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山河

 最悪の転生とは何だろうか

 俺TUEEEEEが出来ない事か

 生まれる時代が中世ファンタジーではない事だろうか


 最悪の異世界転移とはなんだろうか

 自分のいる現実世界がファンタジー世界に侵略されることだろうか

 最初の出会いが美少女ではなく、モンスターである事だろうか


 あの日に全てが変わった。

 あの晴れた熱い夏空に上がったキノコ雲が立ち上がったときから変わった。

 そしてそれを見て……




 足柄山の山麓を縫うように列車は走る。先ほどまで富士山が見えたが、谷間を走っているため最早見えない。渓流の川音が聞こえるはずだが、ライカミングT53-K-703エンジンの轟音を轟かせて上空を飛ぶヘリの音とDD51のエンジン音の方が五月蠅く聞こえない。

 両方とも廃棄寸前の骨董品だが、旧式のため使い捨てにして構わないという考えで使われている。

 車両も今では殆ど見かけない有蓋車を使ったもので、これも壊れて構わないという考えから使っている。ただ安全性には多少配慮、というより命に関わる理由があり、扉が全開となっている。

 お陰で外の風景はよく見える。晩冬の寒さに耐える必要があるが。

 列車はやがて松田の駅に入り、分岐を越えて左へ曲がり、小田急線の線路に入る。

 山がちの線路を抜けて行きようやく開けた場所に出てくる。

 進行方向左側に巨大な山々が見えてきた。丹沢山系の山だ。

 標高一五〇〇メートル級と富士山の半分にも満たないが、よい山だ。

 かつて見た光景と全く変わらない。


「国破れて山河あり……か」


「まだ破れた訳ではないわ」


 扉にもたれ掛かって外を見て呟いた進に、一人分のスペースを空けて座っていた少女が答えた。

 腰ほどまでに髪が長く後ろで一房三つ編みにしている。年は少年と同じ一七、八くらいだろうか。

 制服を着れば女子高生だが、アウトドア用の防寒着の上に更に防寒のためポンチョを来ている。

 何より、やつれた顔をしていてさらに年を重ねているように見える。

 ここ二、三年の事を考えればおかしな事では無い。

 この貨車に乗っているのは進と彼女を除けば、ローブを深く被った連中、おそらくケロリーだけだ。


「似たような事だと思うけど」


「降伏した訳でも戦いを止めた訳でもないわ」


「勝ってもいなけど。それにアレを見たらね」


 列車はやがて住宅街に近づいて来た。

 しかし、多くの家は人影がなく、窓が破れ扉は開いていた。中には炎上して、炭になっている家屋もある。


「十分、破れていると思うけど。それ以前に中がガタガタだとね」


 前半分を進と彼女が、後ろ半分にケロリー達十数人が乗っている。

 互いに交流は無かったし、進も彼女とも話をするのは御殿場出発以来、これが初めてだ。

 今の社会の縮図、いや最下層の縮図と言うべきだろう。社会全体が、どこもかしこもフラクタルのような構造で作られている。


「……確かに認めざるを得ないわね」


 進の言葉に彼女は睨むように言う。


「ところで、一つ聞いていい?」


「何?」


「どうしてそんなに嬉しそうに……」


 彼女が言い切る前に列車が急ブレーキを掛けて止まった。


『前方に障害物あり、警戒せよ』


「襲撃だろうな」


 スピーカーが状況を通達する前に手元のM16小銃を握って進は周辺を見て警戒する。


「大丈夫でしょう。護衛の砲車があるんだから」


 この列車には前方と後方に砲車、無蓋貨車に土嚢を積み込み機銃を搭載した武装車両が連結されており襲撃に対して警戒している。

 多少の相手なら撃退出来る。


「それに上空も攻撃ヘリが居るでしょう」


 出発してからずっと、上空を飛び回るヘリはAH-1コブラ対戦車ヘリだ。列車の護衛として上空警戒をしている。


「各所にも監視所があって大丈夫でしょう」


 さらに目的地までの沿線には多数の監視所が設けられており、列車の安全の為に目を光らせている。


「どうかな」


 だが、進は否定的だった。

 それらの目をかいくぐって障害物を置いた。それらを考慮してなお列車を止めるだけの効果があると連中は確信しているようだ。

 キシャアアアアアッッッッッ

 進の疑問に答えるように上空からは虫類とも鳥ともいえない不気味な声が響き渡る。


「ドラゴン!」


 巨大な羽根を広げ二本の角を持つ幻獣。しかも紅いウロコを持つところから火龍だ。

 ドラゴンは口からブレスを吐いて護衛のコブラを火だるまにして地上に落とした。

「くそっ」


 映画の様なワンシーンで中二の妄想とも呼べる光景だ。だがこれが今の日本の現実だった。

 前後に連結された砲車からM2一二.七ミリ機銃やエリコン二〇ミリ機関砲が火を吹き対空ミサイルが放たれるが、ドラゴンに当たらない。

 ドラゴンは急旋回してそれらを躱し、首を曲げて列車前後の砲車に向けるとブレスを吐く。

 ブレスの直撃を受けた砲車は爆発炎上、連結されたコンテナも爆風で傾いて落ちてしまった。


「に、逃げないと。早く動かないと」


「無理だな。後ろと前のレールも一緒に吹き飛ばされただろうし」


 列車はレールが無ければ動けない。

 外れていたら脱線して二度と動けない。それを分かっていてドラゴンはレールを破壊した可能性が高い。

 となると更に次の手を打ってくるだろう。進は周りを確かめた。

 都心方向から紫色の肌を持つ、棍棒やら鉄パイプを持った集団が攻め込んでくる。


「ゴブリンだ!」


 進が叫ぶと車内は騒然となった。

 小さいが数が多く、すばしっこいモンスターだ。

 ゲームなら雑魚としてかたづけられるが、並みの人間でも手こずる相手だ。

 しかも列車の乗員より人数が多い。通常なら砲車の機銃と護衛減りの銃撃で蹴散らせるが今はない。

 恐慌状態に陥ったケロリー達は我先にと反対側の方向へ逃げ出した。完全に解放された扉のお陰で逃げ出すのに五秒と掛からなかった。


「おい、危険だぞ!」


 線路脇に下りて伏せた進が叫ぶが彼等は止まらない。そして上空にいたドラゴンが逃げ出す彼等へブレス攻撃を加える。

 ブレスの直撃を受けた彼等は一瞬にして燃え上がり、消し炭になった。

 生き残った者もブレスの余波により、転げる。

 その時、彼等のローブが捲れて素顔が現れた。ブクブクに膨れあがったケロイド状の焼けただれた皮膚。

 そこへドラゴンが下りてきて生き残った彼等を食べ始める。

 砲車の搭乗員がM16小銃でドラゴンを攻撃するが堅い鱗に阻まれて効果が無い。


「うっ」


「クソッ」


 一緒に伏せていた彼女は目を逸らし進は悪態を吐く。

 周りに何か無いかと進が探していると、ブレスの余波で列車に積まれていたコンテナの一部が崩れて積み荷が出ていた。


「あれは」


 進は駆け寄るとコンテナの中身、黒い箱を取り出して開ける。


「やっぱり」


 中にあった円筒形の物体を取り出して安全ピンを外し、チューブを伸ばして後方の安全を確認。出てきた照準器を覗いてドラゴンに狙いを定める。


「くたばれ!」


 筒の上部にある発射ボタンを押してロケットを打ち出す。

 M72対戦車ロケット。

 歩兵用に作られた携帯式対戦車兵器。

 戦車だけでなく、装甲車両や防御陣地への攻撃にも使える。

 堅い鱗が装甲のような役目を果たしているドラゴンにも十分に通用する兵器である。

 食事に夢中だったドラゴンは不意を突かれて胴体にロケットの直撃を受けた。


 グワアアアアアッ


 すり鉢状に整形された弾頭が炸裂し、燃焼した火薬がメタルジェットにより強固なドラゴンの鱗の一点に集中し穴を穿ち、ドラゴンの体内を焼き尽くす。

 ドラゴンは断末摩の叫びを上げて、地面に倒れ込んだ。


「よし」


 ドラゴンを倒せたことに進は安堵したが、真横を矢が通り抜ける。


「まじい、ゴブリンを忘れていた」


 ドラゴンの援護でゴブリンが前進してくるとは中々連携が取れている。

 敵ながらあっぱれと言いたいが、最悪の事態に進は舌打ちするしかない。

 既に棍棒を持ったゴブリンも列車に張り付き攻撃している。

 進にも一匹のゴブリンが鉄パイプを振り下ろそうとしていた。


「わああああっ」


 そこへM16 を乱射して先ほどの彼女が突っ込んできた。

 ドラゴンのようなウロコもなく薄い皮だけの小柄なゴブリンに5.56ミリNATO弾は致命的だ。

 三点バースト射撃ながら全弾をゴブリンに叩き込み肉塊に変える。


「援護して」


 進に言い残すと彼女は腰だめに小銃を撃ちながら突撃していく。

 進はM72を放り捨ててM16を構え安全装置を解除してゴブリンに向かって銃撃する。

 時折、矢が飛んでくるが、素早く動いて狙わせない。

 数が多いとはいえ棍棒か鉄パイプしか持たないゴブリンは自動小銃を持った二人の相手ではなかった。

 さらに態勢を立て直した護衛が反撃を始めるとゴブリン達の集団は一転して劣勢に立たされる。

 半数以上が銃撃により殺され生き残ったゴブリンも逃げ出した。

 しかし、緊急援護にやって来たF-2戦闘機がロケット弾を放ち爆弾を投下。それが終わると反転して引き返してきて二〇ミリバルガン砲で後退するゴブリンを肉塊にして殲滅した。


「終わったか」


 空爆が終わって、援護してくれた戦闘機に進は立ち上がった手を振った後、まだ伏せたままの助けてくれた彼女に手を差し伸べる。


「ありがとう。君のお陰で助かった」


「別にあなたの為にした訳じゃないわよ。貴方が殺されたら次は私の番だったから」


「それでもありがとう。ええと」


「遥香。岩崎遥香よ」


「坂井進。よろしく」


「どうも」


 進は遥香の手を掴むと彼女を引き上げた。


「あー、もう最悪。来たことを後悔しているわ」


 手が離れた後、遥香は直ぐに愚痴を漏らす。


「じゃあなんで来たんだよ」


「……東京の学校にいたけど、例の事件で関西の学校に転校したら校内試験の順位が下がったのよ。関東にいた人達が大勢避難してきて優秀な転校生も多くて仕方ないんだけど。それで居辛くなって、学園に行くことを決めたのよ」


「なら幹部候補選抜試験も受けるのかい?」


「ええ、そのつもりよ」


「俺もだよ。宜しくね」


「合格出来ればの話でしょ」


「君が?」


「あなたが」


「……自分が合格するのが前提かい?」


「当然でしょう」


「関西の学校では順位を下げたんだろう」


「東京にいたときは学年一位だったのよ」


「それは凄い」


「貴方は?」


「順位はないよ。不登校だったんだよ」


「例の事件で?」


「まあ、近いかな」


 進は苦笑して答えた。


「そうね本当に転生者と魔物には迷惑を受けているわ」


「転生者は嫌いかい?」


 露骨に嫌悪感を表す遥香に進は尋ねた。


「ええ、転生者と名乗って、元の世界に転生なんて嫌だ、俺TUEEEがしたいんだとか騒いで、終いには少年法で処罰されないから今のうちに犯罪を犯しておこうとか、中学になるとこいつに虐められるんで先手を打って殺しましたと小学生が言うわ。未来に幻滅したと行って自爆テロを行うわ。もう最悪よ」


 二一世紀に入って虐め事件の認知が増える中、彼等の中に特異な言動を行う少年少女達が増えていた。彼等は十数年後の自分が死んだ後、再び生まれ変わったと主張した。

 はじめは、思春期特有の誇大妄想、中二病と思われ相手にされず、寧ろメディアの好奇に晒され面白可笑しく報道された。だが、調査が進むにつれて彼等の言う前世の記憶、その中の事件や事故、発見に一貫性が見られた。彼等に何の面識も接触も無いにも関わらず、彼等の記憶が一致していたことを政府はようやく認めようとしたときには遅すぎた。

 既に報道によって貶され、辱めを受けた彼等は前世が虐めを苦にしての自殺が多かったこともあり、正当防衛の名を元に反撃を開始。

 前世の知識を生かして爆弾や毒ガス――塩素系の漂白剤に酸系の洗剤を混ぜた塩素ガスを散布したり毒物を混入するなどの事件を起こし世間を混乱させた。


「でもってあの日に水素ガスのタンクローリーを爆破して大量殺戮テロを行うし」


 五つの輪を模った旗が東京の空に上がった時、上がった所から離れていない場所でエコの宣伝として見せびらかすための燃料電池自動車用の燃料である液体水素を積み込んだタンクローリーが爆破された。

 連日の猛暑にも関わらず、学校からボランティアを強要されたことに憤った転生者が、突発的に行ったテロだった。

 元から危険物であり、一〇トンもの液体水素積んでいたタンクローリーは安全基準を一寸超える爆発物を与えられた事で戦術核並みの威力を解き放った。

 会場は文字通り爆心地となり、巨大なキノコ雲を見て人々が某国の核攻撃だと誤認してパニックを起こした程だ。

 更に犯人は犯行前にネットに声明文と爆弾の制作方法を投稿。あっという間に日本中に広がり、各地のブラックな学校や職場が虐め被害者達によって爆破された。


「でも関西に居ても他に道はあったと思うけど」


「自分で選びたかったのよ。転生者のように。ネット小説のように死んで生まれ変わるくらいしか選択肢がないとき、学園という道が現れたのよ。それだけよ」


「良い事だ。少なくとも死んで生まれ変わっても、自分で選んで掴み取らなければ無意味だ。その点で君は賢いよ」


「分かったような口ぶりね」


「分かるよ……死んで生まれ変わったんだから」


 進の最後の言葉は彼女には聞こえなかった。

 やがて列車は線路上の障害を排除し、新たな護衛の攻撃ヘリがやって来て安全が確保されたことから前進を再開した。

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