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「ボクは奇襲をかけることにしたよ!」

 「間違いない……」


 ゆらゆらと近づく斥候たちを見ながら、アリカが呟いた。

 マンスールと戦った村から脱出して『ヨールキ・パールキ』なんて名前の匪賊呼ばわりされていた少年だった。


 (それにこれは死霊魔術……)


 人間の魂だけを取り除き、プラーナと肉体をそのままに、生きたまま死人のように意思を持たずに、術者が操る凶悪な魔法のひとつ。


 (大体なんでニキータが? 誰がこんな術式を?)


 誰の手によるものなのか、思い当たる節が――あった。


 (まさか……イルザ?)


 しかし他に考えようがない、とアリカの目が据わっていた。


 「――」


 無言で、瞬く間に間合いをつめると、アリカが斥候たちを打ち付けた。

 小気味よく宙を舞う斥候たち、次いで起こる鈍い音。


 「あっ、アリカぁっ!?」


 いきなり殴り飛ばす場面を見て、エリーナがそれを咎めようと――


 「って、えっ!?」


 地面に転がる斥候たちが悶えながら地面をのた打ち回り、ひとしきり暴れた後、彼らは口から白いもやもやっとした得体の知れない煙を吐き出した。


 「「「げほっ!?」」」


 咳咽る声が実に痛々しい。

 宙にふわふわと浮かぶもやもやを見て、アリカが憎々しげにそれを睨むと、今度も同じように殴り飛ばした。

 殴り飛ばせるのか?

 実体のないものは殴れない。

 確かにそうではあるが、銀色に光るアリカの手がもやもやに触れた瞬間に、もやもやが掻き消えていったけれど。


 「す……すごいですねっ!?」


 息を呑む声がルイザから漏れる。


 「これなら、ヘルマンを倒せるかも――」


 勝手に盛り上がるルイザを横目に、だがアリカはすぐに倒れた斥候たちへと手を伸ばし、首筋へと触れる。


 「……」


 「アリカ?」


 おそるおそる声をかけるエリーナに、アリカが首を横に振った。

 首を横に振る、それはつまり斥候たちが、二キータが、死んでいたことを意味しているのではないか――と。


 「おかしい……」


 そんなはずはない、とアリカが険しい表情を浮かべ、斥候たちを睨んでいた。


 「おかしいって、何が?」


 「いろいろだよ。その中でも一番おかしいのは……何で何で二キータがここにいるのかってことだよ。どうしてそこの修道女を襲うのかって話なんだけど――」


 やはり不審者へ向ける視線がルイザへと突き刺さる。


 「オロチ信仰の信者で、且つ修道女とか、おかしな自己紹介をしていたよな?」


 灰色の目が鋭く修道女を睨みつけ、手が腰のジャンビーヤへと添えられた。


 「ま……待ってくださいっ!? も、もしかして……もしかして私を疑っているのですかっ!?」


 「実際怪しいだろ?」


 唐突に現れたと思えば、オロチ信仰を持ち、修道女で、しかも名前だってあの聖女に似ている、その上彼女を追って斥候が現れて、それが二キータたちという偶然・・

 いくらなんでも話が出来すぎている。

 これを怪しむなと言う方が、寧ろ怪しいだろうと。


 「あ、あなたは、オロチ信仰について誤解している。正しいオロチ信仰について――」


 どこかで聞いたような物言いに、苛立ちを覚えるアリカ。

 限りなく怪しい、十中八九黒だろう――胡乱な目が修道女を凝視する。

 と……そんな時だった。

 鋭い視線に気づき、修道女からそちらへと意識が逸れたアリカが、自分たちを覗き込む方を睨みつけた。

 千客万来……眩い光りが辺りを照らし、それは一瞬の隙を突くかのようにアリカへと間合いをつめ――細剣が一振り……いや二つ、いや――六つ同時に彼女を襲った。


 『チッ……避けやがった』


 間一髪、勘によるものだろう、アリカは半歩退き、紙一重で六つの細剣を全て躱していた。

 が、同時に光りの中から現れたものの正体を目の当たりにすることにもなった。

 細剣を持つ六つの手、全身を覆うのは甲殻みたいな形をした甲冑、それに八つの目。


 「……クモ?」


 誰が見てもクモだったが、クモの形をしたそれが不快そうに吐き捨てる。

 「クモじゃねえ」

 違うと言うのか――とあからさまに顔に出たアリカ、それにエリーナたちの態度に、クモが忌々しいそうに八つの目を光らせて名乗りを上げる。


 『俺様はヘルマン……ヘルマン・マイヤー。魔王様の軍団を預かる将軍!』


 「ヘルマン? マイヤー?」


 エリーナが混乱したように声を上げた。


 『何がおかしい! 俺様は――』


 「矛盾した名前ですね」


 身も蓋もないとはこのことだ。


 『う……』


 図星なのか、言い返せないらしいクモが、握っていた細剣を振り上げた。


 『うるせえっ! 俺様だって、気にしているんだッ!!!』


 気にしているのか――が、そこは問題ではない。

 振り下ろされた細剣は、直ちにエリーナへ襲い掛かったのだから。


 「しま――」


 しまった、と言い終らない内に肉の裂かれる音が耳へと飛び込んだ。


 「エリーナぁッ!?」


 すぐさまジャンビーヤを抜き、アリカが刀身を一閃すると、クモは真っ二つとなり、土くれ人形のように崩れていった。

 そしてエリーナへと視線を移すと――


 「あっ!?」


 エリーナは無事だった。

 何故なら、彼女を庇い飛び込んだ修道女が覆いかぶさっていたからだ。

 背中に滲む赤い液体が何よりの証拠。


 「おい、大丈夫――」


 と、アリカの言葉を遮って修道女が呟く。


 「今のは、本体じゃない……今夜中には間違いなく……」


 そう言ってから青ざめた顔で気を失った。






 騒音が鳴り響き、盛り上がった土が防壁のように行く手を阻み、二重の環濠が無駄に幅を広げ深さを増した。

 すぐさま村へと帰ったアリカが最初にしたことがそれだ。

 クモの将軍が攻めて来るとしたら――取れる選択肢は三つ。

 逃げる、無抵抗、戦う、の三択だ。

 まず逃げるだが、これは不可能に近い。

 百人以上いる、それも子供と老人しかいない集団を、どこへ逃がすというのだろうか?

 それ以前に逃げられるのか?

 では無抵抗に通り過ぎるのを待つ?

 話し合えば分かる、武器を持たない態度で接すれば、相手も武器を捨て、攻めてきた相手と膝を突き合わせ杯を酌み交わせば、争いなんて起こらない?

 無抵抗というのは、相手に生殺与奪の権を与えるに等しい。

 相手の善意に縋り無為無策を貫くのは、自殺願望者に道連れにされるだけだろう。

 なら、戦う……老人と子どもしかおらず、村は二頭竜に襲撃され崩壊し、水も食料も武器弾薬もない状況でどうやって戦うのか?

 碌な武器もなく、血気盛んな連中相手にどうやって?


 (出来れば来るな……)


 環濠を二重にして深くしたり、防壁を作ったりしたのも、村人の身を守る為にだ。

 見事なまでに労働生産人口がすっぽりと抜け落ちている村で、やってきた兵隊たちが何をするかなど、言わずと知れている。

 話し合いなど、交渉のカードがない状況では、相手の言いなりになるの等しい愚行に過ぎないのだ。

 それでも、できれば兵など来て欲しくはなかったのだが……

 負傷者や意識不明の傷病人だっているのに、それでも戦うという選択を敢えて選んだのは、あのヘルマン・マイヤーを名乗るクモの目を見てだった。


 (あいつは必ずくる……)


 アリカの勘がそう告げる。

 五年もの間、勇者として戦ってきた経験から出る答えが、ヘルマンの目を見て導き出された訳だ。

 (あの目は……殺しを楽しむ目だ)

 見つかったら最後、逃れる術がない、執拗で且つ残虐な相手だと。


 (だけど……まともに戦えるのは何人いるだろう)


 砦を築き防戦するなら、確かに有利だけれども、しかしそれはこちらの戦力が最低でも相手の三分の一いる場合だ。

 戦力をどうするか?

 いつかみたく、髪の毛で分身を作るとか?

 だが髪の毛は有限だし、第一そんなにポンポン抜毛することは出来ない。


 「……アリカ、また一人で考え込んでいる!」


 口を尖らす声が、防壁の上で村の外を見渡していたアリカの耳へと飛び込んできた。

 誰のって、エリーナの声だ。

 不満そうな口ぶりで頬を膨らましている。


 「自分で何でもかんでも抱え込むのが、アリカの悪い癖だよ!」


 「そ……そうだな」


 人間の心に蓄積された癖というのは、一朝一夕には変わらないらしい。

 前世でこの世界へと召喚されてからというもの、一人でやらざるを得ないことが多かった。

 でも――人はみな、変わっていかざるを得ない。

 それに今の自分はアリカであり、斧の勇者ではないのだ、と。

 一人で二進も三進も行かなくなったら、誰かの力を借りるのは、決して悪いことじゃない――アリカが頷き言った。


 「あのクモが、この村を攻めて来た時に、どうやって防衛しようか考えていたんだよ。とてもじゃないけど、水も食料も武器も、それに人手だって足りないし……でも降伏しても多分殺されるだけだろうし……」


 アリカは、何となれば逃げることも出来るだろう。

 が、村の人間は、傷病者たちはどうなる?


 「そんなこと?」


 ことも何気にエリーナが口元を緩ませる。


 「そんなことって――」


 とてもじゃないが軽く言えるような状況ではないだろう、とアリカが異を唱えようするより速く、エリーナが驚くべき提案をした。


 「村は村の人たちで守る。あの人たちに、その力がない訳じゃないんだよ」と。


 「……?」


 卵を縦に立てるには的な回答に、アリカの目から鱗が零れ落ちたといっていい。


 「確かにあの人たちは武器を持って戦うことは出来ないけど、だったらあの人たちでも運用できるような方法を採ればいいことじゃない」


 「――ッ!?」


 何かに気づいたのか、アリカの顔が綻んでいく。

 その手があったのかとでも言わんばかりに。


 「決めた……」


 アリカは言った。


 「早い話、守ることばかり考えていた。攻撃は最大の防御なんだってことを、すっかり忘れていた」


 「えっ!?」


 「ボクは奇襲をかけることにしたよ!」


 と。







 月明かりと宙に舞う逆五芒星が照らす夜中のことだ。

 荒野のど真ん中は静かであったが、それゆえに声が響く。


 『諸君、ニャポニカの都は目前だ! あの街さえ陥落させてしまえば、人族を屈服させるなど、赤子の手を捻るより容易いっ!!』


 八つの目を禍々しく光らせ、水や土で出来た兵卒たちや、金属製の重装騎兵たちを前に、士気高揚させるべく声を張り上げる者がいた。

 言うまでもなく、クモの将軍へルマン・マイヤーだ。

 彼らは意思を持つが、体の構造が人族とは大きく異なるために、夜中といえども行進を続けていた。


 『先に放った斥候たちを追って、俺様の分身がこの辺りに人族の集落を見つけた……』


 『『『『『~~~~~!!!!!』』』』』


 何と言っているかは分からなかったが、彼らが士気を揚げたことはどうにか伝わったらしい。

 満足げに頷くと、恐るべき言葉を口にした。


 『分かるな? これから起こることは、世界を遍く魔王様の法で治めるための戦いだ! 邪教徒は斬れ! 逆らう者には容赦するな! 魔王様は正しい! その魔王様に兵権を授かった俺様の言葉は、だから正しいのだ!!!』


 息を継ぐ。

 次の言葉を固唾を呑んで待ち望む彼ら兵卒たちへと、ヘルマンが号令を下した。


 『そして人族は魔王様を拒んだ! 即ちやつらは浄化されねばならないっ! 殺せ! 一匹残らず殺すのだッ!!!』


 夜襲?

 夜明けを待っての総攻撃ではなかった。

 何故なら彼らは魔王の兵、別に日が出ている間に攻めなくてはならないという義理もないからだ。


 「まずは、景気づけに一杯――」


 と……


 『……!?』


 ヘルマンが怪訝な顔をした。

 風になびく銀色の髪、それに露出甚だしいきわどい衣装、あどけないのに色香を出そうと無理している感が否めない雰囲気、幼女がその目に留まったからだ。

 肩や脚、臍などを夜風に晒し、顔を薄手の布地で隠す矛盾。

 それはともかく、踊り子のような衣装に身を包み、幼女が持ってきたのは、どうやら酒精の類だろうか?


 『な……なんだ?』


 常識的に考えれば人族らしき風貌だが、しかし彼女が従えているのは、黒い色をした魔族だった。

 どこかで見覚えのある顔ではあったが、すぐには思い出せないらしく、どこか懐かしさを纏っていたからだろう、警戒心が薄れていくことに気づくヘルマン。

 いきなりだったから面食らい、すぐに言葉にはできなかったけれど。

 配下の誰に訊いたところで、人族だと答えが返ってくるのは明白だ。

 にも拘らず、目の前の幼女は魔族とともに行動しているのだ。

 一瞬の混乱がヘルマンだけではない、他の意思を持つだろう兵卒たちをも混乱へと誘った。


 「ボ……いえ、わたしのこきょうでは、いくさにいくまえにさかずきをあげて、のみおえると、それをてきにみたててじめんにたたきつけてかちわるふうしゅうがあるんです」


 実にわざとらしくたどたどしい口調だったが、それが奇妙な説得力を持ったのだろう、ヘルマンが笑い声を上げる。


 (こいつはどう見ても人族の幼女……が魔族とここまで親密なのは、きっと魔王様の人徳に他ならない……)


 戦の前の酒、杯を敵に見立ててから叩き割る行動、士気を揚げるにはなかなか気の利いたものではないか、と。


 『面白い……面白い進言だぞ』


 膝を打って笑う声はヘルマンだけではなかったらしい。

 兵卒たちもまた、出陣の前の酒に歓声をあげている。


 『酒だけか?』


 肴が欲しいところだ――と幼女がしずしずと告げる。


 「肴も……持って参りました」


 大きな肉の塊がどこから取り出されたのだろう、一瞬にして幼女の隣に現れたのを見て驚きの声に包まれた。

 どこから取り出したか、という疑問もなくはなかったが、それ以上に出撃の前の酒と肴、それに幼女とはいえ踊り子が魔族とともに現れたことに意識が取られ、若干の冷静さを欠いていたのだろう。

 そんなヘルマンたちを前に、幼女が申し出た。


 「わたしが、いくさのまえに、せんしょうをきがんして、けんのまいをおひろめいたします……」と。


 ジャンビーヤを抜き、幼女が優雅に舞った。


 『うむ……なかなかの美酒。魔王様のところでもそうは飲めないぞ!? それにこの肉、滅多に手に入らないドラゴンの肉ではないか! これは――縁起がいい! 運が向いてきたんじゃねえか?』


 酒と肉に舌鼓を打つヘルマン。

 幼い踊り子は、健気にもジャンビーヤを使っての舞を演じている。

 かなりの技量だ、とヘルマン。

 肌が透けるくらいに薄手のひらっとした衣装が風になびき、銀色の髪が宙を舞う。

 しなやかな手足の運び、重さがないかのような身のこなし。


 『いい……いいぞぉ……』


 口笛を鳴らすヘルマンだが、ふとあることを思いつく。


 (そういえば……あいつの顔を見てみたいな)


 やはり顔が見えないというのは物足りない。

 仮面舞踏会ではないからだ。

 それに士気揚げ、自分たちを労おうとしたのは、一考に値しないだろうか、と。

 大体、人間が魔族とつるむなど、ヘルマンのみならず、人族からしても怪訝な顔をされるような話、であれば彼女を自らの陣営に加えてもよいのではないかと。


 『お前……名は何と言うのだ?』


 ヘルマンの言葉に、幼女が動きを止める。

 少し戸惑ってはいたものの、すぐにその口が開き、彼女はこう言った。


 「イリーナ・パソーリスカヤ、というのがわたしのなまえです」


 『ふむ……』


 と一瞥して、ヘルマンが手招きする。


 『このたびの労い、ご苦労だった。して……俺様はお前を魔王様に推挙してやろうかと思う』


 「――!?」


 幼女が僅かに固まった。


 『まあ、緊張することはない、とは流石にいかないだろうが……しかし、だ』


 八つの目が光を帯びた。


 『そのまま、という訳にはいかないだろう?』


 「それは……」


 びくつくような素振りで、幼女が小刻みに震えているのを見逃さなかった。


 『何、怯えることはない……魔王様は、帰順する者に対しては寛大であらせられる』


 ゆっくりとクモの手が幼女の顔を隠す薄手の布にかけられた。


 『俺様はその顔を見てみたい。一体どんな顔をしているのか――ッッッ!!?』


 一瞬のことだった。

 視界が宙を舞い、次いで鈍い音を立て地面に叩きつけられる痛みが走る。

 何が起きたのか――首と胴体が離れていたのだ。


 『な――これはっ!?』


 何がどうして――視線を幼女へと向けるヘルマンが見た顔は――したり顔で彼を見る幼女の微笑み。

 イリーナ・パソーリスカヤ?

 いや、そんな人物はどこにもいない。

 では誰か――言うまでもない、勝利に微笑むアリカの姿だった。

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