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特殊法人 八島

 列車はのろのろ運転を再開し小田急線上を都心方面へ走って行く。

 先ほどの襲撃でローブを着たケロリー達は半分になった。だが、誰も悲しむこと無く、死者の遺品を取り合っている。

 その様子を見下げるように進は見ていた。


「あなた、ケロリーのこと嫌いなの」


「……ああ、少しね」


 渋々進は認めた。


「学校で虐めに遭って不登校になったからね。虐めをする連中も、見て楽しんでいる奴も、見て見ぬ振りをする連中も嫌いだよ。そういう連中と一緒にいることが耐えられない事もあって不登校になったんだよ。お陰で馬鹿げた事件に巻き込まれなくて済んだけど」


 二〇一〇年代に入ってウェブ上で虐めの問題がようやく社会的に認知されはじめた。虐めによる不登校児認知も増えた。だが、学校は何らの対策も取れず兎に角不登校児を学校に通わせるだけだった。

 そのため虐めの場所に引き戻された彼等のストレスは更に強まった。それはゲートが開いた後も変わらなかった。


「何とか関東から逃げ出して避難所に入って、そのまま我慢して通信制の学校に進めば何処かの企業か大学に入れたかも知れないけど、あんな地獄に居るのは真っ平ゴメンで飛び出した」


「じゃあどうして学園に。学校じゃないの」


「事情があってね。他よりマシだと思ったんだよ。まあ、何処行っても学内テロで危険だったろうし」


 二〇二〇年代に入ってから、学校では虐めを端に発するテロ事件が発生していた。

 特に転生者は前世での知識が豊富であり、テロのやり方を覚えていることが多く、事件は凶悪で死傷者は多かった。

 いじめを苦にして自殺は多くなっていたが、虐めたクラスメートと学校を巻き込んだ形の無理心中が起こっている。

 やり方は虐めた相手に可燃物を振りかけて、火傷を負わせる程度のものから、給食に毒物、遅効性で全身が衰弱するタリウムや即効性のある亜ヒ酸やヒ素を混入する。

 一番衝撃的だったのは、某中学校の事件だ。

 その学校では既に二人、虐めで死傷者が出ていた。虐めの加害者が被害者にガソリンを振りかけられて火を点けられ重傷。身体全体に酷いケロイド状の火傷が残った。

 その姿を見た他の生徒は虐め加害者の事を<ケロリー>と呼んで新たな虐めの対象にした。

 そして、卒業式の日、ケロリーと呼ばれた新たな虐め被害者は、天井に掲げられるくす玉の中身をガソリンを主成分としたナパーム――ポリタンクに半分のガソリン、残り半分にエンジンオイルと洗剤と砂を入れた物にすり替え式典の最中に炸裂させた。

 真下にいた生徒達はほぼ全員が全身火だるま。死者が多数出た上、生き残った生徒も大半が上半身特に顔や頭に酷い火傷を負い、治療後にはケロイド状の傷が残った。

 一連の出来事がネットに流れると、彼等はケロリーと呼ばれるようになる。

 そして、全国各地で同様の事件が頻発。

 火炎瓶を虐め加害者にぶつけたり、通学鞄の中にナパーム爆弾を入れて教室に投げ込み同級生に火傷を負わせる事件が多発。

 毒殺を含めて、児童、生徒の被害者はうなぎ登りとなった。

 学校制度は事実上崩壊。大半が休校状態で残った学校もセキュリティーを強化したり、全員入寮を課して外部と遮断したり、通信制に移行するなどしている。


「ネット授業も覚えやすくて良いのだけど、実際に実物を見て学ばないと無意味だしね」


「実物?」


「飛行機だよ。パイロットになりたいんだ」


「航空大学校とか私大の養成コースがあったはずじゃない?」


「それも考えたよ。けど早くパイロットになりたくてね。高校生だと入れない。だけど学園にはパイロットの養成コースがある。資格取得には飛行実習などで飛行時間を稼がないと行けないから、格安で飛べる学園のコースは魅力的だ。何より学園の自警団で哨戒飛行名目で飛べる。こいつで飛行時間を稼げる。それに金が欲しかったんだ」


「でも危険でしょう」


「それなら君も同じだろう」


「見返したいのよ。学校の順位が下がっても私は役に立つ人間だって。東京奪回の最前線に立って私が奪い返したいの」


「なら自衛隊の方が良かったんじゃないのか?」


「無能な政府の言う事を聞いて死ぬより学園の方が融通が利きそうだからよ」


「確かに」


 その時、列車が大きく揺れた。

 海老名を過ぎた先の分岐で曲がったのだ。列車は小田急線を離れ相鉄線に入る。

 学園に近づいた事が分かった


「学園がどんな所かわかっているの?」


「今更聞くのかい? 御殿場の訓練キャンプで嫌と言うほど味わっただろう。絶対防衛線を超えている時点でおかしい」


「実際に行くのと聞くのでは違うわ」


「確かに。さっきのことで十分思い知ったよ。いや、普通に考えれば、あの日以前から見れば、話だけでもおかしな場所だよ、学園は」


「転生者が現れた日? それとも転移門が開いた日?」


「……どっちが正解か分からないね」


 日本中が転生者のテロによって混乱の坩堝となり、政府が混乱したとき、ダメ押しとばかりに異世界から転移門――ゲートが開き、モンスター達の襲撃が始まった。

 何故秋葉原に開いたか、なぜその時だったのか、誰も分からない。

 ただ、それが異界に通じておりそこから魔物、ファンタジーでお馴染みのゴブリンやオークが出てきた。

 本当は別の名前があるのかもしれない。だがファンタジー世界に出てくるような紫色の肌に痩せた体格の個体、人の背丈以上の個体は、それぞれゴブリン、オークと呼称するのに十分な姿だった。

 それが門から数千、数万も出てきたのだ。

 それまで転生者による無差別テロを警戒して警察は警官を広範囲に分散配置させてしまっていたため初動が遅れた。

 何が起こったか知ったとき全ては手遅れだった。

 自衛隊が出動したが市街地のため一般市民を巻き込む事を嫌い自衛と一般市民を守っての後退しか出来なかった。

 何より東京という都市自体が障害物だった。

 無数のコンクリートの高層ビルはゴブリンたちに逃げ場と隠れる場所を与え、狭い地下通路や水道を通り、都内各所へ浸透。襲撃を続けた。

 通常なら冷静に対処できただろうが、テロによって混乱していた政府は初期段階での鎮圧に失敗。首都放棄を決断し、関東から脱出するように国民に命令、事実上、放り捨てた。

 進も彼女もその時運良く関東から脱出出来た人間であり、残った人間がどうなったかゲートが開いた瞬間を撮影したネットカメラ、東京中に設置されていたライブカメラの動画を見ればよく分かる。

 現在政府は関東山地に絶対防衛線を構築するのが精一杯であり、関東の外への侵攻を何とか抑えているに過ぎない。


「東京を放棄する羽目になったのは誰のせいでしょね。転移門が開いたのは想定外にしても、もし転生者の無差別テロがなければ、よりマシな対応が出来たかもしれない。そう思わない?」


「さあ、年間二万人以上の自殺者を出している状況が正常と言えるか疑問だけど。それより、どうして僕に聞くんだい?」


「あなた、私の訓練のグループにいなかったから」


「ああ、それは」


 その時列車が再び揺れた。分岐に差し掛かり、本線から逸れて引き込み線へ入り列車は廃墟となった住宅街を進み、巨大な壁の中、学園に入った。

 特殊法人八島が管轄する厚木基地、通称学園。

 旧在日米軍厚木基地の敷地内に作られた巨大施設であり、その中には小中高大学などの学校機構を内包した学園が存在する。

 そのため八島という法人名でありながら学園と呼ばれていた。

 東京を放棄し首都を関西に移した日本政府だったが、いずれ反攻を行い首都を奪回することは最優先事項だ。

 だが相手は言葉の通じないゴブリンやオーク。交渉の糸口が見えない中では武力奪回のみが最上位の選択肢となる。

 だが武力による奪回でも情報収集が必要となる。 

 特に市街地戦は先のゲート出現による東京市街地戦を見るとおり戦闘の中でも困難と戦果が上がらないことで有名である。

 その情報収集にも多大な困難が伴い大きな犠牲が出る。

 大量の死傷者を出し、志願者が減っている自衛隊でさえ再編成を口実に情報収集活動を最小限に抑えているほどだ。

 にも関わらず求められている情報は膨大。

 そこで考え出されたのが特殊法人だ。

 特殊法人認可法――関東限定で民間軍事会社の設立の許可を出した。

 関東圏内なら自由に武装出来る。代わりに情報収集活動出来れば奪回行動を行う武力代行業者を設立した。

 政府としても自衛隊から死傷者をこれ以上出さずに済む――民間会社社員が業務中に死亡したことに出来、自衛隊の戦死者にカウントされないので都合が良かった。

 中でも国が主導して作られた特殊法人八島は最大規模を誇っていた。

 特徴的なのは法律上、政府の直轄下に置かれていること。一応法律で規制されているが絶対防衛線を超えた場所にある日本政府の権力が及ぶか及ばないか微妙なグレーゾーン。

 故に独自の行動を行っても処罰されない、それどころか常時監視することも出来ない。

 何より政府の出先機関として絶大な権力を保有している。

 第二に教育機関としての機能を有しており学生、生徒を内包している。

 授業料が免除されているが全員自警団への入団を強制されており、有事の際、魔物が学園内に侵入してきた場合は銃器を持って戦う事を契約により義務づけられている。

 そのための訓練も行われ、全員が名古屋の校舎で座学を学び、御殿場の訓練キャンプで実践演習を行い最前線の厚木に配属される。

 その時、入学時期によってグループ分けがされるが、進と遥香は面識が無かった。

 そのことを問いかけようとしたのだ。


「総員降車せよ」


 だが答える前に列車が終着駅に着いたため、答える機会を失い進達はアナウンスに従って下りて行った。

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