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『アリカを……信じる、なのね』

更新滞りましたm(_ _)m ゴメンナサイ

 雨が止み、雲ひとつない青空から差す日差しが地面を照りつける中、対して薄暗い洞窟の中では三日三晩眠り続けたアリカが漸く目を覚ましていたが……


 『アリカは……?』


 コーシュカが恐る恐るエリーナへと問うものの、ただ首が振られるばかり。


 「ちっとも笑ってくれない……それに何も言ってくれない」


 『……そう、なのね』


 何があったのだろう、まるで生きたまま死んでいるかのように、アリカは無表情で力なく洞窟の壁にもたれかかっている。


 「起きてからずっとあのままだし、何も口にしてないし……どうしちゃったの?」


 不安げな目で問いかけるエリーナ。


 『心の問題なのね……』


 「心の問題?」


 『そうなのね。ちょっとばかし、厄介な問題に突き当たったなのね……』


 体の傷は、コーシュカの拙い治癒でもどうにかすることができた。

 全快とまではいかずとも、後遺症が残らない程度には治ったはず……だが心までは治す魔法など存在しないことへのもどかしさが残る。


 『心の問題は目に見えないなのね……』


 「え……?」


 とエリーナが声を上げた。


 『ウチにはどうすることもできないなのね……』


 ただ俯いているばかりで、一言も言葉を発せず、時間だけが過ぎていく。


 「どうしたら、元気がでるんだろう……」


 エリーナが声を落として呟く。


 『……そっとしておく、と言うのが一番の近道なんだけど……でも残念ながら悠長に腰を落としている暇はないなのね』


 無理に治そうとしても上手くいかないばかりか、悪化させることだってある。

 そもそも誰かの都合で心の傷が治るなんて便利な人間は一人としていない。

 人間は誰かの道具ではないからだ。

 嘗て道具扱いされたアリカなら、それに気づいて更に悪化させないとも限らないし、何より、自分が現在進行形に道具扱いされているコーシュカにとっても、誰かを道具扱いするのは傷に塩を塗るようなものだった。


 『アリカを……信じる、なのね』


 どうなるのか分からない、だから信じるのだ、と。


 『ウチたちが、治る、よくなることを信じるなのね』


 というかそれしかできないのが実情だったけれども。

 このもどかしさにコーシュカが悔しそうに呻く。

 正解はない。

 他人の体験は、必ずしも他者に適用できるものではなないのだから。

 


 (ボクは……)


 突然見ることになったリュボーフィーの冷たい目が、アリカの脳裏に焼きついて離れなかった。

 だがそれ以上に、心がまるで麻痺したかのように、ちっとも働いてくれなかったのだ。

 半ば死人のような状態……決して良好ではない。


 (いやだっ!!!)


 時々押し寄せる感覚――肩が外れた痛み、リュボーフィーの笑う声、首が絞まり息ができなくなっていく苦しさ、何よりも絶望――そういったものがアリカを底なし沼かあり地獄のように責め苛むのだ。

 だから、今は何も考えたくなかったのだろう。

 或いは考えないことで自分を守っていたのか。

 他ならぬリュボーフィーからの突然の死刑宣告が、脳裏を駆け回る。


 勘違いだよ――

 ボクはリューバを殺してなんかいない――


 そう弁明すべき時に、何故固まって何も言えなくなってしまったのか?

 多くの共通点があった。

 金髪碧眼の少女。

 行動を共にしている。

 妙に丁寧な口調。

 そして自分の死を望み実際に行動した事実。

 聖女イルザに殺された時の記憶を再現してしまった訳だ。

 また裏切られるのではないか――それも親しい相手に――二度も似た体験をしてしまったがために、アリカの心は非常に臆病になっていた。

 では何故何も言えなかったのか。

 それはおそらく、アリカの心で、まだ聖女イルザに殺された事実を消化できていなかったからだろう。

 アリカは、只管『聖女』や『神風招来』に関するものを避けていた。

 洞窟で街の記憶を見た時も、絨毯の上で水晶に映された自分の資質『聖女』の文字を見た時も。


 (もう……いやだ……)


 油断すると突然自分の中へと飛び込んでくるリュボーフィーの狂った笑いから心を守るだけで、今のアリカは精一杯だったのだ。


 「ねえ――」


 そ心配そうに顔を除いたのはエリーナだが――


 「――ッ!?」


 彼女の顔を見るなり、急に身を縮ませ、両手で庇うような仕草でアリカが壁際へと身を寄せる。

 心配しているのを隠そうと、エリーナは微笑んでいた。

 微笑み――それが無性にアリカの心を突き刺していく。


 「――ッ!?」


 暴れようにも体が動かず、叫ぼうにも声が出ない。

 辛うじて震えるくらいしかできず、ただ凍りついた目をエリーナへと向け身を縮めこむアリカ。


 「アリカっ!?」


 体が震えている、そのことに気づいた時には、エリーナは止められていたけれども。


 『やめるなのね……』


 「ねえ……!?」


 どうしたらいいのかと、縋ろうとしたエリーナへと、しかしコーシュカは首を横に振るだけだった。

 そして小声で告げる。


 『今何を言っても、アリカを追い詰めるだけなのね』と。





 それから数日が過ぎたけれどアリカに変化はない。

 当たり前だが、すぐには無理なのだ。


 『どうすればいいなのね?』


 立ち直ることできないかもしれない――そんな疑念が浮かんでは振り払うここ一週間のコーシュカ。

 食事にも一切手をつけていないアリカは次第にやせ細っていくばかりだ。


 『せめて……せめて原因さえ分かれば……』


 が本人が避けたがっている本音を聞き出すなど至難の業と言えた。


 (いや、違う……)


 コーシュカの傷が疼く。


 (あの時と一緒なのね……ウチは自分の気持ちから逃げていた。だから――)


 客観的に見れば『世界を救ってほしいなのね』なんて縋りつく黒猫など、怪しいことこの上ないのが当たり前の感覚ではないか。


 (相手に胸襟きょうきんを開いてほしいなら、まず自分から開くべきだったのね……)


 できれば、このことだけは言いたくはなかった――コーシュカは目を瞑り息を整える。


 (でも、ウチは決めたなのね。たとえ全てを失ってもいいって……魂すら失ったウチが、今更恥とか気にしても――)


 意を決したコーシュカは、そっとアリカへと近づいていき、向かい合うように座った。

 アリカが許せるギリギリの距離を保って。


 『アリカ……でよかったなのね?』


 ピクリとアリカの体が反応を示し動いた。


 『これは……ウチも、できれば言いたくはなかった話なのね』


 しかしアリカは何も答えない。

 が構わず続けるコーシュカ。


 『魔王ドラクルって名前を、アリカは知っているなのね?』


 相変わらずなしのつぶて。


 『ウチは――今でこそこんななりだけど、その昔このドラクル討伐に向かった一人だったなのね。弓使い……そう呼ばれていたなのね』


 「……」


 『斧の勇者、そう呼ばれた異世界からの召喚者と、魔王を討伐した……でもウチはそこで選択を間違えたなのね』


 コーシュカは慎重に言葉を選んでいく。


 『この世界には、召喚者はいずれ魔王になる、という伝承があった……それはイポニアという国ではごく一般的なもので……実際、ドラクルもこの召喚者だったなのね』


 「……」


 僅かだが反応の片鱗があったことを読み取るコーシュカ。


 『ドラクルを討伐したその後……ウチは『勇者かこの世界か』という選択を迫られて……この世界を選んでしまった――後悔した、でももう二度と取り返しがつかないなのね……これは全てウチが背負うべきもの……』


 項垂れ沈む声。

 心がどうしても見てみぬ振りをしたかったことだった。


 『結局、ウチはあの時卑怯な判断をしてしまったなのね……勇者はいつでも人族を裏切れたし、ウチたちを殺す機会があったけど、そうしなかった。それについて最後まで譲るべきではなかった――』


 「……」


 『ウチは――』


 最も弱い部分を曝け出した。

 幾重にも閉じた心の扉を開けてしまったからだ。


 「――」


 アリカが聞こえるかくらいの声でその名を口にする。

 コーシュカではない、彼女がまだ人間だった頃の名を。


 『……どうして、その名を……ウチの――まさかっ!?』


 自分の名を知っているはずがない、と。

 彼女が弓使いだったのは、もうはるか昔の話で、自分の名を誰かに話たことはおそらくなかったのにだ。

 『アリカ……まさか……』


 しかしアリカは再び押し黙ってしまった。

 と……


 『な……!?』


 地響きが耳へと飛び込んできたことに気づくコーシュカ。

 酷い揺れだった。

 あれだけの雨が降った後だから、草木の生えていないだろう地面などすぐに土砂崩れを起こすだろう、と変化が起きた。


 「……」


 虚ろな目をしたアリカが、突然立ち上がったのだ。


 『ア……アリカ?』


 ゆっくりとアリカは立ち上がり、緩慢ながらも歩き出した。

 しかしどこへ……






 洞窟の外では、川べりでエリーナが捕まえた野鳥を焼いていた。

 調理しながら、彼女はここ数日のアリカを思い出す。


 「アリカのあの目……」


 エリーナの直感が告げている。


 「あれは何か怖いものを見た時のものだ……」


 近づくと身を縮ませて凍りついた目で固まっていたアリカ。

 でも何に?

 そこが分からない、とエリーナは首をひねる。


 「アリカをねじ伏せるほどの実力者がこの世界にいる……?」


 いるだろうか、とエリーナは懐疑的だった。

 確かにギリギリまで追い詰めた者は何人か要るだろうが、全て返り討ちにされている。


 「アリカ……言ってくれなきゃ分かんないよ……」


 沈んだ声でそう呟いた。


 「アリカ、全然自分のこと話してくれないし……」


 距離を置いていた、それは相手を警戒していることを示している。

 とは言え、無理に聞き出そうとするのは、コーシュカから止められる。

 沈む声でエリーナが口ずさんでいた、その時だった。


 「――」


 嫌な気配を感じ取る。

 殺気、悪意、害意、彼女へと突き刺すような視線が飛んでくる。


 「誰……」


 返答はない……


 「誰――」


 あの後行方知れずとなったリュボーフィーなのか、それともアリカを殺しかけた犯人か――エリーナが身構えたその瞬間、彼女の体が固まったように動けなくなっていた。


 『……ゼ……下の……に』


 ノイズの入った声、そして聞き覚えのあるこの口調。


 (まさか――!!?)


 『こんなところにおられたのですね、エリーナ妃殿下……』


 今度はノイズのない、はっきりとした声が聞こえた。

 足元には黒い影が日差しに逆らうようにうごめいている。

 誰の――帝都から逃げる時、盗賊たちから襲われたあの夜に、エリーナを襲撃した人物の声。


 『ずっとこの時を待っていたのですよ……』


 エリーナの影が次第に形を成していく。

 でっぷりとした輪郭……それがオットーであると分からないエリーナではなかった。


 『あなたが一人になられるのを、ずっと……』


 今ならアリカも、リュボーフィーもいない。

 怪しげな黒猫もアリカに付きっ切りであり、今ここに彼女を助けてくれる者は誰もいないのだ。


 「あ……あ……」


 叫ぼうにも声が出ない。


 『ここで私めが妃殿下を殺してしまう、と言うのも考えましたが……』


 オットーが囁いた。


 『よくよく考えると、ただでさえ人望のないエリーゼ妃殿下の名声に傷がつく……妹を殺した姉という汚名を被せるのは、流石に今後に差し障りがあるのです』


 ――なら見逃してくれるのか?

 が見逃すようなら、拘束する意味が分からない。

 何かの取引を持ちかけよとしているのか?

 しかしオットーはそんな甘い人間ではない。


 『例えば――』


 オットーが言った。


 『もうじきこの辺には鉄砲水が来ることになっている……』


 「――!?」


 もうすぐ鉄砲水がこの辺りに来る――エリーナはオットーにより身動きが取れない。


 『でも心配しないでください……エリーゼ妃殿下には、必ず対面をさせることを私めは約束をいたします……』


 (殺される――っ!?)


 だが、身動きもとれず、助けてと叫ぶこともできない。


 『ほら、聞こえるでしょう?』


 上ずった声でオットーが語りかける。


 『暫く降り続きましたからね……誰も不自然に思わない……エリーナ妃殿下は、誤って濁流に飲まれてしまった』


 エリーナの耳に次第に大きくなっていく音が押し寄せてきた。


 (や、やだ……)


 しかし声が出ない、体を動かすことができない。


 (助けて――)


 「がぼ――っ!?」


 激しい濁流、勢いよく流れる水が身動きのできないエリーナへと襲い掛かる。

 流木や土石流が体を傷つけていく。

 何よりも息ができない。


 「――ッッッ!!?」


 濁流が暫くエリーナを飲み込んで……漸く流れが止んだ水面から、黒いものが波紋が浮かび上がり、地面へと音を立て、一人の少女を寝かせた。

 冷たくなったエリーナを。


 『姉妹の対面……しかしその時妹は冷たくなっていた。妹に手を差し伸べ、大粒の涙を流す姉……当然ながら姉妹で涙のご対面となる。冷たくなった妹に涙する姉の姿を見て、人々はきっとこう思うことでしょう……エリーゼ妃殿下は情のあるお方だ、と』


 政敵を消せて、しかも自分の評価を上げる。

 何という一石二鳥だろう――


 『これで私めの目的にまた一歩――!?』


 この現場を見た者がいる……あってはならないことだ、とオットーが身を隠した。


 (あのガキは――)


 力なく項垂れ、虚ろな目をしながらこちらへ向かってきた人影に見覚えがある、とオットーが転がっているエリーナの影に潜みながら息を呑む。

 殆ど下着姿でだいぶ印象は変わってはいたが、エリーナの暗殺を妨害した銀髪の幼女であることに気づく。


 (……しかし、何だ?)


 妙な違和感を感じざるを得なかった。

 その違和感の正体を、オットーは上手く言語化できない。


 (掴みどころのない――いや、もっと違う――)


 少なくとも前に会った時とは別人のような印象。


 『息をしていない、なのねっ!?』


 近くにいた黒猫が人語を話すも、それ以上の驚きが、これを些細なこととしてしまった。

 ぐったりをしているエリーナを見て、ただ呆然と立ち尽くしているようにも見えるアリカ。


 (また、魂を……いや、ウチは既に七つ魂を使ってしまったなのね。残りは後二つ……これ以上は――)


 あきらめるべきなのか?

 本来死んでしまった者を生き返らせるのは最大級の反則、もっと言えば世界の法則を掻き乱し秩序を損なう方法で、邪悪とそしりを受けてもおかしくはない。

 それにイルザの目的を阻止しなければならない以上、魂を消費する訳にはいかないのだ。

 が……

 アリカが膝を突き、エリーナへと手を翳した。

 何をする気なのか――オットーとコーシュカの両名が同じことを思ったその瞬間、アリカの手から眩いばかりの光がほとばしった。

 青い光――赤い光――それらが交じり合い、やがて白い光となり、輝きが増していき、遂には銀色の光と変化した。


 『な……何が起きたなのね!?』


 銀色の光など見たことがない、と。

 オットーもまた然りで、影魔法を維持できなくなり、分身がボロボロと崩れていく。


 (これは――!?)


 銀色の光が一瞬だが辺りを包み――


 『……』


 うっすらと目をあけたコーシュカが見たものは――


 「げほっ……がほっ!?」


 息を吹き返した赤い髪の少女の姿だった。

 同時に再びアリカが糸の切れた人形のように地面へと崩れる。

 倒れたアリカの顔は……その時うっすらとだが、笑みを浮かべていた。

 

その、これからの展開をどうするかについて少し悩んでまして……

一週間ほど時間をください。


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