魔術師ソフィー
「進」
「な、なんだ」
ホッとしていたところへ姫理香に声をかけられて進は慌てて取りだした物を仕舞った。
「モンスターがこの辺を徘徊している。直ぐに移動するわよ」
「わかったよ」
四人は直ぐに大通りに出て移動を始める。
「ここを通ったのか」
大通りはゲート出現時東京を脱出しようとした車で埋まっていた。だが、今は脇に寄せられているだけとはいえ、二車線ほど通行可能な道が出来ている。
「何らかの方法を使って車をどけて通行可能な道を作ったか。上は高速道路で見えないから発見するのが遅れたのか」
「ということは」
遥香が口にした時、大通りの端からゴブリンの集団がやって来るのが見えた。
「逃げろ!」
進は先ほどの休憩の間に銃剣と交換して置いたM203に榴弾を装填して発砲した。榴弾はゴブリンの集団の真ん中に命中し彼等を吹き飛ばす。
「早く逃げろ!」
「何を言っているの。そんな事」
進の言葉に遥香は怒鳴ったが途中で途切れた。進の腹部から血が滴り落ちているのが見えたからだ。
「さっき、ゴブリンから私を庇って」
「安全ピンで止めて、調味料の天然塩をバッテリー補水液に混ぜて生理食塩水にして駐車したんだが、血が流れて過ぎたようだ」
体液は一パーセントの塩分を含んでおり、同じ濃度の塩水を作れば血液の代用になる。だが、本来の血液、特に赤血球の役割を果たせず、精々血圧を維持する程度しか役に立たない。
「ここは俺に構わず後退しろ」
「バカ!」
遥香が進を連れ出そうとするが、軽いとはいえ男。その体重を持ち上げることは出来ない。
「良いから置いていけ!」
「でも」
言い争っている余裕はもうなかった。すでにモンスター達は目の前に迫っていた。
姫理香と美咲も援護しようとするが最早逃げられない。
四人が覚悟を決めようとしたとき、虹色に輝く壁が彼等の目の前に現れた。
壁はモンスター達の行く手を阻み四人に近づけさせない。
そこへ多数の火球が降り注ぎ、モンスターを一掃した。
「なにが起きたの」
「大丈夫?」
突然の事に四人が驚いていると背後で声がした。
ローブを被り魔法使いのような杖を持った小柄な白いショートカットの少女だった。
直ぐさま姫理香と美咲が銃口を彼女に向ける。
「落ち着いて欲しい。私たちは貴方たちと戦う意志はない。寧ろ、対話を求めたい」
「何を」
「それより、彼を助けないと」
現れた少女は、理解不能な言葉を呟くと光り始める。光が杖に集まると進に向かって杖を振り下ろした。
光は進を包み込み、傷を負った部分に集まっていく。
「傷が塞がっていく……」
ゴブリンによって切り裂かれた傷が塞がり傷口を止めていた安全ピンだけが残った。
安全ピンを抜くと跡が残っていたが、そこも直ぐに塞がってしまう。
「何が起こったんだ」
「治癒魔法を使った。これで傷は完全に塞がったはずだ」
彼女は進の傷口が塞がったのを確認すると杖を引き寄せた。
「私は魔法使いのソフィー。調査の為にこの世界にやって来た」
ソフィーと名乗った少女は軽く頭を下げた。
進達も自己紹介をしようとしたが、新たなゴブリンの集団がやって来る。しかも大通りだけで無く路地からも現れ彼等を包囲しようとした。
「ここは危険だ。早く逃げないと。一旦あの建物の中に入るんだ」
ソフィーの指示で進達は商業ビルに入る。
「入り口を固めて」
姫理香が指示を出して進達が入り口を固めようとした。だがその前にソフィーが再び呪文を唱えて建物全体を光の膜で包んだ。
「結界を張った。暫くの間は持つ」
「攻撃魔法は使えないの」
「先ほどの攻撃で魔力を殆ど消費してしまった。何とかここから脱出する方法を見つけ出して欲しい」
ソフィーが言っている間にモンスター達は、ビルの入り口に群がる。
「畜生!」
遥香がゴブリンに向けて発砲する。銃弾は結界を通り過ぎゴブリンに命中した。
「こちら側からは攻撃できるのか」
「モンスターだけに反応する結界だ。我々や通常の物体は問題無く通れる」
便利な物だと進は感心したが、ゴブリン達が周囲の瓦礫を持ち寄り始めて投擲を始めたためビルの奥へ逃げ込む。
奥の物の影から遥香は再び銃撃して多数のゴブリンを倒したが、数が多く、次々と群がってくる。
「これ以上撃つな。キリが無い。弾も無限にある訳じゃ無いんだぞ」
進が怒鳴って遥香を止めさせた。
残ったマガジンは一〇個ほど。弾は十分にあるが無駄撃ちする程はない。ゴブリンの数が不明な今派手に撃つことは避けたい。
「でも、この後どうするんですか」
結界によって侵入してくることはないが、何時までもこのままでいられない。
「脱出して何処かに潜伏するしかないな」
状況を見た姫理香は判断したが、遥香は反対意見を言う。
「魔物に囲まれているのにですか」
「補給も救援も来ないのでは、籠城しても意味は無い。脱出して厚木に帰る方法を考えるしかないな」
一方の進は、素直に姫理香に従った。南の支援も無く拠点も無くなった以上は厚木に帰るしかない。
「どうするのよ」
「地下の三、四階に駐車場がある。使える車を探そう。そいつで逃げる」
「使える車があるといいんだけど」
駐車場に降り立った進は誇りを被った車両が駐まる構内を見渡す。ゲート出現時に混乱のため駐車場に置き去りにされた車が放置されていた。
進は試しに近くにあったセダンを尖ったハンマーで運転席側のガラスを割って、乗り込む。前世で整備士をやっていたときの知識を生かしてキーの直結を試みるが、何も動かなかった。
「ダメだ。やっぱりバッテリーが上がっている」
一年近く車を動かしていなければ、バッテリーが自然放電してエンジン始動が不能になる。
「他の車はどうなの?」
「バッテリーはどれも似たような物だけど」
遥香に答えつつ駐車場を見渡していた進は奥の一画、荷物搬入用のスペースに気が付いた。進は大急ぎで駆け寄り運転席を確認する。
「こいつなら動かせそうだ」
進が見つけたのはマニュアルタイプのバンだった。
運の良いことに、荷物を搬入するためかドアはロックされておらずキーも付いたままだった。
クラッチを踏み込んでキーを回すが動かない。
「やっぱりダメじゃないの」
「いや、ものは試しにやってみただけだ。だが、可能性はある。皆、こいつを押してくれ」
進の意見に遥香は驚いた。
「何言っているのよ。こんな大きい車、私たちだけで押せる訳ないじゃないの」
「車は結構動きやすく作られていてね。平らな舗装面なら、ブレーキを掛けていなければ女性一人でも押すことは出来るよ。三人も居れば十分だ」
「でも押して逃げ切れるの。エンジンも掛からない車なんてモンスターの良い的。シェルターにもならない」
「いやエンジンが掛かる期待はある。押してくれ」
「わかった。皆押すわよ」
「ああ、もう」
最後まで喚く遥香だったが、姫理香の命令で後ろに付いてバンを押し始める。
進がサイドブレーキを解除し、クラッチを離したため、車は女子三人だけで動かす事が出来た。
初めは重かったが進み始めると徐々に速度を増して行く。
「よし、行けそうだ。少し重くなるぞ」
進はギアをトップに入れるとクラッチを繋げる。進の宣言通り少し重くなったが、それでも速度は落ちずに進めた。
「何をするのよ」
「エンジンを掛ける」
進はキーを回す。左下の方からモーター――スターターが回る音が響く。
「よし、行けそうだ。暫く続けてくれ」
「う、うん」
スターターが動く音を聞いた女子三人は更に力を入れる。進は、キーを回しスターターを尚も回す。だが、エンジンは中々掛からない。
「どうするの!」
「スロープまで行ってくれ、下まで走らせて掛けてみる」
進は重いハンドルを回してバンをスロープに向かわせた。スロープに入るとバンは加速し勢いを増す。
「掛かれ!」
進の願いが通じ、バンはスロープの中でエンジンが始動した。
「ヨッシャ!」
進は思わず歓声を上げる。前世で習った押しがけ、クラッチを繋いでエンジンに付いた発電機を直接回してスターターへの電力を供給するクラッチ車のみに使える裏技。滅多に無いが覚えていたお陰で役に立った。
だが、エンジンが不自然に揺れる。
「おっと!」
ギアがトップのままだったため、エンジンに負担が掛かった。慌ててクラッチを離す。
壁にぶつかりそうになったが、パワーステアリングが効き始めて軽くなったハンドルを回して衝突を回避する。
「燃料が腐っていなくて良かった。ガソリンって自然分解してしまうからな。あ、燃料系統のガソリンが蒸発してエンジンに燃料が行っていなかったか」
進は無事に動いた幸運に感謝し、ギアをセカンドに言えると地下四階の駐車場を一蹴してスロープに戻ると姫理香達の前に戻った。
「早く乗ってくれ!」
進の声に応じて彼女たちが乗り込む。全員が乗り込むと進は、アクセルを全開にしてバンにスロープを駆け上がらせる。
駐車場の出入り口にゴブリンが居るが気にせず突入する。
「とりゃ!」
入り口に居たゴブリンをバンで跳ね飛ばすとそのままビルの玄関に向かう。そこに群がっていたゴブリンを横合いから跳ね飛ばし、一掃する。
「ソフィー乗るんだ!」
姫理香が再度スライドドアを開けてソフィーを引き入れ、再びドアを閉じた。
「よし、逃げるぞ!」
進は集まってくる。ゴブリンに再び突進し跳ね飛ばすと、大通りを疾走する。そして適当な場所で路地に向かってハンドルを切り、逃げていった。
こうして進達は脱出に成功した。




