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「……あの時、私めは救われた」

※前回に引き続き、今回もグロ表現があります。

お気をつけください。

 「ふふふ……」


 愉快そうに弾む声は、却って不気味な印象を与えていた。

 異なる色の瞳が、見る者を金縛りにでもするように、室内に立ち尽くす三人の身動きを封じているみたいだった。


 「邪魔よ」


 冷たい声が心の底に響く。

 部屋の入り口に倒れていた血だらけのオットーを蹴り飛ばし、ナジェージダが微笑んだ。

 彼女の笑みは明らかに常軌を逸している。


 「ねえ、あなたは誰なの? お姉さまを、それにお兄さままで、あなたがこれをやったのっ!?」


 エリーナの悲痛な叫びが壁を伝い木霊する。

 だが、ナジェージダはそれに答えることなく、声を弾ませた。


 「ニャポニカは滅びなければならない――」


 「ねえっ!?」


 「ニャポニカは天命を失った――」


 「私の質問に答えてよっ!!!」


 全く対話が成立しない。

 搾り出すように声を響かせたエリーナへと、色違いの双眸の放つ鋭い視線が突き刺さる。


 「危ない!?」


 白く光る手がエリーナへと迫る。

 金属のこすれる音が耳を劈き、壁にマチェットが突き刺さった。

 オットーの放ったマチェットがその動きを止めなければ、エリーナはどうなっていただろうか?


 「に、逃げるなのね――」


 弓使いもエリーナへと促す。


 「こいつはお前じゃ絶対に勝てる相手じゃないなのね」


 彼女の足は震えていた。

 当たり前だ。

 弓使いにだって勝てる相手ではないのだから。

 そして、瀕死のリュボーフィーや、プラーナを使い果たしたアリカでは、当然だが勝てるどころか、逃げられもしないだろう。

 ならせめてもの抵抗を、捕まれば何をされるか分かったものじゃない。

 弓使いの声に思わず視線を向けたナジェージダが、本来ならそこにいないはずの少女の姿に訝しんだ。

 どうやって元の姿に戻ったというのか?

 弓使いには『魔族転生』を解く力などなかったはずだ。

 無論、あの憎き聖女にも。

 が、疑問など後で問い質せば済むことだ。

 すぐに平静を装って、ナジェージダはわざとらしく笑って見せた。


 「これはこれは、無能の弓使い――」


 彼女の冷笑に、ビクッと体を強張ってしまう弓使い。


 「いや、イポニアの第一王女さんじゃないですかぁ……」


 「……」


 ナジェージダが口にした、イポニアの王女の名に弓使いが押し黙る。


 「あなたがどうやって私の『魔族転生』を解いたのかは知りませんがね……」


 憎悪と嘲笑の入り混じった視線が弓使いを射抜く。


 「私の邪魔をしないでもらえますか?」


 ナジェージダのプラーナが勢いよく放出され、眩いばかりの白い光が迸る。


 「邪魔って、何のことなのね?」


 震える体を、壊れそうな心を、それでも鞭打って、弓使いが問い質し、次いで非難を浴びせた。


 「この世界はお前のわがままを満足させるためにあるんじゃないなのねっ!」


 「あなたに私を非難する資格などないでしょう? 元はといえば、全てはあなたが仕組んだことじゃないですか」


 ナジェージダもまた、弓使いをなじる。


 「それに異世界からの召喚者は、この世界の人たちのエゴを満たすための道具じゃないんですよ?」


 「そうかもしれないけど……」


 言い返せる訳がない。

 明らかに非は自分にある――苦々しくナジェージダを睨みつける弓使いが悔しそうに唇を噛んだ。


 「だったらウチに、ウチだけにやり返せばいいなのね! この世界の人たちがお前に何をしたって言うなのねっ!?」


 「私を蔑んだじゃないですか」


 口元を緩ませながらナジェージダがせせら笑う。

 無能と蔑まれ、彼女にとって耐えられない苦痛だったのだろう。


 「ならどうすれば……どうすればお前は満足するなのねっ!?」


 「そんなの決まっているじゃないですか」


 赤と青の瞳が残酷な笑みを浮かべる。

 結論は変わらない、と。


 「私がこの世界を救う。そして証明するのですよ。私は選ばれた者だと!」


 あまりに異常な会話だった。


 「自分から世界を滅茶苦茶にしておきながら、何が世界を救うなのね!」


 「私の人生を、誇りを、全てを踏みにじったあなたがそれを言うのですか?」


 ナジェージダから、目を開けていられないほど眩い光が放たれた。

 今この場にいる誰よりも、或いは彼女を除く全員で立ち向かったとしても、決して勝てるとは思えないほどの力を目の当たりにし、弓使いは戦意を挫かれそうになる。


 「く――」


 強烈な圧力が周囲を薙ぎ払った。

 宮殿の形を成していた石材が、轟音とともに崩落していく。


 「あらあらあら――」


 瓦礫の下からどうにか這いずり出てきた弓使いとエリーナに、ナジェージダから優越感の混じった笑いがもれる。


 「どうしたのですか? あれだけ大きな口を叩いておきながら、私がちょっと睨んだだけで手も足も出ない……」


 喉を鳴らす声が弓使いの心へとのしかかる。

 圧倒的な力の差に加え負い目、だけどそれは弓使いに対しての話。

 少なくともエリーナや彼女の兄姉は、ナジェージダに対しての負い目などないはずだ。


 「あなたは私に罪を償うべき罪人、そしてこの世界は私が本来なら得るはずだったものを差し出さなければならない」


 この狂った会話を呆然と聞いていたエリーナへと弓使いが促す。


 「みんなを連れて逃げるなのね。早くするなのねっ!」


 赤い光が弓使いの両手に集ていく。


 「でも、それだとコーシュカは――」


 「確かに、ウチではあいつにどう足掻いても勝てないなのね」


 弓使いの目を見て、エリーナが言葉を失った。

 胸騒ぎが起こる。

 魔王を倒した直後に、アリカの元へと現れたリュボーフィーの目を思い出すエリーナ。


 「まさか――」


 命を懸けることで、実力以上の力を以って、ナジェージダへと対抗しようと言うことだろう。


 「死ぬ気なの……?」


 「……」


 弓使いはそれに答えなかった。

 キッとナジェージダを睨み、次いで呟いた。


 「これは、ウチとあいつとの問題なのね……お前を巻き込むべきじゃないなのね」


 エリーナからすれば身勝手な言い分としかいえないだろう。

 既にエリーナも、彼女たちの因縁に巻き込まれていたのだから。


 「お前は、生き残るなのね。二人を連れて、逃げるなのね」


 「……」


 「早くするなのね――」


 「いやだっ!」


 エリーナの返答に弓使いは眉を寄せた。


 「どうしたなのね? あいつはお前じゃ絶対に勝てる相手じゃないなのね! 確かに仇を討ちたい気持ちは分かるけど……でも今のお前じゃ返り討ちにされる、みすみす犬死すると分かって――」


 「そんなの、分かってるよっ!」


 エリーナだって悔しいのだ。

 いがみ合っていたとはいえ、殺された兄と姉の仇を討ちたかった、と。

 でもそれ以上に、今ここで弓使いを置いて逃げたりしたら、彼女とはもう二度と会えない、そんな気がしたからだ。

 アリカが殺された時の感情がこみ上げてくる。

 運よく彼女が現れなかったら、アリカは助からなかった。

 今まで一人ぼっちだったエリーナにとって、また一人に戻るだけだ。

 そうかもしれないが、しかし誰かといる、その温もりを知った彼女に、もう一度孤独へと戻る気は更々なかった。


 「二人は、どうするなのねっ!」


 が、弓使いが声を張り上げる。

 瀕死のリュボーフィーと、疲労困憊で気を失っているアリカもまた、ナジェージダの前にいることを弓使いは指摘する。


 「ウチとお前が殺されたとして、誰があの二人を守ってやれると言うなのねっ!」


 もうこれしかない、とその決意に圧倒される。


 「お前だって、生きていれば必ずいつか仇をとることだってできるなのね。でもそのためには、まずは生き延びなくてはならないなのね……悔しいけど、死人にはそれをする力がないなのね」


 そういい終わるや否や弓使いが大きく両手を広げ、次いで片手を放した。

 赤い光が彼女の手から離れ、まるで赤い矢のように飛び立ちナジェージダへと襲い掛かっていく。

 話の通じない相手に対しては、もうこうするしかない、と。

 戦っても勝てる相手ではないのは承知の上だ。

 だが少しでもエリーナが、リュボーフィーが、そしてアリカを遠ざけるための時間稼ぎになってくれれば――しかし。


 「だから王女さん、私にはこんなもの効かないんですよ」

 赤い矢は、しかしナジェージダの白い光に当てられるや否や、その動きを止め赤い光は次第に薄れ、ついには掻き消されてしまったのだ。


 「く――」


 「本当に、学習しない人ですねぇ……」


 圧倒的な力の差が、そこにはあった。

 言うなら、アリとゾウほどの。

 確かに、アリはゾウを倒すと言うが、それは大群を以って、その内部に侵入しての話だ。

 たった一匹のアリがゾウに立ち向かったところで、勝機などどこにもない。


 「まあ、そんな無能にあなたを作り変えたのも、私ではあるんですが。ん――」


 と、ナジェージダがあることに気づく。

 彼女の余裕が僅かに崩れた。


 「あなたの後ろの金髪の子は――」


 その視線は瀕死の少女へと向く。

 即ちリュボーフィーに。

 ナジェージダの表情が次第に険しくなっていく。


 「これはこれは――」


 そして言った。


 「あなたが召喚した、あの聖女様の生まれ変わりじゃないですか……」


 「え――っ!?」


 驚いたのは、弓使いだけではなかった。

 エリーナもそれを聞き驚いた顔をしている。


 「それにあの時の槍使いの子孫が、そこにいる……面白い巡り会わせですねぇ……ここにいる全員が、私に償うべき存在じゃないですかぁ――」


 狂気を含む笑い声が木霊した直後、さっきとは比較にならないほど巨大な光が周囲を包み込んだ。

 何が起きたのだろう。

 だが、光に飲み込まれた者にその時間を与えない、有無を言わせぬ圧倒的な力が全てを飲み込んでいくかのようだった。




 光が収まった時には、周囲の石の壁や天井は無に帰していた。

 ただ石畳を抉り取られた剥き出しの地面と、既に廃墟と化した宮殿の跡地が夜風に吹かれている。

 弓使いもエリーナも、どこへ行ったのだろうか。

 ただ一人、ナジェージダだけがその場に立っていた。

 が、彼女の顔は少しも笑ってなどいなかったけれど。


 「私の『元素分解』から逃れるなんて……」


 忌々しそうに吐き棄てるナジェージダ。


 「やはりあの時にきちんと息の根を止めておくべきでしたね……」


 ついで作り笑いを見せると、ナジェージダは楽しそうに笑っていた。

 血だらけのオットーへと。

 既に息も絶え絶えな老体に、ぽっかりと開けられた傷口から血や内臓を滴らせるオットーが、影魔法で作っただろう盾で、彼女の光を防いでいた。

 体に開いた穴から血や臓器が飛び出していたのを、影が押さえつつ体を支えながら、緩慢な動作で床を伝う影が、壁に突き刺さった彼のマチェットを引き抜き、ナジェージダに向かって構えを取る。

 影でできた盾が、傷ついた弓使いやエリーナたちをナジェージダの放った光『元素分解』から彼女たちを守ったのだろうか。

 オットーが口を開く。


 「何故……」


 オットーの絞り出す声がかすれ、何かに縋りつくようだ。


 「何故、エリーゼ妃殿下に手をかけたっ?」


 「何故?」


 嘲笑う声が幼い口から飛び出る。


 「あの女が、今まで残虐に殺してきた人たちだって、同じことを口にしたんじゃないんですか?」


 ぐうの音も出ない返答に言葉を詰まらせるオットー……ではなかった。


 「確かに、エリーゼ妃殿下は残虐な処刑で恨みを買っていた……」


 油を塗った青銅の柱の上を「罪人」に歩かせて、下は燃え盛る火の海へと消えていく悲鳴がオットーの脳裏によみがえる。


 「だが、エリーゼ妃殿下は人生の絶望から私めを救ってくださった! これは事実……私めにとって、エリーゼ妃殿下は救いであり、光だった」


 「だったら来世で再会すればいい!」


 白く光る手がオットーへと触れ、血と肉片が音を立てて弾け飛ぶ。

 朦朧とする意識の中で、オットーは走馬灯を見た。



 ――熱心な聖女信仰を持つ、パヴェシェンヌイ教徒の家庭だった。

 ウラジドゥラークと言っただろうか、その街でオットー・ハングマンは生を受けた。

 まあ裕福とはいえないまでも、貧しくはない、そんな幼少期、聖女様の教えが、自分にとっての全てだったと言えただろうか?


 『嘗てこの街を訪れた聖女様が、人族の全ての罪を背負い、そして吊るされた……』


 難しいことは分からないあったオットーだけれど、でも本来なら罰が与えられるはずの罪を、自分に代わり背負ってくれた聖女様の信仰が非常に尊いものであることだけは分かる、そう思っていた。

 聖女様の信仰を持つことで、罪が赦される、自分たちは幸運にもそれに選ばれたのだ、と。

 だが……災いとは時を選んでやって来てくれるものではない。


 街を離れ帝都へと赴いた彼を、悲劇が襲う。

 みすぼらしい街の、路地裏へと迷い込んだ時だった。

 貝にも似た変な服を着ている、いかにも頭のネジがごっそりと抜けたような連中が集団でこちらへと向かってくるのに遭遇した。


 『おい、見たことのないやつがいるぜ?』


 『何だこいつ、首に変な縄を巻いているじゃないか?』





 ――熱い感触と激痛がオットーを苛んでいた。

 まばらに草の生えた地面に寝かされている。

 殆ど半裸でだ。

 脚に伝うのは血だ。

 頭が真っ白となって、何も考えることができなかった。

 何故こんな目に遭わなければならないのか、と。

 その日、彼は男ではなくなったのだ。

 すぐに助け出されたから一命は取り留めたけれど、しかしいっそのこと死んだ方がマシなことがあることと、まさにそれが自分の身に起こったことに、どうしようもないやるせなさと、そして絶望が襲う。

 復讐心――そういっていい感情が、自分の中に沸々と湧き上がってくる。

 だが、熱心なパヴェシェンヌイ教徒だった家族は言った。

 『相手もまた苦しんでいるんだよ』と。

 続けて飛び出た言葉に、世界を呪った。


 『赦すことで前に進もう――』


 (赦す? 赦すって、何だ?)


 罪に問うな、と言うことなのか?

 或いは、お前は恥だからこの秘密を墓場まで持っていけと、そういうことだったのかもしれないが。

 では、赦したとして、自分に救いはあるのか?

 自分が赦すことで最も得をするのは誰なのか、オットーは考えた。

 言うまでもなく、自分をこんな目に遭わせた、あの犯人たちであることは間違いない。

 では、どうしてそんな言葉を、自分の家族が口にするのか?

 ある結論へとたどり着くのに、そう時間はかからなかった。

 即ち、彼らもまた、自分が赦すことで受益者となるということに。

 赦しとは、誰のものなのか――言うまでもなく、自分の権利であって、他の誰かが代わりに執行することのできないものであるはずだ。

 しかし、彼らは口を揃る。


 『赦しは救い』


 『赦すことで前に進め』


 『犯人と手を取り合って、世界を愛で満たすのだ』……と。


 そして、オットーは、聖女信仰を棄てた。

 誇りを取り戻すために。

 家を出て、各地をさ迷いながら、魔法を身につけ、剣術を習い、学問を修めた。

 復讐のために。

 自分を救うのは聖女ではなく自分自身であるという確かな信念に基づいて。

 しかし……復讐は成し遂げられなかった。

 何故か?

 刑場で首を吊るされた死刑囚が、見せしめに野ざらしにされており、彼らの顔に見覚えがあったからだ。

 即ち、彼らが自分を男ではなくした者たちだったことに、オットーの絶望は更に深まっていく。

 どの罪により、彼らが処刑されたのかは分からないが、しかし死人に罪を問うことはできない。

 法とは生きている者たちを縛るためだ。

 自分を襲った暴挙については、もう永遠に是非が明らかにされることはないだけでなく、誇りも尊厳も、回復されないであろうと。

 自分の人生とはなんだったのか?

 道化なのか?

 荒れた生活が続き、時たま現れる盗賊を退治するなどして日銭を稼ぎ、酒に溺れる日々。

 もう生きていたくもない、まさに生きた死体とでも呼ぶべき人生も、終わりが訪れた。

 酒場の喧嘩で、しょっ引かれた際のことだった。

 目の前にいたのは幼い少女、赤い髪で赤い目をしたニャポニカの皇族の特徴を具えていた。


 (何故皇族がこんな場所に……?)


 少女は「人材」を探している、と口にした。


 (人材?)


 だが、その意味が漸く理解できる日が来る。

 既存の利権集団を抱える第一皇子、放蕩三昧で幼女に見境なく手を出し、果てに実妹まで毒牙にかけた第二皇子、彼らには国を任せたくなかった少女の胸のうちを。

 彼女は生き残りたかったのだろう。

 帝位の争奪に敗れた者は、兄弟の前に傅くこととなる。

 第一皇子なら、幽閉で済むかもしれないが、第二皇子なら彼女は再び地獄のような日々が待っている。

 しかし自分には関係のないことだ――首を縦に振らないオットーだったが、しかし彼は少女に、エリーゼ・V・フォルクマンの前に跪いた。

 何故なら……


 『私の排除すべき相手の一つが、あなたの復讐相手でもあるのです』


 オットーは首をひねる。

 騙されているのではないのか、と。


 『イェビー教――』


 少女の口から出た言葉だった。

 人体のある部分を崇拝する邪教だという。

 第一皇子を支持する地下組織だとか。

 彼らは、オットーから男を奪った犯人たちの所属する宗教だったからだ。

 復讐心が湧き上がり――気づいた時には、「合法的に」オットーは彼らをどれだけ刑場に送ったことだろうか?


 『あなたは間違ってなどいない。何故なら復讐は個人の不可侵な権利なのですよ――』




 「……あの時、私めは救われた」


 エリーゼの言葉によって。

 だがそのエリーゼは、今やナジェージダの手で骸と化している。

 よりによって第二皇子と並べられて。


 (私めは……)


 オットーの周りに、影の塊が球状になって集まっていく。


 「つまらない魔法ですねぇ」


 幼い口が煽るも、オットーは無言で影たちを集め、それをナジェージダへと放った。


 「私にこんなものが効くとでも――!?」


 が――


 「っ!?」


 咄嗟にナジェージダは影でできた球体を躱した。


 「……っ!?」


 驚き目を見張るナジェージダの顔には、だが一抹の恐怖が浮かべられている。


 「お前、この魔法は……」


 せめて一矢報いてやろう。

 オットーの命の蝋燭が最後の瞬間に大きく燃え盛った。

 ナジェージダの白い光りを受け、影でできた球体は消えるどころか、ますます大きくなっていた。


 「私の光で大きくなっている!?」


 と何の前触れもなく彼女の着ていた修道服の裾が音もなく消えた。


 「な……っ!?」


 困惑した顔で影の球体を凝視する。


 「なるほど、私も知りませんでしたね。まさかこんな使い方があるなんて……」


 しかし直ぐにからくりを見破ったのか、それとも虚勢なのか、彼女は微笑んだ。


 「影を食らう影、おそらくそんなところでしょう?」


 あっさりと見抜かれたことに苦笑するオットーだが、勝算はゼロではない。

 勝利条件は、相手の目的を挫くこと。

 今逃げられないのであれば、一旦ナジェージダを退散させて、再び行動を起こせばいい。

 オットーなりの計算があったのだが――


 「でもですね……」


 口元を歪めながら、ナジェージダが笑う。


 「だからなんだというんですか? 影が触れなければどうって事はない――」


 そう、影さえ触れなければ。

 が、影はその瞬間四散した。

 分裂し小さい球体を無数に放ち、ナジェージダへと襲い掛かっていく。


 「この――男だか女だか分からないやつの癖に――」


 なるほど、無数の小さい影に被弾されては堪らない。

 彼女の白い光では却って影に力を与えてしまう。


 「実に陰湿な魔法ですね。本人の性格が悪いんでしょうけれども」


 修道服は影による被弾で既にボロ布と化している。

 これには流石のナジェージダでも打つ手がない――そう思われたかに見えたが。

 一瞬の出来事だった。

 ナジェージダの体を覆う光が消えたのだ。

 辺りは暗闇に包まれ、金属の弾かれる音が耳を劈いた。

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