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「つまりさ、あの村は子供を食べるんだよ」

行間が空いていなかったのは、投稿を焦ったからです。

申し訳ありません。


 ……という訳で、長老の目の前には着飾られたアリカ、それにリュボーフィーがいた。

 活き活きとした顔で、瞳に星を散りばめているリュボーフィーやエリーナとは対照的に、着飾られたアリカの目は死んだ魚のようになっていたけれど。

 一体何を考えてこんな暴挙に出たのだろうか。

 しかし考えてみれば、アリカは見た目こそ幼い女の子であって、どうしてその昔世界を脅かしていた魔王を討伐した斧の勇者だと知ることができよう。

 リュボーフィーという少女が、同世代くらいの同性を相手に対する行動としては、あまり不自然ではなかったのかもしれない。


 「どうですアリカ、それにエリーナも、これなら匪賊だろうが何だろうが、イチコロじゃないですか?」


 「何だかどこかのお嬢様って感じですね」


 エリーナまでもがにこやかな笑顔で、アリカの死にそうな心に止めを刺したくらいだ。


 「これで……そうですね。例えばアリカが上目遣いで『お兄ちゃん、もうこんなことはやめてっ!?』なんて縋りつけば、どうでしょう? あっという間に更生ですよ!!!」


 実に滑稽でいて、ある意味この世界には似合わないだろう牧歌的な光景だったが、そんな時間は何者かの怒声とともに終わりを告げた。


 「このジジイっ! 明日中ってのは、今日にはもう準備ができているってことだろうがっ!!」


 若い声が耳を劈く。

 声の主は藁で編まれた垂れ幕を蹴り飛ばして、長老宅へと飛び込んできた。

 かなり年齢を高めに見積もっても、十代の後半だろう顔立ち。

 慌てて駆け寄り、目にした光景は、常軌を逸してはいたが、どこか既視感が漂っているものだった。


 「何だ、この光景……」


 厳つい肩パッドをはめて上半身裸、頭頂部辺りの髪を残して編み込み、後は剃っているアレな頭をした十代後半になったくらいの少年が、顔を歪め興奮した様子で長老へと食って掛かっていた。

 実に分かりやすい、どこかの世紀末な世界が連鎖反応で脳裏に浮かんでくるアリカ。

 それにしても治安の悪い世界だが、しかし生贄を要求する二頭竜とか、世界を救うために首を吊らせる宗教団体に比べれば、実に些細な問題といえた。

 たかが匪賊一人など、恐れるに足らず――目の前で起こる乱暴狼藉を止めようと、火中に飛び込もうとしたアリカだったが――


 「アリカっ! 私怖いです、どうしよう、どうしよう――!!!」


 とさっきまでのはしゃぎ方が嘘のように、血相を変えたリュボーフィーがアリカの背中を押した。

 何というバッドタイミング!

 確かに、暴力を目の当たりにしたら、気の弱い子なら直ちにパニックになってもおかしくはないだろうけど、でもどこかリュボーフィーの行動は不自然さが際立っている。


 「ちょっ!? リュ、リューバっ!!?」


 突き飛ばされるようにして、火中へと飛び込んでいった動揺気味のアリカに気づいた少年が怪訝な顔をして、目の前の幼女を凝視する。


 「――!?」


 人間は興奮状態でも不測の事態を前にすれば、意外に平静へと戻るらしい。

 少なくとも、この少年はそうだった。


 「……!?」


 暫しの沈黙が辺りを支配する。

 少年も、老人も、ついでに言えばアリカも、次に出てくる言葉がすんなりとは思い浮かばないのだろう。

 考えても見れば、変に着飾った幼女が突然に飛び込んでくれば、怪しまない方がおかしい話だ。

 異常なことは、実に目に付きやすい。


 「やればできるじゃねえか、ジジイっ!!!」


 褒めて遣わすぞ、とでも言わんばかりの尊大な態度で、おかしな頭をした少年が顔をくちゃくちゃにする。

 勿論だが、声を弾ませ喜んでいるのだ。


 (何が『やればできるじゃねえか』だ、こいつ?)


 少年の尊大な態度以上に、その言葉の意味するところが非常に気になったのは、本能的な恐怖と言えただろうか?


 「うんうん――」


 まるで品定めでもするかのように、ひとしきりアリカを見定めている。

 おもむろに少年の手が伸びて――こともあろうにアリカをベタベタと触りはじめたではないか。


 「――!?」


 何かがピシリと割れる音がしたのは、きっと気のせいだろう。

 いくら見た目は幼女でも、まだ中身は勇者のままなのだから、つまり男に触られて怖気が走るのは当たり前ではないか。


 「や……」


 声を震わせ、アリカが叫んだ。


 「やめろっ!」


 自分へと触れる少年の手を叩き落す。

 普通に拒絶を示した訳だが……


 「――っ!?」


 少年の顔はさらにだらしなく綻んでいた。

 全身から嫌な汗が流れる。

 いくらプラーナで強化された力を誇ろうとも、たとえ剣術や魔法で相手を打ち倒せても、この種類の相手に対しては、流石のアリカも怖気が走ることを止められなかった。

 考えてみればいい。

 自分に殴られて喜びながら抱きついてくる相手を!


 「リュ……リューバぁっ!?」


 咄嗟に隣にいたリュボーフィーを気にするアリカ。

 ところが少年はリュボーフィーまでその視界に納め、更に興奮気味に息を弾ませた。


 「銀髪ロリに、金髪で青い目の少女っ!? 俺っちにもとうとうモテ期が到来っ!?」


 逃げなければいけない――これはもう直感を超え本能と言っていい。

 勇者の記憶を辿れば、十代の少年の考えることなどひとつしかない。

 そして今自分は、隣にいるのは誰なのかを、改めて思い起こせば、これから起こるだろうことは、想像に難くないからだ。

 ガシっ――右手でアリカ、左手でリュボーフィーを掴むと、匪賊の少年は奇声をあげて、家の外へと飛び出し、走り出していった。




 どのくらいだろう、暫く担がれながらも辿りついた先は、草木がまばらに生える乾燥した岩肌が剥き出しの小高い丘の上だった。

 まばらに生えた木々は森というには貧弱すぎる。

 遮蔽物がない、だから遠くからでも向こうがよく見えた訳だが、その内容が問題だった。

 巨大な岩をくり抜いて作ったのだろうそれは壮観で、中からは時折子供だろう頭がこちらを見て、何やら噂話に興じているのが目に飛び込んでくる。

 この少年が襲撃しただろう村は殺伐とした空気に包まれていたものの、彼らの住処の居住者たちは、よく言えば天真爛漫で無邪気な子供たちといえただろうか。


 「怖がらせてごめんな。でもああするしかなかった。俺がおかしいと思わせておいた方が、あいつらへの牽制になるからな……」


 とゆっくりとアリカとリュボーフィーを下へと降ろす少年。


 「ああ、俺は二キータ。君らは?」


 村で見せた狂気は既に鳴りを潜め、二キータを名乗る少年は落ち着いた口調でアリカたちへと語りかけてくる。


 「ボクは……いや、その前に、一体どういうつもりだ?」


 アリカが問う。

 いきなりべたべた触りやがって、と恨みがましく二キータを睨みつける。

 が、二キータは何故か哀れみの視線を送り、目頭を押さえるのだ。


 「お、おい?」


 「爺さんがすまないことをした。代わりに俺から謝罪する」


 いきなりの謝罪。

 ただただ、意味が分からないアリカが灰色の目を白黒させる。


 「あいつから何を吹き込まれたのかは想像がつく。大方俺らのことを匪賊とか夜盗呼ばわりして、君らを巻き込んでしまった。……そんなところだろ?」


 「いや、待ってくれっ!?」


 何のことだかさっぱりなのは、アリカだけではない。

 リュボーフィーも疑念の視線を二キータへと突き刺していた。


 「どういうことなのか、説明を願いたいのですが……」

 

 



 岩山をくり抜き作られただろう家の中は思ったよりも広く、それに整っていた。

 床も天井も、子供が作ったにしてはかなりの完成度を誇り、どこからか調達してきたと思われる幾何学模様の絨毯が敷かれている。

 数十名が一同に会せるだけの広さを持つ居間に、数名が共同で寝食を共するだろう各人の部屋、実によく出来ていた。

 並べられた午餐にしても、至って全うなものだ。

 少なくとも村で見ただろう、赤子を模したような得体の知れないものではなかった。

 ジビエとでも言うのか、狩ってきただろう野生動物の肉を回転させ焼いたものに白いソースをかけたものや、穀物の粉を練ってそれで蓋をした野鳥の料理などが並ぶ。

 (食糧事情はとてもよさそうだが……ならどうして村を襲う必要がある? 或いは村を襲撃し略奪したからこそ、それなりに豪華な衣食住を手にしたのか?)

 しかしながら、この村には大人がいない、子供たちだけの世界。

 (まさかこれを全部こいつらが作ったと言うのか……?)

 リュボーフィーもまた、アリカと同じことを考えていたのか、部屋の中を見回し、料理を見て嘆息を漏らしていた。


 「俺らは……」


 と唐突に話を切り出したのは二キータからだった。


 「あの村から逃げてきたんだ」


 「「えっ!?」」


 アリカとリュボーフィーの声がはもる。


 「いや、待ってよ?」


 怪訝な顔をするアリカが、それに疑問を挟む。

 当然といえば当然で、人間が取る「逃げる」行動は、危険に対し抗う術を持たないからで、だというのにニキータは村を襲ったではないか、と。

 人数にしても、彼らの装備にしても、この篭城すら出来そうな住処にしても、明らかに村の人間よりも強いはずの彼らが、「逃げる」必要があるのだろうか、と。

 だが、どこか浮かない顔で、二キータは吐息する。


 「これでも、まだ足りないくらいなんだ」


 「足りないどころか、過剰防衛を超えて、いつでも村を滅ぼせる戦力を持っていそうなものだと、ボクは思うんだけど……」


 村にいたのは精々数軒の家、村人たちにしても十数名いればいい方なのに、こちらは下手をしたらその数倍はいるだろう。


 「村人相手には……ね」


 誰とドンパチやるつもりなのか――が、アリカが問うより早く、二キータが答えを口にする。


 「『血と魂』の奴ら……こいつらがあいつと……ジジイと裏でつながっているからなんだよ」


 「すまないが、さっぱり分からない」


 「つまりさ、あの村は子供を食べるんだよ」


 「「っ!?」」


 聞き間違いではないかと、我が耳を疑うアリカとリュボーフィー。


 「ま、待ってくれ? ちょっと待て!?」


 子供を食べる?

 冗談だとしても、こんな人を食った話があってたまるかと、二人の少女は互いに目を合わせる。


 「子供を食べるって……さすがにそんな……」


 「あのジジイから赤子の蒸し焼きを出されたはずだぜ?」


 確かに長老が食卓に上げたのは、蒸篭で蒸されただろう料理で、実によく赤子に似ていた形状をしていたことは、アリカたちも知るところではあるが……


 「あの村は、あの村の連中は、弱い者から食べていく。共食い村なんだ!」


 二キータはそう呟いた。

 実に悔しそうな顔で。

 共食い、つまり人食いになる訳だが、それは間違いなく禁忌となるだろう行為だ。


 「俺らはあんな連中の餌になんかなりたくなかった。だからあの村から逃げた……」


 「で、でもだよ?」


 「なら、どうしてあの村を襲ったんですか?」


 アリカの疑念を、リュボーフィーが口にした。

 ジッと二キータを凝視する彼女は、鋭い視線を突きつける。


 「君たちを助けるためだ」


 躊躇うことのないはっきりした言葉。


 「俺らが逃げ去った後の村で、何が起きたのかを、君らは知らないだろう?」


 「何が起きたと言うのです?」


 「迷い込んだ子供とか、よその村から子供を誘拐したり……」


 少し深い呼吸をして、心を落ち着けた二キータは再び口を開き言った。


 「俺たちの村を襲う準備までしてやがったんだっ!!!」


 「「――っ!?」」


 二キータの話は長老のそれとは正反対の内容だった。

 どちらが真で偽なのか、それともいずれも真、または偽なのか?

 現実的に考えるのであれば、人の主張とは概ね自分の都合や主観でされるものだ。

 どちらかの主張を鵜呑みにするのは愚か者のやることであって、だからと言って機械的に割り引いて聞くのも違う。

 言い分はきちんと検証されなければならない。

 でも、どうやって?

 アリカの思考を掻き消すように、二キータは言葉を続けていく。


 「あのジジイは、不老不死に酷く執心していたんだ。オロチ様って、君らは知っているか?」


 「オロチ様っ!?」


 村へ来る前に、リュボーフィーが言っていた、この辺りに伝わる迷信のことだ。


 「オロチ様の血を飲んだ者は、不老不死になれる――」


 と言ったのはリュボーフィーだった。


 「でも、待ってください。あれは迷信では?」


 「……俺も、実際に見たことはないから何とも言えないんだけど、ジジイはそれを信じているんだよ」


 「で……それと子供を食べることと、一体何の関係が?」


 「分からない。でも、さっき言った『血と魂』って連中はオロチ様の血を飲んだって聞いたことがある。そいつらを見て、自分も欲しくなったんじゃねえのかな」


 理解できないことだらけで、どちらがより真実に近いかを、今この時点では判断しかねる、アリカは非常に難しい顔をしていた。


 「でも――」


 とリュボーフィーがあることに気づく。


 「もし二キータの話が本当だとしたら、エリーナが危ないのではないですか?」


 「エリーナって?」


 二キータが問う。


 「ボクらと一緒にいた赤い髪の子だよ……」


 アリカはその時、手に汗を握っていた。


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