「どちらかが死ぬまでだっ!!!」
荒野の向こうにある廃墟となった街の片隅で、耳を劈くような声が響き渡った。
漆喰が剥がれ剥き出しになった石が積み上げられただけの家屋の残骸、嘗てここに何が建てられていたのかも分からないほどに風化した場所で、床が意図的に破損されて、壁や天井にも無数の穴が開いている白い石を組み合わせてできただろう室内は、言うなら廃墟のようでもある。
だが、ここはれっきとした現役の建物……所謂ギルドの支部だった。
と言っても盗賊たちが相互扶助する盗賊ギルドだが。
そこで顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす者がいる。
サルエルパンツに獣の皮をなめしたコートを着て、シャムシールを帯刀しているのは、姐さんと呼ばれている盗賊の首領らしき人物で、こてんぱんにされ怯えた様子の部下たちを一列に並ばせ制裁を下そうとしていた。
「この玉無しどもがぁっ!!!」
粗暴な物言いで、昨日散々な目に遭った盗賊たちが、順繰りに薄い青色の色の髪を振り乱している姐さんに、蹴り飛ばされ打擲されていく。
酷い罵り文句だが、しかし実際に無くなっていたのだから、あながち間違いではないのだが、それが彼らの心の傷を更に抉る行為であると言うことを、しかし怒鳴り声の主は知る由もない。
人は自分が体験できる範囲の物しか、理解することができないのだ。
「お前ら……年端も行かない、おしゃぶりもおしめも取れていないようなガキに、一方的にいたぶられるとか、盗賊として恥ずかしくはないのかっ!!!」
骨がひしゃげるような嫌な音が鳴り響く。
彼らへの再度の制裁が下ったのだ。
「この盗賊の恥っ晒しがぁっ!! あたいらの仕事は舐められたらお終いなのを、分かっているのか!?」
血飛沫が辺りに飛び散り、骨が折れただろう盗賊たちの脚を、そして顔を姐さんの沓が踏み砕く。
「姐さん――もうその辺でっ! これ以上やっちゃいますと、本当に死んでまいます!」
胡散臭そうな営業スマイルを顔に張っている、モノクルをかけている男が止めに入らなければ、彼らは本当に殺されていたかもしれない。
髭を蓄えていたが、盗賊たちと違ってよく手入れされていたし、それなりに身分もあるのだろう、きちんとした身なりをしていた。
「ユースフ――こいつらは我がパーティ『ファーティマの手』の名に泥を塗ったんだぞっ! 当然の制裁を下しているだけだ!」
姐さんと呼ばれた怒声の主の怒りは収まる気配がない。
「こいつらの失態は、このファーティマ様の顔に泥を塗るんだっ! ギルド長のお前にだって分かる話だろ?」
が、ユースフと呼ばれたモノクルの男は、勤めて冷静にファーティマを宥めすかそうとする。
「そ、そうかもしれなせんが姐さん……では、こうしたらええんちゃいますか? その……例えばこいつらの髭を永久脱毛して、『ファーティマの手』を追放する、とか? その辺で手を打ちまへんか?」
ジト目でユースフ睨み、それから怯えて震え上がっている盗賊たちを一瞥した後、ファーティマは沸騰した薬缶の湯気みたいな息を吐きした。
「ふん……」
とギラギラ光る鳶色の目が威圧する。
ファーティマの目を窺いながら、盗賊たちはその一挙手一投足を固唾を呑んで凝視する。
「……いい考えだ!」
その言葉に、ひとまず胸を撫で下ろす三人の盗賊たち……だったが、彼らの安堵の息を聞き漏らすファーティマではなかった。
すぐさま鳶色の目が彼らの方を向き、残酷な宣言を下した。
「こいつらの髭を全て脱毛した上で、男娼にして娼館へ二束三文で払い下げてやる!!!」
「「「ひいいいぃぃ――!!!!!」」」
彼らヒゲモジャたちの、断末魔になるだろう悲鳴が轟いた。
「では行くぞ!」
ギラリと鋭い眼光を放ってから、ファーティマが宣告した。
「姐さん? どこへ行かれますのや?」
娼館と考えるのが妥当なのだろうが、しかし彼女の格好はどう考えてもこれから誰かを襲撃しようというものだった。
シャムシールを帯刀し、胸当てを着け、雰囲気を出していたからだ。
「決まってるだろ、あたいと『ファーティマの手』の顔に泥を塗った、あのガキをシメに行くんだよ!!」
そう、ファーティマの率いる盗賊パーティの顔に泥を塗った相手への報復に行くという。
鼻息を荒く地面を踏み鳴らし、二本足で走るトカゲ――走竜というのだろうか――に騎乗して手綱を手にしたファーティマへ、ユースフが苦言を呈す。
「姐さん……あいつけっこう強いんちゃいますか? こんなこと言いたくはないんやけど……姐さんのパーティメンバーが返り討ちに遭うなんて、相当の手練れ思うんやけど……」
「あたいよりも強いってのかい?」
ファーティマは自信満々な様子で、慎重に事に当たろうとしていたユースフを鼻で嗤う。
「いや、そんなことは言うてへん。ただな……姐さんたち『ファーティマの手』は、ワイんとこのギルドでも期待の星なんや。何かあったらワイも困る」
ユースフの心配をよそに、ファーティマはせせら笑った。
杞憂であると。
「臆したか!?」
鳶色の双眸がユースフから、奴隷同然に縛り上げられていた盗賊たちを睨みつける。
「じゃあ聞くが――あいつの特徴はどんなだ?」
上ずった声ながらも、盗賊は何とか述べることができた。
「あ……ね、姐さん――あのガキは銀髪で灰色の目をした……」
「……それにハーレムパンツにベストを着てる――」
「……目つきと口が悪い……凶暴そうな幼女でした……」
ユースフがギルド作成の手配書をファーティマへと差し出す。
返り討ちに遭った後に、ギルドへと駆け込んだ盗賊たちの証言を元にユースフが作成したものだ。
粗末な紙というよりは、パピルスに近い紙面に、凶悪な顔に描かれた顔は、実にアリカによく似ていた。
「それじゃあ、そいつはどんな能力をしていると思う?」
凶悪な、そして嗜虐性に満ちた笑みを浮かべて、ファーティマが問いかける。
「……あのガキの能力……ですか?」
「そうだっ!!!」
「「「わ、分かりません―ー!!?」」」
苛立つ様子で走竜を操り、その尻尾が大きく振り回され、縄につながれていた盗賊の部下たちが、跳ね飛ばされた。
次いで骨が折れ……いや、砕ける音が複数。
あまりに彼らが哀れに思えてきたユースフが助け舟を出した。
「姐さん……恐らくそいつの能力は、近接戦闘と刀剣術の能力だと思って間違いない思います」
「ふん……お前になんでそんなことが判る?」
ギラつくファーティマの眼光が、ユースフの胡散臭い笑顔を照らした。
「姐さん、普通に考えば分かることや。こいつらはギルドの中でも指折りの斥候職で、その上暗殺のスキルも持っているやろ? にも拘らず負けた……それもたかが幼女に!!! そこから考えられるんは、何らかの特殊な力か技術を持っていると――」
「ええい、難しいっ!!!」
頭から蒸気を沸かせたファーティマの拳が、廃屋の壁を殴りつけ、壁が音を立てて弾け飛んだ。
「はぁ……」
とユースフのため息が漏れる。
(いくらギフト持ちの実力者いうても、こんなんと付き会うてたら、身が持たん……なるべく早めに解決したいところやな……)
そんな考えをおくびにも出さす、ユースフは胡散臭い笑みを一切崩すことなく、おだてるような調子でファーティマを鼓舞した。
「……要は、姐さんならあいつに勝てる言うことです!」
「そうか――では、改めて! おしめの取れてないガキを退治に行くぞ!」
ユースフの言葉に気をよくしたファーティマの猛る叫びが廃墟へと木霊して、ギルドを後にした。
第三者から見ればほんわかした雰囲気にみえたのだろう、宙に浮かぶ絨毯の上の三人を、遠目で見ている者がいた。
云うまでもなく、走竜に騎乗したファーティマとユースフの二人で、親指と人差し指を輪っかにして、その中を覗いている。
この世界では、千里眼の魔法などと呼ばれている、盗賊たちが好んで使うものらしい。
「……あれが部下たちをやったのか?」
胡乱な目をするファーティマが、竜の上からユースフへと問い質す。
「どう見てもただのガキにしかみえんぞ? 『ファーティマの手』の人選を誤ったのか?」
ほんわかと、まるでピクニックにでも出かけた幼い女の子三人が、きゃっきゃうふふとしているようにしか、ファーティマには思えなかったのだろう。
「まあいい――あたいが負けるなんてことはないのさ。そうだろ、ユースフ?」
尊大な言葉を吐き捨てて、ファーティマは竜を走らせた。
「……」
(一睡もできなかった……)
目元に隈を作りながら、いかにも寝不足といった顔のアリカがフラフラしながら起き上がる。
朝の目覚めとしては、最悪に近い。
絨毯の上にはエリーナとリュボーフィーが絡まり合いながら、まだ寝息を立てている。
単純に寝相が悪いのだろうか、よく絨毯から落下しなかったものだと妙な感心をするアリカ。
偶然とは言え両手に花という、理想的なポジションにアリカは入ることができた、そこまではよかった。
前世の勇者時代には終に来なかった夢のような状況……にも拘らず――
(何故ボクは女なのか……っ!!?)
男であれば素直に喜べたものを、如何せん今は幼女でしかないアリカは、そこを歯軋りして悔しがる。
確かに女同士であれば、相手も警戒心を緩めてくれたりするだろうけれど……
少年の心を残したままでは、いくら幼女だとしても、あまりに刺激が強すぎたといえるだろう。
興奮が酷く、おかげでこの通りの睡眠不足、徹夜明けの頭は碌に働かない。
(ね……眠い……)
流石に体は幼女のものだけあって、バイオリズムは勇者時代とは比べ物にならないほどに脆弱だ。
勇者時代の力があるとは言え、万能ではない。
「「ふぁ~~」」
と再び目を覚ました二人の少女に目をやって、ため息を吐くアリカだった。
(変な宗教の街から付いて来た少女に、帝国から追われている少女……)
厄介事の予感しかしない。
実力では後れを取ることはまずないだろうが、しかし面倒くさいことには変わりがない。
(まさか置いていく訳にもいかなかったしなぁ……)
折角パヴェシェンヌイ教の生贄になるところから救い出しても、あのまま街に残していてはきっとまた同じことをする――結局あの喧騒の中で、リュボーフィーを絨毯に寝かせたまま、逃げるようにして街を後にしたのは正解だったのか、それとも不正解だったのか。
昨夜の彼女は別人のような振る舞いを見せていた。
訝しむべきだろうが……
(助けた以上は最後まで責任を取るべき……だよな)
街には子供がいなかっただけでなく、ザイルの嘘を暴いたら、何故か街の住民の信仰心が高まってしまうというのは予想外ではあったけれども。
(それにしても、どうしてこう、次から次へとボクの前には面倒ごとばかり起きるんだ?)
折角転生したというのに、再び誰かからノルマを与えられているのではないのか――などと他愛もないことを考えていた、その時だった。
「――!?」
馬蹄……いや、竜爪というべきだろうか、地響きが微かにアリカの耳へと飛び込んできた。
咄嗟にリュボーフィーとエリーナへと視線を移すアリカ。
嫌な視線がこちらを突き刺すような感覚に襲われるその瞬間、
「きゃっ!?」
「あっ!?」
二人の動きが、凍りついたようになって、動かなくなった。
時間でも止まったかのように。
(金縛り? ……いや、もっと何か違うような)
そして、地響きはあっという間に三人の直ぐそばまで近づき、嘶きとともに止まって、騎乗していた女の怒鳴り声が耳へと突き刺してくる。
「お前が『ファーティマの手』の顔に泥を塗ったガキか?」
竜の上で問いかける女盗賊は、険しい形相でアリカを睨みつけていた。
アリカからすれば、初めて見る顔だ。
「……誰?」
が、返答が拙かったのか、それとも元々自制心を欠いているのか、女盗賊ファーティマは手綱を引き、竜が大きく体を捻らせて、尻尾がアリカへと飛び掛る。
勢いよく振り下ろされた尻尾は、硬く頑丈な岩を砕いた。
割ったのではなく、砕いたのだ。
尤も、アリカは無傷だったけれど。
「あいつらは、どうでもいいが……あたいら盗賊にとって、面子ってのは死ぬより重いもんなんだよ」
鋭い視線がアリカたちを突き刺した。
絨毯の上で固まっているリュボーフィーとエリーナを見て、アリカがファーティマを睨みつけた。
「二人に何をした?」
「へへへ……」
挑発のつもりだろう、侮辱じみた笑みを見せるとファーティマが宣告する。
「あたいと決闘しろ。もし勝つことができたら――と言っても無理だけどな――そいつらを解放してやるよ」
「決闘……?」
が、やるしかないらしい。
二人を元に戻すにしても、どのような魔法や術式を使ったのかが分からなければ、直しようがないからだ。
「……それで、勝利条件は?」
ファーティマは言った。
「どちらかが死ぬまでだっ!!!」
ひとまず読み返してみて、やっぱりしっくりこないエリーナの設定。
それ以上にアリカのうまく動いていない感。
という訳で、一週間……いや三~四日時間をください。




