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「ねえユースフさん、私をギルドに連れて行ってくれませんか?」

 「……」


 こう、詐欺師でも見るような視線を浴びせた後、アリカはユースフを名乗る人物へと問い質す。


 「お前……さっき二人を連れて行こうとしなかったか?」


 こう、妃殿下の懐刀がどうとかに依頼されたとか、報奨金がどうとか。


 「そ、それは姐さんを止めるには仕方のなかったことや。寧ろ感謝してほしいくらいやわ。一度キレ出すともう火ぃついたように止まらん人やさかい」


 「……」


 やはりこう、胡散臭いどころじゃない、とアリカが身構える。

 それなりに気を使っている外見、立て板に水のような、流れるように出てくる言葉数……


 「お前があいつを連れてきたんじゃないのか?」


 目配せした先には、あらぬ格好で転がっているファーティマ。

 淑女のかけらも見ることができなかった。


 「いや、ワイは止めようとしたんや。でも下手に逆らうと、ワイまで石にされてまう……ワイらも被害者なんや!」


 ああ言えばこう言うタイプだった。


 「そ、それにや。ギルドに登録すれば、社会的信用を得られ、固定給を毎月払われ、身分の保障がある。人間いつまでも夢見てたら、気ぃついた時には世の中から取り残されるようになるんは分かるやろ?」


 何だかめいっぱいの風呂敷を広げているように思えてくる口ぶり。


 「そやから、ギルドへ登録しなはれ。悪いようにはせぇへん」


 どうしよう――アリカの拳が疼く。

 熱帯夜に耳元で羽音を散らす蚊のような不快さが、目の前の男には有った。


 「きちんとした職に就ける、これは幸せなことだと思うで。今の荒んだ世の中で、働けるところがあるっちゅうのは、それだけでありがたいことなんや」


 (ああ……ダメだこいつは)


 これ以上話してしまうと、先ほどの女盗賊にやった以上のことをしでかしそうな気がしてきたアリカ。


 「大体、お前はギルドマスターなんだろ?」


 話を切るべくアリカが冷たく言い放つ。


 「いかにもその通りや。そのギルドマスターの推薦やで? これ以上ないくらいの強力なコネ――そう、いまや帝国内でも優良な就職先や――それが目の前にある。もう迷うことない!!」


 「ボクの故郷では、部下の責任は上司の責任って言ってね、責任の所在は上役が取るのがしきたりなんだよ」


 「そうそう――ワイもあんなキ○ガイを飼ってたのは、落ち度で汚点やった思てる。だからや! ワイはギルドマスターとしての責任を果たすべく、姐さんを処分するの約束する! ギルドは全うな人材を常に欲している――」


 「いい加減にしろ、このっ!」


 アリカがユースフの鼻っ柱を小突いた。

 だがそんなことでめげるユースフではないらしい。


 「って、あれ――っ!?」


 その瞬間に、リュボーフィーとエリーナがパッとユースフを離し、真っ芯を捕らえられたように、目の前の胡散臭い男はわざとらしく吹っ飛んでいった。

 しかも指を立てて何やら賞賛を送っている。

 この手のやつは非常に食えない。


 「もう先を急ごうぜ」


 アリカはうんざりした様子でリュボーフィーとエリーナへと促した。

 要するに自分の望み通りの答えを相手が口にするまで、延々と付きまとうつもりなのが明らかだったからだ。

 押しの一手。

 相手が根負けするのをひたすら待つ持久戦というか消耗戦。

 これほど持ち掛けられた方にとっては不毛なことはない。

 絨毯へと乗り込む三人――だが、再び声がかかる。

 何ともしつこい男だった。


 「ま、待ってくれっ! なぁ、嬢ちゃんワイらのことを――盗賊を誤解しとる!」


 「ゴカイもナマコもあるかよっ! ていうか放せっ!!」


 とアリカは絨毯にしがみつくユースフを足蹴にする。


 「――!?」


 だが何故か足蹴にされて喜ぶユースフを見て、アリカの背筋に怖気が走った。

 客観的にみれば幼女に足蹴にされて喜んでいる変態のようではないか。


 「正しい道を歩むには、正しい理解が必要や! そう正しい盗賊への理解をもつべきなんや!」


 「……正しい盗賊とはなんなんですか?」


 と問い立てしたのは、アリカではなく、こともあろうにエリーナだった。


 「私も興味有りますね。何です、その正しい盗賊の理解と言うのは?」


 リュボーフィーまでもが、疑問符を投げかける。

 関わってはいけない種類の人間相手に。

 二人の少女の問いに、ユースフはよく訊いてくれましたとでも言わんばかりの、満面の笑みを浮かべて歓声を上げる。

 が、どうも作り物っぽさをアリカは感じていたのだが。

 巧い喩えではないが、まるで歯車のような無機質な表情だ、と。


 「盗賊とはただの盗人やあらへん! 人の道や! ワイらは、帝国の苛政から逃れてきたもんが集まり……言うなら、それまでの自分捨てて、理想を旗印に第二の人生を歩もうとする、抑圧されてきたもんのための受け皿……」


 「「「?」」」


 「つまりな、ワイらは世直しをしてるんや。考えてみい、何で世の中に貧乏人がいて、『パンを食べたい』言いながら飢えて死んでく人がおるんかを!!! 全ては貴族や官僚どもが悪い――それが結論だとは思わへんか?」


 「貴族や官僚が悪いから、あなたたちは盗賊になるのですか?」


 「当たり前やんか!」


 と肯定するユースフ。


 「嬢ちゃんたちだって、もう少し大きくなれば分かる。世の中の理不尽を一番舐めないかんのは、ワイら地べたを這い蹲ってる民草だってことを!」


 「それで?」


 冷やかに、そしてジト目をするアリカ。


 「世の中税金税金――知ってるか? 生まれたら人頭税! 何か収入があったら所得税、財産あるなら貯蓄税、贈与されれば贈与税……そんなんはかわいいもんで、通行税やら酒税やら塩税やら――ぐちぐちぐちぐち――」


 「あの、要するに何を言いたいのですか?」


 リュボーフィーが問いかける。


 「要は世の中に貧乏人がいるんは、金持ちがいるからで、ワイらが本来得るべき物をあいつらが盗んでいるから貧しくなる。だから――」


 一面の真理ではあるが……


 「本来の持ち主に帰るべきものを取り戻すんは偸盗ちゅうとうやあらへん――それを推進するのが盗賊ギルドなんや!!!」


 とんでもない詭弁野郎だった。


 「だから嬢ちゃんが登録すれば、ワイんとこのギルドは大きくなる! 帝国一のギルドマスターとして、盗道を世に広めるんがワイの夢なんや!!!」


 「お前さっきいつまでも夢を見てたら云々言ってなかったか!?」


 アリカが鼻で嗤う。


 「一言でいい――嬢ちゃんの盗賊カードを作れば――」


 何だろう、この執念深さ。

 そして常軌を逸した根性は……


 「何が不満なの? ギルドに登録すれば、月々の固定給は保障される! それはワイんとこだけやで! 成果に関係なく、がんばる人間を応援する、それがウチの方針! 定職に就けるし、報われる喜びがそこにある――何よりもこの理不尽な世を糾すという使命感と喜びがそこに――」


 「あのなぁ……」


 「そ、そうや――固定給だけいうんが不満か? なら固定給プラス出来高制ならどうや?」

 もう何でもありだった。


 「分からないから登録しない? いや、それも違う! まずは登録してからゆっくりと盗賊について知っていけばいいことや!」


 「ふざけんなっ! 誰が盗賊なんぞやるか! 大体登録してからが問題だろうがっ!」


 「そりゃ違うで! ワイら南東地区のギルドは、金持ちとか悪徳商人しか狙わんのや。それに登録者はみんな大切に扱われる――ワイが、ワイのこの目が、嘘を吐いている目に見える?」


 「意味が分からない」


 もはや詭弁野郎ですらなかった。

 もっとアレな……自分の言ったことを信じるようなやつと言えるだろう。


 「大体、お前最後にあの女盗賊を殴り飛ばしただろうがっ!」


 一応は部下であるはずのファーティマを。

 それは裏切りとも呼べる行為だ。

 一度裏切ったやつは、信用が置けないのが普通の感覚で、にも拘らずこいつはそれを露骨にやった。

 何故信用されると思えるのか、それとも押しだけで強引に話を進めていくつもりなのだろうか?


 「あいつこそ自分の部下の失態で、娼館送りにするようなやつやぞ? ワイの正義の鉄槌を下されて当然――」


 何だか話が平行線になりそうな時だった。


 「ねえユースフさん、私をギルドに連れて行ってくれませんか?」


 とリュボーフィーが声を上げた。


 「へ……っ!?」


 ユースフの顔が綻ぶ。


 「分かってくれたか、嬢ちゃん――!!!」


 そして両手でリュボーフィーの手を握り締めて喜びを噛み締める。

 一体どういうつもりなのだろうか――アリカが混乱し始めた。


 「リューバ? あいつ信用なんかできるような奴じゃないと思うぞ?」


 「あの人、私たちを罠にかけようとしているんじゃないですか?」


 アリカだけでなく、エリーナまでもが同じ意見だったが、リュボーフィーは微笑んでいる。

 全面的に信用……もとい、騙されたのか?


 (確かに……宗教は信じることに意味を見出すけどさ)


 信じる癖のついている人間は、やはり騙されやすいのだろうか?


 「大体、こいつはエリーナを狙っているだろ?」


 耳元で告げるアリカだったが、リュボーフィーはただひたすらに微笑んでいた。


 「アリカ……罪を贖うことで人は救われるのですよ」

 

 何故か唐突に彼女は語る。

 その手には首吊り用の縄を持って。


 「じゃあ、私ちょっと行ってくるね★」


 「「……」」


 ごくり、と喉を鳴らす音が聞こえた。

 

 



 凡そ外からは廃墟と見えるだろう建物、それがユースフの案内しただろう盗賊ギルド帝国南東支部だった。

 ユースフの後に着いてきたのはリュボーフィーだけだったが、しかしユースフは既に成功した気になっていた。


 (大体知り合いの誰かがやってたいうんが、何かを始めるきっかけだったりするもんや……この金髪のガキをうまくけしかければ、本命の銀髪もギルドに登録する気になるかもしれん)


 時間はかかるかもしれないが、しかし二人ともまだ子供、これから名を馳せる可能性に満ち溢れている。

 それをギルドで教育すればどうか?

 ユースフの息のかかった、そして他では生きられない駒を手に入れることができるではないか、と。


 (銀髪の方は擦れてるけど、人間いうんは身近なもんの言葉に心動かされる……)


 ユースフの算段を知らずか、あどけない声が室内へと木霊する。


 「へえ、ここがギルドなんだぁ」


 いかにも無邪気な笑顔でリュボーフィーがはしゃいでいた。


 「みすぼらしい思たやろ? でもな、ワイらは弱いもんや貧しいもんの味方やいう初心を忘れないようにせなあかんからな――」


 リュボーフィーはこの期に及んで、まだ希望に満ちた目をキラキラさせていた。

 傍からみれば純真無垢な少女にしか見えない。


 「まずは登録や」


 ユースフが受付へと案内する。

 そこには、アリカに似た格好をした、薄手の布地で顔を隠した、でも肌の露出の過激な踊り子の衣装を着た幼女たちが受付嬢をしている。

 テーブルが数台置かれ、何人かの盗賊たちが昼まだ言うのに酒をかっ食らっている光景が目に飛び込む。

 受付の奥は薄暗く、なんと言うか……


 「何だか占いの館みたいですね!」


 「よく言われる。ここで盗賊の適正をみるんや」


 「適正? 私にあるかなぁ……?」


 少し困った顔をして見せたが、流石はユースフというべきか、


 「盗賊に向かない人間なんていやせんよ。どうういった盗賊に向くかを、ここで調べるんや」


 と言うことだった。

 踊り子の格好をした幼女が、恐る恐る声をかける。

 人見知りと言うよりは、どこか怯えた様子だった。


 「この水晶に両手をかざしてみてください……」


 言われるがままにリュボーフィーが水晶玉に手を翳すと――水晶球が紫の光を放った。


 「「――ッ!!?」」


 と、驚きの声を上げる受付嬢と、ユースフ。


 (あの銀髪のガキの釣り餌思ってたが――このガキも掘り出しもんやないかっ!!!)


 「す……凄すぎますっ!!!」


 受付嬢が声を張り上げて、仰け反らんばかりに大袈裟なモーションをした。


 「近接戦闘に関してはからきしですが……見てください、この魔力値っ!!! 過去にこれほどの数値をはじき出した人間を、私はまだ見たことがありませんっ!!!」


 「魔法盗賊やな! しかしえらいごっつう――」


 「えっ!? ええっ!?」


 反応の大きさに大きくドギマギするリュボーフィーに、ユースフが言った。


 「嬢ちゃんっ!! 魔法盗賊の誕生の瞬間やっ!!!」


 「魔法盗賊……?」


 と首をかしげる。


 「つまりですね……普通は剣術やギフトと呼ばれる力で盗賊道を歩むのですが――リュボーフィーさんでしたっけ、あなたは魔法を武器に盗賊を歩むことができるんですっ!」


 「???」


 やはり首をかしげる。


 「要するにや、姐さんがやっていたように、魔法で相手を痛めつけて、相手から金目のもんや価値のあるもんを奪い取るんやっ!!!」


 「ええっ!?」


 困ったように身をちぢこませて、目をキョロキョロさせるリュボーフィー。


 「嬢ちゃんならできる! その才能は姐さん以上、ワイが保証するっ!」


 「えっ――あのファーティマさん以上の才能っ!!?」


 受付嬢も目を丸くした。


 「それは――」


 瞳を潤ませていたリュボーフィーだったが――それツカツカとは一瞬の出来事だった。

 テーブルで飲んだくれていた盗賊たちのところまで靴音を鳴らして進み――


 「?」


 「何だ嬢ちゃん?」


 「俺らに可愛がってほしいのか?」


 下品な野次を飛ばす彼らが声を上げる暇もなく、炎が立ち上がったかと思うや否や――


 「「「――!!?」」」


 盗賊たちは一瞬で消し炭となった。


 「「ひぇっ!?」」


 何が起きたのか、理解が追いつかなかったのか、ユースフと受付嬢が固まった。

 そんな二人に、リュボーフィーが誇らしげに言った。


 「つまり……こう言うことでしょうか?」


 リュボーフィーのその顔が、笑みを浮かべていた。

 しかし目は少しも笑ってはいない。

 とその手には、盗賊たちがどこからか奪ってきただろう金品が握られている。


 「そ……そうやけど――」


 「ギルドの仲間に対してやることでは――」


 「私、誤解してましたっ!?」


 わざとらしく、彼女は再びあどけない微笑みを見せると――


 「だって、魔法で相手を痛めつけて、金目のものを奪い取るって、今言ったじゃないですか……」


 と、目にいっぱいの涙をためて涙声を搾り出す。


 「そ、そらやか――」


 と、その瞬間――ユースフの首には縄が巻きついていた。

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