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遭遇戦

「何」


 突然の雷鳴に遥香は驚く。


「砲撃音、いや戦闘騒音だ。御殿場に居たとき聞いただろう」


 進は耳を傾けつつも冷静に話す。


「銃声が鳴り止まないな。大規模な襲撃のようだ」


 進は、スマホを取り出して耳を傾ける。飛行船にWiFiが搭載されておりグレーゾーンの中でも情報のやりとりが出来る様に整備されていた。


「救援要請と悲鳴で埋め尽くされている。おや、これはオペレーターの悲鳴か。キャンプ内にも入られたか」


「……どういう意味」


「帰る予定だった前進キャンプが陥落して私たちは孤立したのよ」


 恐怖で声が裏返る遥香に姫理香はそっと告げた。


「ど、どうするのよ」


「何とか生き残る方法を考えないとな。厚木からの救援も間に合わなさそうだし」


 通信内容を聞きつつも進は遥香に答える。

 厚木の方でも救援を編成しているようだが、モンスター達の襲撃が激しく、到着前に撃破されそうだ。

 航空部隊を出している様だが市街地のため、周囲の建物が邪魔で効果的な援護が出来ないらしい。


「でも、ベースキャンプが破壊されて孤立無援なのよ」


「静かにしろ、ここは外の学校じゃないんだ。不祥事を全力でもみ消す教師はいないんだ。ここは自由な場所だ」


「命が危険なのに自由なの」


「そうだよ。法律も何も無く、自由に動ける。だが同時に、誰も守ってくれない場所なんだよ。自分たちで何とかするしか無い。学校は勿論、社会じゃ教えてくれない世の中の真理だ」


 進が告げると遥香は黙り込んだ。


「兎に角、この辺りは危険だ。脱出しよう」


「逃げるの前進キャンプを援護しないの」


「たった四人で何が出来る。キャンプの防御はかなりの物だ。モンスターの千や二千は相手に出来る。キャンプがやばいのはそれ以上のモンスターが襲撃してきた証拠だ。俺たちでは相手に出来ない。対処不能なら自分たちの安全を確保するべきだ」


「どこへ逃げるのよ」


「前進キャンプが襲撃されたんだ。その近くにモンスターが集まっているからそこから離れた方が良い」


「そうね。南の方角へ一旦離脱して脱出の機会を伺いましょう。移動。交互に前進して」


「分かった。先に行く」


 姫理香の決断に進は即応して美咲を連れて、南の方角へ向かう。


「しかし、モンスターの連中はどうやってキャンプの近くまで接近したんだ」


 キャンプの周りには警戒装置が設置されていてスマホで確認できる。


「くそっ、電波が途切れた」


 上空で火球が見えたところから察するに、Wi-Fiを搭載した気球が落とされたらしい。

 何とか受信できないかスマホを弄っていたため周囲への警戒が疎かになり、キャンプを棍棒を持ったオークと鉢合わせしてしまった。


「……やっぱながらスマホは危険だな」


 オークが棍棒を振りかぶると進はスマホと小銃を放り捨てて肩に装着しておいたコンバットナイフを取り出し逆手に持ち近接格闘戦を試みる。

 棍棒が振り下ろされる前に前進し、オークの股の間をくぐり抜ける。くぐり抜ける瞬間太ももの辺り、動脈が通っている場所をナイフで斬り付ける。


「浅いか」


 前転し勢いを止めて振り返ると、オークが叫び声を上げているが、出血は思ったよりも少なく、動脈を切り刻めなかった。だが、筋肉の一部を傷つける事が出来たようで動きが鈍っている。

 その隙を見逃さず、進は、上腕を狙ってアッパーで斬り付ける。

 こっちも浅い。だが更に畳み掛けるように股の内側や腕を襲う。

 度重なる痛みでオークは棍棒を離し取ろうとして膝をつく。

 チャンスとばかりに進はアキレス腱を狙って切り込む。

 今度は成功。オークは立ち上がる事が出来ず、地面に倒れ込む。

 その隙を見逃さず、進はオークの首筋に刃を入れて動脈を切断。オークを仕留めた。 


「まさかピンクの首狩りチビ兎の真似をすることになるとはな」


 進は一七〇を超す長身だが、オークは二メートル半を超える大柄なオーク相手だと小柄だ。なので背を低くして格闘戦に持ち込む事が出来た。

 絶命したか確認する為、小銃とスマホを拾ってからオークに近づく。

 だが、横からもう一体現れた。


「……シングルタスクの人間がいろんなことするもんじゃないな。周囲の警戒が疎かになりやすい」


 二体目のオークは叫び声を上げて、棍棒を振り下ろした。

 身体が破裂し、血が噴き出す。


「大丈夫!」


 遥香が放った銃弾がオークに命中し無数の穴を開けて倒れた。

 直後、振り返った進は叫んだ。


「バカ! 撃つな!」


 突然怒鳴られた遥香は反論した。


「ちょ、危なかったから助けてやったのにどうしてそんなこと言うの」


「銃声を聞いて連中が集まってくるぞ! 鴨は逃げるがオークは襲ってくる」


「何でそんな事分かるの」


「報告書だ。連中は俺たちが放つ銃声の元に駆け寄ってきてたこ殴りにするんだ」


 進の言葉を肯定するように次々とモンスターが現れた。


「クソッ」


 進は、棍棒を持って襲いかかるゴブリンに対してM203を外して銃剣を装着し、銃剣術で対処する。

 二一世紀に入って小銃の射程増大により銃剣術は非現実的と非難されている。だが、遮蔽物が多く見通しの悪い場所だと零距離遭遇戦、出会い頭の戦闘が起きやすい。

 今の進達がそれで、至近距離に入られたら狙いを定めるのが難しい。しかもゴブリンは進の半分くらいの小柄な身体で懐に入り、銃の全長より内側に入ってくる。こんな相手に銃撃戦など不可能だ。


「うりゃっ」


 なので銃剣術、銃を回転させて銃床でゴブリンを殴打。吹き飛ばした後、首筋に銃剣を突き立てて絶命させる。


「きゃあ」


 一匹を倒した後、遥香がもう一匹に襲われ、ナイフで刺されようとしていた。

 進は間に入り込み銃床で殴りつける。


「突破口を開くぞ! 銃撃はなるべく避けろ!」


「南に向かって!」


 ゴブリン一匹に硬い拳を食らわせた姫理香の指示に従い四人は南に向かって走った。




 次々とやって来るゴブリン相手に銃剣術で対応した進達は、何とか逃れ大通り沿いにあるビルの中へ逃げ込んだ。


「何であそこで撃ったんだ!」


 入ると直ぐに進は遥香に向かって怒鳴る。


「危なかったじゃないの!」


「銃声を聞いて集まってくるんだ。実際囲まれたぞ」


 進達が何とか逃れたのは銃剣術で対応し発砲しなかったからだ。モンスター達は銃撃音がしなくなったことで倒されたと判断したようだ。お陰でそれ以上の増援は現れず、突破口を開いて逃げ延びることが出来た。


「死ぬかもしれなかったのよ」


「無闇に撃つな。モンスター共がやって来る」


 ガンッ


 二人の口論は姫理香の足が床を叩く音で中断した。


「二人とも喧嘩は止めなさい」


 静かな口調で、反射するメガネ越しに姫理香が話す。


「今私たちに内輪もめ出来る余裕なんて無いのよ。協力しなければ明日、口論どころか生きていることさえ保証出来ないの。仲良くしろとまでは言わないわ。せめて分を弁えて協力しなさい」


「けど」


「だけどな」


「私が言ったことの何処が間違っているの?」


 反論しようとした二人に姫理香は尋ねた。


「もし、間違っているというなら二人に謝罪するわ。けど、キチンと論理と根拠と証拠を見せて。嘘偽りない真実、心理に対して私が間違っていたというのなら裸になって土下座して謝罪するわ。で、ないのなら謝りなさい」


「……済まなかった。こっちも発砲制限を伝えていなかった。推測を含んでいて言えなかったけど伝えるべきだった」


「よし、進えらい。遥香、あなたもよ」


「でも」


「ここは片方が間違っていれば片方が正しいという世界じゃ無いの。両方正しいこともあるし両方間違っていることもある。今回はあなたたち二人が間違っていた。違うというのならそのことを証明しなさい」


「……済みません」


「宜しい。進もっと皆を纏めなさい」


「けどさ」


「このチームのサブリーダーはあなたよ。部下を纏めて仕事を進めるのがリーダー、だからこそ責任と共に権限がある。貴方は使いこなせた?」


「……いいや」


「宜しい。……あとで遥香にチョコでも渡してあげなさい。好物よ」


「そりゃどうも」


 後半を小声で耳打ちされた進は姫理香に感謝するとポケットにしまっていたチョコを彼女に渡す。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 その足で姫理香の元に向かう。


「この辺りも安全じゃない。何処か落ち着ける場所を探すべきだ」


「そうね」


 隠し持っていたタバコを口にくわえて吹かしながら姫理香は答える。


「こんな時もタバコか」


「こんな時だからよ。少しでも落ち着かないと」


「薬はやっていないだろうな」


「当たり前でしょう。薬なんてだめよ」


「全くだな」


 進は同意した後、見回りのフリをして物陰に隠れて調味料パックに入れていた白い結晶を取り出すとメディカルキットの注射器を取りだし、純水に溶かしてから腕から血管に注射した。

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