「ボクは確かめないといけない……」
「……」
暗い洞窟の中で、一人の修道女らしき服装をした人物が、肉塊と化した怪物を無言で凝視していた。
「まさか……こいつを倒すなんてことが……」
洞窟内はドラゴンが暴れただろう痕跡が生々しく刻まれていたが、ドラゴンは首を捻じ曲げられ、頭を拉げられていることから、これが別の何かが暴れた跡であると、それは答えを導き出す。
「聖女が現れた……?」
だがどこか違和感を感じざるを得ない、それに屍骸は怒りに任せて殴り飛ばされた感がある、と修道女のそれは訝しむ。
「ハスとスポットは、この私が作り上げた最高傑作……一体誰がこんなことを――」
並みの相手ではないことだけは確かだ、と眉を寄せた。
修道女の知る聖女には、こんな力などない。
少なくとも腕力で殴り飛ばすなんて芸当を好むような人物ではなかったはずだ、と。
「仕方がない。力の無駄遣いになってしまうけど、でも最終目的のためには必要な投資……」
修道女の細く華奢な手がドラゴンへと触れる。
プラーナが集中し始めて、眩い光が辺りを照らした。
それは白い光――ドラゴンの傷がたちまちの内に治されていく。
折られた角も、ひしゃげた頭も、捻られた首も、それに千切られた羽さえも。
ドクン――脈打つ音が洞窟内へと木霊した。
再び動き出した心臓の鼓動が鳴り響く。
暫くすると、冷たかった屍骸に熱が戻り始めるのを、修道女は触れた手で感じ取る。
『う……』
『何が……』
漸く目覚めたドラゴンの声。
『あ……』
『誰だ……?』
目の前に立つ修道女に、ドラゴンが怪訝な顔をする。
「ハス、それにスポット。これは一体どういうこと?」
問い質すように鋭い声が二頭へと詰め寄った。
『ハス?』
『スポット?』
聞いたことのない呼称に、互いに顔を見合わせるドラゴン。
「あなたたちの名前だよ。いや、今はそんなことは問題ではないわ。これは一体どういうことかしら?」
『どういうことって……』
『オレたちの方が訊きたい』
ジロリと四つの目が光り、修道女を睨みつけた。
『お前はあいつの仲間なのか?』
『それともオレたちの味方か?』
「とりあえずは、あなたたちの味方、になるかしらね」
修道女は即答する。
時間を与えず答えるのは、疑いの目を向ける相手に、妙な説得力を持たせることができるからだ。
修道女は自分が主導権を握ったことを感じ取り、その上で問い質した。
「それと、あいつと言うのは?」
『あいつはあいつだ!』
『そうだ、生贄の癖に……』
と言いかけて、二頭は口を噤む。
最強種族とさえ言われるドラゴンの、それも上位種であるはずの自分たちが、たかが幼女にコテンパンにやられたなどとは、口が裂けてもいえるはずがないのだから。
勝っても自慢にならない相手に、勝つどころか大敗を喫したなど、人生最大の汚点でしかない。
「言いたくない……ってところかしら? まあいいわ」
修道女が半ば呆れたように吐息する。
そこを深く問い詰めても仕方がない。
それよりも、自分の用事を優先すべきだろう、と。
「あなたたちには、まだやってもらうことがあるのだから」
『オレたちに?』
『一体何の用だ?』
突然現れた相手が何用か――と四つの目が不審者でも見るようにこの修道女を睨みつける。
「そんなの決まっているじゃない……」
口角を上げて修道女が微笑んだ。
「少しばかり、人里に下りて、人族への恐怖を与えてきてほしいのよ」
『……?』
『何を言っているんだ?』
ドラゴンは首をひねる。
『お前は……人族なんだろう?』
『同族の争いに、オレたちを使おうって算段なのか?』
「少し違うわね……」
ドラゴンからすれば、人族は脆く弱い存在だが、その性根は実に卑劣な種族であり、同族同士の争いに自分を引っ張り込もうとしていると考えるのは、その世界観に一致するのに、修道女はそれを否定し、ドラゴンたちが怪訝な顔をする。
「私はオロチ様の信仰者……然るに、最近の人族は堕落し、首を吊って救われようとか、人体のある部分を崇拝するような有様……」
何を言っているのか、と胡乱な目が四つ、修道女を捕らえた。
「つまりドラゴンとは、本来人族に崇拝されるべき存在であるにも拘らず、人々が堕落し信仰を忘れた。ならば物理的にドラゴンが目の前に現れれば、彼らはみな心を入れ替えるはず……」
『お前は……』
『一体……』
疑問を持たせてはいけない。
彼らが望む言葉で、彼らの世界観に沿って、彼らを誘導しなければ――修道女の青い目が光る。
「あなたたちは人族へと恐怖を与えるべき存在――それを忘れたの? ドラゴンは世界最強。あなたはドラゴン。即ちあなたは世界最強!!!」
『『……』』
理屈は正しいけれども、ドラゴンが最強であるのが事実だとどうして言えるのかと自信が揺らいでいた二頭竜が声を出せずにいた。
たかが幼女に徹底的に痛めつけられたなどとは口が裂けても言えないこの重圧。
ドラゴンが世界最強である根拠が揺らいでいたが、修道女はけしかける。
「確かに……ここであなたたちを倒した者がいたようだけど……」
『『――ッ!?』』
「何故分かったか、と言った顔ね。当たり前じゃない。あなたはさっきまで死んでいたのだから。それをこの私が蘇らせた。感謝してよね。いや、それはいいんだけど――」
と修道女の周囲が、高密度のプラーナの層に包まれる。
青い目が光りを強め、四つの目と視線を合わせ――
『『…………ッ!!?』』
まるで催眠術にでもかかったように、ドラゴンの目が修道女と同じように光り出す。
更に修道女がドラゴンへと再び手を差し出した。
『え……?』
『これは……?』
自分の体に奇妙なペイントが施されていたことに漸く気づいた二頭が驚きの声を上げた。
「限りなく不死の文様になるかな――あなたは、倒されたままでいいの? 恥を雪ごうとは思わないの? それで最強種族と言えるの?」
『『――ッ!?』』
四つの目が禍々しく光を放った。
『つまり、オレは死なない、と?』
『何度倒されても、蘇るということでいいか?』
「限りなく死にづらいだけよ。それに倒されること前提? あなたをこんな目に遭わせた無礼者に、世の中のしきたりを――敗者は勝者に傅き、弱者は強者に事えるという真理を叩き込んでやらないでどうするの?」
弱者は強者に傅く――ドラゴンの信じていたことだ。
『これなら……』
『ああ……オレたちが最強であることを証明し直すんだ』
見れば引き千切られた羽までも元通りになっている。
『倒す!』
『倒すぞぉ!!』
羽が広がり、ドラゴンは宙へと飛び上がった。
「先ずは……その不届きな生贄を捧げた村の連中を、血祭りに上げちゃいなさい!」
修道女の言葉に勢いを得たドラゴンは、宙を舞い上がっていき、洞窟のはるか上にある、彼らが通れるほどの大きさの通気孔にしては大きめの穴から外界へと勢いよく飛び出して、天空に巨大な業火が放たれた。
赤い光が洞窟の中を照らす。
二頭竜は今や意のまま、それにこの前盗賊ギルドの二つの支部が壊滅し、魔王の軍隊が本格的な人族への侵攻を開始したことを思い出す修道女。
(……確かに、魔王の軍だけでなく、ハスとスポットを相手にするにはまだ力不足かもしれないけど……)
しかし屍骸になっていた二頭竜を見て、考えが変わったのだ。
(本来なら、聖女にしか倒せないはずのハスとスポットを倒したやつがいる……)
それは危惧。
ドラクルを倒したあの勇者のような番狂わせが起こらない保証だってない。
(第一ファーティマもマンスールも倒された。だったら先にやっておくべきかもしれないじゃない?)
「そう……計画では最後にドラゴンを倒し、街を復活させることになっていたけれど、でも誰かに先を越させるくらいなら――」
修道女は焦っていたのか、少々顔色が悪く、手には汗を握っていた。
「……」
柔らかい朝の日差しが洞窟の隙間から差し込んでくるのが分かる。
「ボクは……」
一体どのくらい意識を失っていたのだろうか、とぎこちない動きをしながら辺りを見渡していたのは、下着姿でほぼ半裸と言って何ら差し支えない格好をしていた幼女……アリカだった。
「そういえばリューバ――」
洞窟のゴツゴツした岩場の上に敷かれる絨毯の上にはアリカの他に、赤髪の少女と黒猫が添い寝しているのみ。
そこにはリュボーフィーの姿はなかった。
一人と一匹は、疲れた顔ですーすーと寝息を立てている。
「……ボクはあの時――」
突然豹変したリュボーフィーに追い掛け回され、拷問された挙句に、首吊り縄で吊るされたはずだ。
「確かに、ボクは息ができなくなって……」
彼女に殺されたはずだった。
なのに生きている――夢でも幻でもなく、況してや天国でも転生でもなく、アリカとして生きていることに気づく。
息が吸える、吐ける、胸に手を当てると心臓の鼓動が鳴っている。
激しい動悸ではない、規則正しくゆっくりと鳴り響く心音だ。
「リューバ……」
何故彼女が突然豹変して自分を殺そうとしたのか、と振り返って……リュボーフィーを、前世で殺した女勇者へ対する復讐だったことを思い出した。
リュボーフィーはあの時何を言っていたか?
二頭竜を倒した洞窟の中で、封印されたヴォストクブルグで見た街の記憶、そこでビキニアーマーを着た女勇者に、嘗てのアリカ同様に『神風招来』で殺された魔法使いの少女、その生まれ変わりだと。
その女勇者と自分を間違えて、彼女は復讐に打って出たのだと。
問題は彼女の復讐対象であるはずの女勇者が、アリカではなかったことだが。
「それよりも……」
何故リュボーフィーに対して自分は違うと、女勇者ではないと、言えなかったのだろうか?
疑問がアリカに渦巻いていく。
リュボーフィーの冷たい目を見た時、アリカは固まってしまい、言葉が出てこなかった。
どうしてなのか?
「リューバのあの目……」
青い瞳、それと冷たい光を帯びた目は、まるで自分を殺した聖女の、イルザを思わせる目だった、と。
(ボクはまだあいつに殺された事実を受け入れられていない? それに聖女イルザに関する事象から、逃げ続けている?)
耐え難い事実だが、アリカが唇を噛み締めた。
(逃げちゃ……ダメなんだ。ダメだったんだ……)
イルザから逃げていたからこそ、リュボーフィーの暴挙に対し、それを正すことができなかったのだ。
アリカにとっては辛いことだったが、そこを乗り越えなければ今後もきっと同じ間違いを犯すだろう――灰色の目に力が入った。
「ふぁ……」
と、緊張の糸が切れる声が響く。
もぞもぞっと赤い髪の少女が起き上がった。
エリーナが大きく伸びをしている。
どことなく疲れた顔で、大きなあくびをしながら、寝ぼけた目がアリカへと向かう。
暫しの沈黙の後、彼女が呟いた。
「あ、アリカ――」
と言いかけて、エリーナが言葉を詰まらせる。
『アリカ……アリカっ!?』
その声に黒猫も驚き飛び起きる。
『アリカ、漸く目覚めたなのね?』
何よりも人語を解し操っている違和感を感じざるを得ない、とアリカが怪訝な顔をする。
『あれから半月も眠っていたなのね』
黒猫が言った。
「……半月も眠っていた……?」
流石に眠りすぎだ。
苦笑いを浮かべたアリカだが――
「――っ!?」
何の前触れもなく、突然アリカの脳裏へと妙なイメージが浮かび上がったのだ。
思わず頭を抑えしゃがみ込むアリカへと次々に鮮明な映像が流れ込んでくる。
実に実感のこもった……まるで自分が体験したかのような、痛みなどの感覚や、怒りや恐怖といった感情までも伴って――ヴォストクブルグでのそれと同じように。
「アリカっ!?」
『ど、どうしたなのね?』
一人と一匹が傍に寄り添い、心配そうな顔をしている。
(これは……)
映像と音声が頭の中でぐるぐると回っていく。
「アリ――」
「……」
エリーナのそれを遮って、アリカがゆっくりと立ち上がる。
『ど、どうし――』
そしてアリカは宣言した。
「……ボクは、行かなくちゃいけない」と。
「アリカ、どこに行くの?」
風を受けるエリーナの赤い髪が宙を舞う。
宙に浮かぶ絨毯の上で、アリカは黙ったまま絨毯を操作し、目的地を探していた。
(あの映像は――)
先ほど流れ込んできた映像を反芻するアリカ。
(業火に包まれる村……それにあいつは……)
予知というのだろうか、決まって予言は当たらないのは相場ではあるが、妙に実感があったのだ。
いつもの盗賊じみた格好で、何を考えているのか、どこへ行くのかを口にすることなく、灰色の目が何かを狙うように絨毯から見下ろす景色を凝視している。
「ねえアリカ? どこに行くっていうの?」
エリーナが問いかけた。
『一体どうしたと言うなのね?』
コーシュカも首をひねっていたが、そこでやっとアリカが口を開く。
「変な映像がボクの頭に流れ込んできたんだ」
「え……?」
『予知……なのね?』
一瞬首をひねるエリーナと、コーシュカ。
「ボクは確かめないといけない……」
と――絨毯が止まり、アリカが指を差す。
「村だ……」
「村、ですか?」
『確かに、村なのね』
環濠に囲われた竪穴式住居ではない、もう少しマシな日干し煉瓦の家々が立ち並ぶ、百人くらいはいそうな規模の村だ。
「この村に、何かあるの?」
エリーナが怪訝な顔をしている。
『ウチには、分からないなのね』
答えを求められても、それを知るのはアリカなのだから、コーシュカには知る由もないことだ。
「アリカ……?」
問いかける二人に、アリカが言った。
「この村が火に包まれる……この先から来るやつが、この辺り一帯を火の海にする未来……」
アリカの指差す方向を見て、コーシュカが息を呑む。
『向こうって……ウラジドゥラーク? 向かっている先は……帝都、帝都なのね?』
帝都へと向かい、この村はその通過点となる。
でも何が?
何者が向かっていると言うのだろうか?
「今夜辺りにそいつはこの村を通るはず……ボクはそいつを止めなきゃいけない気がするんだ」
予言だった。
知らない人間が聞けば、頭に虫が沸いたのかと思わせる話だが、アリカの雰囲気がいつもとは違うことに、二人……いや一人と一匹は無言でアリカを凝視するだけにとどまった。
生気がない、と言うのが村の印象だった。
飢えている……村を外から見渡すと、裸同然な衣服を身につけ、痩せこけた頬と手足、血色のよくない子供たちと老人しか見ることができない有様で、要するに働き手となる大人が、それも男女ともにいないのだ。
働き手がいない、つまりそれだけ貧しいのだけれど、ではその働き手たちはどこへ行ったというのだろうか?
村人たちは、アリカたちに気づいているのか、ただぼんやりとしているだけだ。
希望を感じない目、というのか。
生きていることに対しての執着のようなものが一切感じられない。
それは絶望のような……
『ウチは、聞いたことがあるなのね……』
唐突に、コーシュカが口を開く。
猫が人語を喋ったことは、村人にとっての大事件と思われたが、しかしやはり無反応。
『ニャポニカは、今帝位をめぐっての皇族たちによる内戦の準備が進められているって、話なのね』
内戦が起こる――あり得ない話ではないだろう。
現実にエリーナが狙われ、殺されかけたのだから。
『それで兵士として、労働力になるそうな者はあれこれ理由をつけて徴用されたという話なのね……』
ユースフもそれで逃げて盗賊ギルドなんていう怪しげな組織に入ったのだろうか、とアリカがふと思い出す。
(ボクは都会人だったからな……)
まるで時々帰省した田舎を思わせるさびれ方だ、と――
「え――!?」
こちらへと近づいてくるのは、アリカくらいの子供が数名。
かわいそうなくらい手足が細かったし、お腹が出ている……つまり飢餓状態を表していたのだが……そのうちの一人が言った。
「ねえ……」
初めて口を利いてくれた、と言うべきか、それともよそ者に対する警戒心からか。
「もしかして、イーラ?」
「……?」
盛大なる人違いだろう、と首をひねるアリカだったが、その一言で他の子供たちまでもがイーライーラとかすれた声ながら叫び出す。
「ねえ、知り合い……?」
エリーナが首をかしげ、コーシュカがやはり何か言いたげに、でも口を噤んでいた。
知り合いかと問われれば、知らないと言うしかない。
可能性があるとしたら、転生前のこの体の持ち主に訊くしかないのだが、残念なことに既に彼女は息絶えている。
「人違い、じゃないかな? 世の中には自分に似た人が三人いるって言うじゃないか」
そんな言葉がこの世界にあるのかは兎も角。
だが、彼らは全く人の話を聞いていなかった。
「「「イーラ、イーラ、イーラ!」」」
何というか、イライラさせる物言いに、どうしていいのか分からず困った顔をするアリカだったが――
「やめなよ。困ってるじゃない!」
と制止させる声が聞こえた。
漸く話の分かる人間が――とその声の主を見て、アリカが体の動きを止める。
アリカよりも頭ひとつ分高い背丈、若干くすんでいるが銀髪で灰色の目をした少女の姿に。
「……そっくり」
エリーナからの、思ったままの感想が述べられた。
アリカをもう少し育てるとこうなると言った感じの顔だちに、当のアリカもその少女を凝視してしまう。
「ごめんなさいね……」
と少女は言った。
「ついこの前に、生贄に捧げられた妹によく似ていたものだから……」
「……」
何だろう、とアリカが怪訝な顔をする。
「あの子は、イーラは生贄に捧げられたのだから、生きている訳がないのに……」
何でこう、あっけらかんとしているのか――違和感の正体に気づくアリカ。
彼女の話が正しければ、自分の妹を生贄に捧げられたのだから、もう少しあってもいいのではないか、と。
疚しさとか、罪悪感とか、そうでなければ復讐心とか……だが彼女からはそういった感情を感じ取ることができなかったのだ。
「それにしても見れば見るほど似ている……」
少女が、それに取り囲む子供たちも、同じ感想らしく、「イーラ」なる少女にアリカを重ねている。
「本当に、似ている……」
エリーナやコーシュカまでも。
ただ、こちらは「イーラ」の妹だという少女とアリカの顔立ちについてではあったが。
村の中まで引っ張り込まれてしまい、どうすることもできずに、ただされるがままになっているアリカ。
顔とか髪とか、何故こうも触りたがるのか、と逃げ出したい気持ちを抑えつつ。
(まあ……それも今夜までの我慢)
あまり堪え性があるとは言い難いアリカだが、目的があればそれを達成するまでの我慢は利くのだ。
少女や子供たちの、姉を名乗る少女の手が無数に伸び、おもちゃにしていく。
「……」
(髪の毛を編みこまれたりする程度、リューバにされた着せ替え人形遊びに比べれば――)
数ある体験の中でも、あれは自尊心を打ち砕く――アリカの脳裏にリュボーフィーの顔が――続いて青い目が冷たく光り――
「――!!?」
アリカの体が凍りついたように硬直した。
心臓の鼓動が大きくそして速くなる。
続いて脱力感に襲われしゃがみこんでしまい、体が震えてくる。
「あ……ああああ……」
リュボーフィーの青い目が、冷たい瞳が、アリカを混乱させていった。
(な……なんで――!?)
これを、この感情をどう名づければいいのか――決して認めたくない感情を。
即ち――
(……こわい?)
リュボーフィーを思い出すと、それに彼女に関連するものが、以上に恐怖心を掻き立てることに気づくも、どうすることもできなかった。
「あ――アリカっ!?」
異変を察知したのか、エリーナとコーシュカが駆け寄ってくる。
息を荒げて、小刻みに体と息を震わせているアリカの顔は、真っ青になっていた。




