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遥香の学校

「へー、ここが遥香の学校か」


「あまり見ないで」


 車を乗り捨ててからそう遠くない場所に遥香が東京に居たとき通っていた学校があった。

 元は進でも知っているようなお嬢様学校で洒落た雰囲気の校舎だったようだ。だが、グレーゾーンの中にある今は、管理する者はおらず埃っぽく、草木が伸び放題で廃墟になりつつある建物だ。

 雨風を凌げるし、程々の広さであり、逃げ場所も豊富。

 設備も充実しており、ある程度の物資の調達も行える。


「何か思い出でもあるの?」


「それは……」


 そこまで言って遥香は黙り込んだ。何も思い出せない。ただ単に過ごしただけで記憶が何も無い。

 唯々、成績順位を競うため気の抜けない場所であり、出来れば生きたくない場所だった。


「あまり破壊されていないよね。拠点にはなりそうね。内部を巡回して」


 遥香を気遣って姫理香が命じる。遥香の心情を察して進は黙って従った。

 進達は校内を一通り回り、モンスターがいないことを確認すると二階の教室を寝床にする。ここなら出入り口は階段に限られるし、二階から外を警戒するのが容易であるからだ。


「進、何か作りなさい」


「俺が?」


 姫理香に言われた進は不平を漏らした。


「貴方が一番早く作れるでしょう。転生前は料理が得意だったんでしょう。その腕は衰えていないはず。五分で作りなさい」


「わかったよ」


 文句を言いながらも進はザックからコッヘルを取りだし、ガスボンベとクッカーを取り付ける。

 水はその辺にあったコンビニの冷蔵庫に置いてあったペットボトルから入れて湯を沸かす。

 そこに塩を入れて準備する。


「さてパスタを作るとして何のパスタにしようかな」


 コンビニの棚を確認しているとオイルサーディンの缶詰を発見。蓋を開けて見て異常が無いこと、食用に耐えうる味であることを確認。中身をパスタにぶっ掛ける事にした。

 丁度お湯が沸いたので、そこへ水に浸しておいた白いパスタを投入。一分もせずに麵が黄色くなる。


「よしで来た」


「早! 特殊な技術で作った麵なの?」


「いや、普通の乾物パスタを一時間以上水に浸けていただけ。芯まで水を浸透させることによって仲間で熱が通り易くなり、あっという間にデンプンが糊化する。あっという間に火が通るから一分茹でるだけで十分。バーナーの消費も抑えられて非常に役に立つよ」


 中身のお湯を捨てると容器に移してオイルサーディンを解しながら入れ、塩胡椒で味を調える。

 出来たパスタをそれぞれのクッカーに分けながら歌い始める。


「一中隊も 二中隊も まーだメシ食わず♪ 三中隊は もうメシ食って 食器あげーた♪」


「なにそれ」


「旧陸軍の食事開始を伝えるラッパ曲に合わせて作られた戯れ歌」


「胃腸薬の曲かと思った」


「あの曲の原曲だからね。あの薬の名前も露西亜を征するという意味だったしね。はい、オイルサーディンのパスタ完成」


 命令されてから完成まで四分四五秒で料理は完成した。


「さすがね。どうぞ」


 出来上がったパスタを姫理香はソフィーに差し出した。


「美味しい。このような食事を作ってくれたことに感謝を」


「ああ、どうも」




「さて、この後、どうするかだな」


「命令はまだ有効よ。学園に戻って情報を提出するだけ」


「非常に困難な状況ですけど」


「まあ、何をするにも、実力が必要だからね。地獄への道が善意で舗装されているかの如く」


「それ、今使うところ?」


「? ああ、省略していたから分からないか。地獄への道は、自らが持ちきれなくなって捨てられた善意で舗装されている、ってのが本当だ。善意であってもやり遂げるには実力が必要だよ。夢も希望も、計画もね」


「で、実力はあるの?」


「学園に帰ることが出来れば実力があると証明されるよ」


「やけに生き生きしているわね」


「まあな。自由だからな」


「生死に関わる状態なのに」


「ああ、そこは仕方ない。規則に縛られる代わりに、安全を与えられていた。お陰で生きていられたが頭が狂い身体を蝕まれた。だが、安全を捨てて命を危険に曝して自由になったお陰で生き生き出来る。素晴らしい事だよ」


「理解できないわ」


「いや、理解しているんだろう」


「まさか」


 遥香は更に強い口調で進の言葉を否定しようとした。


「いや、頭ごなしに否定するのは、本心では理解しているんだろう。自分を束縛している規則が無くなった事を喜んでいる。だが理性では否定したい、そんな自分を認めたくなくて必死に否定しているんだろう」


「黙って!」


 最後は遥香は叫んだ。


「……ごめん。言い過ぎた。こいつを飲んで少し落ち着いて」


 進は、温かい液体の入ったお湯を渡した。


「何これ、は何を入れたの」


「まあ、飲んでみてくれ」


 遥香は進められたままにカップの液体を飲んだ。


「お茶ね。けど何のお茶かしらパックのお茶とも思えないし」


「学校に植えられていた松の葉っぱを洗って刻んで粗布に入れて作った松葉茶だよ」


「って大丈夫なの」


「大丈夫大丈夫。ひと息吐くよ」


「まあ確かに。けどよく知っていたわね」


「サバイバルの本に載っていたからね」


「こんなのもサバイバルなの?」


「サバイバルは究極のストレス環境だからね。で、ストレスが溜まると判断力が鈍り、動きも悪くなる。誤判断で命が喪われる危険もある。ストレス解消、リラックスの方法もサバイバルの内に入っているんだよ」


「ブラック企業のように根性じゃないのね」


「生き残るための術であって搾取の方法じゃないよ」


 新の作ったお茶で一息付けたところで姫理香が尋ねた。


「さて落ち着いたところで尋ねるわ。ソフィーさんって言ったわね。貴方は何者なの? ゲートから現れたと言っていたけど」


 危険なところを助けて貰った恩もありこれまで尋ねなかったことを姫理香は尋ねた。

 ソフィーも話すべきだと感じて話し始めた。


「私はゲートの向こう側の世界イオニアという国の魔術師。最近、イオニアは魔族の侵攻を受けていて劣勢に立っている」


「どうして劣勢に」


「魔族の勢いが強くなったから」


「魔法を使っているから?」


「いや、魔法よりも彼等の使う道具が進歩しているからだ」


「どういう事?」


「鉄の道具が増えた。燃える水や黒い輪や破片を燃やして出来る毒の煙を使ってイオニアを攻撃している」


「俺たちの世界から鉄製品を持ち出して鋳直したみたいだな。あと灯油やガソリンを使って火炎瓶に。タイヤを燃やして毒ガスにしたりしているみたいだな」


 ソフィーの話を聞いていた進が呟いた。中心部の方で車などの車両が回収されているという話を聞いていた。モンスター達が向こう側に持ち帰って自分たちの道具にしているらしい。


「それじゃあ、貴方たちの世界も危ないんじゃ」


「大丈夫、このところモンスター達の動きが鈍っている。疫病が発生しているらしい」


「バイオハザードね。俺たちの世界と接触して何らかの病原菌に感染したらしいわね。未知の病原菌に生物は弱いから」


 生物学を学んでいる姫理香は直ぐに理解できた。

 雲南省の風土病であったペストがモンゴルの大侵攻によってユーラシアからヨーロッパに広がって猛威を振るった事例を見れば十分に納得出来る。


「貴方たちは大丈夫なの?」


「イオニアも疫病が発生していて多くの人々が死んでいる」


 苦々しい思いでソフィーは答える。

 モンスター達が疫病で苦しんでいるのだ。

 イオニアの人達も疫病に有効な抵抗力があるとは思えない。


「私がモンスター達の勢力内に潜入したのは一連の出来事を調査するためだ。モンスターの動きを見ている中で私はゲートの存在を知り、中に飛び込んだ」


「無茶するわね」


 ソフィーの行動に自分の事を棚に上げて姫理香は呆れた。


「私は知らなければならない。未知の出来事があるならば、それを解き明かす必要が」


「確かに、なら私たちはモンスターと戦う為にお互い協力出来るはずね」


「利害は一致している」


 姫理香とソフィーは互いの右手を差し出して握り合った。


「宜しくね。悪いようにはしないわ」


「この世界に知己が出来て心強い」


「じゃあ、早速だけど進を一瞬で治したわよね。あれは魔法なの」


「そう。マナと呼ばれる力を使って現実に干渉する技。才能さえ有れば誰でも出来る。モンスター達の一部を使っている」


「なるほど、一部生物学的におかしな能力を持っている個体があったけどそういうことなのね。じゃあ、一寸、見せて貰えないかしら」


「ストップ」


 手をワキワキさせた姫理香を進が止めた。


「何するのよ」


「探求は今すぐには必要ない。学園に戻ってからでも十分に出来るだろう」


「でも」


「止めろ。お前の場合、ソフィーをこの場で解剖しかねない」


「そんな事しないわよ」


「シーラカンスとゴブリンを解剖して食べて味まで調べた奴の言葉は信用できない」


「シーラカンスは本で知ったのよ」


「ゴブリンを食ったのは認めるのかよ」


 姫理香の言葉に進は絶句した。


「……もう良い。兎に角寝よう。寝床作るから」


 進は説得を諦めて寝床作りに入った。

 学校に入った後、周囲の安全を確認するために動いたとき見つけたビールケースを教室に持ち込む。


「何に使うの」


「ビニール紐で縛ってベッド代わりにするんだよ。段ボールを敷けばそれほど疲れないだろう。本当なら毛布が良いんだが。暗幕で代用するか」


「必要なの」


「冷たい床で寝るより体力の消耗は少ない。できるだけ冷たい床から離れて寝るのはサバイバルの基本だ。乾いた落ち葉で寝床を作るのもクッションだけで無く、地面の冷気から隔離する為でもあるんだ」


 進は手早く三つのベッドを作り上げる。


「ああ、あとこれね」


「何これ」


 渡されたポンチョを見て遥香は尋ねる。


「これで仕切り布代わりにしろよ。見られたくないだろう。一枚布に頭を入れる穴とフードが付いているだけだから、その部分を縛るだけで仕切り布になるはずだ」


「結構優しいのね」


「出来る限りの事はするよ」


 全員一緒に眠るとモンスターの奇襲を受けて全滅する恐れがあるため、メンバーの内半分は見張りに立つ。

 ただ、ソフィーだけは一晩中眠って貰う事にした。

 これまで一人で行動して疲労が激しいと判断しての事だった。

 自分も見張りに加わると申し出たが、翌日以降の行動も考えて休むように頼んでようやく納得して貰った。

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