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(そのイーラってのは何者? 聖女の生まれ変わり? それとも敵対者?)

 一方、村ではパチリと目が開き、のそりと起き上がる者がいた。


 (……ここは?)


 真っ暗な空間で寝かされていたことに気づく。


 「――」


 周囲のプラーナを探ってみると、凡そ百人以上は確実にいるだろう人の気配に、薄らと口元に笑みを浮かべたのは、ルイザだった。

 まんまと村へと潜入することができたのだと。


 (全ては手はず通り……)


 しかも幸運なことに、辺りには自分に疑いの目を向けていた銀髪の幼女はいない。


 (わざわざヘルマンの分身から細剣を受けただけの価値はある……計画では、村を滅ぼされた幼女が、復讐を誓い魔王討伐の旅へ出立し、苦労の末見事魔王を討ち果たす――そんな筋書きだったはず)


 自分に言い聞かせながら、嘗て下されただろう命令文を反芻した。


 (私が村へと潜入し、傷ついた私を介抱させながら人員を割きつつ、ヘルマンたちを招き入れる――それにしても、何だってこんなに暗い?)


 篝火はおろか、蝋燭の明かりひとつない暗闇に包まれている。


 (まあ、いいか……とりあえず周囲の様子が全く分からないのが……もしかして私、閉じ込められている?)


 介抱じゃなく軟禁なのは拙い。

 身動きが取れなければ意味がないではないか。


 (いや待って?)


 ルイザが目を瞑り思考を組み立てる。


 (もしかして、感づかれた?)


 だが、それは否定される。

 感づいたのなら、わざわざ村の中へと自分を運び入れるだろうか、と。


 (そもそも、あの銀髪は……あいつは何者だ?)


 二つの可能性が考えられる。

 ひとつは銀髪の幼女が、嘗ての自分に命令を下した聖女の転生者であること、もうひとつは聖女の転生者とは別人で且つ彼女の邪魔になる存在というもの。

 聖女の転生者であれば、最大限のサポートを陰に陽にしなければならず、敵対者であれば徹底的に排除しなければならない。


 (だけど……)


 とルイザはどちらにせよ、これから自分が起こす行動にとっては、何の影響もないことにした。


 (これからあのクモを……ヘルマンをこの村へと引き入れて、村民を皆殺しにすることには変わりがない……)


 高鳴る心臓の鼓動を何とか抑えようと長く静かに吐息する。


 (幼女は自らが住んでいた村を魔王の兵に滅ぼされ、復讐を誓う……なら、もしあの幼女が聖女の生まれ変わりだとすれば、これは必要な手はず……仮に、敵対者だとしても、協力者を丸ごと始末できる。いずれにせよ、損はない)


 聖女の生まれ変わりであれ、その敵対者であれ、村人たちを殺すことは決して無駄にはならないのだ、と。


 (それにしても……)


 と夜目の利かないルイザが周囲を手探りした。


 (出口はどこにある?)


 建物の中であることは辛うじて分かるものの、たかが辺境の村、家だって小屋に毛が生えた程度のものしかないはず……と訝しむルイザだったが。


 「ッ!?」


 物音に心臓が高鳴った。

 扉の開く音だろうか、次いで仄かな光が目に飛び込み、眩く感じられたルイザが目を瞑った。


 「あ、起きたんだね」


 と、澄んだ声と柔らかな口調、少女が語りかけてきた。

 まだ明るさに慣れていない目で、辛うじて判ったのは赤い目と赤い髪……それはヘルマンの分身から身を挺して庇った少女と同じ色。

 信用を得るため、それに魔王討伐の旅においての重要なペアとしての役割を期待して。

 少し前に目をつけた少女も、同じ色の髪と目を持っていたが、残念なことに敵対心を露にしたために、仕方なくヘルマンに襲わせたのだが、しかし今度のはよく言えば純真そうだと読んで。

 魔王を倒したり、各地で業績を残し、人々は口々に聖女の生まれ変わりを賞賛するだろうが、賞賛される言葉で最も価値のあるのは身近な人間の口から出るものだ。

 どーでもいい人間ではない、自分にとっての二人称の範囲の人間からの賞賛。

 賞賛の言葉に意味があるのではない、誰が賞賛したかが自分にとって意味を持つのだ、と。

 この少女を生かしたのも、全ては計算のうち……そんなことなど露知らず、赤目赤髪の少女はルイザへと語りかけてくる。


 「どう、立てる? 気分悪くなったりするかな?」


 「……だ、大丈夫、かな?」


 なるべく自然を装って、ルイザが返答する。


 怪しまれてはいけない。

 全ては最終目的のために――が、少女は耳を疑う言葉を口にした。


 「今みんな戦勝を祝っているところだよ。あなたも一緒に、どう?」


 彼女の言葉に、我が耳を疑うルイザ。

 暗がりでもなければ、きっと怪しまれてしまう、そうのくらい顔が引きつっているのに気づいたのだ。


 「戦勝……ですか?」


 いや待て――とルイザが自分へと言い含める。


 (まだそうと決まった訳じゃない……)


 聞き間違いや、少女の言い間違い、或いはそこに多少の誤解や行き違いだってまだ否定されたわけじゃないのだ、と。

 だが……


 「イーラ(・・・)がね、村を襲おうとしていたクモを退治してくれたんだよ」


 無邪気に、そして何の迷いも曇りもない声で、赤い目の少女が言い放った言葉に、全身の力が抜けていく感覚に襲われたルイザが、転びそうになる。


 「ちょっと、大丈夫?」


 と肩に手をかけられて体を支えられた。


 「あ、う、うん。そのちょっとふらっとしちゃって……」


 何とか誤魔化したものの、彼女の言葉が信じられなかった。


 (クモ……今確かにクモって言った!?)


 「ねえ、大丈夫? なんか震えてるよ?」


 少女の声が耳へと響いていく。


 (あいつしかいない……この私がわざわざあいつの分身を誘導して、この村の存在を報せただろうヘルマン以外に……)


 動揺がルイザへと襲い掛かる。

 ヘルマンが倒された?

 その戦勝を祝っている?

 色々と受け入れられない話だった。


 (どうなっているんだ? 村は、魔族に滅ぼされる予定ではなかったのか? それとも既に聖女の生まれ変わりが、別のところで計画を遂行し終えたとでも? なら、どうして私に何の報せもないんだ? どうなっている? 訳が分からないっ!!!)


 計画ではここにヘルマン率いる魔王の兵たちを導き、村民たちを皆殺しにする予定だった、とはいえ物事が計画通りに進むことは希で、それ以上に他者が思い通りに動くことは奇跡と言っていい話なのだが。


 (そのイーラってのは何者? 聖女の生まれ変わり? それとも敵対者?)


 聖女の生まれ変わりでなければ、敵対者と見ていいだろう、と。


 (ヘルマンを倒せるほどの実力者だとしたら……いや、でも魔族は聖女にしか倒せないように設計されているはず、であればイーラとは聖女の転生者ってこと?)


 そんなことを考えていたルイザだが、手を引かれ建物の外へと足を踏み出し――目の前のそれを見て凍りついた。


 (あれは――っ!?)


 思わず叫びだしそうになる。

 篝火と月の明かりが照らす村の風景が、いつの間にか大きく変わっていたからだ。

 ヘルマンの分身を誘導した時とは随分違う風景になっている。


 (いつの間にこんな――!?)


 村は焼かれ、廃墟と化していたはずで、精々バリケードや環濠を深める程度くらいしかできないと踏んでいたのにだ。

 少なくとも数日は確実に立て篭もれるだろう程には堅牢な砦と化している。


 (手はずでは二頭竜に滅ぼせとけしかけた村だよね――)


 「――っ!?」


 と、悲鳴を抑えてのけぞるルイザ。

 篝火の下に無造作に転がっているものを見て。

 骨――但し人間や魔族のものではないもっと大きな生き物の骨であり、まだ新しい――つまりはドラゴンの骨だった。


 (まさか……ハスっ!? スポットっ!?)


 強化されたはずの二頭竜が、既に骨と化し散らばっている現実に、眩暈が押し寄せていく。

 頑強な肉体、膨大な魔力、高い知性、あらゆる種族の中でも最強と誉れ高い竜が、それも上位種が、もっと言えばルイザの力で強化されたにも拘らず倒されている。

 あってはならない事実が、ルイザを更に動揺させた。

 少なくとも、単純な殴り合いでも、魔法の打ち合いでも、ルイザ個人で言えば大して強くはない。

 二頭竜を倒すほどの相手に復讐を挑もうと、勝てる見込みが全くなかった。


 (もし……イーラというやつが、敵対者であるとしたら……?)


 斧の勇者以来の番狂わせが起こることになる、それも高確率で。

 それは長年の地道に積み上げてきた計画が、水泡に帰すことを意味していた。


 (敵対者は消さなければならない……)


 計画はその通りだ。

 が、ヘルマンが倒され、二頭竜も屠られた今、ルイザに打つ手など――


 (いや、待て?)


 ひとつだけ、方法があることに気づく。


 (私は……あの聖女の分身体の一人のはず)


 希望は失われた訳ではない。


 (だったら、聖女のそれと同じ力が使える)


 聖女の力、それはプラーナの操作。

 具体的には、イポニアの王女と泥棒猫の新しい聖女を葬った力、即ち『神風招来』を。


 (そうだとも。私は弱い、だが弱い者が常に負けるとは決まっていない)


 強さとはあくまで相対的なものでしかない。

 固定された強さなど、この世にはないのだ。

 本来分身に与えられる力は有限、その力だって二頭竜復活に大半を費やしてしまったとしても。

 相手が斧の勇者に匹敵するような相手だとしても。


 (だけど……相打ち覚悟でやれば私にも勝機が――ッ!?)


 その瞬間、激痛がルイザを襲った。


 「な――ッ!?」


 自分の胸から突き出た鋭利な刃物に凍りついた表情を浮かべる。


 「やっぱり……血が出ないところを見ると、私の見立ては間違っていなかったみたいだね」


 先ほどとは違う口調。


 「何を――」


 「お前、あいつの分身だろ?」


 「な……何の話を?」


 ルイザがヘルマンの分身から身を挺してかばった少女ではない、とルイザに動揺が走る。

 青ざめた顔となり、声の主を一目見ようとするも、体に突き刺さったものが邪魔をして、身動きが取れなかった。


 「お、お前は……!?」


 「そう、私だよ。ヘルマンをこの村へと誘導していた時に、お前がヘルマンを使って襲わせた槍使いだよ」


 後ろを振り向こうにも体が言うことを利かない。


 「お前……どうやって」


 「何、簡単なことさ」


 と少女が言った。


 「人間は必ずしも正しく物を見ているとは限らない」


 「な、何を――!?」


 「こういう話を聞いたことはないか?」


 槍使いを名乗る相手が、実に楽しそうに喋りだす。


 「ある敬虔な信者に、『神に祈れ』と神父が命じたんだ。するとどうだろうか、翌日にその敬虔な信者は頭から血を流して瀕死の重症を負っていたではないか――」


 「……一体、何の話を?」


 「信者は頭から血を流して尚、祈り続けたからそうなった訳だけど――」


 「だから何の――」


 『愚か者、ってこいつは言いたいのさ』


 もうひとつの声が聞こえた。

 しかし誰の?


 「ま、まさか……!?」


 声の発生源は、槍からだった。

 そう、槍が喋ったのだ。


 『愚か者に祈れと命ずると、頭から血を流すまで祈り続ける……まるで今のお前のようではないか』


 感情を読み取りづらい、きわめて平坦な口調。

 無機物だから当たり前といえばそうだが……


 「喋る槍……まさか、でも――!?」


 と言い終らないうちに、ルイザの体が真っ二つにされた。

 音を立てて転がるルイザだった残骸を前に、槍が平坦な口調で、義務的な感じが否めない調子で呟いた。


 『くだらない……実にくだらない』


 「何がそんなに気に入らないんだ? 少なくともあいつの分身をひとつ倒せたんじゃないか」


 赤い髪の少女が嗜めるように言ったが、槍は尚も不満げに、でも抑揚のない声で言った。


 『だってそうじゃないか。折角ヘルマンと一戦交えたかったというのに、あっという間にあいつが倒されちゃったんだぞ?』


 「あのねえ……ヘルマンと一戦交えるって、この村の人たちを巻き込むってことになるんだよ? そうなる前に倒したあのイーラって子には敬意を表したいくらいだよ」


 少女がどうどうといった感じで、槍へと語りかけるのだが。


 「それに一将功なりて万骨枯るって言うだろ? そりゃあ、確かにヘルマンを倒せば、帝都で滅茶苦茶やっている兄妹たちに差をつけることができるだろうけど――」


 『そうじゃない』


 と槍がない口を尖らせる。


 『何故ニャポニカの象徴が槍なのかを、お前だって知らない訳ではないだろう?』


 「まあ、そうなんだけどさ」


 『ニャポニカとは、昔サルターンと戦った女勇者のパーティの一人だった槍使いの一族が、イポニア滅亡とともに建国した国……では何のために?』


 「何のって、そりゃあ――」


 『それ以前に、槍使いは天涯孤独の身だったはずだ。そして都での戦いでは瀕死の重傷を負った――』


 「つまりニャポニカとは、あの女勇者の生まれ変わりが輝くために作り上げた舞台装置……一体何度この話を聞かされたと思っているのかな? もう、二十五回目になるよ?」


 少しばかり咎めるように、でもどこか諦めた感じで少女が言った。


 『まあ、そうなんだが……』


 「その話が本当だとすると、ニャポニカって国も、私たちが本来守るべき臣民たちも、まるで馬鹿みたいなことに付き合わされていることになってしまうじゃない? だったら帝位なんかどうでもいいから、真実を突き止めてやろうと思ったんだけど……」


 『そんなんだから、皇位継承をふいにすることになっただが……第一皇女のエリーシャさんよ』


 「どのみち帝位に就いたところで卑女の子と言われて、権威なんかなかったし、それに私には向いていないよ。そんなことより――」


 エリーシャと呼ばれた少女が薄らと笑みを浮かべた。


 「私はあのイーラ《・・・》って子に少しばかし期待しているんだ。この辺りで生贄要求していたやつや、ヘルマンを倒したりした、あの子をね」


 『おい? エリーシャ……まさかあの子を?』


 「いや待って? 確かに私はそういう趣味があるが……じゃなくて、というか何を言わせるんだ!? 私が言いたいのはだね!」


 憤慨しつつ、希望を含めた声で、この第一皇女らしき少女が言った。


 「あの子を帝都に連れて行けば、あの国の混乱を解決できるんじゃないかな――って思ってさ。結局、ニャポニカだけじゃなく、この世界の問題の大半は、あんたの言う女勇者とやらが作り出したものなんでしょ?」


 『簡単に言うがな……それができれば苦労なんかしない』


 「できるさ」


 とことも何気に彼女は言った。


 『できる? どうやって?』


 訝しむよ槍の問いかけに、少女はどこから取り出したのだろう、胡桃くらいの大きさの水晶玉を数個取り出して、それに自分のプラーナを注ぎ込んだ。


 『おい? 水晶に幻惑魔法なんかかけてどうするつもりだ?』


 「これを、できるだけ自然な感じで帝都に運べば、どうなるかな?」


 『これって……』


 ヘルマンが倒されたという報せが水晶玉には書き込まれていた。


 『信じないだろ?』


 「普通ならね……でも、あいつらだよ? 帝位をめぐっての争いに、これが使われない訳がない。重要なのは帝都を攻めようとしたヘルマンが倒されたという事実。まあ、誰かが動くはずだよ」


 自信たっぷりに、第一皇女はそう言った。

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