帰投
「結局、帰るのに三日かかってしまったな」
厚木に戻るトラックの上で進は呟いた。
キメラを倒してから救援を要請し橋の上を渡ってきた部隊と合流。進達は戻るトラックに乗せて貰い帰っている。
日帰りでキャンプへ帰るはずだったのに気が付けば三日もいたことになる。
「でも、五日は厚木に帰れないはずだったのが三日で戻れるのは良いんじゃないの?」
「まあ確かにそうだが」
横に居る遥香の言葉に進は同意した。
数日かかるはずだった任務が短期間で終わったのは良い。
何より門の向こう側の人間であるソフィーと接触し連れ帰ることが出来たのは大きい。
特に未解明な魔法に関する情報を得られるのは大きい。
進達の功績は大きく報償が期待できる。
「良いのか学校を吹き飛ばして」
進がバイクに乗って囮となり、美咲が狙撃で援護、姫理香は全体の指揮、ソフィーが魔方陣作成という役割分担上、重要な校舎の爆破は遥香が行わなければならなかった。
学校に前世から不信感を抱いていた進はともかく、あの日まで学年トップだった自分の母校を遥香に破壊させるのは気が引けていた。
「良いのよ。どうせ誰もいないんだし、良い事も無かったし。何より」
「何より?」
「吹っ切れたわ」
ただただ教師の指定する箇所を覚えているかどうかを競うだけの下らない場所。得た知識が世の中で役に立つ保証が無いのに覚えなければ無能とそしられる。
だがそんな事に良いがないことはこの八島に来て、この数日を過ごす内に教えられた。
校内順位を上げる、唯それだけに血道を上げるという無意味で愚かで役に立たない下らない場所。そこに囚われていた自分。
それを自分の手で破壊できたことに遥香は満足していた。
その証拠に眩しいくらい明るい笑顔を遥香は見せた。
「……それはよかった」
苦笑しながら進は答えた。
出会って以来仏頂面しか見せた事の無い遥香がようやく見せた笑顔は、女神のようだった。いつもこんな笑顔なら進は大歓迎だ。
中で話し合っている内にトラックは厚木に戻って来た。
装備を持って三日前に出て行った第三班の部屋に戻る。
「お疲れ様、」
トラックで語り合う二人を見ていた姫理香がタバコを一本持て進に話しかける。
「ああ、ありがとう」
渡されたタバコを口にくわえた進は、既に日の付いていた姫理香のタバコから火を貰い吸い込んだ。
「今回は結構助けられたわ」
「運も良かったしな。まさか向こう側の人間と出会えるなんて思いもしなかった」
「運が巡ってきても掴む実力が無ければ無意味よ」
「ありがとさん。けど、自由に動けるように気配りしてくれた姫理香のお陰だそれは本当に感謝だ」
「それはどうも。けど、全く無茶して。前世もそうだったけど。本気でもないのに、やるとなったら、貴方自ら飛び込んでいくでしょう」
「ホント、バカは死んでも直らないな」
「全くね。……ねえ、進」
「何だ?」
「この世界に転生して良かった?」
「……そうだなあ」
タバコの煙を吐いてから進は答えた。
「自分で自分の事を決められる世界が良いね。たとえサイコロの出目を操れなくても投げる方向は決められる」
「好き勝手やっていると嫌われるわよ」
「今まで散々良い子演じてきても文句言われて来たんだ。どうせ文句を言われるなら好き勝手やらせてもらうよ」
「それはそうと先輩。室内禁煙は守って下さいね」
二人のやりとりを見ていた美咲が抗議の声を上げた。
「解ったわ。喫煙可に規則を変えておく」
「……って勝手に規則を変えないで下さいよ」
「あの部屋は第三班の物、第三班の班長ならば室内のルールを変えられる」
「班長命令に従え」
「えーっ、横暴ですよ」
「ルールは守る物では無く、ルール策定者が押し付ける物よ。嫌なら策定者になりなさい」
美咲の意見を斬り捨てて姫理香はタバコの煙を換気孔に向かって吐いた。
ただ、姫理香は美咲に配慮して彼女が居ないときに喫煙するようにしていた。
「さて、一服できたことだし、報告書を纏めてしまいましょう」
「あ、済まない。用事が出来たんで早引きさせて貰う」
メールを確認していた進が突然席を立った。
「うん? ……ああ、なら良いわよ。ただし一つ条件がある」
班長権限を使って進のメールを見た姫理香が無理難題を言い放った。
「なんで班員全員でやって来るんだよ」
数日前に降り立ったホームに向かいつつ進は付いてきた班員全員に恨み節を呟く。
「仲間なんだから隠し事は無しで。オープンにしましょう」
「けどな」
「はい、ストップ。進が私たちを大切にしていることは判る。変な負担を掛けないように気遣ってくれていることも分かる。けど、何でも一人で抱え込もうとしないで」
「けどな」
「抱え込みすぎて前世じゃ追い詰められていたでしょう」
「うぐっ」
姫理香の言葉に進は反論できなかった。
「と言う訳で、皆で一緒に迎えに行きましょう。貴方の大切な家族を」
『え』
驚きの声を遥香と美咲が上げたが、ホームに入線してきた列車の音に掻き消された。
列車が止まると貨車から何人か下りた後、最後の貨車から小さな人影が小動物のようにおっかなびっくり出てきた。
「菜奈子」
「! 進くん!」
だが進が声を掛けるとぶかぶかのコートを着た彼女、黒いショートカットでメガネをかけた小柄な少女は飛び出して進に抱きついた。
「道中大丈夫だったか?」
「うん! 平気! 配偶者用の特別研修も終わったよ」
「配偶者?」
不穏な単語に遥香の眉は吊り上がった。事実上の戦地だが長期間の駐留を考慮して配偶者の居住も厚木基地では許可されている。家族全員が関東出身で少しでも近くに居たい、或いは事情があって一緒に暮らしたいと希望する要員に対する優遇処置だ。
勿論、戦闘の可能性も有るので銃器などを扱うための研修が行われるが後方勤務のため比較的緩やかな訓練で済む。
問題なのは何故、彼女がそれを受けているかだ。
「紹介するよ。婚約している菜奈子だ。法律の問題があって今は結婚出来ないけどいずれ将来を共にする」
「マジか」
衝撃の事実が進から放たれ遥香は動揺した。
テロが頻発しゲートが開き異世界の魔物が入り込んできている、こんな時に何を言っているという意見はある。
だがこんな時だからこそ、心のよりどころが欲しいと思う人間が言うのも事実だ。
「あ、将来という事で今は恋人同士という事か……」
現実を否定するように遥香は呟いた。
「二人とも大丈夫だった?」
「ええ、襲撃も無く無事に到着出来たわ」
「二人?」
「はい」
ぶかぶかのコートの前を広げると、明らかに太ったのとは違う膨らみを持った腹が現れた。
「もうすぐ生まれるのよね」
「って、あんた高校生ぐらいだろう!」
「中学生でも好きになるときは好きになるし、将来を共にしたいと思う相手は出てくるぞ。それを非難するのはどうかと」
「世間一般では許されないだろうが」
「だからここに来ているんだよ。戦地という事で多少の我が儘は通る。それに給料も出るから家族を養うことも出来るしな。二人に対する責任を取るために俺は八島に入ったんだ」
確かに進の言葉には説得力があった。
未成年で危険な戦地に赴く理由に給料が出るので家族から独立したいという想いと共に、相手と一緒になりたいという理由で八島に入ってくる者も多かった。
寧ろそういう訳ありの要員を喜んで受け容れている節さえあった。
他では排除されるが、少しでも優秀な人間を入れて抜けられないようにするため。だが、他に行くあての無い者達にとっては天国とも言える場所だった。
「と言う訳で、今日から部屋に一緒に住むから宜しく」
「宜しくお願いします」
菜奈子が丁寧に頭を下げた。
「え、ええ宜しく」
どう見ても自分より年下の菜奈子に挨拶をするしかない遥香だった。
「じゃあ、行こうか無事に家族用の宿舎も手に入れられたしね」
進が菜奈子の荷物を持って歩き出した。そして遥香の横をすれ違う時、思い出したように告げた。
「そうそう、シャワー室の鍵開けて置いて。菜奈子も使うから」
一応ここで一段落です。
体調が安定しないのと、多忙のため、文章が乱れるわ、支離滅裂になっているわ酷い作品となっていまいましたがお許しください。
一週間ほどお休みを貰ってから鉄道英雄伝説の投稿を行いたいと思います。
御愛読頂ければ幸いです。




