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ドア越しの会話

「ふう」


 自分の部屋に戻ってきた進はドアの前で溜息を吐く。開かずのシャワー室のを通り過ぎ、冷蔵庫の扉を開けてスポーツドリンクを取り出した。

 全身に疲労感が伝わり身体が重く感じベッドに倒れようとする。


「ねえ、いい?」


 その時、シャワールームからノックする音と遥香の声が聞こえて進はシャワールームの前のドアに背を預けた。


「なんだい?」


「ねえ、貴方転生者だったの?」


「そうだよ」


 隠すつもりも無く進は認めた。


「隊長の姫理香とも知り合いなの?」


「転生前のね。この世界では、さっき初めて出会った。前世で出会ったのは大学に入ってから。前の世界なら二、三年先だな。けどよく分かったな。転生者に否定的だったのに」


「演習の動きを見ていれば分かるわよ。高校生には無理な動きだったわ」


「チートなんて使えないぞ」


「知識と動き方だけでも十分チートよ。幹部候補に合格したのも分かるわ。知識だけの高校生に不可能よ」


 進は何も答えずスポーツドリンクを飲む。確かに効率的な身体の動かし方とか、前世の知識で得て実戦していた。

 間違った方法を実行しないだけで多少、他よりも頭一つ分だけ前に出ることが出来た。

 不登校でも学業に遅れず、寧ろ進んでいたのは前世で大学院まで進んだお陰だ。

 同時に不愉快な経験も身を以て体験している。

 そのことを思い出して黙り込んだ進にじれた遥香が尋ねた。


「他にも転生者が居るの?」


「居るだろうね。多分。この学園の幹部とかは殆どそうじゃないのかな?」


 理事長の話しぶりから幹部候補試験以前に学園への入試時点から転生者を見つけ出そうとしている。

 完全実力主義なのも転生者を見つけ出しチート情報を手に入れるための手段ではないかと進は考えた。


「それならチートを使って無双したら」


「ただの中学生、高校生にどんなコネがあるんだよ。魔法だって使えないし」


「メタ情報とか使わないの?」


「他の転生者達がヒャッハーして世の中が混乱したからね。日本全体が滅茶苦茶になって記憶にある事件が起きなくなったから意味が無くなった」


「どうして転生者は何で犯罪に走るのかな」


「……この世界がクソだからだろう。自分の行く先が奈落の底、破滅でしかないと生まれる前に理解している、味わってきたんだからな。こんな世界など壊してしまった方が良いと思っているんだろう。何より自分を虐めた奴が生きているのが腹立たしい」


「この世界で虐めをまだ受けていなくても?」


「だろうね」


 転生者のテロや殺人が最初認知されなかったのは、被害者と加害者の間にこの世界では接点が無かったからだ。前世で高校生の時虐められ、転生して中学生になったとき復讐する。

 何の接点も無いので犯人を見つけ出すのは困難であり、連続テロと思われていた時期があった。


「進はどうなの? この世界に関しては」


「同じならとっくにテロへ走っているよ」


「虐めを受けたことはないの」


「あったよ」


 転生してからも学校での虐めを受けていた。


「殴る蹴るは当たり前だったな」


「先生に言わないの」


「警察沙汰には絶対にならないからな」


 学校での虐めは外では犯罪だ。

 なのに学校内では処分されず虐められ損だ。まして少年法により処罰される事はない。民事訴訟を受ける事はあるが、加害者への処罰など行われない。

 何より学校は警察が介入されることを恥じる傾向があり、もみ消しやすい。


「けど、上手く対処したんでしょう」


「まあ、仕返しはしたけどね」


「……テロは起こしていないわよね」


「何でそう思うんだ?」


 進の問いかけに遥香は黙ったままだった。沈黙が重くなったのを感じて進の方から話しかけた。


「まあ、学校には居づらくなるけど、行っても役に立たないしな。やったあとは自主的に不登校を行ったよ。まあ、校内テロに巻き込まれなかったお陰で無事に生きている」


「生まれ変わったんだから別の人生を歩んだ方が良いじゃない」


 話題を変えようと遥香は尋ねた。


「それでも許せないんだろうな」


 前世の記憶というのは厄介だ。事あるごとに不意に思い出し、強烈な怨嗟を引きおこす。

 特に虐めを受けたとき、恥を掻かされたときの記憶はより強い。

 そして自分を惨めにした相手が目の前に、それも笑顔で現れたら冷静でいられない。

 転生して解ったが嫌な記憶というのは魂に付いたヒビのような物だ。

 一度付いたら二度と消えない。何時まで経っても不意に蘇り、苦しめる。

 虐めていた奴の笑い顔を再び目にしたら。

 突発的に暴行に及ぶこともある。

 冷静でいることなど不可能だ。


「それでもどしてこんな所に来たの? 他にもやりようがあると思うけど」


「中坊と高校生に何が出来るんだ。精々、自衛隊に入るくらいだ。人口が激減していても流石に雇ってくれる所は無い」


 ゲートが開いてから、未知の病原菌によるパンデミックが起こり人口が激減していた。

 だがそれでも人々の意識や思想信条は強固であり、未成年が兵士になる事を拒んでいた。

 それ故に転生者達は社会へ進出する手段を与えられず、テロに走らせる原因となった。


「となると十代後半でも雇ってくれる八島しか無かったわけだ。ここを選んだのは他よりマシに思えた、ってだけだよ」


「それで良いの?」


「最悪よりマシって程度には。まあ他に使ってくれそうな所も無いしな俺たち転生者には」


「自嘲気味ね」


「予測可能回避不可能な状況だとそれぐらいしか出来ないからな。こっちからも一つ良いか?」


「何?」


「どうして俺に話を聞くんだ? さっき話を聞いていたんだろう」


「……分かっていたの?」


「ドアに張り付く気配がしていたからな。聞いていたのにどうして聞いてくるんだ」


「直接聞きたいからよ。盗み聞きしても十分じゃ無いと思ったから」


「中々に優等生だな」


「皮肉?」


「いや、これは本音。最初から決めつけて押し付けないだけ年齢以外に取り得の無いバカよりマシだ。で、結論はどうだい?」


「分からないわ。私転生者じゃないもの」


「そりゃ良かった。最悪の青春時代を二回も繰り返すなんて地獄だ」


「変えようとしないの?」


「今もがいている最中。まあ仏にも会えたし」


「え?」


「さて、そろそろ休ませて貰うよ」


 進は無理矢理話を切り上げてベッドに入った。

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