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「という訳で、死んでいただきますね、勇者様!」

人が読んで楽しいものを描くなら、まず自分が楽しいと思うものを……ということで、生暖かく見守ってやってください。

 「という訳で、死んでいただきますね、勇者様!」


 満面の笑みを浮かべて、聖女がとんでもない言葉を口にした。

 とても意味が分からない、そう青髪を揺らし、油の切れたブリキのおもちゃのように首を捻りながら、勇者と呼ばれたその少年は目の前の金髪碧眼で巨乳の少女を凝視する。

 薄手の白い布を彼女はトーガのように纏い、左耳に二つの赤と青のピアスをして、その豊満な胸が息継ぎするたびに揺れる。

 自分の着ていた鎧が音を立てて、手は震えて握り締められていた戦斧バルディッシュがカナカナと鳴いているようにも聞こえる。


 「……なあ、今なんて言ったんだ?」


 聞き間違いかもしれない。

 或いは魔王討伐の最終決戦の際に受けた傷が、例えば言語中枢とかを僅かにかすっていて、その所為で多少の言葉の理解に支障をきたしたのかもしれない。

 もしくは空耳?

 頭を捻り、何とかこの聖女の言葉を、肯定的に理解しようと試みたものの、しかしそれは徒労に終わった。


 「はい、私たち人族のために、勇者様は是非とも死んでいただかなくてはいけないのです!」


 これはあれか?

 全人類の罪を背負ってはりつけになれとか言う、スピリチュアルファンタジーの一環なのか……だが、これは出来の悪いジョークでも、隠しカメラを仕掛けたドッキリでもなかった。

 第一この世界にはカメラなんて発明は存在しない。


 「お前は何を言っているんだ?」


 「はい、ですからあなたに死んでくださいと今申し上げたではありませんか、勇者様!」


 無邪気に、それこそ後ろめたさも疚しさも感じていないような顔で、罪悪感の欠片も見つけることの出来ない声で、彼女は繰り返しそういった。


 「……どうして俺が死ななくちゃいけないんだ?」


 やはり意味が分からない。


 「ひとえに、人族の未来のためです!」


 何の迷いもなく、彼女は言い切った。

 彼女の……聖女の言葉は、冷酷な宣告にすら勇者には聞こえた。


 「人族の未来って……」


 「人族の未来にとって、勇者様は魔王亡き今、寧ろ有害な存在なのですよ」


 「俺が……有害!?」


 震える声で、勇者は批難するように聖女を睨んだ。

 「ええ、この世界にとって……人族の脅威だった魔王ドラクルがいたからこそ、あなたは勇者として異世界から召喚された。しかし、今この世界にドラクルなんて魔王は存在しない! そしてその魔王と肩を並べるほどの力を持ったあなたは、それ故に人族からすれば、魔王同様の脅威でしかないのですよ!」

 何と言う身勝手な物言いだろう。

 散々人族の誰もがやりたくなかった危険な役目を、それも物質的にも恵まれ安寧とした娯楽溢れる世界から召喚と言う名の拉致に及び、寧ろ感謝しろと言わんばかりの態度で接する異世界人たちを、それでも大人の態度で受け流して五年……遂に魔王を倒したと思ったらこれだ。


 「……ふざけるなよ?」


 「ふざけてなどいません。私はいつだって本気です!」


 と間髪入れず聖女は言った。

 ダメだ、こいつは話にならない――そう思った勇者は、他のパーティメンバーへと話を振る。

 聖女は乱心をした……だが、こいつらは違うはずだ、と。

 戦地へと赴き、互いの背中を守りながら、命をかけて戦った戦友たちではないかと――


 「世界はこれから平和になるべきなのね!」


 とゆったりとした衣装を羽織り、ボウを持つ弓使いの少女が口を開く。

 小柄な体躯で、イエニチェリを思わせるようなローブに包まれた、明るい栗色の髪の少女で、ついでに言うとひんぬーだ。


 「平和な時代に強大な兵器は必要ないというのが常識的な見解なのね!」


 こいつもか――!?


 (今は……何か? この世界で言うエイプリルフールとかでも流行っているのか?)


 だとしたら迷惑な話ではあるが、しかしそうであって欲しかった。


 「なぁ――お前なら……」


 最後の頼みの綱として目を向けたのは魔法使いの少女。

 黒い縁の広い尖がり帽子を被った黒マントの少女で、全身黒ずくめの上黒髪黒目の肌もちょっとばかし黒めの魔法使いが言った。


 「仕方ないですの。これも宿命だと、私も思うですの。魔王は人族を脅かし、最後は倒されるのが宿命、勇者はそんな魔王から人族を救い、一人静かに『おかくれ』になるのが宿命……人にはみなぞれぞれに与えられた宿命がある、そうは思いませんですの?」


 全く話にならない人間が追加で二人も増えた。


 「いやいや――なら、人族は魔王に倒される宿命を受け入れるべきだったってことになってもいいじゃないか――」


 との勇者の言葉をさえぎって、聖女が鋭い口調で言い放つ。


 「それは有り得ませんっ!!」


 「なら――」


 と勇者が反論する。

 人族の運命を変えたのだとしたら、勇者が運命を……『おかくれ』が何を意味するかはつまり死ねということだろうが、その未来を変えたって、誰にも文句を言う資格などあるはずがないではないか、と!

 にも拘らず、聖女と弓使いと魔法使いが残酷な宣告をした。


 「「「ですから、人族の未来のために、死んでください!!!」」」


 「……いやだ!」


 拒否した。

 というか、そんな犠牲になるために、命を懸けて危険を冒してまで、魔王と死闘を繰り広げた訳じゃない――納得ができる話では決してなかった。

 誰に訊こうが、満場一致で同じ言葉を言うはずだ。


 「「「勇者様が死ねば、全てが丸く収まるのです! どうか世界のために――」」」


 「冗談じゃない――!!!」


 話し合いのテーブルなど始めからなかったのだ。

 これはあらかじめ書かれていた、誰かのためのシナリオではなかったのか――交渉自体もあれだが、しかし交渉が決裂した今、もはや言葉は無意味、後は実力行使しか残されていないことは明白だ。

 自由か、死か――玉虫色の解決は有り得ない。

 勇者の闘気が辺りに満ち溢れて、地面にヒビが入り、或いは雲が裂ける。


 「悪いが、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ……」


 戦斧の柄を再び握り、構えを取る勇者を見て、聖女は冷たい笑みを浮かべた。

 青い目が凍りつくように勇者を射抜く。


 「なら……仕方ありませんね」


 と聖女の右手が上がったのを合図に、弓使いが矢をつがえ魔法使いが杖の先を向ける。


 「俺に、そんなものが効くとでも思っているのか?」


 一応はともに戦った間柄だ。

 最後に返答を変える機会、或いは逃げる時間は与える、それは情けのつもりだった。

 彼女らに救われた場面だって、この五年間には幾度となくあったはずだ。

 そんな三人を殺してしまうのは、流石に忍びない。

 だが、勇者のその判断は彼の甘さとなったのだ。

 弓使いの放った矢――彼女の赤い闘気を纏った――を同じく青い闘気を纏った手甲で軽くはじいた。

 軌道を逸らされた矢は、彼女の闘気を纏いつつ、木々をへし折りながら、向こうの山へと飛んでいく。


 「くぅ――ウチの矢を……さすがに勇者なのね!」


 当たり前だ、と弓使いを一瞥する。

 この世界へと召喚されたばかりの頃は、闘気プラーナを操作するどころか感じることさえもできなかった勇者……この世界へと自分を召喚した張本人であるはずの王国は、それについてのサポートなど一切することなく、ついでに言えば必要最低限の物資すら出すことを渋るほどの冷遇をしたのだ。

 しかし魔王討伐などというノルマは重くのしかかるばかり……元の世界へと帰ることもできずにいたが、だからこそ勇者としての素質を開花させることができた。

 何故かって、そうでもしなければ生き残ることができなかったからだ。

 誰よりも勇者としての力を必要としていたのは、この勇者自身というオチ。

 何しろやっつけ本番で、アンデッドの群れに放り込まれたり、武装した獣人兵が迫りくる中一人だけ置き去りにされたりしたくらいだから。


 (そいつらに比べれば――)


 聖女はともかくとしても、弓使いなど取るに足らない。


 「私に任すですの! お前じゃ力不足ですの!」


 と魔法使いが杖の先へと魔力を集中させる。

 黄色い光――破壊魔法を放つ気だ――勇者は瞬間的に魔法使いの次に来るだろう行動を察知した。

 この魔法使いの少女の最高の魔法……それが破壊魔法で、火の魔法を使いプラーナを原子核のように分裂させ、辺り一面を焼け野原とする、実に凶悪な魔法だった。

 爆発とともに、周囲は跡形もなく吹き飛び、更地にされた大地だけが残るという……しかし異世界人でもないこの魔法使いが、どうやって原爆みたいな発想へと至ったのかは不明だったが、しかし今はそんなことを考えている時間はない。

 勇者は左手にプラーナを集中させた。

 手からは青い光が放たれている。

 寧ろこちらの方が、被爆しそうだと思われるが、そんな冗談を言える余裕などない。


 「勇者様――さよならですの――!!!」


 青い光と黄色い光がぶつかり合い、衝撃波が周囲の木々を吹き飛ばし、岩肌を削り焦がしていく。

 魔法使いの放った破壊魔法を、勇者は同じ破壊魔法で相殺したのだ。

 爆音がととどろき、巨大なきのこ雲が舞い上がる。


 「全く――」


 手加減が難しい、と勇者は宙に舞いながら額の汗を拭った。

 そう、魔法使いの力量は、弓使いよりは上だが、その実力が――もとい彼女が隠しているだろう実力を――見抜くのにはかなりの労力が要ったからだ。

 少し力加減を間違えれば、彼女は弓使いや聖女とともに、勇者の破壊魔法で灰燼かいじんに帰しただろうことは間違いない。

 見れば地面には巨大なクレーターが作られていた。

 靴音がしたのも分からないくらいに全員が大地へと足を下ろした時――聖女の冷たい声が勇者の耳へと告げたのだ。


 「チェックメイトです、勇者様」


 聖女の手が勇者に触れていた。

 チェックメイトとは王手であり、つまり詰んだということを意味している。

 だが、何が?


 「さよならです、勇者様――」


 聖女がわざとらしく悲しげな顔をしてみせる。


 「何がさよなら――!?」


 と、勇者の体に異変が起こっていた。

 闘気が……いや、そればかりか全身のオーラ、この世界ではプラーナとか言うらしい生命力が、一ヶ所に集中していくのが……そしてその場所とは心臓だ。


 「これは――!?」


 「はい、私の奥義、『神風招来じんぷうしょうらい』ですよ、勇者様!」


 聖女が耳元でささやく。

 次いで弓使いと魔法使いの二人へと指示を出した。


 「勇者様は三十秒ほどでこの辺り一帯を巻き込み自爆します! 勇者様からは私たちへ逃げろと、お前たちを巻き込みたくないんだ、とのお言葉をもらいました!」


 言ってもいない言葉を捏造ねつぞうして、聖女はあくまでこれを美談として丸めようとする、その意図は勇者にも分かったが、しかしどうしたらこの術式を解けるのかを知らない。

 聖女にこんな隠し技があったというのか――なら、勇者なんて要らなかったんじゃないか――そう思いながらも、勇者はその場から立ち去ろうとする聖女一味を睨みつけて叫んだ。


 「おい、この術式を今すぐに解けっ!」


 しかし彼の言葉が虚しく空を切るだけだった。


 「何で――」


 タイムリミットが迫ってくる。


 「何故だ。俺が一体何をしたっ!?」


 だが、この問いに対しての答えを知ることはなかった。

 最後の一秒が終わりを告げ、周囲を巻き込んだ巨大なきのこ雲が立ち上り、一面は焼け野原となったからだった。


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