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「お前――俺の子供を生め!!!」(前編)

昨日は済みませんでした。

以後気をつけます。

 ところ変わって村。


 「ねえ、お願いですっ! 放して、放してくださいっ!!」


 ジタバタともがき悲痛な叫びを上げていたのはエリーナだった。


 「私はアリカたちを助けらなくちゃいけないんです!」


 匪賊たちにさらわれた二人を救出すべく、槍を手に取ったエリーナは、どうしてだろう村人たちに取り押さえられていた。


 「嬢ちゃん一人では危険だよ」


 と長老が諭すように語りかける。


 「く――っ!」


 自分が歯痒かった、とエリーナが悔しそうに唇を噛む。

 匪賊を前に怖くて身動きが取れなかった自分が情けないことを改めて思い知らされたからだ。


 (あの時だって――)


 盗賊に襲われてあわやと言う時にも、邪視で石みたいにされた時だって、自分は助けてもらったと言うのに――弱い自分がこれ以上ないくらい惨めな存在であるのを恨むエリーナ。

 だが、恐怖の感情は、一度染み付くとそう簡単に取り払えるものではない。

 まるで燻されたように、心の癖として染み付くものだからだ。

 半獣人として生を受けた、それ故に他者から蔑まれ、理不尽を受け入れざるを得なかった境遇。

 人族も獣人も、いずれからも「仲間」とも「同胞」とも扱われなかった日々。

 どこかで抵抗を諦め、大人しくしていれば暴風が過ぎ去るものだと信じていたのだろう。

 結果、そうはならなかったが。

 命を狙われ、帝都の地下水道をさ迷い、どうにか帝都を抜け出すことが出来れば、今度は盗賊たちに追われ……


 (でも、アリカもリューバも、どこか違う……違った)


 世間知らず?

 間違いではないが、でも正しくもない。

 と――


 「おう爺さん、久しぶりだな」


 野太い声がした。

 続いて聞き覚えのある声も。

 村人たちを押しのけて室内に入ってきたのは、大柄な男だった。

 風体は常軌を逸してはいたが。

 剃っているのか光り輝く頭頂部、上半身裸で怪しげなペイントを描いている様は、いかにも蛮族と言った雰囲気を醸し出している。

 手には戦斧――ハルバードというのだろうか――を掲げ、非常に目つきの鋭い中年ほどの男だが……その後ろに引っ付いていた三人組に、エリーナは身を強張らせた。


 「「「あっ!? このガキはっ!!」」」


 エリーナにとっては恐怖の再来……だが、今この場には、アリカもリュボーフィーもいない。

 恐怖の時間が始まりの鐘を告げたのだった。






 「やめろって。今が一番危険なんだよ!」


 アリカにしがみ付きながら、地べたを引きずられるのは二キータだ。


 「そんな危険な場所に、エリーナは取り残されているんだよ!?」


 叫んだからと言って事態が好転する訳ではないが、せめてもの気休めにはなる。

 気休めでは意味がないのだけれど……


 (危険? このボクが?)


 焦りと苛立ちが募り、アリカのプラーナが一気に増幅し放出された。


 「「「――ッ!!?」」」


 地響きを立て周囲の地面が捲れ上がり空気が震える。


 「アリカ、落ち着いてください!」


 リュボーフィーがそんなアリカを制止した。


 「落ち着けって、これが落ち着いて――!!?」


 どこから取り出したのだろう、彼女の手には水晶玉があり、映し出された映像がアリカの激情を――更に刺激してしまった。


 「何であいつらが――!?」


 水晶に映っていたのは、恐怖に引き攣った顔のエリーナと、いつぞやの盗賊たち三人の遭遇した場面で、言い換えるなら身の危険がそこにあることを意味する。


 「よりによってあいつらと――」


 「だから、待ってくださいっ!!!」


 鋭い声がアリカを足止めした。


 「こっちの……見るからに野蛮そうな男を見てください」


 水晶にはエリーナと三人組の他にもう一人、巨漢の姿があったが、却ってアリカの焦燥に火をつけるばかり。


 「こいつは――」


 二キータが青ざめた顔で呟いた。


 「マンスール!?」


 「知っているのか?」


 すさまじい形相だったのか、怯んだ顔をした二キータが、言葉を詰まらせる。


 「こいつが……さっき言った『血と魂』の盗賊で、マンスールってやつなんだ」


 かなり顔色が悪い。


 「折角助けたんだ、村に戻ってみすみす死を選ぶことはないだろ!?」


 頭を抱えながら、二キータが言った。


 「こいつ……人食いなんだよ。ジジイが子供を食いだしたのも、こいつを見てからなんだ!!!」


 「――っ!?」


 事態は一刻を争うことがはっきりした。


 「ボクは村へ行く!」


 アリカは目を瞑り、プラーナを探った。


 (現在地から東へ、走竜をに乗って一時間ほどだったはずだ……)


 エリーナたちを見つけ、心臓の辺りへとプラーナを集中させる。


 「お、おい……!?」


 二キータが急に静まったアリカを見て手を差し出す。


 「あ――っ!?」


 と、今更ながらにアリカが声を張り上げた。

 今着ている服は、無理矢理リュボーフィーに着せられたパーティドレスっぽいそれで、普段着にしているビスチェの中に、空飛ぶ絨毯は収納してあることに。

 今ここにビスチェはなく、つまり絨毯はないことを意味している。


 「……少々危険だけど、止むを得ないか」


 何をする気だろう、とその時だった。


 「アリカ――」


 とリュボーフィーの手がアリカへと触れる。

 同時に二キータの背中にも。


 「「えっ!?」」


 軽い驚きの声がしたその瞬間――土煙と地べたへと転がる音とともに、三人は村のすぐ傍まで移動していた。


 「これは……?」


 おそらく空間魔法の類だろう。

 リュボーフィーの目が光を帯びていた。

 が、驚いている暇はない。

 何故なら、エリーナを助けなければならなかったからだ。




 「こいつが――」


 「このクソ獣人が――」


 盗賊三人組の復讐心に火が点いたのだろう、真っ青な顔で凍りついたように身動き一つ出来なくなったエリーナへと、彼らは飛びかかろうとする。

 彼らからすれば、ギルドの掲示板で見つけた単なる依頼でしかなかった少女に関わってしまったばっかりに、得体の知れない幼女に襲われてナニかを盗られてしまった……つまりは報復の対象なのだ。


 「待て、お前ら!」


 が、マンスールの威圧めいた声が、彼らを制止した。


 「こいつはギルドの依頼のガキだろう?」


 「あ……兄貴っ!?」


 「そうだけど――」


 意外に紳士なのかもしれない。

 ごつい容姿と奇抜な風体で誤解されやすけれど、根は優しい人――というエリーナの期待は、しかし直ちに裏切られたが。


 「人質ってのは、無傷だからこそ意味があるんだ」


 確かに、そうでなくては人質の意味がない。


 「それに、こいつはお前らをあんな目に遭わせた銀髪のガキを苦しめるために使うべき、そうだろ?」


 「~~~っ!?」


 と――突然マンスールが巨体を震わせて、ハルバードを大上段から振り下ろした。

 メキメキと家屋が半壊して、崩れ落ちた傍に人影が現れる……誰かって、煙の中から灰色の目を光らせていた幼女、アリカに他ならない。

 アリカの放つプラーナへ反応してか、盗賊たち三人組が恐怖の音色を奏でる。

 彼らを一瞥した巨躯の男がその反応に怪訝な顔をして開口一番にこう言った。


 「……お前ら、本当にこんなガキにやられたのか?」


 半信半疑……いや、もしかすると自分を嵌めようとしているのではないかという疑念を持ち始めた巨躯の男、マンスールが盗賊たちへと再度問い質す。


 「ギルド作成の手配書に描かれていたガキは、もっとこう……粗野で身なりに気を使っていない、アレなやつだろ?」


 「……?」


 と、今の自分の姿が目に入り、アリカがふと我に返る。

 肩丸出しで純白のドレス、妙に凝った髪型に、コテコテな装飾品を身に散りばめているその姿に!

 まるで部族同士の勝手な取り決めで、脂ぎった中年に嫁がされる幼女のような絵面がそこにはあった。

 

 「「「こいつに間違いありやせんっ!!!」」」


 何だか哀れむ視線を彼らへと投げかけて、マンスールが「はぁ~~~」と長めのため息を吐く。

 テカテカに光り輝く自分の頭をごつい手で撫で回しながら、顔を顰めて、まるで何でこんなところにいるんだろうとか、自分は何をしているのだろうといった表情を浮かべていた。


 (実に分かりやすい……)


 裏表のない、竹を縦に割ったような性格の持ち主なのだろうと、アリカが妙な親近感を覚える。

 体中に怪しげな文様を描くセンスと、スキンヘッドが、やたらと威圧感を醸し出していた。

 手には先端が槍のようになっている長い柄のついた斧を持ち、腰には多数の投げ斧が装備されており、しかも上半身裸という、見てくれだけで判断するなら、完全裸足で逃げる動物たちを追う原始人のような風体……もし物心ついた頃から野生児同然の生活をしていたのなら、なかなかの強敵となり得るだろう。


 「見てくれはガキですが……」


 「実際はとんでもない奴なんです、兄貴!」


 「盗賊から盗賊するなんて、非常識なメスガキなんですぜ、こいつは!!!」


 ピクン……とアリカの耳が動いた。

 どことなく表情が動くのが分かる。


 「…………メスガキ?」


 アリカにとっての、特に禁句となる単語を口にしてしまったことを、しかし盗賊たちはまだ知らない。


 「俺はお前に恨みなどないがな……」


 マンスールがあからさまに小ばかにしたような笑みを浮かべている。


 「それどころか、俺好みの面だけどな……」


 巨躯の台詞に思わず怖気を走らせるアリカ。


 「だが、これは盗賊の面子の問題なんだ。悪く思うなよ、嬢ちゃん――!?」


 言い終わらない内に、マンスールが身震いをした。

 ただそれは武者震いではなく、強烈な殺気を受けてのものだったが。


 「……っ!!?」


 アリカを見据えるマンスールの顔が険しいものとなった。


 「……誰が!!!」


 怒りからか声が擦れるアリカは、何というか不気味な印象を盗賊たちへと与える。

 年頃は彼らの通うギルドの受付嬢くらいで、置物みたいにしていれば、実に好印象な幼い女の子――から発せられる、異常な気迫と威圧感。

 圧倒的なプラーナの量、強烈な目の奥から垣間見せる意思……


 「……メスガキだって!!!」


 元は勇者の成れの果て、その生まれ変わりにして、嘗ての力をそっくりそのまま持ち越して転生したのだから、当たり前だろう。


 「「「ひっ!!?」」」


 盗賊たちがガクブルと震えだし、顔面蒼白となっていた。

 ただ一人、マンスールだけを除いて。


 「ふん……こいつらがやられたのも、あながち嘘ではなさそうだな」


 納得したのだろう、マンスールは、両手に斧を握りアリカへと向かって構えた。

 どことなく楽しそうな顔をしている。


 「精々俺を楽しませてくれよ――」


 と、マンスールは奇妙な息遣いをし始めた。


 「「「あああ……兄貴がぁ……」」」


 味方であるはずの相手を見て、何故か更に怯え出す盗賊三人。


 「や……やべ、やべ、やべえええよおおお」


 「逃げ、逃げ、逃げろろろろろ……」


 「おち、おち、落ち着けけけけっ」


 呂律が回っていなかった。

 しかも腰が抜けているらしく、立つことすら出来ない三人組が恐怖する。

 アリカは勿論、味方であるはずのマンスールにも。


 「フッフッフッフッフッ――」


 小刻みに息を吐き、奏でるようにリズムをつけていくのはマンスールだった。

 常に呼吸する――何故武術で呼吸が大事なのか――その理由のひとつは、呼吸こそが心身を意思に恭順きょうじゅんさせる外的な手段となりえるからだ。

 それに呼吸をし続けることで、プラーナの操作が容易になる。

 プラーナの操作と呼吸は不可分の関係にあるのだ。

 マンスールを覆っていたプラーナが、彼の呼吸に呼応して、次第に大きく、層が厚くなり、密度も高くなっていく。


 「フッ――!!!」


 と鋭く息を吐くや否や、アリカの立っていた地面が深く抉れていた。

 マンスールの目がギョロッと周囲を探索し――


 「フッ――!!!」


 再び鋭い息を吐いた時には、マンスールの背後を取っていたアリカが、斧の風圧だけで吹き飛ばされ宙に舞い上がる。

 辺り一面に土埃を撒き散らして、震えながらこの光景を目の当たりにしていた盗賊三人が吹き飛ばされて、近くにあった大岩へとめり込み、宙に浮かぶ絨毯が波打ち、二人の少女が地面に落とされそうになったくらいに。

 そして大きく大上段に斧を振り上げていたマンスールが、足場のないアリカへと斧を叩きつけるべく、強く息を吐いた。


 「フッッッ――!!!!!」


 硬い物が割れる音が、観衆の耳へと飛び込んでくる。

 次いで起こるマンスールの咆哮ほうこう、さながら猛獣を思わせる野太い声が周囲の土を巻き上げ、空気が揺れていた。


 「き、きゃああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!?」


 「ア……アリカあああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?」


 「「「ひやああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」」


 各人の恐怖におののいた悲鳴が耳をつんざく。

 頭と目の前が真っ白になったエリーナが両手で顔を覆い隠し、二キータが凍り付き、、盗賊たちは地面にめり込んだまま気を失っていた。

 観衆の殆どがアリカの生存を信じられなくなったその瞬間――


 「二十五点」


 幼げな声がした。

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