかった。
とはいえ、これは既に過ぎ去った過去の光景で、今更起こってしまった出来事を修正することなどできないのだけれど。
「……それは――」
と魔法使いが沈黙を破り、女勇者へと反論する。
「それは大軍を以って、しかも相手の虚を突いて、って前置きが必要なんじゃ……」
そのいずれの条件も、街を守る側にはないのだけれど。
「うるさい、うるさい、うるさあああああいっ!!!」
と響き渡る女勇者の叫び声に、思わず耳を塞いだ幼女。
「兎に角だっ! このパーティのリーダーは私だっ! たかが魔法使いごときが偉そうな口を利くなっ!!!」
とはいえ、興奮状態なのか魔法使いと槍使いも女勇者へと食って掛かる。
「あんたの声の方がよっぽどうるさいよっ!」
「もし撤退しない、と言うんなら……」
二人の口が同時に開き、はもった。
「「あたしら、このパーティを抜けるわ!!!」」
離脱宣言がなされた。
実質の解散……と思われたが、その実これは女勇者だけが追放されたのと、実質的には同じことではないか。
だが、やはり斜め上を行く女勇者だった。
「お前ら……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
驚きの声を上げていた。
まるで自分から周囲が「孤立している」かのような物言い……
「それはあんたのことでしょ?」
と魔法使い――
(ん――!?)
と幼女は目を剥いた。
何故なら――
「『神風招来』!?」
忘れるはずがない。
忘れようがない、あの時の光景と、あの感覚が思い出される。
女勇者の手が魔法使いへと触れたその時、魔法使いの体が発光し、そして宙へと浮かんだ。
「ちょ――!?」
「パーティを裏切った者へは制裁しなければならない……リーダーとしての、せめてもの責任を私は取る……魔法使いに栄誉ある死をっ!!!」
女勇者の手の動きに随い、発光する魔法使いは、宙を舞いながら敵陣へと加速していき――
「――!?」
映像はそこで途絶えた。
いや、幼女の意思でこの地の記憶との接続を切った、と言った方が正しいかもしれない。
「…………」
手には汗を握っていた。
どことなく息も荒い。
(そんな――でも……)
疑問は尽きない。
あの後どうなったのかを、幼女は知らないままではいられなかったが、それ以上見ようとすることも出来なかった。
(心が――拒否している?)
だが、無理に見ようとすれば、自動的に体がプラーナとの接続を切ろうとするのだ。
「……」
何てことだ――と項垂れる幼女がそこにいた。
その後探索すること一時間、幼女は遂に王宮らしき建物を見つけ、更には王族の誰だったかは知らないが、そいつが保管していただろう部屋の中にいた。
探索自体は容易で、勇者として召喚された時から、大幅な変更は加えられていなかったことと、街は円形状の都市で、中心部から放射状に伸びる大通りが走っていることを思い出したからだ。
勿論だが、街の中心には王都がある。
葱坊主みたいな屋根をした建築物というか宮殿が、このヴォストクブルグに住まうだろう王族たちの住居……だった。
だった、と言うのは、既に彼らは青史の中でのみ語られる存在となってしまったからだ。
では何故王宮に行くのかと言えば、勿論だが今必要な物資を物色するために他ならない。
先ほど見た街の記憶では、戦争があり、そして恐らくは敗北したかして、街は埋められるように地下へと閉じ込められた。
戦争で起こり得るのは十中八九略奪で、次いで破壊であるから、街のインフラは徹底的に破壊され、それまで蓄えられてきた金銀財宝その他物資は、めぼしい物はみんな奪われていったはず。
だが……略奪と言うのは、相手が豊かだから起こるのだ。
戦争する動機の一つは、間違いなく豊かになる、利益があるから行われる。
然るに、この街の城壁で勇ましい文句を叫んでいたあの中二病的女勇者を始めとする兵卒たちの装備を見れば、豊かになるためにはどう考えても侵略する価値があるようには思えなかった。
いや、別の観点から見れば、ここが地政学的な重要拠点だから侵略したとも考えられるが、しかしならどうして埋めてしまったのか?
その後の支配を考えれば、ここは人族と恐らくは魔王軍であろう彼らの領地との要所、それは平時において交易の重要拠点にもなり得るはずで、そこを埋めてしまうのは少々解せなかったのだ。
(まあ何にせよ……)
過ぎ去ってしまったことだ。
今更どうすることも出来ない。
だが、略奪と破壊を免れなかったこの街に、物資など残されているのか――幼女は知っていた。
このヴォストクブルグに住まう王族たちは、大抵本人しか入れない秘密の部屋を幾つか宮殿内に、或いは地下に、或いは街のどこかに所有していたことを。
「……」
こう、見事と言うしかなかった。
その保存状態といい、そして趣味の悪さといい……薄い布のある天蓋つきのベッド、羆のような動物の毛皮を絨毯代わりに大理石の床に敷き、壁には獅子のような、でも少し違うような動物の頭部が飾られている。
いや、問題はそこじゃない。
問われるべきは、そいつの部屋にあったクローゼットの中身……嘗て召喚される以前にいた世界では、ディアンドルとかスクマーンとかいった民族衣装に近い衣服が蒐集されていたからだ。
それも全てが少女と言うよりは幼女用の――ナボコフやキャロル辺りが喜びそうな年齢が着るくらいの衣装がそこにあった。
勿論、王族のような人間なら、こういった民族衣装を着る機会があるだろう。
支配地域の諸民族の融和なんてのを演出するために、在りもしない仲良しこよしを見せる必要に迫られることだって有ったっておかしくはない。
それは分かる……と最大限の肯定を試みる幼女。
支配とは、よく言えば賢く、意地悪く言えば狡猾でなければ、それを維持し続けることは出来ないからだ。
(しかし……)
しかし、だ。
(ここは男の部屋だぜ!?)
前世の、斧の勇者とか呼ばれた時の記憶が正しければ、威圧感溢れる室内は、紛れもなく男のものだ。
少女の部屋では決してないだろう。
然るに――何故男の部屋に、少女用の、少女が着る為だろう衣装がクローゼットに収められているのか?
二つ考えられる……と幼女がクローゼットの中を凝視した。
(一つは、少女とかをどこかから誘拐してきて、ここで着せ替え人形していた可能性……)
街娘とかを、食事で釣ったり、或いは権力に物言わせて脅迫し、この部屋へと監禁する。
そしてここで少女たちをひん剥いて、下着姿にした然る後に、怯える彼女たちへとディアンドルやスクマーンを着せて、うっとりとした表情を浮かべる王族……変態か?
(で……もう一つは――)
こちらの可能性は、出来れば考えたくはない代物だった。
(まさかの王族がこれを着ていた可能性――)
即ち女装趣味?
(まあ、貴族以上の身分にもなれば、敵も多くなるからなぁ……)
某国の食器が何故銀で出来ているのかという話だと、砒素だったかに化学反応するために、つまり変色するから、暗殺を未然に防げるとかで普及したのだとかいう与太話を思い出す幼女だった。
暗殺を免れるために、まさかの性別を偽るとか?
或いは宝塚のように、男の振りをしていたとか?
薄気味悪くは思った幼女だが、しかし背に腹は代えられない。
クローゼットの中身を取り出し、適当な服を探し始める。
(どれもこれも、女物の衣装ばかりだ……)
只今の性別は女ではあったが、それでも女の服は身動きが取りづらい。
少なくとも二頭竜を殴りつけている時には、堅苦しさを感じてはいたのだろうか?
(出来れば、ゆったりとしたやつで、それなりに丈夫な服はないか――って、あるじゃねえか!!)
あった。
この王族が何者かは知らないにしても、身の丈も殆ど一緒だったのは幸いだ。
何が?
俗に言うハーレムパンツのようなゆったりとしたものに、ビスチェみたいな下着、その上からベスト? チョッキ? があるではないか、と。
これでターバンでもあれば、カリブの海賊や砂漠の盗賊を思わせる格好になる――と幼女は、自分へと突っ込みを入れた。