厚木基地
如何にも仮設というホームに進と遥香は小銃を持って降り立つと、監督官らしき人物がやって来て下りてきてフードを被ったケロリー達に怒声を浴びせ下ろして行く。
「酷い光景だ」
ケロリーに対して嫌悪感を抱く進だが、暴力的な行動はもっと嫌いだ。
そもそも不登校になったのも教師の暴力行為が原因だ。
だが、進としてもどうすることも出来ない。
火傷によって偏見を持たれた彼らは教育と就職の機会が少ない。
虐めの関係者、加害者と思われ、入学就職で弾かれやすい。隠そうにも火傷の跡が明瞭で整形手術でも隠しきれない。
東京放棄とゲート出現後の未知の疫病によるパンデミック、何より二〇世紀末から進む少子化によって若者が貴重となった今でも偏見から採用を躊躇う人間は多い。
そのため、八島や他の民間防衛会社に応募して最下層の雑用要員として働くしか道はない。彼等は集団で纏められると監督官に引き連れられ、ホームから出て行った。
「結構恵まれているわよね私たち」
「そうだね」
幸いにも火傷が無く、学力も多少はあった進や遥香は幹部候補並みの扱いで八島入る事が出来た。
そのため、一寸した特権、良好な生活環境が与えられた。
その分、小銃を持って護衛に付くよう命じられてしまったが、戦えずに殺されるよりはマシと二人は思っていた。
「坂井進さんに岩崎遥香さんですね。ようこそ八島学園厚木基地に。お二人をご案内させて頂きます美咲です」
残された二人を出迎えたのは美咲と名乗ったショートカットの少女だった。年齢は進と同じか少し下くらいの活動的な子だ。
「二人? 私は女子寮の筈だけど」
厚木には某国の脅威増大に伴い半島へ前方進出すると言う名目の元、ゲート出現時に返還という名の放棄が行われた基地と施設を譲り受けた八島が前線基地を設けている。
米軍時代の建物が多く残り、一部を学園構成員の宿舎にしている。
勿論、宿舎は可能な限り男女が分けられていた。
「実はこのところ、魔物の襲撃が多く建物にも被害が出ていまして、男子寮女子寮共に多くが破損し、他の寮に入れ替えている最中です。そのためお二人には家族用の宿舎が割り当てられ、ご案内する事になりました」
「そういうこと。で、私たちの宿舎は何処?」
「おしどり荘です」
何故か申し訳なさそうに美咲が答える。
「まあ、住めるなら何処でも良いわ」
小動物のように震える美咲を見て遥香があやすように言う。
「あ、ありがとうございます。では早速ご案内いたします」
駅を出て寮に向かって三人は歩いて行く。道の周辺にはやたらと小さい、高さ三〇センチほどの鳥居があちらこちらに建てられていた。
「やたらと鳥居が多いけど」
「在日米軍時代の名残です。米軍の人は日本と言えば鳥居だといってあちこちに作ったんです」
「……米軍の価値観は分からないわ。それとやたらと砂場が多いわね」
「あれはバンカーです。基地の至る所にゴルフコースを作っておりバンカーが多いんです」
「……本当に何を考えているのよ米軍は」
「で、おしどり荘はあちらです」
遥香がぼやいている間に目的の寮までたどり着いた。美咲が受付に行くと担当は顔を少し顰めた後ルームキーを受け取り二人に渡した。
「こちらがルームキーになります。お二人はお隣同士ですね」
「男女が壁を一つ隔てて同じなの」
「済みません。部屋数が不足していてどうしても男女に分けられないんです」
「ホテルみたいなものだろう」
文句を言う遥香に進が気軽に言って宥めた。
「それにここ以外だと、二段ベッドの大部屋らしいぜ。個室であるだけまだマシだと思うけど」
「本当に部屋数が少ないようね。分かったわ」
「ではわたしはこの後、練習があるので失礼します。解らないことがあれば案内の人に聞いて下さい」
「ありがとう」
美咲は丁寧に頭を下げて二人を残してその場を立ち去った。
「壁に耳を当てて私の音を聞いたり部屋に乱入しないでよ」
「しないって」
進に釘を刺したあと、返事も聞かずに遥香は自室に入った。
「……とりあえず荷物を解いたらシャワーを浴びるか」
取り残された進は、呟くと自分の部屋に入っていった。
「ああ、疲れた」
指定された自室に入った遥香は左側のシャワー室らしきドアがある狭い通路を抜けて、部屋に入り、荷物を放り投げ、備え付けのベッドに倒れ込んだ。
今日一日は移動のみの筈だったがドラゴンによる襲撃で応戦する羽目になり、一日中戦った。
今までは緊張で感じなかったが、ホッとした今は精神が弛緩して疲労感が襲ってくる。
「こんな時はお風呂にでも入るか」
ベッドの上に服を脱ぎ捨て、バッグからバスタオルを手に取り、小銃を銃架に置いた後、入り口脇のシャワー室のドアを開ける。
「思ったより広いわね」
トイレ付きのシャワー室だが、想像したより二倍は広い。しかも奥にもう一つ倉庫らしき扉があり、まだまだ奥がありそうだ。
「思ったよりも快適そうね」
倉庫の中身を確認したかったが、身体にこびり付いた泥や埃を洗い流したい欲求には勝てずお湯のバルブを回してシャワーからお湯を出し身体を濡らす。
元々細身だったが訓練で筋肉が付いて更に引き締まった遥香の身体を水が流れる。
濡れた髪が髪が遥香の身体に張り付くがシャンプーを付けて丁寧に洗う。
それから埃の付いた肌に石鹸を付けたスポンジで身体を擦り、再びシャワーで洗い流す。
身体を洗うのは終わったが、シャワーの温かさに勝てず、温もりを求めて暫くの間、遥香はシャワーを浴び続けた。
「あれ? 誰かいるの?」
聞き覚えのある声が突々に響いて遥香は声の方向に反射的に振り向く。
そこには隣の部屋に入った筈の進がシャワー室の奥の扉から全裸で出てきた。