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『斧の勇者、お前は世界を救え』

転生して記憶を持っているのって、実際生きづらいだろうなって思う今日この頃。

忘れることは救いです。by山のように積まれた黒歴史

 どのくらい歩いただろうか、一向に出口は見当たらなかった。


 「ふむ……ここは昔その何とかって言う魔王の城が建っていた場所なのか」


 興味深そうにエリオが口に手を当てながら唸っている。


 「まあ、そういうことになるな。その魔王城ができる前に何があったのかはボクも知らないんだけどね」


 エリオはニャポニカの皇族、それも最も帝位に近いはずの人物なのはアリカにも察しがつく。

 帝都の地下にある旧魔王城以前のことを、僅かにでも知っているかと思い、自分の知る迷宮のことを、ぼかしながら話したアリカだったが、収穫と言えるものは今のところ無いというしかない。


 「私の生まれた時には、既にここは帝都だったからねえ……それに魔王と言えばサルターンと相場が決まっているものだよ。アリカと言ったかな、キミはどうしてそんな昔のことを知っているんだい?」


 まあ、当然だが気になる人が行き着く問いに、エリオもそれを口にする。

 何と言えば、最も正答に近いだろう――アリカが頭を悩ませた。

 とはいえ、難しく考えるのにアリカは慣れてはおらず、またどちらかと言えば自分のペースを守る方だったからか、彼女は言った。


 「昔、そのドラクルに会ったことがある」


 「「――ッ!?」」


 ギョッとするエリオ、それにジェーニャが怪訝な表情を浮かべた。


 「なあ、嘘は大概にしておけよ?」


 いきなりの嘘つき呼ばわりされるアリカだが、事実は事実、信じる信じないとは一線を画す。

 真偽が分からない時に、信じることが成り立つ訳で、事実を前に信じろとは誰にも言えないからだ。

 尤も証明する方法は無かったが。


 「……キミは不老不死なのかい?」


 熱心(?)な信者だったであろうエリオが推測を述べた。


 「いや、不老不死なんてこの世には無いって……」


 「じゃあ、キミは何なんだ? もしその話が本当であれば、キミ自身が不老不死を体現していなければおかしいことになってしまう」


 サルターンが世界に現れたのは数百年も昔の話、その魔王以前の話なのだから、幼女のなりをした不死者とかでもない限り、納得してもらえなさそうだった。

 黙秘するという選択も無くは無いが、でも一芝居打ってイェビー教みたいな邪教を破壊した労力を考えたら、ここで代わりになるかもしれない価値観を伝えるのも有りではないか――とアリカが意を決しそれを口にした。


 「……転生、って言って分かるか?」


 「「転生?」」


 二人の反応を見る限り、エリーナ同様にこの世界には転生の概念がないのだろう、とアリカは言った。


 「人間が死ぬと、肉体と魂が分離して、魂が別の何かの肉体へと宿る現象のことだよ」


 「「はへっ!?」」


 エリオが眉を寄せる。

 ジェーニャに至っては、何を言っているのかとばかりに目を丸くしていた。


 「……何を、言っているのかがよく分からないんだが」


 「いや、だから、人間が死ぬと、別の生き物に、時たま人間にだって生まれ変わる現象だと――」


 「「何だってッ!?」」


 二人の叫びがアリカの耳を劈いた。


 「おい、いきなり大声を出すなよ」


 壁に声が反射して木霊しているくらいだ。


 「生まれ、変わる、だと?」


 ジェーニャが震える声で問いかける、いや寧ろ問い詰めようとしている。

 目が血走っていた。


 「ああ、だから言っているじゃないか。人は必ず死ぬって。でも生まれ変わるから――」


 「何てことだッ!!!」


 再び耳を突き抜けるような声が飛ぶ。


 「おい、さっきっからどうしたって言うんだよ?」


 「オレは、不老不死を求めていたんだ……」


 唐突に語り始めるジェーニャ。


 「それが無いとは薄々とは分かっていたんだ。でも、どうしても心が受け入れられなかった」


 「……」


 何だこの展開、とアリカが彼女を凝視する。

 気のせいか、足の動きも止まっていた。


 「でも、別の何かに生まれ変わるってことは――それって、つまりは不老不死なんだろ?」


 「ん?」


 「肉体が不老不死ではない、その魂っていう誰もが持っているものが不老不死だって、アリカは言いたい、そうじゃないのか?」


 アリカの背中にいやな汗が流れる。

 本格的にやばい方向に発想している、と。


 「いや、待て? ジェーニャ、何を言っているんだ?」


 変な方向へと狂信スイッチが入ったのだろうか、ジェーニャの目は逝っていた。


 「い、いろんな説があるんだよ。魂にあれこれ引っ付いていて、それを取り除くと全知全能の本来の力を発揮できるとか……」


 「とか?」


 「生まれ変わるたびに本来は記憶をリセットされるけど、まれに記憶を持って生まれる場合もあるのだとか……」


 「まだあるの?」


 「そもそも全部説であって、誰もそれを証明した人間はいない」


 そう、生まれ変わりを証明するためには最低一度死ななくてはならないが、死んだ人間は全員、生きている人間に何も語ることは無い。

 よって証明不可能。


 「でもだよ?」


 しかし何らかのスイッチが入ってしまったジェーニャが明らかに常軌を逸した思考へと舵を切るのは誰にも止めることなどできなかった。


 「オレは、その転生とやらの秘密を暴いてみせる」


 人生の目標が決まったらしい。

 もう何も言うまい、と口を噤むアリカがただ呆然と眺めたままで。


 「それにしても面白い考えだ」


 エリオもそれを賞賛する。


 「ところで疑問に思ったのだけどね、他人の生まれ変わりってのを知る方法とかってのはあるのかい?」


 「お前まで何を言って……」


 「いや、例えばさ。そのドラクルっていう魔王も、転生の普遍的性格から考えれば、別の何かに生まれ変わったってことだろ?」


 「……ッ!?」


 そういえばそうだ、とアリカが頷いた。

 確かにその昔、勇者としてドラクルを倒したことは事実――と、エリオが再び問いかける。


 「それとあれは何だ?」


 「あれ?」


 振り向いたその先にあったものは――


 「水晶?」


 リュボーフィーが持っていたものよりも更に二回り以上も大きい。


 「何でここにこんなものが……?」


 あまりに不自然すぎる。

 出来すぎているのではないか――アリカは胡乱な目で水晶を睨んだ。

 ここが迷宮の続きだとして、迷宮にはトラップが散在しているものだ。

 足で踏みつけると巨大な鉄球なんかが転がってくるとか、床が抜けるとか、矢が飛んできたり、天井が落ちてきたり……


 「爆発……なんてしたりしないよな?」


 手でぺたぺた触ってみるも、何の変哲も無いただの大きめの水晶だった。

 触っても特に変化はない。

 プラーナを当てれば、何らかの反応を示すのではないか――そんなことを思ってアリカが手にプラーナを集中させると、銀色の光が――


 「へっ、あっ!?」


 一瞬のことだった。

 水晶から青い光が迸る。

 周囲を照らす青い光が次第に形を取っていき――


 「な――ッ!?」


 アリカが驚きの声を上げた。


 「お前は……」


 忘れようといっても忘れられない――魔王ドラクルの姿がそこにあった。

 



 

 「ドラクル……?」


 「何だってッ!?」


 「これが、さっき言ってた魔王!?」


 巨大な竜の頭蓋骨を椅子にして、長い黒髪を揺らしながらこちらを見て不敵に笑うのは、水晶が放った光で作られた映像のようでもあったが……魔王、それは人族最大の災厄のひとつであり、脅威とされる存在。


 「冗談はよせよ、どう見てもただの……」


 そう、幼女だ。

 椅子の上に座しているのは、どう見ても気弱で大人しげな幼女に思えたのだろう、エリオとジェーニャが鼻で嗤ったが、アリカは二人の先入観を是正する。


 「おい? 勘違いしているだろうけど、椅子に座っているのは魔王じゃないからな?」


 「はい?」


 「どういう意味だ?」


 すぐにはアリカの言った意味が分からなかったらしい。


 「椅子にされている方がドラクルなんだよ」


 「へっ!? 椅子が?」


 「じゃ、じゃあ、魔王を椅子にしているあの少女は……?」


 「飾りだよ」


 アリカが吐息する。

 鶏でいうトサカみたいなものだ、と。


 「いや、そんなことよりも――」


 灰色の目が鋭くドラクルだろう映像を睨みつけた。


 「あいつを倒し損ねた?」


 ジャンビーヤを抜こうとしたその時だ、かすれた声が回廊へと響いた。


 『待て――』


 「ほ、骨が……」


 「喋ったッ!?」


 『余は魔王ドラクル、だが今となってはもうその残りかすでしかない。剣を収めろ』


 「残りかす、だと?」


 『そうだ、プラーナに意識の一部を入れて、何らかのきっかけによって作動するように仕掛けを施しておく。お前はそれを開いたのだ』


 「残留思念ということか?」


 『そうだ、斧の勇者に倒される前日に、後世に残しておくべき記録を残した。そのうちのひとつだ』


 ドラクルがそう述べる。


 「なるほど、正義は我にありってか?」


 記録とは勝者が刻むものだ。

 勝者が必ずしも正義であるとは限らない。

 敗者には敗者の、語られざる正義がある。

 記録を残せず、或いは暗黒色に描かれる魔王の、せめてもの抵抗。

 後世にイポニアが滅びた際には、少なくともイポニアの歴史観への抵抗の根拠となりえるだろう、という意図か――というアリカの推論、だがドラクルは首を横に振る。


 『違う。亡国の王が正義を語っても仕方あるまい。実際に人族の国々へ対して侵略したのは事実だ。余が語るべき言葉は他にある』


 「……聞いてやる」


 ジャンビーヤを鞘に収め、アリカが促した。


 「その前に、竜の骨みたいな姿をとるのはやめろ、せめて生前の姿をとれよ」


 『……まあ、その方が話しやすいかもな』


 青い光が粒となって散らばり――再び集まった時には、竜の鱗を持つ半竜半人の青年の姿となった。


 『この世界で実際に起きた出来事だ』


 そうしてドラクルは語リ出す。




 

 『余は……嘗てこの世界へと召喚された、別の世界からの召喚者だった……この世界を邪竜から救った』


 イポニアの歴史を紐解けば、異世界人の召喚者は、世界へ災厄を齎す何かを滅ぼした後に、新しい脅威になる故事にあふれている。

 それは血で血を洗い、借金を借金で返すようなものだ。

 以夷制夷いをもっていをせいすこの世界の政策が齎した、端的に言うなら、自業自得。

 無限に勇者を生み続け、その度に新しい敵を生む。

 しかしその予想を大きく裏切る形で、アリカは眉を顰めることになった。


 『だから殺された。ある聖女によって』


 「ん……?」


 聖女の単語が引っかかるアリカ。


 「いや待て? お前は異世界人……召喚者のはずだろ?」


 『前世はな』


 「前世は……?」


 『余の前世、それは邪竜を討伐した聖女』


 「……ッ!?」


 アリカが頭をひねる。

 複雑な話に、思わず頭がこんがらがりそうになる。


 「お前の前世が、聖女だとして、ではどうして聖女に殺されるんだよ?」


 『それはな。聖女は二人いたからだ』


 「二人……だって?」


 『そう、一人が前世の余、そしてもう一人が、斧の勇者と旅をしていた、聖女イルザの前世の姿』


 「――ッ!?」


 アリカが絶句する。

 だが、驚きはそれだけではなかった。


 『あの聖女は、実に無能だった』


 「……無能、だと?」


 アリカの記憶にあるイルザは、決して無能などではなかった。

 それどころか、味方にすればかなり頼もしいだろう聖女で、敵にすればかなり厄介な相手という印象を持っている。

 事実、彼女の『神風招来』により、アリカは一度殺されているのだから。


 『正しくは、邪竜を討伐するまで無能だった、というべきだな』


 「それはどういう意味だ?」


 喉を鳴らし、ドラクルが言った。

 『普通召喚者というのはこの世界の、より正確に言えばこの世界の人族のために、脅威になっている存在に対抗する戦力として異世界から連れてこられる。だから召喚された時には、少なくとも世界の脅威と伍していける何かを与えられている、そこまではいいな?』

 アリカは首肯した。

 何故なら自分もまたその一人だったからだ。


 『しかしあの聖女は、この世界に召喚された時には、そういった力を何一つ持っていなかった……』


 「ん……?」


 灰色の目がドラクルを凝視する。


 「どういう意味だ?」


 『聞いたままの意味だ。あの聖女は、時のイポニアの王女が、わざと無能になるように、召喚の術式を操作していたってことだ』


 「わざと無能に……?」


 だとすればその王女は何を考えていたのか、と怪訝な顔をするアリカへ、ドラクルが続ける。


 『あの王女は、召喚術師の失脚を目論んでいたと語っていたが……』


 「誰だよ、その王女ってのは?」


 どこのアホだ、と目を光らせるアリカへ、ドラクルは言った。

 言ってしまった。


 『同じく、斧の勇者と旅をしていた、あの弓使い……そいつの前世の姿だ』


 「な――っ!?」


 ドラクルの話が本当であれば、笑うに笑えない内容だ。


 「ちょっと、待ってくれ?」


 アリカが記憶を整理し始める。


 「つまり、何だ? ドラクルは嘗て聖女としてこの世界へと召喚された……召喚したのはイポニアの王女で、そいつは弓使いに生まれ変わり……で、二人とも前世のイルザに殺されたってことか?」


 『そして無能聖女さんはイルザへ生まれ変わった』


 (待て……まだ何か引っかかっている……)


 思い出せそうで思い出せない。


 『イルザは、恐らく王女の話を聞いてしまったのだろう。だが、余が思うにだ』


 あくまで想像と前置きしてから、ドラクルが自説を述べる。


 『あの王女は、召喚術師を失脚させるためなどと口にはしていたが、余は違うと考える。確かに個人的な怨恨はあったかもしれないが、それだけで召喚術師を失脚させるのは、流石に愚かだろう?』


 どうかな――と肯定しかねるアリカ。


 『イポニアの歴史では、召喚者は皆災厄を倒したところで、新たな脅威となる』


 無言で頷くアリカ。


 『なら、召喚者をこれ以上出さなければ、どうだ?』


 「無理がないか?」


 異を唱えた。


 「少なくとも、お前も、そしてお前を倒した斧の勇者も、イポニアが召喚した異世界人だぞ?」


 『確かにその通りだ』


 がドラクルは言った。


 『が、計画が失敗することと、始めから計画していないのとでは、大分意味が違う』


 「何が言いたいんだ?」


 『あの王女は、確かに問題はあった。異世界人へ対する非人間的な使い、それは糾弾されるべきものだったが……だから前世の余は、かなり苦心した』


 「苦心?」


 『そうだ。二度とこの世界へと異世界人を召喚させないように、そのためにあの王女を、陰に陽に操作しつつ、邪竜討伐の功績によって即位させ、召喚の術式自体を葬ろうとしたのだ。まあ、あの聖女には恨まれて、結局殺されはしたが……』


 異世界人を召喚し続ける限り、脅威は消えない。

 なら召喚自体を止めればいい。

 理にかなってはいるだろうが……


 「しかし、斧の勇者は召喚されてしまった」


 即ち、嘗てのアリカも。


 『それについては、召喚の術式を葬り去ることのできなかった余の責任だな……だから、斧の勇者には、素直に倒されたではないか』


 ドラクルの言葉に、苛立ちを覚えるアリカ。

 まるで手加減してやったとでもいわんばかりの態度に。


 「それはどういう意味だ?」


 『言葉が過ぎた、訂正しよう』


 そして言った。


 『斧の勇者よ』と。

 



 「……!?」


 アリカの顔が引き攣る。


 「どうして、それを……?」


 何故自分が斧の勇者であったことが分かったのか、と。


 『ふはははははーーーーーーーっ!!!』


 再開して、最も魔王らしい仕草を初めてしたドラクル。


 『お前は本当に本音を隠すのが下手だよなぁ』


 「う……」


 と図星を突かれて苦い顔をするアリカ。


 『斧の勇者、お前は単純な戦闘なら、誰にも負けないだろう。世界の誰もが手を焼いた邪竜を倒した余をお前は倒した』


 「ボク……いや、俺はあのイルザの奴に殺されたんだぞ?」


 『そう、だから言ったではないか。単純な戦闘では、と。大方イルザに搦め手や不意打ちをされて殺されたんだろう?』


 「……」


 全くその通りだった。

 よく見ている。

 事実、破壊魔法の爆風に隠れ、油断したところを突かれたのだから。


 『で、だ』


 ドラクルの目が光る。

 ついで驚くべき話を口にした。


 『斧の勇者、お前は世界を救え』と。

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