幹部候補試験
「もお最悪」
助けられた恩人が隣人となり裸を見られ銃を乱射して怒られて遥香の心は苛立っていた。
その直後に受験票と説明を貰ったから余計だ。
結局、襲撃と事件の疲れからそのままベッドに入ったが、上の階からベッドが軋み男女の熱い声が流れて余計に眠れなくて散々だった。
お陰で試験勉強はしていない。もっとも選抜試験の問題は、外部に公開されておらず試験対策など出来ない。
試験対策をおこなってくれる予備校などないし、あったとしても転生者のテロの標的になっており、機能不全の状態。結局自分で対策を施すしかないのだが、グレーゾーンの中で行われる試験の情報は殆ど入ってこない。
周りからの言葉によれば自分の好きなことをしていれば問題無いというのだが自分の将来を決まるとなれば軽々しく考えられない。
「何としても合格してやる」
学園は他の組織と同じく、指揮系統とそれを確立するための階級が作られている。
新興の組織のため非常に簡単なものだが、上から理事長、理事、幹部、幹部候補、学生となっている。
一種の学校組織だが、教員は別枠で設けられている。自分の専門知識を他の組織員に教えるときだけ教員としての資格を与えられ授業の時とその準備、片付けの間だけ先生となる。
その他は階級によって分けられ、ほぼ絶対的な命令系統となる。
異世界のモンスターと戦う最前線であるため勉強よりも戦闘に重点が置かれているからだ。
だが異世界のモンスターに不明な点が多いため、それを調査する必要があるし、その手の専門家を育成する必要もあり、学校としての機能も捨てきれない組織。
OJPのある種の極とも言える組織とシステムだ。
「しかし、分からないわねこれ」
故に不明な点がこの学園には多く、遥香に渡された選抜試験の案内にもその不明な点が如実に表れていた。
選抜試験
明日九時より午後四時まで大教室で行います。
受験者の方は試験開始五分前までに着席して待機して下さい。
なお持ち物は当日必要と思う物を持ってきて下さい。
なお不明点、質問はメールにより二四時間受け付けています。お気軽にお問い合わせ下さい。
以上の事しか書かれていなかった。
「まあ、とりあえず必要な筆記用具を揃えてやって来たけど」
愚痴りながらも遥香は、指定された会場に向かう。
受験者達は指示通りに試験会場に入り、指定された座席に座る。
「何これ」
席に座って最初に驚いたのは既に机に分厚い封筒、試験問題と書かれた封筒が置かれていたことだ。
開始前に読まれてしまわないかという疑問の前に、カタログでも入っているのかと思えるほどの厚さと重さに遥香は驚いた。。
他の受験者達も席に着いている。ローブ姿の人が多いが予想したことだ。
「おう、また会ったね」
遥香に声を掛けてきたのは列車で一緒だった坂井進だった。
昨日の事を思い出して遥香は顔を背けた。進は溜息を吐きつつ、遥香の隣に座って話しかけた。
「やっぱり受験するのか」
「当然でしょう。貴方だってそのために受けるんでしょう」
「まあ僕はパイロットになりたいから」
一種の軍事組織である<学園>だが、一方で異世界に対応する研究機関でありその成果や支援要員を育てる教育機関でもある。そのため学園内には様々なコースが用意されていた。
中でも養成が始まったパイロット養成コースは人気で幹部候補だけで枠が埋まってしまう。幹部候補であることこそがパイロットコースの最低基準とさえ言われている。
パイロットコース以外でも階級が上から順に決まるので誰もが幹部候補を目指している。
「ただの学生で居るつもりなんてないわ」
幹部候補は同時に学園の管理運営などに責任を負う立場として参画することが求められており、指揮官としての立場を求められている。そのため何かと特別扱いされやすい。
遥香のように他とは違う事を証明するために受験する者も居る。
一応幹部候補並みの扱いを受けている二人だが、試験を受けて正式に幹部候補に鳴りたがっていた。
「えー、五分前になりました。皆さん着席してください。説明します」
前にいた試験官が腕時計を見て受験生に言った。
「開始時間と共に開けてください。それまでは見ないでください。分からないことがあったら手を上げて質問してください」
それだけ言うと試験官は黙った。それでだけで説明は終了だった。遥香は戸惑うが、それ以上尋ねるのは躊躇した。
ざっくばらんな試験官の説明のあとは沈黙と共に時間が過ぎり、始めの合図が鳴る。
同時に受験者は全員が試験問題の封筒から中身を取り出す。
早速、遥香も試験問題を出して共通問題から読み始める。
試験は共通問題と選択問題で構成されており、共通問題は必ず解き、その後にある何百問もある選択問題から好きな問題を最低一問解く。
共通問題で全体の得点を出して順位を決めて、選択で各コースの適性を見ると遥香は判断した。
ならば共通問題を確実に解くことで上位に入れるとこれまで幾多の模試を受けてきた遥香は確信し目を皿のようにして問題文を読み込む。
問一 七羽の鴨が池にいました。一羽を撃ちました。池に残った鴨は何羽でしょう。
問二 三〇キロ先へ行くときの所要時間を答えよ
問三 〇と△は同一か否かを答えよ。
問四 八百屋さんとその他の関係を思いつく限りカケ。
問五 生まれ変われるとしたらまた、同じ自分に生まれたいですか?
「……はあ?」
問題文を読んで遥香は困惑した。
最初の問題が酷く簡単で小学生一年レベルの問題だ。馬鹿にしているようにしか見えない。そして残りの四問はおかしな事を聞いている。
問二は、速さを示す文章が書かれていない。
問三は、図形問題として明白なものだ。
問四は、八百屋の関係が何だというのか。
問五など問題文なのか疑問だ。
「まあいいか」
最低限の知力があるかを確認する為の問題だと思う事にして常識的に考えて答えていくことにする。
(問一は七引く一で六羽。問二は回答不能、移動速度が書いていないんだから。○と△は別物。八百屋さんは野菜を市場で買ってお客さんに売る)
書き進めた遥香だったが問五で鉛筆が止まる。
お嬢様学校に入ってエスカレーター式に大学を卒業して企業に入れたはずなのに、あんな事にならなければ、ここに来ることはなかった。
遥香は自分に生まれ変わりたいと書いた。
「選択問題はどうなっているのかしら」
共通問題を答えた後、数百問からなる選択問題を解く。その中の一問に答えるだけで後は幾つ答えても問題無い。
「って範囲が広い」
最初の何問か問題文を読んでみたが機械工学、生物学、心理学、歴史学など多彩な学問から出されている。
いずれも大学レベルの問題であり、高校生程度の遥香には難しい。
(いや、入学テストで学力は十分にあると考えているのね)
ここに入る前、名古屋で入学テストを受けている。高校入試程度、中学卒程度の知識と計算、読解を問うだけの簡単なテストだった。
中卒以下は足切り、ここは吹き零れをすくい上げるテストだと考える。
「お、ヘリのフライトプラン作成の問題があるな。やってみよう」
隣の進は自分好みの問題を見つけて喜んでいる。
元からパイロット志望と言っているだけにそっちの方面の勉強はしているのだろう。その手の問題文を見つけて解きに入っている。
「えーと、地図上のランドマークは何処が良いだろうな」
遥香には分からない言葉だったが進は悩んでいた。
「低空飛行のヘリは地上のランドマークを確認しながら飛行する」
独り言にしてはやけに大きな声だったが、気が付いていないのか進は続ける。
「GPSもあるが、機器の故障、誤差や電波障害を考えて地上の目立つ建物や地形を見て飛行することが推奨されているんだけど、あの日以降関東の地理は変わってしまっているからな」
進の事は気にせず自分が解くべき問題を遥香は探そうとする。しかし、問題の数が多い上にいずれも高難易度。自分の解ける問題を探すだけでも大変だった。
「現状を正確に記入するべきか、チャート――航空地図にそって書くべきか」
その隣で進は悩み始めた。試験問題に出ている地図上の目標物を優先するべきだが、建物の多くはゲート出現時に壊されていて位置確認に使えない。
「やっぱり現状を表したもので書いた方が良いな」
進は決断すると自分の鞄からスマホを取り出して検索を始めた。
今の現状に後進された航空地図、あるいは検索エンジンに付いている衛星写真を呼び出すためにスマホを動かし始めた。