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『転生聖女は、世界を救う』(前編)

お久しぶりです。

お時間をいただけたおかげで問題は解決しました。

それについて先ずは感謝を。

そんな訳でこれからもよろしくお願いいたします。

目指せ完結。

 「く……もう、ダメだっ!」


 ニャポニカの国境付近の街というよりは砦といった方が似合いそうな城壁を前に、ニャポニカと魔王の軍勢との攻防戦が繰り広げられていた。

 既に半壊した城壁と、武器弾薬の尽きた城内、疲弊した兵士と、飢えた住民たちという構図がそこにあり、今まさに敗北寸前という状態にまで追い詰められている。

 街を囲む怪物たちの咆哮が、城内へと不安と恐怖の矢となって降り注いでいるかのようだ。


 『ふぉっふぉっふぉ~~~!!!』


 大きな耳をまるで翼のように羽ばたかせながら、鼠色のそれが興奮気味に叫び声をあげる。


 『何ですかぁ、おい? これが人族最強の国の実力ですかぁっ!?』


 人の背丈が足の高さと同じくらいの巨体、にも拘らず空を自由自在に飛び回り、俊敏な身のこなし、手には巨大な斧を持って、顔から突き出た牙と長い鼻、魔王の軍勢を率いる将軍らしき者が吼える。

 どっしりとした体の首から上がどう見ても象なのだが、この世界には象がいなかったのか、ニャポニカの兵士も街の住民たちも、奇怪な怪物を見るような怯えた表情でこの将軍へと視線を注いでいた。


 『このハインリヒ様の前には手も足も出ないということですかぁ~~~!!!』


 圧倒的な力、奇異な風貌、それにニャポニカ側の反撃が何一つ功を奏さない無力感。

 何よりその巨体が対峙する者へと与える威圧感はかなりのものであろう。

 斧で頭を叩き割られ、或いは上下左右に下ろされた兵士や住民たちの骸が地面へと飛び散らかっている。

 宙で獣じみた叫びを上げると、ハインリヒは、ふと耳の動き止め、上空から真っ逆さまに街中へと降り立っていった。

 大地が揺れ地響きを立て、地面に深々と足跡を残し、ギラリと光る目が周囲の人々へと向けられた。


 『ふぉっふぉっふぉ~~~!!!』


 奇妙な声が上がり鮮血と肉片が宙を舞う。

 真一文字に斧が閃光を放ち、人間のたたきが出来上がる。


 『脆い……人族とはこうも脆いものですかぁ~~~』


 まるで虫を玩具にでもする無邪気な子供のような残酷さがそこにはあった。

 戦いと言うにはあまりにも一方的な、寧ろ屠殺とでも呼ぶべき行為。

 反撃する機会や力を信じれるなら、まだ立ち向かう気力も残されていたのだろうが、既に戦意を喪失している、絶望に打ちひしがれた兵士の、そして住民たちの恐怖に彩られた瞳だけがハインリヒへと注がれているばかり。

 戦争は終わった……勿論だが敗北という形で。

 と――


 『ふぉ……』


 「に、兄ちゃんの仇――!!」


 ダガーを持った少年が飛び込んできた。

 恐怖で凍りつき、絶望に囚われていた群集にあって、ただ一人勇敢といべきだろうか。

 が、状況を誤れば、単なる蛮勇でしかなく、或いは無謀とも呼べる行動だ。

 敵うことはないだろう強大な相手、だが身内を殺されたのだろう恨みからの行動……せめて一太刀くらいは浴びせたかったのだろう。

 だが――


 「――!!?」


 金属音が耳を劈く。

 ハインリヒの硬い肌が、少年のダガーを弾いただけでなく、その刃先をへし折った。

 それだけでなく、ハインリヒの体にはかすり傷ひとつ負っていない頑丈さが、打つ手がない事実が、少年へと突きつけられただけに終わった。


 『ふぉふぉふぉ~~~まだ元気なのがいましたかぁ~~~』


 顔を綻ばせ、ハインリヒは目ざとく少年を見つけ――近くで壁の隅に身を隠しながら、怯えたように今の出来事を見ていただろう少女の姿を、光る目が捕えたのだ。


 「ひっ!!」


 ハインリヒと目が合ってしまい、だが体が固まってしまい身動きが取れなくなる少女を、その大きな手が逃すはずがなかった。


 「ああっ!?」


 むんずと少女を掴み上げ、薄気味悪い笑みを浮かべている。


 「お……お兄ちゃん……」


 「――」


 妹なのだろうか、助けを求める少女を見て、少年の顔が見る見るうちに青ざめていく。

 何を思いついたのだろう、ハインリヒが少年へと問いかけた。


 『ふぉふぉっ、これはお前の妹ですかぁ?』


 「く……」


 悔しそうに唇を噛む少年を見て、ハインリヒは楽しそうに笑っている。

 何か残酷なことを思いついた時の目をしていた。

 少年の戦意はここに砕け散った。

 震える体をどうにか抑えて、それでも声を震わせながら、少年が絞り出すように声を上げる。


 「お……」


 『お?』


 「俺はどうなってもいい。だから、そいつだけは……妹だけは……」


 救命嘆願をする少年は今にも泣き出しそうな顔で、ハインリヒへと願い出た。

 だが――


 『ほう、美しい兄妹愛ですねぇ~……お前、兄さんが好きなのですかぁ?』


 ハインリヒが少女を締め上げながら、彼女へと光る目を向けた。


 「……っ!?」


 唐突な問いかけ、少しでも質問を間違えれば、ハインリヒの嗜虐性に火を点けかねない。

 身を囚われ、抗う力がない以上、返答には慎重に言葉を選ばなければ命にかかわる。

 質問の意味は分かりかねたが、それでもあどけない顔で、つぶらな瞳で、幼さを……従順さを示せばまだ見逃してもらえるかもしれないという淡い期待はあった。

 微かな望み、でもやらないよりは、助かる可能性が少しでもある――そう信じて少女は無言で首を縦に何度も振った。

 少しでも兄を助け、自らも助かることができる可能性があるなら何でもする、きっとそんな心境だったのだろう。

 少女の返答に、ハインリヒが目を細めて言った。


 『……助けてやろう』


 助かる――賭けた価値はあった、と内心安堵の息が漏れる少女が目から涙がこぼれる。

 よほど怖かったのだろう。

 ハインリヒの言葉に思わず顔を緩めた兄妹だったが、そんな二人を見て、待ち構えていたかのように、牙を動かす口から残酷な言葉が飛び出たのを、二人は聞き漏らすことができなかった。


 『お前たちのどちらか一方を』


 「「――!?」」


 どちらか一方を助ける、それはつまりどちらかが助からないということの裏返し。

 再び顔を引きつらせ、身を強張らせる兄妹に、ハインリヒが口元を歪めていた。


 「……こ」


 恐怖の浮かんだ顔で、自分を苛む恐怖にどうにか打ち勝とうともがく少年。

 少年からすれば、妹を見殺しにすれば自分が助かり、自分が殺されれば妹が助かる。

 生きていれば、いつかハインリヒに復讐することができるかもしれない。

 が、何故自分はハインリヒへと立ち向かったのか、その大義が揺らぐ。

 妹を見殺しにしてまで、すべき復讐に価値はあるのか、と。

 葛藤が渦巻き、だが自分心に従って出した結論を少年は口にする。


 「殺すなら、俺を――」


 カルネアデスの板といった選択もできたはずだ。

 極限状態で自分を優先することは、決して責めることのできない話――が少年はその選択を捨ててまで、今殺されようとしている自分の妹を優先しようとした。

 刃向かったのは自分、その責を一人で背負えば、妹が殺されることはない、と一縷の望みをかけたのだろう。


 『何という美しい兄妹愛……泣けてきますねぇ』


 ハインリヒも沈んだ声で言っている……少年が一息つこうとした、その時だ。


 『ふぉっふぉっふぉ~~~』


 「ひっ……」


 少女の体が締め付けられたのだ。


 「お……おい、何を――」


 『美しい兄妹愛、けっこうけっこう……だから人族は面白い。自己犠牲ですかぁ? 我々にはあまりない思考ですねぇ……』


 大きな手が更に強く細い体をゆっくりと締め上げていき、少女の顔が苦痛に歪んでいく。


 「やめろ……俺を殺すんだろ?」


 青ざめた顔で少年が固まった。


 『ええ、どちらか一人は助ける。その約束は守りますよぉ~』


 少女の顔が真っ赤に染まり、涙が滝のように流れ出していた。


 「や……めろ……」


 『いいですねぇ……』


 声が上ずっていた。


 『苦痛に歪む声、大切な者のを前にして何もできない無力感、悔しさに滲む顔……』


 「やめろ……」


 震える体を、次第に細くなっていく声を、真っ白になった頭を、無理に動かし、少年はかすれる声で叫んだ。


 『興奮してきますねぇ……』


 「やめてくれ……」


 が、少年の叫びはハインリヒを益々興奮させるだけだった。


 『例えば――』


 狂気の支配する顔で、象の鼻が少女の首へと巻きつく。


 『このか細い首など、我が鼻でちょこんと捻れば、いとも容易くぽっきりと折れてしまう……』


 「――ッ!!!」


 少年から声が失われた。

 恐怖と絶望、囚われて今にも殺されそうな妹を前にして何もできない無力感が、少年を絶望へと追いやっていく。


 『いいです、いいですよぉ~その顔、このハインリヒは憎いですかぁっ? しかしお前には立ち向かえる力がない……』


 弱者を踏みにじる全能感を堪能し、喜びに打ち震えるハインリヒ。


 「やめて……くれ……」


 戦意を失い、懇願する少年を嘲りながら、少女の首が少しずつミシミシ音を立て始めた。


 『ああ……もう我慢できない……はいポッキリ――』


 ドサリ……地面に何かが落ちる音が響いた。


 「ああ……あああああっ……」


 それは何か?


 『……ッ!?』


 視界が突然回り、何が起こったのかと辺りを見渡そうとして――


 『な……!?』


 首が動かせないことに漸く気づくハインリヒの姿があった。

 地面に落ちたのは自分の首であったことに、漸く気がついたらしい。


 『誰が――』


 誰がやったのか、そしてそ覚悟はできているのか――と凄もうとして、冷たい声がハインリヒの耳を凍てつかせた。


 「しぶといですね」


 声がハインリヒの身を強張らせる。

 靴音を鳴らして、二人の少女が地面に転がるハインリヒの頭へと足をついた。

 淡い金髪が宙を舞い、青い目が光り、次いで赤い目がハインリヒを捕える。


 『な――!?』


 が、声を上げるより速く、ハインリヒの頭部には重圧がかかったのか、ベシッ――と何か重い物でも乗せられたように音が鳴り、巨大な頭が地面へとめり込んでいった。


 『――ッッッ!?』


 ハインリヒの悲鳴が鼓膜を破らんばかりに辺りへと轟き――それが止んだ時には、血の池と象頭の煎餅があるだけとなっていた。


 「まずはひとつ……」


 先ほどの少女の一人がぽそりと呟いた。


 「みんな、わたしやったよ」


 少女はうっすらと目に涙を浮かべている。

 何が起きたのだろう……先ほどの少年と、彼の妹も一体何が起きたのか理解が追いつかない顔をしていた。

 でも、すぐに声が出た。


 「お姉ちゃん、助けてくれたの?」


 少女の動機はどうであれ、結果的にはこの兄妹を助けたことには変わりない。


 「妹を……助けてくれたことに、感謝をします」


 二人の言葉に、金髪の少女はキョトンとしていたが、その意味を理解したのか、次第に顔が緩み、涙を浮かべていく。


 「わたし……だれかを、たすけることができたの?」


 「ナージャ……」


 心に刺さった棘が取れるような感覚、と言っていいのか。

 そう、泣き出すナジェージダ・ウラジーミロヴナの姿がそこにあった。

 故郷を怪物に滅ぼされ、共に暮らしていた者たちを奪われた少女が、誰かを救うことができた――感動すべき出来事といえるだろう。


 「みんな……みてる? わたし、みんなのかたきをとったんだよ」


 リュボーフィーに抱きつくナージャが、既にいない彼女の郷里の者たちへと語りかける。


 「……聖女様だ」


 誰が言ったのだろう。

 しかしどこからか聞こえる誰かの声が、聖女という言葉を口にした。

 聖女……


 「え?」


 まるで何の事か分からないといった顔で、顔を向けたナジェージダの周囲には、いつの間にか観衆たちが集っていた。

 街のやつれた住民たちや、傷ついた兵士、先ほどの姉妹のような戦火に怯えていた子供たちまでが。


 「……聖女?」


 首を捻るナジェージダだったが、しかし一旦火の点いた群集心理は疑問を挟む間もなく、聖女の大合唱で二人の少女たちを包み込む。

 救いを求める、という群集心理。


 「わ……わたしは」


 驚く顔で彼らを臨むナジェージダだったが、しかし彼らに促されるようにして、逃げ道のない答えを口にせざるを得なかった。


 「みんな、まだきぼうはあるわ。このまちを……みんなでまもりましょう」


 「「「「「おおおおお~~~!!!」」」」」


 街が一気に高揚する。

 誰もが圧倒的な力を持つ敵との戦いで疲弊し、心細かったのだろう。

 ハインリヒのような怪物に歯が立たず、ついに命運尽きた、と絶望の寸前にいた人々にとって、ハインリヒをあっさりと倒してしまった少女は、まさに聖女と言っても過言ではない存在……

 絶望の中での見つけた希望により、街全体が熱気に覆われ、彼らの目が輝きだしたのは言うまでもない。


 「勝てる……」


 「勝てるぞおおおおおっ!!!」


 「立ち上がれっ! 魔王の軍を蹴散らせッ!!」


 戦意が高揚した彼らとは対照的に、ハインリヒの率いていた軍勢は、戦意を喪失したのか、退潮気味にどよめいている。

 混乱しているのだろう。

 無理もない話だ。

 何せ彼らを率いていたハインリヒが打ち倒された、頭を無くした兵卒は、ただただ無力となるもの。


 「「「あああああっ!?」」」


 街を取り囲んでいた軍勢たちが、引き潮のように街から撤退していく。

 混乱の中、突撃していく街を守っていた兵士たちに討ち取られていきながら。


 「勝った……」


 街が守られた。

 その事実がここに打ち立てられた。


 「俺たち、勝ったんだ――!!!」


 敗北寸前、いや皆殺しの憂き目に遭うはずのところを、突然現れた金髪の少女二人に救われた。

 歓声が上がり、街全体が勝利に沸いている中で、城壁の上に立ち、街の外を望んでいた彼女は……ナジェージダ・ウラジーミロヴナはほんのりと口角を上げていた。


 (そう……これでいい)


 魔物の残骸が辺りに散らばる中で、内から湧き上がる感情を抑えつつ。


 (これは……まだ始まりにすぎない。この世界は私の手によって救われる。全ては、あの時から計画していたこと……計画通りになっている)


 ナジェージダは、ナジェージダとなる前の記憶を読み返していくのだ。

 あれは遠い日の出来事――




 ――世間で言うところの優等生と言うやつだった。

 家だって裕福、成績もいいし、ピアノや絵画でも賞を取ったりしたことだってある。

 よく家族からはこう躾けられていた。


 『あなたは、選ばれた者なんですよ!』と。


 無邪気にもそれを信じていたし、人生は順風満帆といっていいくらい、挫折とは無縁なものだったのだが……

 今から思えば、それは単に成功と言うレールに乗せられていたから成功しただけと言うのが、彼女には分かる。

 あの日――汚職で追及され、社会的地位と信用を失った日から、何もかもが上手くいかなくなってしまったからだ。

 誰もが自分から離れていく、それに周囲から浴びせられる冷たい視線、それどころか寒い日にバケツで水をかけられたり、意思を投げつけられたりする辛酸を嘗めた日々。

 人生に絶望したあの夜……生意気だと殴られて、痛む体を押して帰宅しようと歩いていた後ろから自分を照らした白い光――


 「――ッ!?」


 気がつくとそこは、見たこともない景色が広がっていた。

 石造りの建物の中、敷かれた絨毯、足下の魔方陣らしき文様、それに驚きと期待のこもった目が無数に彼女へと注がれる。

 彼らは開口一番にこう言った。


 『聖女様――』と。

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