試験とは
「……は?」
進の行動に遥香は唖然とした。
今は試験中だ。筆記用具以外の物を持ち込み使用するなど常識外だ。カンニングで即刻退場になってもおかしく無い。
試験官を見ると、スマホを弄くっていて受験者の方を見ていない。
カンニングしていると伝えるべきだろうか、と遥香は考えた。
違法行為なのだから教えなければ、何よりライバルが一人減る。
それで良いの?
自分が進を蹴落とそうとしている自分に気が付いて遥香は手を上げるのを躊躇った。
そんな卑しい気持ちを一般常識に包んで指摘するのが良いことなのか遥香は悩んだ。
「試験官!」
遥香が考えあぐねていると、進を挟んで反対側に座るローブの女性が手を上げて叫んだ。
「何かね」
ようやくスマホから顔を上げた試験官が彼女を見る。
「カンニングです。この人スマホを見ています」
犯罪者を見つけて通報するような声が試験会場に響き渡り、受験者の視線が彼女に集まる。
今ローブの女性は誇り高く述べているのが遥香には分かった。
他人がミスを犯して下がる様、違反してランクダウンする姿がどれほど自分を安堵させるか遥香は知っている。自分が強くなる訳ではないが、ライバルが減るという安堵感が生まれる。
これでライバルが一人減るという安堵感は確かにあったが、ここで終わりなのかという絶望感と不安感が遥香の心に広がった。
「……はあ」
ただおかしな事に試験官の行動は溜息を吐くだけだった。
いや、この後からおかしかった。
「それが何か問題ですか?」
試験官は訴えた受験生に尋ねた。思わぬ問に受験生は一瞬、言葉を喪ったが、直ぐに口を動かす。
「……いえ、隣の人はスマホを見てカンニングをしていますよ」
「だから、それの何が問題なんですか?」
だが試験官は変わらぬ態度で、寧ろ告発した受験生を叱るように言う。
「カンニングをしたら違反でしょう」
「なぜそうなるんですか?」
「普通そうでしょう」
「あのですね」
試験官は聞き分けのない子を諭すように言った。
「他の試験は知りませんが、この選抜試験では、注意事項の他に決まり事はありません」
「カンニングしても良いのですか」
「カンニングというのは正しくありませんね。試験中受験生は調べることは許されています」
「スマホを持ち込んで調べても良いのですか」
「ええ、試験に必要と思われる物を持ち込んで良いのですから。受験者の判断に任せています」
「カンニングして合格して良いというのですか」
「ここは異世界との最前線にある学園なんですよ。人類の叡知を駆使して対応しなければならない場所なんです。人一人の頭の中だけで解決するような問題ではありません。世界中の情報から必要な物を選択して実行する必要があるんです。そのために学園は存在します。何より教科書さえない場所に向かうのです。教科書を丸暗記しただけで活躍出来る様な場所ではありません。寧ろ教科書を作る立場の人間が必要なのです。必要な情報を見つけ出し活用出来る人材こそ学園に必要です。学園の選抜に入ろうとしている人に制限を課すようなことなどできません」
「で、でも他人に答えを聞いて書いたらその人の能力を調べることが出来ないんじゃ」
「正解があるとして、その正解を知っている人との人脈があるというのは、素晴らしい能力であり財産です。学園はそのような人こそ求めています」
「そ、それは不公平では?」
「不公平? あなたは世の中が公平だと言うのですか? 実際、公平だったことはありますか」
試験官の言葉に彼女、いや会場の全員が黙り込んでしまった。
あの日、爆発が起きた後幾度もテロが起き多くの被害者が出た。進にすれば自業自得と思うのだが、多くの人にとって災厄としか言いようが無く、ある者は死に、ある者は怪我を負い、ある者は生き残った。
更に異世界とのゲートという異物も出て災厄は更に加速していった。
そうした線引きが突如降り当人達の正邪、人生、年齢、性別など関係なく決めてしまう。その場に居るか居ないかだけで決まってしまう、逆説的な公正さで決まってしまう。
この会場にいた全員が一年以上前から身を持って知ってしまった事だ。
「あなたが、これまで答えを知る人々、素晴らしい叡知を持つ人や書物と知り合えなかったことは残念だと思いますが、貴方の交友関係が乏しかったのでは致し方ないでしょう。それに最後に回答を記すのは受験者自身です。他人から聞いた知識が間違っている否か、いや自分が自信を以て回答出来るか否か見せて貰うのが試験の目的です。何より学園は他人に聞いたことをカク程度で合格出来るような簡単な問題など出していません。他の学校と一緒にしないで下さい」
「で、でも、それで良いんですか」
「私たちは選抜に入る人間を選んでいます。その責任を負うに耐えられる能力があるか否か。学園にとって必要な人物かどうか、学園の責任で見極めています。合否も含め、この試験の結果を全て学園は受け容れます。そのために必要十分な試験であると考えております」
「ちょ、考えられない」
「それより貴方は何を騒いでいるんですか」
「え? いや、カンニングを指摘して」
「隣の受験者の邪魔をしているようにしか見えませんが」
「え?」
「何ら問題を起こさず調べている受験者を、自分勝手なルールを押し付け強要し詰問し試験を妨害しているようにしか見えません」
「試験時間にスマホを見るのは違反でしょう普通」
「先ほども言いましたとおり、ここは他の学校ではありません。学園の全ての人間が学べるよう活躍出来るよう施設を充実させています。Wi-Fiも試験会場も含めて使えるようにしています。何よりこれから選抜に入ろうとしている方々に学園の施設や設備を使わせないよな狭量な精神は学園にはありません。寧ろ文明の利器を活用出来ないような人に幹部候補に入ってもらいたくありません」
「も、問題を解くためには何をしても良いの」
「学園の規則に反しない範囲で」
「そんなの注意事項に書いていなかったわよ」
「ならば質問すれば良かったでしょう。メールで質問を受け容れると書いていますよ」
「普通しないでしょう」
「確認さえ行わなかったのですか? ここは異世界との最前線に立つ学園ですよ。未知の事象は勿論、曖昧な事柄、非合理的な事を一つ一つ確認して進まなければならないのですよ。自分が確認を怠った事を責任転嫁するのは止めて貰いたい」
「な、何を」
「どうやら貴方は幹部候補には不向きなようです。退場して下さい」
「……どういう事です?」
「貴方の試験は終了です」
「どうしてですか!」
「騒ぎを起こした事による試験妨害です。何より貴方が幹部候補には不適格だという事がハッキリしました。自分の基準を他人に押し付けて妨害し迷惑を掛けるような人間など選抜には不要です。何より自ら動かず、他人を貶すだけの矮小な人間など不要だ。とっとと出て行け」
試験官は扉を差して命じた。
「でも」
「出て行け! 八島は君を必要としていない」
彼女はなおも抵抗しようとしたが、試験官が睨み付けてきたため、黙って自分の筆記用具をかたづけて出て行った。
「あの」
彼女が出て行った後、進が試験官に尋ねた。
「何でしょう?」
「学園の施設を使って良いと仰りましたが、格納庫や管制塔に行っても良いのでしょうか?」
「ええ、勿論です。今後学園を使用するのですから問題を解くのに必要と判断したならば向かっても結構です」
先ほどとは打って変わって試験官は笑顔で進に答えた。
「これから向かって良いんですか?」
「はい、選抜に合格すれば使用することになりますから確認する為にも行って下さって結構です。終了時刻までに解答を記入して提出して頂ければ問題ありません」
「よし、機体を確認しに行こう」
すると進はそのまま試験会場を出て行った。