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『あの魔法使いの生まれ変わりを救ってやって欲しい』

すみません、更新が遅れました。

もうしばらくお付き合いください。

 「お前は……何を言っているんだ?」


 アリカがどこか戸惑った顔で問う。


 『聞こえなかったのか? ならもう一度言おう。世界を救え』


 ドラクルが言い放つ。


 『その顔……まるで昔一度世界を救ったじゃないか、とでも言いたそうだな?』


 喉を鳴らしながら、ドラクルが楽しそうな声を上げた。


 「……」


 図星だったのか、アリカは押し黙る。


 『確かにお前が余を倒したのは事実。が、魔王ドラクルとは、所詮イルザの……その前世だった聖女が作り出した舞台装置の一つでしかない』


 「待て? 意味が分からん」


 アリカが頭を抱えていた。


 「前世のイルザは、無能だったんだろ?」


 『そうだ』


 「無能な人間が、世界を脅かしていた邪竜を討伐したお前を殺せるのか?」


 『余を討伐したお前だって、イルザに殺されたではないか』


 「そりゃそうかもしれないが……」


 混乱するアリカ、暫し目を瞑るドラクル、沈黙になりかけたその時だ。


 『イルザは無能だ。しかしお前の考える無能ではない……そうだな……〈無〉能力者、とでも名づけるべきであったか』


 「〈無〉能力者……?」


 『そう、無だ。敢えて特定の能力を持たない……分かりづらいか? 固定した能力というものがない、故に無限に広がっていく、或いは無いからこそ、何かを受け入れることができる、そんな力だ』


 「…………?」


 更に混乱をするアリカが頭を掻き毟る。


 『つまりだ。能力というのは、固定しているから制限が加わる。特定の力を極めると、それだけできる範囲が狭まるのだ。有と無を思い浮かべてみろ。無限に線を引き人は有限を作り出すが、世界は元々無限なんだよ。無限から切り取られた有限が、形あるものを作る。イルザの能力とは即ち――』


 「……プラーナの操作?」


 『ほう……』


 ドラクルの顔が心なしか綻んだ。

 プラーナとは世界の根源、それを意のままにすることは世界を意のままにすることと同義。


 『ご名答。イルザの力の本質は〈無〉――』


 「いや、待ってくれ!?」


 アリカが頭を押さえながら異を唱えた。


 「イルザは固定した能力を持たない、とお前は言ったな?」


 頷くドラクル。


 「しかし同時に、プラーナの操作という、固定した力を持っているじゃないか」


 矛盾しないか、と問い質すアリカへ、ドラクルは言った。


 『矛盾はせんよ。何故なら、プラーナの操作という能力を、巨大な無の器へと取り込んだのだから』


 「……?」


 『どこにそんな力が存在していたのか――それはきわめて簡単な話だ。余が倒した世界の脅威、邪竜ズメイの力とは、まさにこのプラーナの操作だったのだから』


 ズメイの力をイルザは取り込んだ、と。

 アリカの心を読んだのか、ドラクルが頷いた。


 『イルザは前世で、この力を得た。余がズメイを討伐して王都へと凱旋した夜のことだ。余とイポニア王女をその力で殺し、余を魔王に、王女を弓使いへと転生させた』


 「……」


 『その後で、自分も転生をした。体を分解し、一度プラーナへと変換してから、魂だけを別の肉体へと……イルザへと宿らせた』


 「何のために……?」


 アリカが眉を寄せる。

 イルザの動機が分からなかったのだ。


 『そりゃあ、聖女として本来なら得られるはずだっただろう称賛を得るためだろう?』


 何を分かりきったことを訊くのかと、ドラクルが苦笑を浮かべた。


 「はぁ……?」


 が、アリカは本気で分からないと首をひねる。


 「この世界の連中から称賛されたい? だったら、何も魔王なんて存在を作らなくても――」


 もしも称賛を得たいのであれば、もっと手軽に、面倒な舞台を用意しなくても手に入れる方法など腐るほどある、と。

 ドラクルの話に拠ればイルザは召喚者だったはず、即ち異世界人。

 召喚されるような異世界人なら、高確率でこの世界よりも進んだ文明を持っているはずだ、とアリカは言った。


 「ボクがイポニアに召喚された時だって、ボクのいた世界で言えば、古代世界以上の文明はなかったように思う。だったら、元いた世界での知識とか技術を持ち込んで、何らかのお手軽な貢献をすれば、称賛なんかすぐに――」


 『……イルザは、邪竜討伐で王女にお荷物扱いされていた』


 ドラクルがアリカの言葉を押しとどめて口を切る。


 『これはあくまで余の想像でしかないが……イルザにとって、世界を救うことは復讐なのだ』


 「復讐?」


 『そうだ。邪竜討伐の再現をして、今度こそは自分の手で世界を救ったという事実が欲しいのだろう。それなら、余を魔王に変え、イポニアの王女を弓使いに転生させた説明がつく』


 イルザはまるでかさぶたでも引っ掻くように、自分の心の傷を再体験して、今度こそ上手くやってやることで傷を癒そうとしているのだろうか。


 『邪竜討伐の功績を「掻っ攫った」余を邪竜に見立てて魔王にして、余を倒せば報復にもなるし、称賛も得られる。一石二鳥という寸法だ』


 ドラクルは続ける。


 『それにイポニア王女は、イルザを無能扱いし、邪険に扱っていた。あの弓使いはかなり抜けていただろう?』


 「……」


 『何よりも、斧の勇者、お前がイルザに殺されたのだって、本来なら余を……魔王ドラクルをイルザ自身の手で討伐して得られるであろう称賛を、横から掠め取った、そう思われたとみていいだろう』


 「つまり……ボクがお前を倒すのに五年もかかってしまったってのは……イポニアがボクに何の手も貸さなかったというのも……」


 『お前が邪魔だったんだろうな』


 「それにしたって……自分で火を点けて自分で消すような真似して称賛が得られるのか?」


 『得られる訳ないだろう。だからお前という邪魔が入ったし、新たな魔王を作っても、パーティ間での離反に遭ったりした訳だ。世界をある意味で思い通りに動かすなど不可能。しかしイルザはそれに固執し続けている』


 そして言った。


 『だから斧の勇者、世界を……』


 「いや待て?」


 とアリカが待ったをかける。


 「ボクが世界を救うべき理由があるのか?」


 『な……に?』


 ドラクルが戸惑いを見せた。


 『お前は……イルザを恨んでいる、んだろ?』


 「恨んでいるさ。でも、それはボクとイルザの問題。今の話のどこに、ボクが世界を救わなければいけない理由があるというんだよ?」


 『お、おい……?』


 「この世界で以夷制夷の政策を乱用して異世界人の恨みを買い、二度と異世界人を召喚しない道を選んだ結果、無能な聖女をを召喚して、却って恨みを買った……その責任の発端は全てこの世界にある」


 イルザがドラクルを作らなければ、アリカはこの世界へと召喚されることはなかったのだ。

 イルザがドラクルを作るきっかけとなったのは、言うまでもなくイポニア王女の無能召喚が原因で、王女を駆り立てたのは、この世界で延々と続けられていただろう以夷制夷政策があってのことだ。


 『お前は……余を討伐しただろ?』


 「ボクだって望んでやった訳じゃない。魔王を倒せば、元の世界へ返してやると――」


 『無理だ』


 ドラクルが断ずる。


 『別の世界からこの世界へと召喚された者は数多くいたが、その逆はない。元の世界へと戻った者は一人としていないのだ。それが証拠に、お前だってこの世界で転生しただろう?』


 「――」


 『この世界はある種の結界によって、この世界へと入ることは出来ても出ることは出来ないようになっている……異世界人を逃がさないように、この世界の人間が練り上げた術式によってな……』


 「……」


 『それはこの世界に異世界人が必要だったからだ。異世界人が、脅威であり、希望であり、この世界にとっての都合のいい存在であったからだ』


 「それこそ、この世界の――」


 『その通りだ。身勝手なエゴでしかない』


 よくよく考えれば、ドラクルもまたこの世界へ召喚された被害者であるのだ。


 『だから、召喚を二度とさせない。願わくばかつて召喚された異世界人たちの魂を、元の世界へと帰す……はずだったんだがな』


 「そんな都合のいい話――」


 『ズメイが何であるかお前は知っているか? 異世界人たちの怨念の結晶、それを実体化したものだ。そしてズメイの力を、イルザは有している』


 「だとしてもだ――」


 頑なに拒み続けるアリカだった。

 世界を救うなど、アリカにとってはどうでもいい問題だ。

 元の世界に帰れたとしても、斧の勇者だった自分ではなく、今のアリカの姿で帰るつもりもない。

 ドラクルが苦渋の表情を浮かべていた。

 そして意を決したのだろう、あることを口走った。


 「何――?」


 アリカがたじろいだ。


 「今なんて言った?」


 俄かには信じられない話だ、と。

 だが、ドラクルは静かに、それを再び口にした。


 『あの魔法使いの生まれ変わりを救ってやって欲しい』と。


 「あの魔法使いの生まれ変わり……?」


 『そうだ。少し前に迷宮で巨大な力を放った者がいるだろう?』


 リュボーフィーのことだ、と直感するアリカが動揺を見せた。


 『そいつが今誰といるのかを、お前は知っているのか?』


 更に動揺したアリカが声を震わせた。


 「リューバが、今どうしているのかを、知っているのか?」


 『当たり前だ』


 とドラクルが、しかし無念そうに呟く。


 「それは――」


 『イルザの生まれ変わりと行動をともにしている』


 「何……だって?」


 リュボーフィーが、今イルザの生まれ変わりと一緒にいる――アリカへと更なる動揺が襲い掛かった。

 混乱するアリカの脳裏に、リュボーフィーの言葉がよぎった。

 リュボーフィーが頑なにアリカを拒否しているのは、彼女を殺した女勇者の生まれ変わりがアリカだと思っているからだ。

 女勇者が魔法使いへと使った力は『神風招来』、それはイルザの力でもある。

 『神風招来』をアリカが使ったことで、リュボーフィーは憎しみを募らせ、復讐を挑んだ。

 だが、アリカは女勇者ではない。

 では、もしドラクルの話が本当だとしたら……


 (ボクの誤解が解ける?)


 そのためにはイルザと対峙しなければならず、イルザとの対峙は、世界を救うこと――即ちこの世界への異世界人召喚の断絶――を意味していた。

 だが……


 「分かった。お前の言葉に、今回だけは協力しよう」


 アリカが決意を表明した。


 「ボクのやることは……」

 





 ちょうどその頃だった。


 「サルターンが、滅ぼされた……?」


 動揺を隠せない声で呟くのは、淡い金髪に赤と青のオッドアイ、鳥を象った杖を手にした幼女……ナジェージダ・ウラジーミロヴナだった。


 「少し前にここの地下にある迷宮で大きな力を感じたんだけど……」


 可能性を探っていく。

 一つはそれまで暗躍していただろう人物だ。

 もう一つはファーティマやマンスールを倒した何者かの存在。

 あと一つはヘルマンを倒した、彼女の推測ではズメイを倒した聖女の生まれ変わりだろう相手。


 「それにしてもいつもいつも、どうして私の邪魔ばかり――」


 唇を噛みながら、強く拳を握り締めるナジェージダから、白い光が立ち上がる。

 怒りが収まらない――だが、それを鎮める方法がない訳でもない。

 壁に貼り付けられた黒いそれを睨みつけ、彼女は言った。

 「ないなら……もう一度作ってしまえばいいんだ」と。

 彼女の色違いの双眸が怪しく光を帯びる。


 「そうでしょう? そうは思いませんか?」


 『……何度やっても同じことなのね……』


 黒いそれは、軽蔑の色を滲ませながら吐き捨てるように言葉を投げつけた。

 帝都でアリカたちとはぐれた後に、コーシュカは捕まっていた。


 『ウチを魔王に摩り替えたところで、お前の計画など成就する訳がないなのね』


 憎悪に満ちた金色の目が、この幼女を捕らえる。


 『イルザ……』


 「ふふっ……」


 ナジェージダの口元が笑っている。


 『何が、おかしいなのね?』


 「あなたはいつから私にそんな口が利けるほど偉くなったんですかね?」


 冷たく光る目が問いかける。


 「ねえ、イポニアの第一王女さん?」


 『く……』


 コーシュカが彼女を睨みつけるが、それ以上のことが出来なかった。


 「私にあなたが何をしたのか、よもや忘れた訳じゃないでしょう?」


 いやらしく罪悪感を掻き立てるように彼女は言葉を紡いでいく。


 「気に入らない召喚術師を失脚させる……それだけのために、私を態々無能にして召喚した。ふざけた話ですよねぇ……」


 『……』


 「ズメイが討伐されるまでの一年間、私がどんな気持ちでいたか、あなたに分かりますか?」


 牙を剥くも、反抗は叶わない。


 ナジェージダが靴音を響かせながら、コーシュカへと近づいていく。

 靴音が止み、頬を叩く音が響いた。


 「私はあなたたちが赦せないんですよ」


 静かな、しかしその奥に果てしない絶望と憎悪を秘めた声で、ナジェージダが告げる。


 「私がこの世界を救う……あなたたちが私から奪ったものを全て取り返すまでは、やめる訳にはいかないんですよ」


 彼女の手が白い光を輝かせながら、コーシュカへと近づいていく。


 「統率者さえいれば、魔王軍はとりあえず機能する。あなたは私に対しての償いをし続けなければならない――」


 嘗て自分に対してかけた力――『魔族転生』――が、コーシュカへと再びかけられた。


 『ああああああああっ!!?』


 苦痛に顔を歪め、もがきながら叫び声をあげていく。


 「あなたは魔王として、帝都を襲撃するのです。そして私に倒される……」


 狂気に満ちた表情で、ナジェージダが笑い声を上げるのだった。






 そしてもう一人……


 「久々の兄妹の再会だというのに、どうしてそんなに怯えているんだ?」


 冷たい口調でそう問いかけるのはエリク・V・フォルクマン。

 彼の赤い髪、そして赤い目が、同じ色をした髪と目を持つ幼げな少女へと悲しそうな素振りを演じながら迫っていた。


 「お兄さま……お願いです」


 と言って懇願するのは彼の妹である、エリーナだった。

 目を潤ませながら、エリーナは必死で懇願していた。


 「アリカには、手を出さないでください……」


 首の辺りにこれでもかと主張するかのように存在感を示すラッフルが揺れ、エリクが薄笑いを浮かべる。


 「それはエリーナの返答次第だな」


 エリクの息遣いが荒くなっている。


 「私はどうなってもいい……だから……」


 「残念ながら、俺が求めているのはそれじゃないんだよ」


 エリクがエリーナを退ける。

 次いでどこからか手のひらサイズの水晶球を取り出し――文字が浮かび上がった。

 『ヘルマンが倒された。イーラという銀髪の幼女の手で』と。


 「な……何ですか、これは?」


 「姉貴からの報せだよ、外からこんないたずらを仕掛けてくるなんて、とんでもない姉をお互い持ったよなぁ?」


 「お姉さま……?」


 「俺には姉は一人しかいない。まあ、末っ子のお前なら二人いるがな」


 「まさか……」


 「そう、エリヴィラ姉さんだよ」


 「なんで……」


 今にも泣き出しそうな顔で、エリーナが項垂れた。


 「大方、そのイーラって子をダシに、俺らを争わせて漁夫の利でも狙うつもりだったんだろうな。ここ暫くサルターンが攻めてくるって噂だったからな」


 「そんな……」


 「が、俺はヘルマンを倒したイーラが欲しい。彼女を手に入れれば、兄貴やエリーゼを出し抜ける。俺は皇帝になるんだ」


 高揚した口調でエリクが叫び声をあげた。


 「エリーナだって、そうだろ? 皇帝になり損ねた皇族がどうなるかくらい、お前にだって分からない訳じゃないはずだ」


 「……」


 皇位継承に敗れればどうなるか――答えは、死あるのみ。


 「勿論だが、俺はエリオの兄貴を始末すればいい。姉貴はどうでもいいが……エリーナ、お前は俺のハーレムに加える」


 「……そうやって、エリーゼ姉さまを毒牙にかけたのを、なかったことにするんですね」

 非難の目を向けたエリーナへとエリクがさも当然のように言い放った。


 「当たり前じゃないか――」


 罪悪感の欠片もない声で。


 「あいつはもうでがらしだ」


 「イーラを、どんな手を使ってでも手に入れる。皇帝の座も俺がいただく」


 どこまでも最低な人間だった。


 「まあ、お前が俺に協力しないというのなら――」


 エリクの手が乱暴にエリーナの服を掴み――


 「きゃっ!?」


 布地の裂ける音が響いた。

 彼女の肌が露となる。


 「お前の体を俺のものにすれば――」


 震えが止まらない。


 (こわい――)


 「心だって奪うことが出来る――」


 着擦れの音が耳へ響き、エリーナが目ギュッと瞑った。


 「何、怖いのは最初だけだ……すぐに……」


 と、その時だった。

 ドアが叩かれる音が二人の耳へと飛び込んできた。


 「エリク様!」


 舌打ちをしてから、エリクが叫ぶ。


 「何だ、今いいところだったのに――」


 と声を荒げる彼へと、息を切らせた兵士が届けたのは、恐るべき報告だった。


 「ま、魔王サルターンの軍勢に帝都を包囲されました!!!」


 そう――帝都は既に風前の灯となっていた。

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