理事長
「どういう事でしょうか?」
試験会場の試験官だった男を前にして進は尋ねた。
試験の翌日、進が自室を掃除しているとパイロットコースの合格通知が届いき、ガッツポーズを決めた。
だが通知書と一緒に入っていた指示書を読んで、進は指示通りに理事長室――八島の最高責任者の部屋に入った。
「君を特務調査隊に入れたいんだよ」
「理事長に言われるとは私は幸せなんでしょうね。理事長直々にお言葉を賜るなんてですが私はパイロット候補生と思っていましたが」
教育機関であり研究機関でもある特殊法人八島の中には教育コースとは別に職がある。構成員は何らかの職に就く事を義務づけられている。
ただ教育コースと同じか似通った職に就くことが多く、他の職に就くことは滅多に無い
「それでも君の将来の為になると思ってね」
「授業料無料ですか? 初めからでしょう。一応、学園での職にも就くことになってますが」
学園は危険地帯であるグレーゾーンの中にあり、何時異世界のモンスターの襲撃を受けるか分からない。そして八島の構成員は戦闘に参加する義務がある。そのため、様々な特典があり、授業料免除もその一つだ。
それどころか給料も貰えるし、戦闘に参加すれば手当もでる。特別な戦果を上げれば、本給とは別に特別報償も出る
「八島の中でも一番給与の良い職だよ特務調査隊は」
「グレーゾーン、いや完全に危険と分かっている都内に分け入って調査する部隊ですか。ご免被りますね」
調査の最前線、魔物の跋扈するグレーゾーンの中に少数で進入して魔物の分布、行動を観察し報告する部隊が特務調査隊。時に魔物を捕獲する任務もあるため、非常に危険だ。
「ドローンでも十分でしょう」
今世紀に入って技術が進歩し格安になったドローン。勿論、今や魔境となった東京の現状調査のために使われている。
「勿論だ。だがカメラ越しだと分からないこともある」
だが、実際に人間が行かなくては分からないこともある。野営に最適な場所は、防御出来る場所はあるか。より踏み込んでモンスターと戦ったときどうなるかを知るには人間が直接行く方が効率が良い。そのために日本政府は八島を必要としており、特務調査隊が編制され派遣されているのだ。
「嫌ですねえ」
「そうかな、君は入ると思うけど」
「どうしてですか?」
「単純に実入りが良いからね。金が欲しいんだろ」
「パイロットになりたいんです」
「だが現状だと十分な飛行訓練は出来ない。ここに来る途中、ドラゴンが暴れているのを見ただろう。襲撃を警戒して今は訓練飛行の中止が命じられ出来ないんだよ、ここは。パイロットとして活躍するにも資格獲得までにどれだけの時間が掛かる事か」
空を飛べることの有利を知る学園として独自に航空戦力を補充できる手段を得ようと独自にパイロットの育成を始めていた。
しかし、幾ら法律が有名無実化しているグレーゾーン内でも飛行に必要な才能、技能を持っていない人間が空を飛べる事はない。適性があっても訓練を受けさせなければ、才能は開花しない。
自家用操縦士で四〇時間以上の飛行時間、報酬を貰える事業用操縦士で二〇〇時間以上の飛行時間が必要だ。旅客機のライセンスなら更に必要だ。
ここしばらくは異世界からの襲来は穏やかとされていた。その分、飛行訓練に当てられる時間が増えると進は考えていた。
だが先日のドラゴンを見る限り再び飛行禁止になる可能性が高い。
「ならばその間、収入を得るために調査隊に入ってはどうかな。手当ては学園の中で最高だぞ。飛行再開後の搭乗割りも君を優先し飛行時間が多く取れるようにしよう」
「ですが」
「死亡した場合の補償も確実に行う。残された家族の面倒は見るよ」
「……しかし」
「何より、見てみたくないか? 故郷を地上から」
「……意味があるとは思えませんが」
「かつての日常から見る事でようやく意味を成すんじゃ無いのか」
「……分かりました。しかし、パイロットコースの授業が受けられることを書面で改めて確約して下さい」
「私が信用出来ないと」
「はい、文書に残しておかないと何をされるか分かりませんから」
「はははは、何も信じていないか。故に私に担保を要求すると」
「ええ、ご不満ですか」
「いや、構わないよ」
理事長は机の上に紙を出して自筆で進との約束を箇条書きにして理事長の名で保証すると書き上げた。
「何だったら、公証人に正規の書類を作らせるが」
「ええ、是非お願いします」
「じゃあ早速作らせよう。公証人も常駐させているからね。しかし君は慎重だね」
「親であっても油断は出来ませんからね」
「慎重なのは良いことだよ。そういう人間を必要としている」
「あの巫山戯た幹部候補選抜試験を行っている八島ですからね。今更驚きませんよ」
「だが楽しめただろう。君が活躍出来る、いや楽しめる舞台――問題を出題して挙げたのだからね」
「確かに有り難いですね。しかも問題を自由に、納得するまで考えさせ調べさせ、聞きに行かせて貰い、解いて提出して公正に評価されて認められるのは嬉しいですよ」
「ははは、グレーゾーンだからこその自由だ。外の連中と一緒にしないで欲しいね」
「選んだ甲斐がありましたよ。しかし、なぜ私なんですか? どうして私を特務調査隊へ入隊させようとしているんですか? 大勢の候補者がいるのに」
「二つある。一つは特別調査隊の第三班班長である桐島姫理香の希望だからだ。是非班に入れて欲しいと頼まれているんだ」
「桐島姫理香ですか」
進は少々ウンザリしつつも納得した表情となった。
「残り一つは何ですか?」
理事長は進に近付き、耳元で囁いた。
「君は転生者だろう」
「……はじめから解っていたんですか?」
「まあ、転生者、記憶を取り戻していたら分かるね。そのための試験でもあるし」
「どうして分かるんですか?」
「転生者か否かを判断するのもあの試験の目的の一つさ。転生者なら今度こそはと思っている。その気持ちがあるかどうかで、見極められる」
「なるほど」
進は納得しなかったが、とりあえず追従しておいた。
「では、早速向かうとします」
「ああ、もう一人志願者がいるから彼女も連れて行ってくれ」
「彼女?」
理事長の言葉に進は疑問符を浮かべた。