「思い出した? そう――その時の魔法使い、それが私」
ちょっと長めですが、お付き合いください。
暫しの沈黙が流れる。
時が止まったかのようだ。
「え……?」
マンスールとの戦いで、言語中枢をやられたとか?
そのために、おかしな理解をしているのではないか――アリカの顔がはっきりと曇っていく。
「リュ……リュ―バ? 一体何を――」
「悲しいなぁ……」
リュボーフィーの様子がおかしい。
たじろぐアリカ。
「私のことを、もう忘れちゃったの?」
リュボーフィーの纏っているプラーナが、今のアリカでもはっきりした形で目視することができるほど大きく、そして高い密度となっていた。
いうなら、ファーティマやマンスールなど比較にならないほどに。
少なくとも、以前アリカが洞窟で倒しただろう、二頭竜には匹敵できるだけの力はあるだろうか?
(リューバにこんな力が!?)
「私はずっとこの時を待っていた」
リュボーフィーの手が光を放つ。
アリカと同じ、青い光――
「リュ……リュ―バっ!?」
リュボーフィーが全く笑っていない目をして微笑む。
(まだ夢の中なのか? もしそうなら目覚めて――)
しかし今アリカの目の前で起きているのは、夢でも幻でもない、確かな現実だ。
「――っ!?」
予備動作もなしにリュボーフィーが手を突き出した。
殺気を感じ取ったアリカがそれを躱す。
ギリギリ、まさに紙一重。
彼女の手の先にあったはずのもの見て、ゾッとするアリカ。
全く音も立てず、ただ彼女の手が輝いただけ、たったそれだけのことで、アリカの背後、つまり岩の壁そのものが消し飛んでいた。
(破壊魔法!? ――いや、違う)
事態がまるで飲み込めないアリカは混乱をきたし始めていた。
「お前は――」
一瞬にして背後に回られたアリカ。
「あの時私を殺した!!」
再び突き刺すような殺気を躱すも、今度は僅かに頬に掠る。
「リューバ、やめ――っ!?」
世界が揺れる感覚に襲われる。
目の前のリュボーフィーが三人に見え始めていた。
疲労……それもあるだろうが、直接的な原因は、リュボーフィーの力であろう。
膝が笑っている。
それは世界の揺れなのか、それとも既視感からか。
ふらつきながらも、アリカが声を絞り出す。
「待って、リューバ――」
「うるさいっ!」
容赦なく手を振り下ろすリュボーフィーの一撃が、アリカを直に触れ――
「――ッ!?」
消し飛んだ壁の穴から住居の外へと吹き飛ばされた。
「ちっ!」
巨大な力と直接ぶつかり合うと、結局は力の大きい方が勝つ。
今のアリカでは、リュボーフィーには勝つことができない。
ではリュボーフィーの力を受け流すにはどうすればいいか?
なされるがままに、相手の力に逆らわず、且つ自分から飛ぶ、それがアリカの選んだ方法だった。
「でも――」
リュボーフィーの青い目が冷たく光る。
「今の手負いのお前が――私からは逃げることなんかできない!」
地面を蹴ったかと思うや否や、彼女の体が一瞬にして消えた。
「ううう……」
全身が痛む。
呻き声が出る。
壁の穴から吹き飛ばされた後、アリカは剥き出しの岩肌を転がっていき、ひときわ大き目の岩へと、いやと言うほど体を叩きつけられて、横たわっていたアリカ。
擦り傷や打ち身が酷く、立とうとして足首が言うことを利かなかった。
見れば大分腫れている。
捻挫……いや関節が変な形になっていないところを見れば、骨折や脱臼には至っていないかもしれないが、それでも苦痛なことには変わりない。
(治癒を……)
だが――プラーナが枯渇したのか、魔法が使えない。
(どうして……?)
プラーナは力の根源、それが使えないことは、アリカは今やただの女の子でしかないということを意味する。
つまりは乳児を除いた人族の中では最弱の存在だ。
それだけではない。
今のアリカにとってこのことは死を意味していた。
何故なら――
「見~つけた★」
声を弾ませて、しかし冷たい目をした復讐者が、すぐそこまで迫っていたからだ。
即ちリュボーフィーが。
「ぐ――ッッ!?」
強い衝撃がアリカを襲う。
だが即死しない程度には抑えていた。
「すぐには殺したりはしないよ……じっくりと苦痛を――」
凄まじいまでの憎悪が、その青い目からは感じることできる。
「お前は忘れたのかもしれないけど――」
なす術もなく、倒れたアリカの顔を、リュボーフィーの靴が踏みつけた。
「私は今でも生々しいまでに覚えてる……忘れようったって、決して忘れることのできない……あの時に感じた私の気持ちを!」
「ま、待って、リューバ……」
力なく声を上げるアリカに、残酷なまでに復讐心の手綱を放したリュボーフィーが吐き捨てる。
「何、今になって命乞い?」
「ち、違……」
「お前が、私に何をしたのか……その是非をはっきりさせる!」
アリカを蹴り飛ばすと、リュボーフィーは手を翳した。
すると繰り人形のように、アリカの体が宙に浮いたまま固定される。
「せめて苦痛に喚く声だけは聞きたかったからね。喋ることだけはできるようにしてやったよ――」
「リュ……リュ―バ。ボクが何を――」
「まだ言うのっ!?」
「う、ああああーーーーーッッッ!!?」
ボグン――嫌な音が響き渡り、アリカの腕がおかしな方向へと曲がった。
「どう……殺されるかもっていう気分は?」
世界が回っている。
これはまだ夢の中ではないのか――自分はとびっきりの悪夢を見ているのではないか?
目が覚めたら何事もなかったように――
ボグン――ッ!!!
今度は反対の手がおかしな方向へと捻じ曲がった。
「ううう……あああああああああっ!!?」
悲痛な叫びが耳を劈き、その声がまるでリュボーフィーの傷をふさぎ渇きを癒すように、彼女を駆り立てる。
待ちに待ったこの瞬間を。
「……泣いてるの?」
言われるまで気づかなかったのか、アリカの頬が濡れている。
「あはは……」
その口から漏れ出す声は笑っていた。
「あはははははぁ~~~!!!」
狂った笑い、としか形容のできない声で。
「お前でも泣くことがあるんだねぇ~、まあ普段勇ましい言葉を口にしている奴ほど、いざって時には身が竦んで何もできなくなるもんだけど~」
どこかその笑いには、悲しみが混じっている。
(何で――)
どうしてこんなことになったのか?
アリカは激しく苛む痛みと混乱する頭で、掻き乱される心で、それでも精一杯の自問自答を繰り返す。
(ボクはただ……)
何がいけなかったのか?
盗賊たちを返り討ちにしたことか?
ウラジドゥラークの司祭の嘘を暴くために、それまで生贄に捧げられただろう少女たちを召喚したことか?
そもそもとして、再びこの世界に転生したことなのか?
あの時、素直に二頭竜に食われていればよかったのだろうか?
それ以前に、転生するためには一度死ななくてはならない。
なら、魔王を倒さず、三国鼎立でもすればよかったのか?
(……分からない、分からないよぉ)
何が答えなのかを。
「私はお前がどうしたって、赦すことができない――」
アリカの思考を止める、凍りつくような声が耳へと響いた。
「よく関係のない人は、『相手もこれだけ苦しんだんだ』とか、『赦すことで前に進め』とか、そんなキレイごとで解決を求めるけどさぁ?」
リュボーフィーの声はいつになく小さかったが、それ以上に辺りの静けさが、彼女の声を余計に際立たせている。
「それってよく考えたら、おかしなことだよね?」
彼女の手がアリカの顔を触れる。
「私だったらこう言うな……お前ら傍観者が幸福になるために、どうして私が苦しんだことをなかったことにしなくちゃいけないんだ、ってね? だって、そうじゃない? 復讐とは固有の権利なんだよ? 関係のない人間が、てめえのエゴで放棄させる、そんな権利は誰にもない!」
狂気じみた声で、同意を求める。
「……」
叫びたい気持ちを込めて、灰色の目が問いかけるように動く。
「これでも、お前が私にしたことに比べたら、かわいいものだよ……」
「リューバ……」
ボグン――と音が立てて、アリカの両脚が変形する。
灰色の目が虚ろになっていた。
「ふふふ……もう声も出ない? でもね、私はやさしいからね。何でこんなことをされたのかくらいは、最期に教えてあげる★」
青い目が輝きに満ちた。
復讐をあと一歩で成し遂げることができるという希望の光に。
「その昔……この世界には、イポニアと言う国がありました。その国は、嘗て世界を脅かす魔王を討伐した国でしたが、新たに出現した魔王、その名はサルターンの軍隊によって、滅亡の危機に瀕していました」
「……」
「そこで、イポニアの王は、魔王を討伐するために、新たに勇者を選抜しました。まだ十七ほどの少女、彼女と行動を共にすることになったのは、魔法使いと槍使いの少女……」
「……」
「ところが――サルターン、彼は非常に優秀な魔王でした。種族の垣根を越え、宗教の違いすら飛び越えて、先進的な国を作った……要するに、旧態依然としたイポニアでは、敗北は避けられなかった」
「……」
「瞬く間に国土を失い、そして最後に残ったのは首都ヴォストクブルグ。ここで人族の最後の戦いが行われたのです。と言っても、戦いと言うには、あまりに一方的なものでしたが……そりゃそうでしょう? 人員も、物資も、技術でさえ、イポニアには何一つとして勝てる要素などなかったのですから」
どこかで見たような話だ、とアリカが虚ろな目をしながら思い出す。
「勇者は言いました。『戦場で散ることが最高の名誉、負傷して戻るはその次、生きて虜囚の辱めを受けるべきではない』と。更には『剣が折れ、杖を失っても、まだ手が、足がある。それすらも動かないなら、噛み付いていく、それこそが勝利への道だ』と」
(まさか……?)
アリカには思い当たる節があった。
二頭竜を倒した洞窟の奥に封印されていただろう王都で見た光景。
「思い出した? そう――その時の魔法使い、それが私」
アリカの顔が蒼白になっていく。
「そして、私を……より正確に言えば、私たちをいいように扱ってきたイポニアのために命を捨てることはないだろうと主張した私を、まるで物のように扱って敵地へと放り込んで殺したのが、その時の勇者……そう、アリカお前のことなんだよっ!」
(やっぱり、そうか……)
自分と同じ方法で殺されただろう魔法使いの少女、その生まれ変わりがリュボーフィーと言うことだった。
「ねえ、どうしてあんなことしたの?」
リュボーフィーがアリカの髪を掴み、問い詰めるように頭を引き寄せた。
「それに、こんなかわいらしい格好で、今度は何を企んでいたの?」
「……」
アリカの体が軋んでいく。
「言いたくない? なら私が明かしてあげる。お前は私を殺した後、イポニアを滅ぼした。地中に埋めて、ご丁寧に二頭竜まで配置してね。盗賊ギルドにしても、パヴェシェンヌイ教にしても、お前が作ったもの……」
「……」
「勿論だけど、お前はイポニアの遺民が集まった街を嗅ぎつけた。そこで奇跡を起こした。では、何のために?」
彼女の手には、絞首刑用の縄があった。
アリカの首へと縄がかけられる。
「お前はこの世界を、真の意味で自分の物としたかった、違うか?」
リュボーフィーは最後の断罪を口にした。
「そう、盗賊も宗教も、それを破壊し、自分の聖性を示すためだけに作った。既に彼らを打ち破れるだけの力があるお前になら実に容易いこと……邪悪な存在を作る一方で、自らを善として世界を救う、お前の考えそうなことじゃないか――でも、罪を赦す。何によって? そうお前自身が考え出したこの首吊り縄でね!!!」
言い終わるや否や、リュボーフィーが手を下ろし、アリカを宙に浮かせていた力を解かれ――
「――」
アリカの首が締め付けられていった。
首の骨が自分の重みからミシミシと音を立てている。
既に死んだ目をしていたアリカは、抵抗ひとつせずに、ただ首を括られていくばかり。
そして……アリカは動かなくなった。
「……」
首筋に手を触れ、脈がなくなったことを確認すると、満足そうに吐息するリュボーフィー。
「やった……」
復讐を完遂した、それは喜びだった。
いかなる「償い」も、復讐に勝るものはない。
反省した?
十分苦しんだ?
更生の余地がある?
謝罪と賠償?
が、そんなものはあくまでやった方と、周囲の平穏のための儀式でしかないだろう、と。
復讐は固有の、そして不可侵な権利――たった今この正義を成し遂げた自分を誇らしく感じていたリュボーフィーだったが……
「た……」
声が微かに聞こえる。
「助け――」
叫び声のようだ。
でも誰の?
子供の声――洞窟に住むだろう、子供たちの声だ。
それに助ける?
何から?
疑問はすぐに答えが出た。
駆け寄ったリュボーフィーが見たものは、地獄絵図とでも言うべき光景。
体の下半分を千切られている子、燃え盛る炎の中で炭となっている子が目に飛び込んできた。
「誰が、こんな――」
『グルル……』
唸り声。
『グルル……』
更にもう一つ、今度は反対側からも。
燃えさかる炎の明かりが照らしたのは――蠢く血のようなもの――息を震わせながら、その先へと視線を向けた彼女が見たものは……
「血の文様……!?」
アリカがマンスールから剥ぎ取った文様が、ひとりでに這いずりながら、子供だった残骸を食んでいた。
体の、半分ほどが既に出来上がりつつある。
「な、なんで……」
マンスールから剥ぎ取った後、文様は厳重管理されていたはずだ。
にも拘らず勝手に動き出している?
(そんな馬鹿な話ってある?)
蠢く文様が何者かの存在に気づいたのか――近くで固まっていた幼女を捕らえようとする。
「――」
危険な存在だ。
リュボーフィーは直感的に理解した。
どこか人のいない場所へと転移させる……正しい判断だろう。
しかし、判断が正しかったとしても、実行できなければ、結果はなかったこととなる。
「あっ!?」
伸びた文様がリュボーフィーまでもを瞬く間に拘束した。
ウネウネと蠢く文様、それが包み込む新しくでき始めた体が、幼女、それに彼女を捉えた。
(食べられる――!?)
マンスールが自分の欠損した部位を補うべく、仲間だろう盗賊たちの一人を食い散らかしたことを思い出し、息を呑むリュボーフィー。
「このっ!」
手にプラーナを集中させる――しかし……
「そんな……!?」
文様はリュボーフィーのプラーナさえも飲み込んでいった。
(もう、だめ――っ!?)
復讐を成し遂げた、だから思い残すことはない、ないはずなのに、心がそう願っていない。
その時だった。
一閃の光。
黄金色の輝きが、眩く照らしたかと思うと、
「……!?」
彼女を捕らえていた文様が、一瞬にして崩れ去った。
怯える幼女が、恐怖に引き攣った顔で、身を庇うようなしぐさで両手を挙げていた。
この幼女が文様を……とリュボーフィーが目を剥き、声をかけた。
「ねえ、大丈夫だった? 怪我とかない?」
淡いハニーブロンドの髪、赤と青のオッドアイ、ボロボロに破れて血を浴びたサラファンっぽい服を身に着けている、人形のように整った顔立ちで、いかにも無垢な雰囲気の幼女だった。
「ねえ? 怖いのはどっかいっちゃったよ」
恐怖を和らげようとするも、周囲の惨状を目の当たりにして、言葉を失い、そのまま崩れ落ちる幼女。
散らばった肉片、飛び散った血、或いは転がっている人間だった残骸……目をギュッと瞑りながら肩を抱いて震えている。
「どうして、こんな……」
嗚咽しているようだ。
「みんな……みんなが――」
涙が頬を伝っていく。
二キータたちと一緒に暮らしていた子供なのだろうか、幼女は泣きじゃくり、そして怯えている。
「大丈夫だから――」
とリュボーフィーがそっと触れる。
「うえええええん」
拙い声で、舌足らずな喋りで、リュボーフィーに顔をうずめながら泣き声だけが響く。
「ぐすっ……」
暫くして、泣き止んだ幼女を見て、問いかけるリュボーフィー。
「みんな、みんないなくなっちゃった……」
何と言えばいいのか、言葉が見つからない。
「あなたの、お名前は?」
と言ってから後悔するリュボーフィー。
(って、私何を?)
もっと他に言うべき言葉があるではないか――だが律儀なのか、答えが返ってくる。
「わたしは……ナージャ。ナジェージダ・ウラジーミロヴナ」
幼女は言った。
「ううう……何で……?」
足を引き摺りながら、エリーナが槍を杖代わりにして歩いていた。
宴会の最中、突然暴走した文様により、二キータたちの住処は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。
周りの子供たちが、文様に絡めとられ、体を食いちぎられていく様を直に見せられ、エリーナを庇おうとした二キータもほぼ全身を食い尽くされ、彼女自身もまた無事ではなかった。
血を流しながら、食いちぎられた足の肉が空気に触れる痛み……
「ア……アリカ。リュ―バ……」
思うように足を動かせないもどかしさ、再び文様が追ってくるのではないかという恐怖、行方の知れないアリカとリュボーフィーのいない不安、それぞれの感情が彼女の中で渦巻いてく。
「キャッ!?」
崖になっていたのだろう、足を滑らせたエリーナが、地べたを転がり落ちていった。
突き出た石ころに土煙が、新しく傷を作り足の傷を広げていく。
「~~~ッ!?」
痛みに呻きながら、震える体を押して立ち上がり――
「――」
我が目を疑った。
あってはならない光景がエリーナの目に飛び込んできたからだ。
「ア――」
驚きはしかし声にはならない。
言葉がつまりうまく声にすることができなかった。
「あああああああ……」
体を震わせて、全身から力が抜け、立っていられなくなる。
――木に吊るされた、首吊り縄で縊られているアリカの姿だった。
(分からない、何がなんだかさっぱり分からないっ!!!)
恐怖と混乱がエリーナの心を抉っていく。
どうすればいいのかが分からない。
と――
『何ぼさっとしているなのね!?』
声がエリーナを叱責する。
木に寄りかかりながらも、何とか槍を構えるエリーナの顔は、恐怖に歪んでいる。
『早くそいつを下ろすなのね! 手遅れになる!!!』
動揺し体を強張らせるエリーナだが――
『そいつを助けたくないなのねっ!?』
更に強い語気で、エリーナが促された。
搾り出すような、聞こえるかどうかくらいのか細い声で、エリーナが問いかける。
「ア……アリカを……アリカを助けられるんですか?」
『さっさとするなのねっ!』
怒号が鳴り響き、慌てたエリーナによって縄が切られると、アリカが地面へと落ちた。
『随分と酷いことを……』
四肢が外れて、全身には擦過傷と打撲傷、首にはくっきりと縄の跡が残されている。
『どうか――助かって!!! 世界が……』
助かる見込みはよくても半々だった。
プラーナ、それに霊薬、そういったものを使ったとしても。
どうする気なのだろう。
「え……!?」
黒猫が顔を近づけると、アリカからどす黒いもやもやがたちあがり――黒猫はそれを吸い込んでいった。
『――』
途端に黒猫の目が血走り……
『シャアアアア――!!!』
奇声を上げたかと思うと、その場に倒れこんでしまった。
「え……ね、ねえ? 一体――!?」
黒猫はピクリとも動かず、息もしていない。
何が起きたのかがさっぱり分からないエリーナが混乱をきたし――アリカを見れば、
「あ……アリカっ!?」
微かだがアリカの息が聞こえる。
アリカが息を吹き返していたのだ。
「アリカ、アリカっ!? アリカあああーーーーー!!!」
抱きつこうとしたエリーナだったが、
「っ!?」
首根っこを掴まれて、それは叶わなかったが。
『急に動かすななのね……』
ぜーぜー息を切らせてはいるものの、黒猫が酷く疲れた様子でエリーナを制止していた。
「え――!?」
死んだはずの黒猫が生きている?
或いは生き返った?
意味が分からない。
夢ではないだろうか、と疑うも、生々しい感触は決して夢とは言いがたいものだ。
『これで、七回目……まだ、大丈夫、なのね……』
ふらつきながらも、黒猫は指示を出す。
『お前……この先に、洞窟があるなのね。そこにウチと、こいつを連れてってほしいなのね――』
ドサッと倒れる音を出して、黒猫が気を失った。
アリカもまだ昏睡状態だ。
「この先って……」
ただ呆然とするエリーナだけが、取り残されたように固まっていた。
次の更新は日曜の十八時くらいになると思います。




