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「お前らは三人、穴は三つ……」

冒頭から暴行シーンがあります。

苦手な方はご注意ください。


 ウラジドゥラークから離れること徒歩三時間ほどの場所で、事件は起ころうとしていた。



 「あ……はぁっ!」


 息を切らせながら、幼げな少女が荒野を駆けていた。

 ボロボロの薄汚れた布切れ一枚を頭から被り、鳥をかたどった槍を持って、裸足だからか土にまみれ傷だらけの少女は、息を切らせ涙目になりながら、その顔は恐怖に引きつっている。

 この赤毛で赤い目をした幼げな顔立ちの少女は、すぐそこに迫る大人たちに追われていた。

 運の悪いことに盗賊たちに目をつけられてしまったのだ。

 そして 怒声を放ちながら、少女を追いかける盗賊たちのギラつく目は、獲物を狙う獣を彷彿ほうふつさせる。


 「待ちやがれっ!」


 「逃げるんじゃねえっ!」


 「黙っていうことを聞きゃあいいんだよっ!」


 昔の漫画に出てくるようなデフォルメされた大きな鼻を揺らせながら、ゆったりとしたズボンとチョッキ、それにターバンを巻き……腰にはシャムシールを帯刀した、所謂盗賊の風体をした三人の男たちだった。


 「あ――っ!?」


 と、足元の石に蹴躓き、少女は前のめりになって、顔から地面へと盛大に転んだ。


 「~~~っ!?」


 土煙を立てると、膝や腕を擦り剥いた痛みが少女へと襲ってくる。

 だが、痛がっている暇など彼女にはなかった。


 「へへへ……」


 薄気味悪い笑みを浮かべたヒゲモジャな男たちが、すぐそこに迫っていたからだ。

 目を血走らせて、興奮した荒い息に含まれる鼻を突くアルコールの刺激臭……男たちは酔っていたのだろう、彼らが何を考えているのかは少女には分からなかったが、しかし彼女にはこれから自分の身に起きるだろう事が、嫌でも想像できてしまった。


 「……めて」


 か細く震える声で、身を縮込ませながらも、それでも勇気を振り絞って出した言葉だったが、男たちにとってはそれは更なる興奮を呼び起こすものであったらしい。


 「げへへ~~~! 一番のりぃ!!」


 パニックになった少女は地面に転がった自分の槍を手に取ろうとしたが、それより速く、盗賊の靴が彼女の伸ばした手を踏みつけた。


 「けへへ……」


 身を捩り盗賊の足から逃れようとする少女に、そいつは激昂して唸り声を上げた。


 「暴れんじゃねえ――っ!!!」


 奇声を上げ盗賊は、怯える少女の顔を、固めた拳で殴りつける。

 鋭い痛みが頬に走り、口の中に血の味が広がった。

 無力感が少女の体を走り抜け、凍りついた彼女は、身動きひとつ取れなくなっていた。


 (……助けて――)


 頭が真っ白になり、でも凍りついたように体が思うようには動いてくれない。

 自分の意思で体が全く動いてくれない――小刻みに震える少女の耳元で、彼女を組み伏せた盗賊がドスの聞いた声でささやく。


 「言うことを聞けば殺しはしない……まだ、死にたくはないだろう?」


 男の湾曲した刀が、少女のローブを切り裂き、彼女の白い肌が露となる。

 刃筋が少女の肌に滑らされ、恐怖に彩られた息遣いが盗賊たちを更に凶行へと駆り立てるという悪循環。


 (もう、だめーーーーー!!!)


 ズボンに手をかけ引き下ろそうとした盗賊たちが、飢えた野犬のごとく少女へと――


 「おいっ!」


 と少女に圧し掛かっていた盗賊の肩へと手が乗せられた。


 「俺が先だろ?」


 苛立ちを一切隠すことなく、直情的な欲望を自制できない彼ら盗賊の一人が睨みつける。


 「俺が、こいつを、最初に、発見したんだぞ?」


 怒鳴り声が辺りに響く。


 「なら、最初は俺からってのが筋ってもんだろっ!!!」


 内訌なかまわれだった。


 「いや、待てよ」


 と別の一人がまたも割って入る。


 「こいつのプラーナを追跡していったのは俺だろう?」


 やはり声を荒げながら、この盗賊も先を争う喧嘩へと参入した。


 「俺がいなきゃ、こいつには逃げられていたんだ。なら、俺に先を譲るのが、盗道にのっとる行いってもんじゃないのか?」


 「何を言ってんだお前?」


 「発見者の権利だろ? パーティの取り決めを読んでみろよ。俺の――」


 「黙れっ! 早い者勝ちだっ! それに依頼のクエストを掲示板で見つけたのはこの俺だぞっ!」


 「お前こそ黙れ! 俺いなきゃ見失っていただろうが――」


 「「「んだと、やるか――」」」


 興奮状態にあるためか、盗賊たちが理性的な判断ができないだけなのか、どちらにせよ少女へと降りかかる悲劇が、ほんの少し先延ばしにされただけだろう。

 何故かここへきて、互いに内訌ないこうをおっぱじめる盗賊たち……だが、そこへ何者だろうか、声がかかった。


 「……なあ?」


 声は男たちの後ろから聞こえてくる。


 「誰が最初か、なんてことはこの際問題ではないだろう?」


 まだ少女へと救いの手を差し伸べてくれる人間がいる――だが声の主は、僅かにでも希望を抱いた少女を打ちのめす言葉を口にする。


 「お前らは三人、穴は三つ……」


 少女の顔が深い絶望に包まれ、死んだ魚の目が世界を見渡した。

 



 「あああ――っ!!!」


 「いいいっ~~~!!?」


 「ひゃああああああああっ!!!」


 悲鳴が荒野に木霊した。

 じたばたともがく手足が不自然に絡まりながら土煙を立て、辺りに立ち込める汗や得体の知れない臭いが鼻を突く。

 口々から漏れ出る聞くに堪えない叫び声が、よりいっそう耳障りで、連結部から出る音が、それに拍車をかけて不快感を催す。

 そんな中にあって一人、大きくため息をつく人影が、後悔の念をこめた口調で吐息した。


 「……気持ち悪いなあ……」


 絡みつく半裸の男たちが、ウロボロスだか知恵の輪のように互いに絡まり合っているさまは、一体どういう地獄絵図だろう。

 腫れ上がった顔に血だらけで、全身に打撲や裂傷をこしらえて、盗賊たちは互いに連結させられていた。


 「BLが嫌いな女はいないってのが相場だと聞いた覚えがあるんだが……あれはどうやら迷信だったらしい……まあ、BLじゃないけどな……」


 いくら精神が肉体に影響を受けるといっても、まだこの新しい体には精神の方が追いついていないのだろう。

 嘔吐感がこみ上げてくるも、何とか耐え切って、まだ怯えている少女の方を向いた。

 ハーレムパンツにビスチェの上からチョッキを着て、腰にはジャンビーヤを差している、銀髪で灰色の瞳の、少女より若干幼げな顔だちの幼女が……アリカがそこにいた。


 「…………」


 アリカの治癒魔法で、殴られた傷はすっかりと癒えていたけれど、少女の目の下には涙の跡が残っている。

 当たり前だった。

 いきなりごつい男たちから襲われて、暴力を振るわれたのだから。

 震えが止まらないのか、幼女へと抱きつくこともできずに、ひとり肩を抱きながら震えていた。

 怖い時は何かに触れるのは、本能的なものらしい。

 見れば薄汚れたボロ布一枚しか身につけておらず、それだって盗賊アホのしでかした凶行の所為で見るも無残になっている。


 (……こういう時、どうすりゃいいんだ?)


 確かに見てくれは幼女のそれでも、中身は少年がまだ抜けきっておらず、人は自分の体験を通して人を見るから、少なくとも「襲われたこと」のないアリカにとっては、どうすべきかが分からなかった。

 手を差し伸べてみるも、


 「ひっ!?」


 と自分を庇うように手を向けて、身を縮こませるのは深い拒絶……アリカからすればショックだとしても、これは人間の正常な反応なのは間違いない。

 仕方のないことではあるけれど。

 かなり重症ではないだろうか?

 アリカは吐息した。


 (どうするか……怪我はすぐに処置すると、傷も目立たないくらい予後もいいというよな?)


 だから実際に、治癒魔法は直ぐにかけた。

 肉体の傷に対しては、万全といえるだろう。

 心が受けた傷についてはその限りではないが……


 (それは心に対しても同じではないか?)


 しかしながら心に効く治癒魔法など、仮にこの世界にあったとしても、アリカは知らなかった。

 なので次善の選択を探る。


 (恐怖を打ち破れるのは、それより強い感情――)


 何かって、例えば怒り。

 もっといえば、加害者の恐怖に引き攣った顔と惨めな状態は、心の傷への最高の特効薬であろう。


 「……」


 おもむろにアリカは腰のジャンビーヤを手に取ると、喘いでいた盗賊たちのナニかへと刃筋を立て――


 「ギャッ!?」


 「ギュッ!?」


 「ギョッ!?」


 間抜けだが悲痛な叫び声をあげた、ナニかが切り取られた盗賊たちがのた打ち回る。

 次いでアリカがビスチェから取り出したビンの中に、彼らのナニかが入れられて蓋がされる。

 呻いている盗賊たちへ、アリカは尚も追い討ちをかけた。


 「なあ、お前ら……」


 何が何だか分からない盗賊たちが混乱し怯えた表情を浮かべた。


 「これが何だか分かるか?」


 畳み掛けるようにアリカが問う。


 「お前らのこれな……一体いくらくらいの価値になるだろうな?」


 「「「……っ!!?」」」


 とんでもないことを言い出した幼女に、盗賊たちが凍りついた顔で固まった。


 「例えばこれをどこかの国の宦官とかにでも払い下げたっていいんだよ?」


 「お……」


 「おお…………」


 口元が震える盗賊たちが、何かを言わんとしている。


 「何だい? よく聞き取れないなあ?」


 わざとらしく、先ほど襲われていた少女に見せつけるように、アリカが声を張り上げる。


 「お……お願い……です」


 盗賊の一人が搾り出すように懇願した。


 「い……いくらでも……」


 「いくらでも?」


 「いくらでも払いますから、返してください――!!!」


 が、蔑むようにアリカが吐き捨てる。


 「それを決めるのはボクじゃないけどな。ねえ、キミならどうしたい?」





 

 「私はエリーナ……」


 焚き火を挟んで向かい合いながら、アリカはエリーナを名乗った赤毛の少女の身の上話を聞いていた。

 用を成さなくなった、エリーナの纏っていた布は既に焚き火の中に放り込まれて灰になっている。

 今彼女が着ているのは、アリカがヴォストクブルグの王宮からかっぱら……頂戴してきた衣装――元の世界で言うスクマーンに近い服だ。

 若干……いや大分アレなことをしでかした自覚があるアリカは、引かれるかと思いきや、意外にもエリーナは淡々としていた。

 まあ自分のことで精一杯だったのかもしれない。


 「ニャポニカから逃げてきたんです……」


 この世界の人族の帝国で、魔王とやらの侵攻を食い止めていたらしいが、最近政情不安定とささやかれる国、というのはつい最近聞いた話。

 エリーナは帝国のさる人物に命を狙われているのだという。


 「半月前に、ニャポニカの先帝が崩御ほうぎょされたのです。先帝は先取的で寛容な方でした。偉大な皇帝と惜しみなく賛辞を述べても足りないでしょう……」


 ニャポニカの内実は知らないアリカだが、エリーナの言葉の節々からは、それなりに全うな国で、名君だったのだろうと推測できた。


 「ところが……先帝陛下の崩御と同時に、それまで押えられてきた過激派なんかが跳梁跋扈ちょうりょうばっこするようになって……私は異端として国を追われて……助けてくれたのは……ありがとうございます。でも、私といたら、あなたにまで累が及びます。だから――」


 小さいのに、恐らくアリカと同じくらいの、いやひょっとすれば年下かもしれないのに、随分と大人びた口調、それに振る舞いをエリーナはしていた。


 (ボクがこの子と同じくらいの時に、こんなにしっかりとしていただろうか……)


 尤も転生した今となっては、意味のない問いではあるが。


 「で?」


 エリーナの言いたいことを理解できないアリカではない。


 「あの……私の話を聞いてました?」


 「勿論聞いていたよ」


 飄々《ひょうひょう》とした調子でアリカが返事をする。


 「私といたら、あなたまで帝国の過激派から狙われることになるんですよっ!?」


 狙われるらしい。


 「それで?」


 やはりコンニャクみたいな回答をするアリカに、焦燥した声でエリーナが声を張り上げた。

 赤い目が興奮しているようにも見える。


 「それでって……」


 「ボクの心配より先に、自分の心配をすべきだと思うんだ」

 呆れたようにアリカがため息を吐く。


 「そう思うだろ――」


 とアリカが問いかける。

 しかしそれはエリーナにではなかったけれど。


 「そこの岩陰に隠れているのは分かっているんだよ」


 何故分かったのかって?

 黒い影が岩の後ろからはみ出していたからだ。


 「出て来いっ!」


 それは岩陰からゆっくりと姿を現した。


 「……!?」


 黒い犬……のようにも見えるが、でも違った。

 形は確かに猟犬のようだが、そいつは唸り声を上げず、何より感情というものが読み取れなかった。

 何かって、影でできた犬がこちらを見据えていたのだ。

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