おしどり荘
突然の事に遥香は何が起きたか分からなかった。
シャワー室に入ってシャワーを浴びていたら奥の扉から隣室の進が裸で入って来た。
とりあえず、シャワーの栓を閉めると、自分の部屋に戻り、小銃を握りしめて戻り、銃口を進に向けた。
「……ああ、ファイナルカウントダウンか」
「貴方の寿命がね」
「違う! 映画の題名だ!」
進はフリーズした脳を再起動させ、冷酷な声で死を宣告し処刑を実行しようとした遥香の指を止めるべく必死に回転させて説明する。
「アメリカの原子力空母ニミッツが真珠湾攻撃前にタイムスリップする話でF14と零戦の空中戦で有名な映画だ」
「それが何の関係が」
「マーティン・シーン演じるミスター・ラスキーのあてがわれた部屋は、飛行長オーウェン中佐の部屋と繋がっているんだ。何故ならそれがアメリカ海軍の仕様だからだ。スペース節約か水回りを最小限にするためかトイレ・シャワーは二部屋に一つで、両方の部屋から入れるようになっていて繋がっている。ここは元アメリカ海軍基地で建物の仕様も艦艇と同じだ」
映画の内容と建物の構造を進は早口で捲し立てる。自分の命が掛かっているだけに必死だった。
「つまり、はじめからトイレ・シャワーは扉を隔てて隣室同士で繋がっていたと」
「そうだよ」
進に指摘されて遥香も気が付いた。シャワー室が部屋の広さに比べて倍以上あった。その上、更に奥に繋がっているなどおかしい。隣の部屋を浸食しなければ構成出来ない。普段なら予想より広いことにおかしいと気が付くが疲労で気が付かなかった。
「あのさ」
「な、なに?」
「シャワー浴びても良い?」
進の言葉でようやく自分の現状を思い出した遥香は叫んだ。
「ば、ばか! そんなこと出来る訳ないじゃないの! 自分が使った、使うシャワーを男子に使われるなんて、使うなバカッ」
「って、ここはトイレも共用なんだが」
「外のを使って!」
「ん、な無茶な……っっわ、撃つな!」
進は咄嗟に後ろに倒れて銃撃を躱す。曳光弾の残す残光に一瞬の美しいと感じた直後直後に後頭部がぶつかった壁の衝撃で新たな電光が煌めき意識はブラックアウト。更に弾痕から落ちるコンクリートの欠片と粉塵で埃まみれとなった。
「二度と来るな!」
マガジンが空になるまで撃ちまくったあと、遥香は進を追い出すとドアを閉めて掃除用具のブラシを見つけると内側からノブをロープで固定して開かないようにした。
「全く、なんて所なのよ」
「それで最後まで案内したの?」
「ええ、仕事でしたから」
案内を終えた美咲は自分の職場に戻って上司である姫理香に報告した。
「でも建物の前に行くだけで限界でした。あのおしどり荘ですから。家族向けの寮ですが、年齢性別問わず入れることを逆手にとって名義貸しをして売春がおこなわれているラブホか売春宿みたいな場所ですよ」
「家族かどうか確認するのが大変だからね」
「まあ、そこに部屋割りが決まってしまった遥香さんはお気の毒としか、言い様がありませんが」
「もう一人は構わないと」
「ええ、最初からおしどり荘を希望していたんですよ。欲情しているとしか言いようがありませんよ。本当に不義理な人ですよ進という人は。ルールとか解っているのかな。間違っても規則に厳正な特務調査隊に入って欲しくないですね」
「でも、そのことに気が付いたのは戻って来て書類を再確認した時じゃないの?」
「うっ」
姫理香に図星を指されて美咲は黙り込んだ。戸惑う後輩を数秒楽しんでから姫理香は
「どんな仕事でも任務でも情報収集は大事よ。せめて書類は全て隅から隅まで見る事」
「は、はい……」
姫理香に注意されて遥香の声は尻すぼみとなる。予想以上の成果を上げたことに満足した姫理香は美咲に助け船を出した。
「で、規則に則って練習は済んでいるの?」
「勿論です」
先ほどとは打って変わって元気に答える。
「既に実弾練習百発は打ち終わりました。その硝煙を消すためにシャワーも浴び終わりましたよ」
濡れた髪を揺らしながら美咲は姫理香に答える。
「成績も良かったようね」
「はい、百発百中です。問題ありません」
「そう、ならもう上がっても良いわよ」
「ありがとうございます。でも先輩は?」
「私も練習が終わってシャワーを浴びたいからまだ残るわ。処理したい書類もあるし人員補充もしたい」
「早く補充して欲しいですね。では、お先に失礼します」
美咲は禁煙と書かれた扉を閉じて出て行った。
部屋に残った姫理香はタブレットを持ったままシャワー室に入り、今日入ってきた新入生の書類を表示させた。
「進か」
御殿場訓練キャンプでの成績は優と不可のみ。自主的な欠席が多いがメカに対する知識と技術を評価されNコースからSコースへ選抜。
不服従の態度と課目によって落差の激しい成績は相変わらずだが、単独行動、判断能力、知識、教養に問題なし。訓練期間を繰り上げ本配属を許可。
「幹部候補選抜試験に願書出願中」
タブレットに出てきた進の経歴を読み上げ顔写真を見て、姫理香は上着の内ポケットに隠していたタバコとジッポを取り出すと口に咥えて火を点ける。
肺の奥まで煙を吸い込み堪能した後、天井の排気口へ吹き上げた。
「生まれ変わっても変わらないのね、あなたは。いえ、バカは死んでも直らないと言う事かしら」
姫理香は呟きながら進の履歴書を確認し始めた。