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「えっと……ボクは狙われていたってこと?」

すみません、更新遅れました。

 「お、おい――」


 アリカはエリーナに手を引かれながら狭く入り組んだ路を走っていた。

 地下通路のような窮屈さ、足元をぬめりが絡め取ろうとして、そこから立ち上る異臭が鼻を突く。

 「ど、どうしたんだよ?」


 見ればアリカの手を引くエリーナの表情が酷く青ざめている。

 何かとても嫌な出来事を目撃したかのようだ。


 「何で……お兄様が?」


 震える声で、エリーナが呟いている。


 「いや、だからどうしたんだよ、本当に……エリーナのお兄さん、だったのか?」


 「あれはどう見てもお兄様……」


 両肩を掴み抱き寄せると、迫真の顔でエリーナが動揺気味に声を震わせた。


 「お兄様は……悪し様に言うなら、女の子を見れば誰彼となく見境なしに手を出してしまう……それもちょうど私やアリカくらいの年齢の子が趣味なんです!」


 口を噤むアリカの顔が引き攣る。


 「えっと……ボクは狙われていたってこと?」


 命ではなく、貞操を?

 笑い話でも、ドッキリでもなくだ。


 「宮殿にはお兄様のハーレムが……それも小さい女の子だけを集めたっていう噂だってあるくらいで……」


 兄妹だというのにこの言いよう、確かに仲の悪い兄弟姉妹であれば、心の底から憎しみ合うものだし、況してや帝位をめぐって骨肉の争いをしている間柄なら尚のこと。

 それにしてもだ。

 聞き捨てならない単語がいくつかアリカの耳に焼き付いている。


 「その……エリーナ?」


 確か、ハーレムがどうとか、幼女ばかりを集めたとか。

 要するに男の夢、ロリハーレム……じゃなくてだ。


 「お兄様は……お兄様は、一言で言ってしまえば幼女に興奮する変態で……」


 沈んだ声で、エリーナが語りだす。


 「実際に手を出した例だって、枚挙に暇がないんです……」


 実に酷い言われようだ。


 「あのままもしお兄様に連れて行かれたとしたら……」


 口ごもりつつも、エリーナの赤い目は恐怖心に囚われていたものの、それでも意を決して断ずる。


 「アリカは、お兄様の慰み者になっていたんですよっ!!!」


 なっていたかもしれないでもなく、なっていたとの断言に、エリーナの自身の兄に対するある種の確固とした信念が読み取れる。

 つまり幼女への偏愛について。


 「アリカは知らないんですか? この国では、お兄様……つまりニャポニカの第二皇子であるエリク・V・フォルクマンが毎夜毎夜酒池肉林の放蕩に耽っているという話を――」


 何だろう、こう堰を切ったようにエリーナが語りだすエリーナは、身内に対してあまりに辛辣な突き放し方をする。


 「幼い女の子ばかり集めて、筆舌に尽くしがたい行為に及んでいるという話を……」


 「エリーナ……?」


 うつむきながら、涙ぐんでいた。

 兄妹間の確執については、アリカはイマイチ分からなかったけれど、しかし彼女に心配をかけたことだけは確かではあった。 

 と、感傷に浸っていたそんな時だ。

 叫び声が二人の耳へと飛び込んできた。


 「何だ、てめえこれっぽっちかよっ!」


 怒鳴り声と鈍い音がする。

 三人ほどの、少し柄の悪い少年たちが、壁際にもたれ掛かっている相手を一方的に蹴り飛ばしている光景が目に飛び込んできた。


 「あ……アリカ、あれ……?」


 エリーナがビクついている。

 まあ無理もない。

 年齢相応の反応だ。


 「恐喝、だな」


 スラムとかではよくある光景……なのだろうか?

 確かに貧困は将来への絶望を生み、治安の悪化を育むのは万国共通の現象。

 みすぼらしい、まるで絵に描いたような貧民街なら、こういった光景も不自然ではないだろう。

 力のある者が力のない者から金品を巻き上げるという秩序が是とされる世界、弱肉強食の無法地帯がそこには広がっていた。


 「きょーかつ?」


 「要するに、やっていることは盗賊と同じで、暴力とか脅迫で相手から金品を巻き上げる――」


 「つまりこの国の皇族と官僚がやっている……?」


 「――ッ!?」


 ふと、『「窃盗犯を処刑する」と言い出した国王に、官僚たちが「我々はみな盗みを働いております」』みたいな小咄を思い浮かべるアリカ。

 そういえば……とアリカを盗賊ギルドに勧誘したユースフが脳裏に浮かんだ。


 (こういった恐喝の文化が組織化されると、盗賊ギルドのようなならず者の結社がうまれるんだろうか……)


 犯罪者を組織化して、犯罪を生業とする定職というのも、考えてみたらすごい発想だ、と感心半分、呆れ半分にアリカが物陰に隠れながら恐喝を見ていると――


 「全然足りねえんだよっ!」


 「たった金貨十枚じゃねえかっ!」


 「しけてんぞっ!」


 怒鳴り声が耳に響く。

 なんとも不快な物言いだ。


 「こ、今月のノルマは、ちゃんと果たした――っ!?」


 「口答えすんじゃねえっ!!」


 握り締められた拳骨が、強かに頬を打つ。


 「どこにでもいるんだな、こういう連中って……」


 「アリカ?」


 アリカが物陰から、わざとらしく足音を立てて、前へ出て行こうと足を踏み出した。

 いつまでも見ている訳にも行かない、面倒ごとを見過ごせなかった性分なのか、単におせっかいだったのか、何にせよこの手の不快な輩は少々痛い目に遭わないと分からないものだ。


 「待って――!?」


 と言いかけて、エリーナにチョッキの襟を掴まれ引き戻される。


 「ひゃっ!?」


 変な声が思わず出てしまう。


 「ちょっと、アリカ!」


 「な、どうしたんだよ?」


 「あの子……」


 とエリーナが指差したのは、今壁際にもたれかかって殴られている方だった。


 「私の槍をひったくった子じゃ……」


 「えっ!?」


 目を凝らしてよくよく見れば、殴られていたのは青い髪をしている。

 顔立ちは随分と腫れ上がっていたが、着ている物を見ると、確かにエリーナの言うとおりそっくりさんでもなければ、あの時の引ったくりだろう。


 「助けるの?」


 その気持ちはよく分かる、とアリカは頷いた。

 引ったくりされ、こんな貧民街に引きずり込まれた挙句、エリーナの兄に遭遇する引き金となったやつを助けようなどというのは、流石にエリーナだって面白くはないはずだ。

 犯罪者など、自業自得で悪因悪果、勧善懲悪で信賞必罰、要するにそれ相応の罰を受けて然るべきだろう、と。

 しかし、善因善果でもあり、情けは人のためではないのが、世の常なのだ。

 要するに……


 「あいつはここを住処にしているんだろ? だったら出口だって知っているはず……」


 「助けようってこと?」


 「まあ、そうだけど……」


 「だったら、今出て行くのは拙いよ。貧民街の住民たちの結束は甘くない」


 「じゃあ――」


 とエリーナが息を大きく吸ってから、なるべく低い声で叫んだ。

 戯言ではある。

 三文役者でもしないような、あまり上手くない口調ではあったが、三人の恐喝犯を狼狽えさせるには十分すぎるほどだった。

 即ち……


 「ま、待ってくださいっ! それを、それを取り上げられたら――徴税官様、どうかご慈悲を――ッ!?」


 直ちに悲鳴がとどろいた。


 「ひっ!?」


 「収入から税金を取られるっ!!」


 「もういやだぁっ!!!」


 効果覿面というかなんと言うか、三人の恐喝犯たちの顔色が見る見るうちに青ざめて、クモの子を散らすように逃げ出していく。

 それにしても、税金を取られると子供が叫ぶとか……呆れ果てるアリカは、この国の苛政の一端を垣間見る。


 「で……」


 三人組の姿が見えなくなった頃合を見計らうようにして物陰から出て行くエリーナ。

 逃げ遅れた青い髪のそいつの少々引き攣った顔を前に、エリーナの赤い目が非難するように視線を突き刺しながら、彼女が言った。


 「いくつか、訊いていいかな?」と。





 「やっぱり……」


 エリーナが納得したように呟いた。

 ジェーニャを名乗ったのは、この青い髪の子供で、では何故エリーナの槍を盗もうとしたのかと尋問したところ、エリクの近衛兵らしき人物からから金を渡されてやったとのことだった。


 「お兄様の差し金でしたか……」


 「そ、そうだよ。金貨十枚やるから、赤い髪と銀色の髪の子をおびき寄せてくれって、エリク殿下がオレに……」


 「で、金貨十枚持っているところをさっきの連中に見つかって、ってことか?」


 と胡散臭げな視線を浴びせたのはアリカだった。


 「あいつらはここら辺じゃ折り紙つきのゴロツキで――」


 「いや、さっきの連中はどうでもいい」


 どうもしっくりこないアリカが首をひねる。


 (おかしい……)


 釈然としないまま腕を組み難しい顔をしている。


 「どうしたの、アリカ?」


 「エリーナはおかしいとは思わないのか? いくらなんでも話ができすぎている」


 「えっ!?」


 「だって、何でボクらが帝都にいることが分かったんだ? しかもまるで予め知っていたかのような行動じゃないか」


 エリーナが赤い目を丸くした。

 街全体がスラムのような有様で、中心に聳え立つ監視塔のような皇宮から全体を俯瞰したとしても、こんなに手際よく手配することができるだろうか?

 まだギリギリ、赤い髪の少女がやってきたら、というのであればわかる。

 エリーナの命を狙っている他の兄姉にとってエリーナを亡き者にすれば、政敵を一人消すことができる利益があるからだ。

 しかしジェーニャは何と言った?

 銀色の髪の子をおびき寄せてくれ、といったはずだ。

 これがオットーやエリーナの姉であるエリーゼであればまだしも、何故彼女の兄がアリカの存在を知っているのか、という疑問。

 勿論だが、邪魔者を消すために、敵同士を争わせるのはよく使われる手法で、アリカが手に負えなくなったオットーが、エリクを使って消そうとそれとなく誘導したとも考えられなくもない。

 まるで予めアリカが帝都に来ることを知っていたような不自然な感じだった。


 「……エリク殿下に追われているのか?」


 ジェーニャが話を割って問いかけた。


 「だとしたら?」


 「そうなのか――」


 ものすごく哀れむ目でジェーニャが言った。


 「もしかして、皇宮から逃げてきたとか?」


 その問いに、エリーナの顔が僅かながら強張った。

 オットーに追い回されて、やっとのことで脱出した嘗ての記憶が蘇ったのだろうか。


 「なるほどな……よくない噂ばかりだもんな……」


 そのよくない噂の相手から金を受け取ってこんなところに引きずり込んだのはどこの誰だ――と四つの目が非難するように視線を突き刺した。


 「え……ひょっとしてオレのこと、怒っている?」


 「いや、怒るなって方が無理があるだろっ!?」


 「自分のしたことの重大さを理解しているんですかっ!?」


 ジェーニャの言葉に、アリカとエリーナの怒声が飛んだ。


 「そ、その……どうしてもお金が入用だったから、ついつい目が眩んで」


 家計が苦しい?

 幼い兄弟姉妹と病床に伏せている家族、なんて悲惨な光景を想像するアリカだったが、この青い髪の発言は、斜め上を行くものだった。


 「お布施が……足りなかったんだよ」


 「はぁっ!?」


 「お布施って……?」


 とことん貧困のドツボにはまっているような発言だ。

 貧困による人生の絶望から、宗教に救いを求める――だが、違った。


 「あいつら、お布施を払えないんなら、体で奉仕しろって言いやがって……だから……」


 「――っ!?」


 「体で奉仕って……肉体労働とか賦役とか?」


 「まあ、間違いではないけど……神殿で夜の相手をしろって……」


 男色とか、と胡乱な顔で言い出しかけて、何故だろう苛立つ表情でジェーニャから睨まれるアリカ。


 「……」


 「……」


 何だろう、妙に間が持たない。


 「要するに、ここに住んでいるから問題なわけだ」


 アリカが何とか話を切り替える。

 宗教にせよ、腐敗した政府にせよ、閉じられた関係であるから猛威になるのだ。

 逃げ場がない、それだけで人はなす術もなくなってしまう。

 閉鎖的な関係における支配者たちが、何故不当な権力を持つのかといえば、ひとえに協力者たちがいるからで、支配とは一人ではできない。

 必ず協力者がいる。

 なら、そこから逃げ出すには?

 答えは簡単だ。

 協力しなければいい。

 もっと言えば、その関係から抜け出せばいいのだ。

 

 「なあ?」


 アリカは話を持ちかけた。


 「ジェーニャって言ったっけ? ここから一緒に出て行かないか?」と。


 この地下街に住んでいるのだとして、ジェーニャは街中に現れ、その土地勘も持っているのか、簡単には捕まらなかった。

 なら出口まで案内してもらおうと、考えるアリカだったが。


 「出て行けるなら、とっくにそうしているさ」


 と忌々しそうに吐き捨てるジェーニャ。

 と、麻袋みたいな服を脱ぎだした。


 「お、おまっ!?」


 「ちょ、ちょっ!?」


 アリカとエリーナが慌てふためくも、ジェーニャの首の辺りにはグロテスクな黒い文様が、まるで首枷のように描かれていた。


 「何だよ? オレにはこの印が捺されているから、物理的に出て行くことはできても、必ずここに戻ってくるようになっているんだ!」


 要するに体のいい(?)奴隷。


 「で?」


 「でって、オレにはこの――」


 と抗議しようとしたジェーニャだが、すぐに声が鎮まった。

 アリカの手が銀色に光ると、ジェーニャの首に描かれたグロテスクな文様が蒸発するように煙を立てて消えてしまったからだ。

 驚くジェーニャに、アリカは言った。


 「とりあえずは、出口まで案内してもらえないかな?」

 





 地下街、というのが今三人が歩く周囲の大雑把な概要だろう。

 歩けど歩けど、却って路が複雑になり見たこともない景色が次々と目に飛び込んでくることが繰り返される。

 鼻を突く異臭、やたらと狭く人一人が漸く行き来できるほどの路は薄暗く、足元はぬめっとした水が流れており……


 「なんか下水道の中みたいだな……?」


 「いえ、下水道なんですよ、ここ……」


 とエリーナが言った。

 オットーから命からがら逃げ出してきた下水道。

 やたら入り組んでおり、迷宮みたいになっているために、一度入るとそう簡単に抜け出せられなくなることを、身を以って知っているエリーナ。

 早い話が迷子という感覚に近い。


 周囲は全て石造りであり、地表のそれよりもよほど立派な建築物に満ち溢れていた。

 言うなら、街を埋め立てて、その上に新しい街を作って、一部を下水道に改築したかのような。

 だが、改築したと言えるほど、地表の街はこの地下にある建築物に比べ、貧相といわざるを得ない。

 何故折角の街を再利用しなかったのか?

 色々と不自然なことが多すぎる、とアリカは吐息する。


 「いや、ここは一応下水道って扱いになっている場所だよ」


 路を先導することになったジェーニャが言った。


 「大昔に戦火で焼けた街の上に、新しく街を作ったのが帝都って訳さ」


 妙に詳しい。


 「何て言ったっけ――そうそう、昔世界を恐怖に陥れた魔王が、根城にしていた街を、何とかって言う勇者が討伐して――って、おい、何だよっ!? オレは逃げないってばっ!」


 いきなりアリカに服を掴まれたジェーニャが、大慌てで宥めすかす。


 「なあ……なんでお前がそんなこと知っているんだ?」


 アリカは、ドラクルを連想していた。

 まだ斧の勇者だった頃に、最終決戦の地に選ばれた魔王城……あの城というか街を埋め立てて、新しく街を作ったのだとしたら?

 何故昔のまだ使えるであろう建築物を下水道代わりに使う理由としては十分な話だった。


 (……って待て?)


 思い当たることはそれだけではない。


 (街の中心に聳え立つ皇宮は、非常に煌びやかだったけど……でも言われてみれば、確かに似ている?)


 何に?

 ドラクルの座す魔王城の最上部に。

 わざわざイポニアの王都を地面の下に埋め、魔王城の上にニャポニカの帝都を作る……しかもみすぼらしい、いつなくなってもいいような街を。

 アリカの脳裏にある考えが浮かんだ。


 (ここが嘗ての魔王城の跡地を埋め立てているのだとしたら――ボクはここの出口を知っている?)


 出口だけではない、ここが嘗て何だったのかも、それに街全体の地理さえも。


 (ここから出れるかもしれない――)

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