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「ええい――じたばたしないでくださいっ!!!」

 村人たちを制止した声の主はだいぶ、いやかなり腰が曲がった老人だった。

 白髪は伸び放題で、長く白い眉毛が目を覆い蓄えられた白髭が口元を隠し、奇抜な形の杖を持って、その場にいた観衆の耳目を集める。


 「村の者が失礼をした……」


 何故か詫びてくる老人は、この村の村長とか長老の類か?


 「いや、ボクらの方こそ、心無いこと言っちゃった訳だし……その、ごめんなさい」


 素直に謝っておいた方がいいだろう、とのアリカの判断。


 「ところで……皆さんはどうしてこんな辺鄙な村へ? 旅の最中じゃったかな?」


 気さくな好々爺なのだろう、長老らしき人物は、お詫びと称して、家屋の中へと三人を案内する。

 長老宅はそれなりに広い、しかし何の変哲もない竪穴式住居だった。

 中央の囲炉裏を囲むようにして、剥きだしの地面の上に何の動物だろうか毛皮を敷き、そこへと座る長老と三人。

 そこでアリカとエリーナが、目の前に出されたものに、ギョッとした顔で凍りついていた。


 「「「……」」」


 思わず絶句するほど奇妙な料理は、やはり奇妙というしかないもので、人の赤子のような形をしたものが湯気を立ち上らせながら、木の皮で編まれた蒸篭に並べられていた。

 はっきり言うなら、胎児でも蒸し焼きにして出したのかと思うようなものに、身震いする。


 「さて……どこから話しましょうか」


 引き気味のアリカたちに、長老が話を切り出した。


 「一言で言いましょう。この村は匪賊ひぞくたちに狙われているのです……」



 「「「匪賊っ!?」」」


 聞き覚えのあるようで、少し違う単語に嫌でも反応してしまった三人。


 「はい……この辺りを荒らしまわる『ヨールキ・パールキ』なる匪賊なのですが……」


 「『ヨールキ・パールキ』?」


 「はい、けったいな格好をして、この村だけを執拗に狙うのです」


 「……思い過ごし、ではないですよね?」


 「勿論、そうならどれほどよかったことでしょうか……」


 と言って長老は、草の皮を干して作った紙のようなものを差し出した。

 紙面には見覚えのある文字が記されている。

 絨毯の上で見た、水晶玉に映し出されていた文字にそっくりで、つまりはニャポニカ語ということになるだろうか。


 「『明日中に、この村の娘を全て差し出せ。さもなければそこからの責任は全てお前のものとなる』……」


 と態々音読してくれたのはリュボーフィー。


 「……脅し、ですね」


 でなければ何だと言うのか?

 よよよ……と長老がしおらしげに続ける。


 「しかしながら……この村には娘などという生き物はおらんのです」


 「「「……」」」


 ないものを差し出せと言われても、無い袖は触れない。


 「と言って、戦おうにも、あちらの方が人数も多く、いい武器を持っていて……」


 どこかあらすじの書かれた脚本のような話の誘導に、アリカは訝しんだ。

 大体田舎者というのは性質が悪い。

 どいつもこいつも徒党を組んでは余所者をいびり倒すし、利用できるものは善意でもなんでも利用する、実に厄介な連中だ。


 「しかもですっ! その頭目は、この村を酷く憎んでいるのですっ!!!」


 「……?」


 胡乱な目で長老を凝視するアリカ。

 普通夜盗だとか匪賊馬賊の類は、襲撃先の相手を憎むのか?


 (相手からすればただのカモでしかない相手を憎む……どうしてだ?)


 「そ……それは大変な話ですね――」


 大抵こういう場合は、碌でもない話が舞い込んでくるのが定番ではないか。

 巡り会わせが悪いのかもしれないが、これまで誰かに出会うたびにおかしな連中と揉め事になったのは事実だ。

 ウラジドゥラークでも、盗賊たちにせよ……

 嫌な予感がしたアリカが、逃げ出そうとしていたのを察知したのだろう。


 「ま、待ってくだされっ!!」


 長老が血相を変えて縋ろうと立ち上がり、素早く身を躱したアリカへ、倒れるのもお構いなしに口元の髭をモシャモシャと揺らしながら、老人は懇願を始めた。


 「大変言いづらいのですが……その匪賊の頭目こそ、私の孫なのです!」


 「はい……?」


 今何と言った――とアリカの顔が強張った。

 匪賊になった自分の孫に、自分たちが狙われている?

 話がいろいろとおかしい。

 がすぐに正気に戻ったアリカが叫ぶ。


 「いや待ってよっ!? 家庭内の問題は家庭内で解決をすべきなんじゃ――」


 「既に匪賊たちは私の手には負えないのです……」


 (ああ……これは駄目なやつだ)


 アリカの勘が告げる。

 大抵こういう場合、問題の根源が高確率でこの老人にあることを……そして解決するための鍵となる人物もまたこの老人であることを。


 「この哀れな村をお見捨てになるとっ!?」


 「はい……?」


 今何と言った――とアリカの顔が強張った。


 「いや待ってよっ!? ボクらは子供だぞっ!? 子供に縋りついて解決を押し付けるなよっ!?」


 「この老い先短い老人に、せめて一時の安寧を――」


 (ああ……これは駄目なやつだ)


 アリカの勘が告げる。

 この老人は明らかにおかしかった。

 いくら追い詰められていたとしても、見ず知らずの幼女に解決の伝を求めるなど、正気の沙汰とは思えない行動だ。

 即ちこれを解決する最良の手段は今後使われることが無いのが確定している。


 (関わっちゃいけない人たちだ……)


 だから今問われるべきは、盗賊ではなく、どうやってこの村から、この場から立ち去るかだったが、なるべくお茶を濁そうとして、そそくさと逃げる手段を考えていたその時――ガシリと手を捕まれる。

 誰に? 長老……ではなかった。


 「リューバ?」


 リュボーフィーが、アリカの手を掴んでいた。


 「アリカ、ここは一肌脱ぐところではありませんか?」


 碌でもない臭いが鼻を突いてくるようだったが、リューバは言った。

 それだけではない。


 「この人たちを見捨てるなんてことは、私にもできない……」


 エリーナまでもが口を揃える。

 何故こうも、面倒ごとに首を突っ込みたがるのだろうか、とアリカが無言でリュボーフィーとエリーナを交互に見る。


 「『ファーティマの手』を倒したアリカなら、たかが匪賊ごとき、恐れることはありませんか」


 彼女の言葉に、長老が目を輝かせた。

 「盗賊を倒されたことがあるのですか!? 失礼じゃが、嬢ちゃんたちは一体……」

 俄かには信じられない話だろうし、それでいいのだが、リュボーフィーは言わないでもいいことをペラペラと口にしていく。

 結局のところ、折角の転生して子供の体を持っているのだから、余計なことをしないだけでも、間違いなくマシな人生を歩めるというのにこれだ。


 「全ては聖女様のお導き……この村が救われんことを!」


 「ちょっ!? リューバっ!!?」


 本当に何を言っているのだろう……とアリカが困った顔をする。

 盗賊ギルドへと行くと言い出した辺りから、リュボーフィーの様子がおかしくなったのも、非常に気になるアリカ。


 「要するに……その『ヨールキ・パールキ』という匪賊が村を襲わないようにすればいいのですよ、アリカ」


 「いや、そりゃまあ、そうかもしれないけど……」


 渋るアリカの手を引き寄せて、リュボーフィーがにこやかな笑みを浮かべていた。


 「任せてください、アリカ! 私に作戦があります!」


 やると一言も言っていない匪賊対策に、いつの今にか駆り出されてしまったアリカだった。


 「それで、リューバの言う作戦とは、何なのですか?」


 と興味深そうに問いかけるエリーナに、リュボーフィーが口元を緩ませた。


 「この村には女性がいない……しかし、今ここにいるのは男でしょうか?」


 嫌な予感が的中したのか、アリカの顔が青ざめていく。


 背中から流れる汗のは冷や汗か?


 「一体何を……何を言って……」


 「どこから見ても、かわいらしい女の子(・・・・・・・・・)が、それも三人もいるじゃありませんか!」


 恐るべき言葉を口にしたリュボーフィーに、既に真っ青になっていたアリカの、搾り出すような叫びが辺りに響き渡ったのは言うまでも無い。




 「いやだああああああっ!!!」


 アリカの悲痛な叫びが村中に響き渡る。


 「何が嫌なのです、アリカ?」


 と出口を塞ぎながらジリジリと詰め寄ってくるのはリュボーフィーで、彼女の顔はどこか楽しそうに笑みを浮かべている。


 「エ……エリーナっ!?」


 頼みの綱だと、或いは藁をも掴む思いで赤髪の少女に助けを求める視線を送るも――


 「ア……アリカ……き、きっと似合うと思いますよ!」


 両手を前に出して応援するようなポーズを取っているエリーナの姿に、残酷な宣言を下された死刑囚のような気分となるアリカ。


 何故かって――リュボーフィーがその手に持っていたのは、ふりふりの服……まるでパーティドレスのような、しかも純白という、殆ど嫌がらせのようなこの状況。


 「ご……後生だから……それだけは……」


 どういうことかって、つまりこれを着ろということくらい、分からないアリカではない。


 「アリカ、相手は匪賊、そしてこの村には老いも若きも女性はいないのです」


 「そ……そうかもしれないが、それでボクにこれを着ろと?」


 「分かっているじゃないですか。そうです、匪賊たちはこの村の存在しない娘とやらを要求している」


 「そ、そうだけど……」


 「相手に無理難題を要求して、達成できなかった時に、本当の要求を突きつけるなんてことはよくある話です。例えばこの村を滅ぼして、村の人たちを奴隷にするとか」


 「で、でも達成できたら、危害を加えないなんて保障もないだろっ?」


 後ずさりしながら逃げる隙を伺っているアリカへ、リュボーフィーはむんずと彼女を掴んで放すことはなかった。


 「その時は、約束を守らなかった向こうの非です。そそくさと討伐しちゃいましょう!」


 何だか、段々と過激になっているリュボーフィー。


 「心配しないでください。もう一着あります。私もそれを着るからいいじゃないですか!」


 そういう問題だろうか?

 何かが間違っている気がする、とアリカが首を横に振り続けている。


 「リューバ、お願いだから――」


 アリカが逃げようとするよりも、リュボーフィーの手の方がわずかに速かった。

 青い目が興奮したように見開かれる。


 「ひゃあっ!?」


 「ええい――じたばたしないでくださいっ!!!」


 リュボーフィーが鮮やかな手つきで、アリカのチョッキを掴んだ。


 「ひゃあああああっ!?」


 もっちりした白い柔肌が下げられたチョッキから露となる。


 「一肌脱ぐって、そういう意味っ!?」


 青ざめる顔のアリカ、それを見ていたエリーナの顔が真っ赤になる。

 が衆人の目が無いかのごとく、リュボーフィーの攻勢を緩めることがない。

 アリカは守勢に回らざるを得ない。

 まさか少女相手に脱がせっこする訳にもいかず、アリカが涙目となるも、リュボーフィーが手を止めるはずもなく、彼女の手はアリカの薄手のズボン……つまりハーレムパンツにまでに及んだ。


 「ちょ――っ!?」


 一枚の布をかけての攻防戦が始まった。

 攻城戦、それは守勢が有利に働くもの、攻勢はその三倍もの兵力を要する――それはどうやら迷信だったのかもしれない。


 「ま、待て、待って――」


 「アリカ、何を待つのです?」


 聞く耳持たない勢いで、スルリとアリカの穿いていたものが着擦れする音を立てていく。

 だがこれこそが最後の砦、これを脱がされれば後がないことは明らかだ。

 ジタバタともがきながら負けじと引き戻そうとするアリカだったが、意外にもリュボーフィーの力は強く、手馴れた手つきでたちまちのうちに布地が脚を伝い、膝、足首へと引き摺り下ろされていった。

 そして、遂にハーレムパンツが地面へ落ちる音を立て、最後の灯火を消すかのように、勝ち誇るリュボーフィー。

 即ち、アリカの最後の砦は、今ここを以って陥落した訳だ。

 何のって……アイデンティティの最後の砦に他ならない。

 これの一部始終を見ていたエリーナが、まさしく芸術と言っていいのではないか――などと密かに思っていたというのはここだけの話……



 ニコニコ、いやニマニマと言うべきか、リュボーフィーだけでなく、エリーナまでもが顔を綻ばせている。

 そこはかとなく肌つやと血色がよい。

 言うまでもなく、二人の目の前で着飾られた一人の幼女を見てだ。

 対照的にいつもと違う衣装を身に纏っていたアリカは、まるで魂でも抜け出てしまったかのか、案山子かかしのように呆然と立ち尽くしていたが。

 馬子にも衣装なのか、単純に素材はいいのだろう、どこぞのお嬢様のようにも見える、アリカの顔は酷く陰鬱だったけれど。


 (……何故こうなるんだ?)


 白いパーティドレス、それもこれも、女性らしさを強調するだろう自分の姿に、これ以上ないくらいの敗北感を覚えるアリカ。

 何しろ肩や背中を露出して、何層もの襞をつけたスカートに、ヒールのある靴、そしてかなり手のかかったこの髪――王女編みというらしいもので、おまけに何だかよく分からない数々の装飾品までもが散りばめられている。

 普通の女の子であれば、幸せいっぱいの気分なのだろうが、しかしアリカは外見こそ幼女であれど、中身は元勇者で少年で、つまりは羞恥心と屈辱感で抜け殻と化していた。

 しかも、この一連の作業が終わりを告げるまでにかかった時間は、何と四時間……アリカにはそれが三日三晩続く饗宴のように思えてならなかったが――


 「アリカ、髪留めはこれにしましょうか、それとも――」


 これで終わった訳ではない……いや、それどころか始まりにすぎなかったことを、予想できるアリカではなかった。

 いうなら、着せ替え人形を与えられてはしゃぐ幼い女の子の反応、それも人形の立場であるのが自分という、男にとってのある意味での拷問……処刑を前にした死刑囚のような気分に浸るアリアの目が、死んだ魚のようになっていた。

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