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(――この街は、俺が召喚された街……なのか?)

洞窟の中へ……

 滴り落ちる水滴が顔に弾かれる感触でふと我に返る幼女。

 気がつけば朝になっていたのだろうか?


 「……」


 天井に穴が開き、朝日が中を照らしていたが、日差しを浴びていたのは幼女だけではない……エクソシストのポーズを取る右の首と、頭がひしゃげた左の首を持つ、羽の千切れたドラゴンが横たわっていた。


 「これは、一体……?」


 と言いかけて思い出す昨夜の凄惨な光景。


 「俺の仕業……か」


 ただの幼女のなりをしていたが、少なくともただのドラゴンよりは強いだろう二頭竜を倒したことは驚きだった。

 焼け焦げた衣服は既にボロボロで、下着もかなりきわどい、かろうじて隠せる程度まで布地を狭めている。

 これでは痴女になってしまう――いや、まだガキんちょだから、こんなんでも許されるのか……いや、都○例が――異世界だから、関係ないか?

 祭壇の寝台に映る自分の姿を見て、三度みたび幼女であることを思い知らされる。

 これはもう幼女であることは確定だろう。


 (昨日は気が動転していたが……俺は確かにあの時聖女の『神風招来』で自爆させられたはずだ)


 体が残らない程度には吹き飛ばされたはずで、その後どのくらいの時間が経ったのかは不明だが、この幼女の身体を見つけて憑依したということだろうか?


 (何故幼女のなりでかは知らないが、俺は生き返った……いや、これが転生とか言うやつか?)


 異世界に召喚されるのは転移とされる。

 異世界で魂だけが別の肉体を得ることを異世界転生というなら、これはどう命名すればいいのだろうか?


 (異世界で転生した召喚者? 意味が分からん……)


 だが、意味が分からずとも、結果として肉体を持つことができたのだから、結果オーライといえばそうなのだろう。

 ぐぅ……と何とも間抜けな音がした。


 「……」


 空腹を示すサインだろう腹の虫がないている。


 (そういえば、この幼女は碌な物を食べてなかったみたいだったしな……)


 昨夜に見た記憶の断片から知ったのは、この身体の元々の持ち主であるはずの幼女本人は、虐待に近い環境でろくすっぽものを食べられずにひもじい思いをしていたらしいことだった。

 かなり痩せこけているし、発育だって悪い方なのが、記憶の信憑性を裏付けているように思える、と祭壇に捧げられていた豪勢な料理が視界へと飛び込んできた。

 子羊に蜂蜜を塗り、一匹丸ごと石窯だろうか――で焼いた料理を載せた皿、季節の果物の数々、ブドウ酒をはじめとする果実酒……ごくり、と唾を飲み込む音が響き――幼女は理性より本能が先走った。

 何という料理かは知らないけれどラム肉に齧り付き、果物を皮ごと頬張り、果実酒で喉のつかえを流していく。

 平たくいうと、捧げものを食べはじめたではないか。

 これは元々、この洞窟に住まっていただう二頭竜に捧げられたはずのご馳走だが、その二頭竜は昨夜に、今これを咀嚼そしゃく嚥下えんげしている幼女が肉塊へと変えてしまった。

 しかし折角の料理なのだから、食べないのは勿体無いだろうし、何より幼女は空腹い耐えられなかったのだから有効利用して何が悪いと言うのだろう?

 ごくりっ……と唾を飲み込む音がする。

 自然と料理へと手が伸びる。

 料理が冷たい?

 そんなものは、あの竜が吐いただろう火を使って温め直せば済む話ではないか!

 ものな訳で――幼女はものすごいスピードで羊を平らげ、果物の皿に皮や種が置かれていく。

 料理が瞬く間に胃袋へと収まっていき、酒瓶が空となる。

 幼女が酒を飲むなって?

 いや、この中にいるのは既に十代後半の少年だったのだからセーフ……じゃないけれども、ここは異世界だ。

 何の問題もない……ないはずだ。


 「ふー……」


 よほど飢えていたのか、あっと言う間に皿が重ねられて、満腹になった幼女が寝転がる。

 満腹となり、改めて自分が幼女となってしまったことを思い出す。


 (俺は……こんな幼女になってしまった……)


 前世では、斧の勇者などと称される少年だったにも拘らず、今ではちんまりとした幼女でしかない。


 (だが……俺は俺だ)


 斧の勇者である以前に、彼は一人の人間だった。

 更に言えば聖女の『神風招来』によって殺されたはずなのに、生まれ変わることさえできた。

 しかも前世の記憶を持っていた。

 いや、記憶だけではないはずだ。

 幼女の目の前に転がる二頭竜を見れば、前世で培われた力が損なわれていなかったことを意味するのではないか――そう推測するに難くない。

 でなければ、たかが幼女がどうやってドラゴンを倒すことができるというのだろう。


 「……」


 と、祭壇に映った自分の姿を凝視する幼女は顔を引きつらせた。

 銀髪で灰色の目だったからではない。

 顔立ちもまあまああ整っているけれど、でもそこじゃない。

 およそ服と呼べる布は擦り切れて、あるいは焦げ、辛うじて体を隠している程度になっていたことにだ。


 (……すごい格好になったもんだな)


 と幼女は思う。

 せめて代わりの服でもあればいいのだけれど、そう都合よく見つかったりはしない――と思い出す。


 「――!」


 ドラゴンというのは、どういう訳なのか、宝物を蒐集する習性があるらしい、という話を。

 そこに服とか、適当な財宝とか、できれば武器とかがあったりすると、尚のことよい。


 「こいつは……確か、向こうの方からやってきたんだよな?」


 洞窟の奥へと広がる暗闇を一瞥すると、幼女は辺りを探し始めた。

 何を――何でもいい、燃えそうなものを松明代わりにするのだ、と。

 が、そうそう都合よくある訳が……と、おもむろに地面にめり込んでいたエクソシストのポーズを取る片方の首から突き出ている角を手に取って――パキン――と音を立て、それをへし折った。


 「まあ、これでいいか……」


 まさかのドラゴンの角を松明代わりにしようということだった。

 ドラゴンの角を燃料にしようと幼女は試みる。

 だが、燃えるのか、という疑問はあるだろう。

 しかし燃えるというのは、可燃物+酸素+熱があれば火が熾せるはずで、可燃物からガスが放出され、それに火が点き燃える……考えてみれば、ドラゴンは何故火を噴くのだろう?

 一体あいつらは何を根拠に火を吐けるのか?

 体内に液状のガスを収納しておく袋みたいな臓器でもあるのだろうか?

 だが、ガスを液状化させるにはものすごい圧力が必要ではなかったか?

 或いはメタンとか……?

 疑問は尽きないが、何らかの可燃物を貯蔵でもしていなければ、火を噴くことができるようには思えない、と。

 なら、体内にかなりの量の可燃物プラーナを貯蓄している可能性が高い。

 それは、例えば角のようなものであってもだ。

 そして――幼女の推測は、当たりだった。

 まるで爪に火を点すように、ドラゴンの角はゆっくりと燃えていく。

 松明にちょうどいいくらいに。


 「さあて……この奥に何があるのか、行ってみるかな――」


 と呟いて、幼女は洞窟の奥へと向かったのだった。






 「……」


 洞窟の中は、かなり広い空間だろう――それが歩いてみての幼女の感想だ。

 どのくらいの広さなのか……彼女の推測が正しければ、街一つ分ほどは確実にある広さで、それも田舎の過疎地みたいな、半ばゴーストタウン化しているものではなく、もっと大きい……言うなら、王国の首都レベルの規模ではないか、と。

 それにかなり破壊されてはいるけれど、自然の状態で作られた足元ではなかった。

 割れた、というよりは砕けたというべきな石畳や、天井もよく見れば煉瓦造りだったりして、間違いなく人間が作り上げた人工物の痕跡といえるもの。


 (これは、何かの遺跡なのか?)


 ドラゴンが宝を守るというのは、知る人ぞ知る話ではあるけれど、しかし街を守っていたというなら驚きではないか!


 「って、えっ――!?」


 と思わず足を滑らせる幼女……そこは階段のようだった。


 (階段……?)


 丸太とかで補強したような簡素なものではない、きちんとした石で造られた階段だ。

 しかもその幅がとても広くとられている。


 (これはもう間違いないんじゃないか……?)


 ここに嘗て街があった、という証拠になるのだと、幼女は密かに期待する。

 ひょっとしてだが、生活物資の補給ができる可能性が、僅かにでもあがったのだから。


 (しかし……)


 それほど広いのなら、探索するのも容易ではない。

 だから街というものをイメージしてみる……街、つまり都市には、碁盤目状なのと円形状があることを。

 長安とか京都なんかは碁盤目状で、パリとかバグダッドなんかは円形状の代表的な例――江戸は螺旋状らせんじょうだが、ひとまず置いておく。

 五稜郭みたいな星型の砦というのも考えられるけれど、あれは火器の発明とともに現れた形状なのだし、この世界に大砲があるかは分からないので、これも置いておく。

 基本的には長安型の碁盤目状か、バグダッド的な円形状かに分類されるはずだ。


 (長安……まあ、京都もそうなのだが、あれは風水に基づいて設計された訳で、つまり街の至る所に風水の思想が顔を覗かせているし、円形状のパリなんかは街の中心から周囲を鳥瞰ちょうかんできる、監視型の街なのだとか……そんな話を昔聞いたことがあるな)


 この街の形状がどちらかで、探索の仕方だって大きく変わるはずだろう、と。

 では、それを知るための方法があるのか?

 結論から先に言えば、あった。

 暗視?

 それも不正解ではないだろうが、幼女の答えはそれとは別のものだった。

 全身のプラーナと、この洞窟の奥に眠る遺跡に充満するプラーナとを協調させるという方法だ。

 コウモリやイルカなどが放つ超音波の反射による空間の把握でもないそれは、所謂残像思念を読み取る方法に近いもの――ただ、街の空間把握ばかりではない、この遺跡で起こった出来事なども一緒に心の中へと流れ込んできたのだ。


 「――!?」


 思いもしなかった光景が、幼女の脳裏に飛び込んでくる。


 (――この街は、俺が召喚された街……なのか?)


 信じられないといった顔をしていた。

 本当なら、ここはまだ斧の勇者などと呼ばれていた時代に、魔王ドラクルと戦っていた世界ということになる。

 大分時代は経っているものの……


 (だが、待て?)


 幼女は回想する。

 仮にここが斧の勇者として召喚された世界だとしよう。

 この街の記憶と、幼女の中にある斧の勇者としての記憶とを重ね合わせると、現状のこの街が、どうしてもおかしいことに突き当たるからだ。

 そう――何故、まるで地下都市のようになって、洞窟の中に眠っていたのか、という疑問だ。

 勇者時代に召喚され、暫くの間居を構えていた街――イポニアという王国の首都ヴォストクブルグなどと呼ばれていたが、そこは確かに石畳で煉瓦造りの街ではあったけれど、洞窟の中になどなかったはずだからだ。


 (何故洞窟の中に王都がある……?)


 戦争で地下に沈められた、ということも考えられなくはない。

 だが、思い出すべきは、そんなことをするような存在は、一人しかいないことを。

 魔王ドラクルであれば、これをする理由は十分にあった。

 人族攻略の要とされたヴォストクブルグを廃墟と化すことで、人族の攻略は確かに容易となっただろう。

 ところがだ。

 前世の幼女、つまり斧の勇者が殺されたのはどうしてか?

 魔王ドラクルを、彼は排除したからだろう。

 魔王亡き世界で勇者とは危険な存在とされたからこそ、聖女をはじめ弓使いや魔法使いたちが敵に回ったのだから。

 そう……世界は平和となったはずではないか!

 いや、人族同士の戦争という可能性もある?

 あるかもしれないが、王都を洞窟に沈める人間にどんな利益があるというのだろうか?

 気に入らないから、前支配者の痕跡を徹底的に消すという風習か?

 ありえない話ではないが、しかしヴォストクブルグは交通の要所で、魔王ドラクルから人族の国々を守れる関所のような立地にあった。

 いくら魔王がいなくなったとはいえ、重要な街を地下へと埋めるのは、どう考えても下策どころか愚行としか言えない。

 埋めた上にまた新たな街を作るというのであれば、まだ理解できない話でもなかったが……しかしとてもそうは見えなかった。

 だからもう少し詳しく残像思念を読み取ろうと、幼女は洞窟全体のプラーナへと意識を集中して――


 「…………」


 (……ここで、戦争があった? それも魔王軍との?)


 街を守る兵士たちと対峙するのは、その様相から見るにドラクルの配下とは異なる将兵たち――象の頭で斧を振り回し、巨大な耳で空を飛ぶ長鼻の将軍――それと戦う黒いローブを羽織った魔法使いっぽい風体をした少女。


 (魔法使い? 勇者ではなく? ……いや、こいつか?)


 防具としての機能を期待できないだろう、オリハルコンだがミスリルだかでできたビキニアーマーを着て白いマントを羽織り、手にはロングソードを持った髪の長い女が頭のおかしいことを叫んでいる光景が見えてきた。


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