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『盗賊を盗賊するっていうガキ』

 「……兄貴、こいつなんです」


 ボロボロのテーブルの上で、いつぞやの盗賊たちが、大男の耳元で怪しげな相談を持ちかけているところだった。

 そんな中にあって、見るからに巨躯、色の濃い肌に怪しげなペイントを描き、やはりヒゲモジャだったが、頭が光り輝く大男が、盗賊たちを前に彼らの話を鼻で嗤う。

 帝国南西部地区の盗賊ギルドに併設された酒場は、汗の臭いと埃漂う荒々しげな雰囲気と、何かの大型獣の骨が眼前に飾られている。

 床が意図的に破損されて、壁や天井にも無数の穴が開いている白い石を組み合わせてできただろう室内は、言うなら廃墟のようでもある。

 だが、ここはれっきとした現役の建物……所謂ギルドの支部なのは間違いない。


 「お前らも冗談きついぜ……」


 あの後、娼館行きを運よく逃れた彼らは、ファーティマもユースフもいないだろう、そして対立していた隣のギルドへと駆け込み、そこで新たに依頼を作成した。

 草の皮を編んで作られた、お世辞にも紙とは言いがたいそれに描かれた、銀髪且つ凶悪そうな顔をした人物を一瞥して、大男はへそが茶を沸かしたように愉快そうな顔をする。


 「ふははははぁっ! お前ら、これが凶悪な『盗賊を盗賊するっていうガキ』だって言うのか?」


 どう見ても幼女、それはこの大男も例外ではなく、そして幼女とは赤ん坊の次くらいに弱い存在という常識もまた、同じように共有しているらしく、さながら出来の悪い冗談を投げかけられていると感じたのか、一笑に付す大男。


 「それに、お前らはあの『ファーティマの手』のメンバーなんだろ?」


 「そ、そうですが……」


 「いえ兄貴、姐さんには破門されたんで」


 「ああ、そうだったな……」


 と気まずそうに口元を歪めたが、大男は彼らの話をどうも信じられないと疑念を視線を投げかける。


 「それでもお前らは腕利きの斥候じゃねえか。大方ファーティマの姐さんの機嫌を損なったってだけじゃねえのか? ああ見えて妙に純情だったからな」


 「そうなんですがね、兄貴……」


 身震いしながらも盗賊たちは、数日前に何があったのかを大男へと告げる。

 その顔はかなり青ざめており、引きつっていた。


 「何だとっ!?」


 と、怒声が起こる。

 周囲の客たちの視線がおっかなびっくりして、大男たちへと向かう。


 「あ……いや」


 「あ、兄貴っ!?」


 盗賊たちもその剣幕には震えている。


 「このガキにやられたぁっ!? しかも盗賊のお前らが、盗られただとっ!?」


 「あひ……っ!?」


 俄かには信じられないといった顔だ。

 しかし、盗賊たちは恥を忍んで大男にその証拠を見せる。

 それはこれ以上無いくらいの恥辱だった。


 「…………ッッ!?」


 盗賊たちの見せた証拠に、動揺を隠せない大男へと、今度は畳み掛けるように彼らは言った。


 「それに兄貴……あのガキの連れは、ギルドからの賞金が懸かっている獣人のガキなんですぜ」


 けしかけるように盗賊がそそのかそうとしたが――


 「お前ら……ギルドでの取り決めは分かっているよな?」


 「へ、へい……」


 「それは勿論」


 「重々承知しております」


 盗賊たちは大男の前でその取り決めを斉唱する。


 「「「他のパーティの獲物を横取りしてはいけない」」」


 「で、もしそれを破った時には?」


 「「「争いを防ぐために、先に見つけた者の取り分とする……」」」


 「基本、お前らのパーティに振られた喧嘩だ。何よりファーティマの姐さんが負ける訳ないだろう? 俺も戦ったことがあるが、よくて引き分け――」


 「そ、そうですがね、兄貴――」


 「だからもう一度姐さんのところへ行ってだな……」


 との大男の言葉を遮って澄んだ声がそれを止めた。


 「ねえ、それは流石に拙いんじゃない?」


 と待ったをかけたのは、ギルドの受付嬢らしき格好をした……しかし見てくれは幼女だったけれど。

 ハニーブロンドの髪に青と赤のオッドアイ、向こうが透けて見える布地を頭から被った、所謂踊り子の衣装にも似た服を着ているのは、これがギルドの職員の正装なのだろうか、尤もこの部屋には彼女しか受付嬢はいなかったので真相は不明ではあるが。


 「ファーティマさんに報告したらどうなると思う?」


 受付の幼女の言葉に、大男は顔を顰めた。


 「……下手したら、死体が三つ出来上がるな」


 「でしょう?」


 盗賊たち三人も、大袈裟に首を振っている。

 ファーティマが、怖いのだろうか?


 「マンスール……あんた確か盗賊王になるのが夢だって言ってたわよね?」


 「そうだが……?」


 マンスールと呼ばれた大男は首肯する。


 「盗賊の、それも大盗賊になるために不可欠な徳目を、あんたは知ってる?」


 突然の問いに、マンスールは怪訝な顔をした。

 聞いたことのない話だったからだ。


 「何だそれは? 盗賊は力が全てだろ? いかなる力をも打ち砕く、それこそが――?」


 ちっちっち、と指を振って、受付嬢がしたり顔で続ける。


 「いい? 忍び込んだ先で獲物を見つける『聖』、先陣を切って侵入する『勇』、殿しんがりを守っての撤退『義』、獲物の公正分配『仁』……これらの徳目がない者は大盗賊にはなれないって」


 「……そうなのか?」


 「ファーティマさんには私から伝えておくからさ……四人とも昔は一緒にやってたこともある仲じゃない。昔のよしみなんだから行ってらっしゃいよ」


 「エ……エリザベスがそこまで言うなら――」


 幼女に発破をかけられて、何故かやる気になる大男。

 だが、彼女は言った。


 「私……ナジェージダなんだけど」と。


 ギルドの扉が勢いよく開かれて、地面を踏み鳴らすようにマンスールと、盗賊三人が表へと出て行った後で、ナジェージダはわざとらしく声を上げた。


 「状況を見て手出ししない『智』を言い忘れたわ――それとファーティマさんが何者かにクビチョンパされたことも……まあいいか、マンスールだし。竜の血を浴びた限りなく不死身のあいつなら、大丈夫でしょう」


 その口元を歪めて。









 上空から見下ろしていたのは、竪穴式住居と思わしき村落だった。

 ここ数日ちらほら見かけるこれらの集落は、数件の家屋だけで寄り集まって、村というよりはまるで隠れ家のような印象を与えている。

 誰に……絨毯の上からこの光景を見下ろすアリカと二人の少女に。


 「本当に、ここは帝国なんだよな……」


 どうも信じられないと言った顔のアリカと、無邪気に微笑む素振りを見せるリュボーフィー、それに先ほどからじたばたともがいているエリーナ。


 「お、お願いです――私を降ろしてください――っ!!!」


 エリーナが涙ながらに訴えていた。


 「今降ろすと地面に落ちた時にぺしゃんこになるけど……」


 「ひぃっ!?」


 と青ざめるエリーナ。

 それにしてもみすぼらしい風景、帝国といえばこの世界では人族の国々の中で最大で且つ最強の国家、世界中の富が集まると言っても過言ではなく、自ずと豊かなものだと想像していたらこれだ。

 まるで原始生活でもしているのか、嘘の塊のようなユースフの話も、全てが嘘ではなかったのかもしれない。

 リュボーフィーはと言うと、盗賊ギルドから出てきてからずっと水晶玉を玩具にして遊んでいる。

 首吊り縄にしか関心がないよりも、はるかに健全と言うべきだろう――とアリカは安心したように吐息する。


 (ここ数日……面倒くさいことばっかりだったよなぁ……)


 ウラジドゥラークの街では徹夜で召喚術式を施し、荒野ではエリーナを狙う影魔法に襲撃され、翌日には青い髪の女盗賊を返り討ちにして――要するに徹夜続きだった。

 つい先ほども、盗賊ギルドの依頼とかで襲撃をしてきた盗賊たちを返り討ちにしたりして、睡眠不足もいいところという、最悪のコンディションのアリカ。


 「~~~♪」


 見ればどっかで聞いたかもしれない鼻歌を歌いながら、リュボーフィーが水晶玉に映し出された文字とアリカを見て顔色を変化させていた。


 「ふ~ん♪」


 何が『ふ~ん♪』なのかは不明だが、機嫌がいいのは悪いことではない。


 「アリカ、剣術の才能だけじゃなくて、魔法や斧も使えるんですね……かなりいいバランスです」


 「ん――!?」


 妙なことを口走る。

 見れば水晶玉に奇妙な表記がされていた。


 「……何だこれ?」


 高い魔力数値は勿論のこと、斧の適性、これはまだ分かるアリカだったが、どうしても解せないことが二つあった。

 ひとつは、何故習ってもいない言葉が読めるのか、と言う問題だ。

 召喚された時代に主流だったのはイポニア語だったが、いまやそんな国はどこにもない。

 イポニア語は難しかったけれど、たどたどしいながらも覚えることができた嘗てのアリカだが、それとも違う文字表記にも拘らず、読める不思議。

 因みにイポニア語は三十六の大文字と、七十二の小文字から成り立つ言語だ。

 それに対しニャポニカ語は二十二の大文字と、五十六の小文字から成り立つ。

 まあ、与太話はいいとして――アリカのもうひとつの解せないこととは何かというとだ。


 「何故――」


 読めるから分かる、くっきりと水晶に浮かぶ『聖女』の文字。

 嫌悪感がアリカの胸を突き刺した。


 (うん……見なかったことにしよう)


 二重に苦痛だ、と。

 自分を殺したあの聖女という意味でも、まだ慣れない女にしても、今のアリカにとっては禁句であろう単語だった。


 「それじゃエリーナは――」


 今度はエリーナに水晶玉を翳すリュボーフィー。


 「へえ……エリーナは槍術に影と光の魔法かぁ。才能豊かな面子ですねぇ――」


 「あの……それ、何なんですか?」


 絨毯にしがみつきながら、エリーナが問う。


 「これ? 水晶玉だよ」


 答えになっていない返答をする。


 「盗賊ギルドの職員が使っていたんですよ。受付の女の子がこれをくれるって申し出てくれて、有り難くいただいてきた訳です」


 しれっとリュボーフィーが言った。


 「そういうリューバは……?」


 「私ですか?」


 エリーナの何気ない問いに、帰ってきた答え。


 「魔法使いの適性でしたよ」


 「リューバは魔法使いなんだぁ……」


 とエリーナが歓声を上げる。

 まるで日常会話だった。

 牧歌的な日常風景、まさしく殺伐としたこの世界では、非常に貴重な出来事というべきだろうか?


 「ところで――」


 と話を逸らすのはアリカ。

 聖女などという不穏な単語から、一刻も早く遠ざかりたかったからだろう。


 「何でこの辺の家にはちらほら白羽の矢が立っているんだ?」


 これまで通り過ぎた集落には、必ず一軒はこういった矢が立っていたのを思い出すアリカ。


 「白羽の矢ですか?」


 とリュボーフィー。


 「この辺りはニャポニカの南東部でしょう? 確か、オロチ信仰っていう、迷信があったはずです」


 「……そうなのか?」


 というか、オロチ信仰? と首をかしげるアリカ、それにエリーナ。

 アリカは転生してまだ二週間も経っていないために、世界の諸事情に疎いのは当然だとしても、エリーナは何故か?

 ほぼ帝都のスラム街で生まれ育ち、ある日突然皇族とされてしまって命を狙われるまで、帝都の外へと出たことのないための経験不足?


 「そうですね――」


 と口元に指を当てながら、リュボーフィーが思わぬ提案をした。


 「ちょっと下に降りて、話を聞いてみればどうでしょう?」






 全体的には地面を掘って丸太を組み立てて作っただろう半地下の家屋、屋根は藁葺わらぶきで、数件の家屋は密集しており、周囲には環濠かんごうと木枠の柵が囲っている。

 見た目では古代の住居址じゅうきょしのようで、有体に言うならみすぼらしいの一言に尽きる外観だった。


 (……何か既視感があるな)


 そこはかとなく頭痛を覚えるアリカ。

 どこかで見た風景、そう――転生してすぐの洞窟で頭痛とともに思い出された景色……


 「ねえ……どうしてあの人たち、泣いているんですか?」


 エリーナの素朴な疑問、だが村人たちがジロリとエリーナを睨みつけ、彼女は視線に耐え切れずアリカの後ろへと隠れようとした。


 「生贄とか……それも近々、この村の誰かが捧げられることになっている」


 とのリュボーフィーの『名推理』は、しかしながら村人たちを激昂させるには余りあるほどだった。


 「なあ、あんたら……」


 村人たちが苛立ちながら三人を取り囲み、不穏な空気が立ち込める。

 言いたいことはよく分かる――とアリカは気まずい顔をした。

 していないのはこれを言ってしまった当の本人であるリュボーフィー。

 エリーナですらビクついているというのに、この妙な大物感……


 「いや、すまない。非礼は詫びるから――」


 生贄だとしたら、彼らは自分の娘とか妹とか、大切な存在を捧げるよう命じられた悲しみの渦中にある。

 なす術もなく、立ち向かうことすらできないだろう相手に対する恨みや憎しみは計り知れないが、それ以上に何もできない無力感が自らを苛んでいるだろうことは想像に難くない。

 その無力感を、やりきれなさを、怒りを、一体どこへぶつけたらいいというのだろう。

 それほどまでに混乱して、苛立ちを抱えている時に、知らなかったとはいえ言ってしまったら、彼らの怒りに火が点くのは当たり前の話だった。


 「お前らに俺たちの気持ちが分かるもんか――!!!」


 まあ、確かに分からない。

 と――


 「痛ッ――!?」


 殴り慣れていないのだろう、リュボーフィーを殴ろうとして、運悪くアリカを殴ってしまった村人の一人が、激痛を覚え手首を押さえながら蹲る。


 「く――」


 「こいつ、魔女かッ!?」


 そこらにあった棒切れや農具を手に、彼らがアリカたちへと構えた。


 「魔女……だって?」


 アリカの眉がピクリと動く。

 言ってはいけない言葉を投げかけられたのだろう、その目が光を帯びていた。

 苛立ちからか、頭痛がしていたからか、アリカもジャンビーヤへと手をかけようとした、ちょうどその時――


 「おぬしら、待たんかっ!」


 渋い声が村人たちを制止した。


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